ハーツさんのみっかめそのにー。
吹っ飛んだ女は気絶していたので放置して、腕を固定していた器具ごと立ち上がって歩く。
「メルガイン君、そこの女確保してください」
「わかりました! でも僕ミルガインです!」
どっちでもいいよ。
「あの、あなたはどうするんですか?」
「わたしは、色々手引きしてそうな受付のおっさんを確保します」
「えっ?」
驚くメルガイン君も放置して、扉を開けた。
さっきわたしの受付を担当したあの怪しいおっさんのすぐそばまで歩いて近寄り、そのままおっさんに気付かれる前に襟首を掴んで持ち上げる。
本当は一発ぶん殴りたかったけど、このつよつよボディじゃ死んじゃうでしょうし、まだ犯人の一味かどうかが分からないから必死に堪えて持ち上げるだけに止める。
「うぎゃっ!? な、何するんですか!? これは明らかな営業妨害……なっ、どうして……!?」
おっさんの、ここに居るはずがない者を見る目を見て、黒だと確信する。めっちゃ殴りたい。しかし被害者のことを考えるとそれも出来ないので我慢だ。
「どうして奴隷になっていないのか、ですか? さぁ? どうしてでしょうね?」
「は、離せ!」
「離したら逃げるでしょうに」
「こ、こんなことをして、ただで済むと思っているのか!」
すごい三下の言いそうなセリフだけど、それに感動してる余裕も無い。腹が立って仕方がない。
本当に何してくれてるんですかね?
「おっとー、なにごと? 随分と騒がしいけど」
「支部長! 助けてください! このエルフがいきなり!」
ふと、間に割り込むように声を掛けられた。
ふわふわした黄緑色の人物がやって来て、それによってホッとしたような顔をするおっさんにイラっとする。
お前もグルなのか、とその黄緑を睨みつけようとした瞬間、その黄緑色はニッコリと笑った。
「あー、わざわざありがとうございます。現行犯逮捕してくれたんですね」
それはよく見るとおじさんだった。フワフワした雰囲気の、眼鏡が似合う緩いおじさん。中肉中背で、髪の毛がフワッフワで、黄色から緑へグラデーションした不思議な髪色だ。背中には同じ色の大きな翼が生えている。正直、とてもいいイケオジである。
「いやー、ホント困ってたんだよねー、冒険者組合に登録したばかりのはずの新人が、キミたちの赴任を境に次々と行方不明になってたからさぁ」
ずいっとおっさんに顔を近付けて、ニッコリと笑う黄緑さん。
なんというか、フワッフワなはずの笑顔が、とても怖いんですけど、これはたぶん仕方ない。
「しかも? 特殊な才能があったり、見目が良かったり、レアな種族だったり、そんな子ばっかりさぁ」
ニヤついてたおっさんの顔が、どんどん蒼白に染まっていく。
なるほど、それなりに足はついてたんですね。おめでとうございます。
あなたの犯罪の成果がこれですよ。たわわに実りましたね。犯罪歴が。
「ねぇ、違法犯罪奴隷売買、どのくらいのお金になった?」
「ぐぅぅ……!」
観念したのか、それとも一時的なものなのかは分からないが、おっさんは唸りながら目を閉じた。
「おーい、こいつら地下に連れてって情報吐かせてー。全部だよ全部ー、ケツ毛も毟っていいよー」
そんな黄緑イケオジの呼び掛けで職員さんが近寄って来たので、おっさんの首元を軽くキュッと絞めて意識を落としてから引き渡す。
ちょうど気絶した女もメルガイン君から職員さんに引き渡されたところだった。
しかし、ほんとに軽く絞めたのに意識が落ちてしまったんですが、今は興奮状態なので特に何も思わず平気だった。普段ならきっとビビり倒してたと思う。
「あ、キミたちはこっち来てくれる?」
「登録がまだなんですが」
「まずはそのインクと器具取らなきゃ。器具もインクも特殊なものでしか取れないんだよー」
「……わかりました」
そういえば、左手に器具ごとチェストをぶらさげてましたね。
壊さなくてよかったー。
そんな感じでメルガイン君と一緒に案内されたのは、支部長室と呼ばれている部屋だった。
本棚と、本棚と、窓と、机と椅子、それから部屋の中央に大きめの机とその机を挟む大きめのソファが二つ。そんな部屋だ。
「さて、まずは協力ありがとう。そしてほんとに申し訳ない! まさかこんなことになるなんて思わなかったんだ!」
「つまりわたしは餌にされたんですか?」
大きめのソファへ勝手に座りながら尋ねる。
なんか酷くないですか?
「いやいやいや、違う違う。たまたま被害に遭っただけ。ほんとは明日こっちで用意した新人使っておとり捜査する予定だったの」
「……そうですか」
なるほどつまり、フライングゲットしてしまったと。
なんか納得してしまったわたしの横で、遅れてソファに腰掛けたメルガイン君が不思議そうな顔をした。
「あの、どうしてあの人たちはあんなこと……?」
「あー……、あの二人は本部で何かやらかしたのか左遷されて来てね。多分横領? お金に困ってたみたいだから手っ取り早く儲けようとしてやっちゃいけないこと始めちゃったみたいな感じらしいね。地方ならバレないとでも思ったのかもねー。いやー、ダメだよね人身売買なんて」
「はぁ」
中々のマシンガントークである。リアクションに困るんですが。
「まだ詳しいとこはわかんないけど、これから吐かせるから安心してよ。あ、そうそう、モティはここの代表で冒険者組合組支部長、モティア・モティカ。鳥獣人だよ、よろしくね!」
自分のことをあだ名で呼ぶ系のイケオジ初めて見た。
これは……アレかな。自分を偽るのが得意なタイプのイケオジと見た。本気になると自分を“俺”って呼んだりするんじゃないでしょうか。意外とアリですね。いいぞもっとやれ。
「フレア・ハーツと申します。エルフです」
「ハーツさんだね! よろしく! キミは?」
器具を外す為にかわたしの横で特殊な道具らしきものでガチャガチャとなんかをしつつ、メルガイン君に自己紹介を促しているモティさんを眺める。
この若干斜め上から見るイケオジの顔っていいなぁ。
「……ミルガイン・サルバ・ロザンです。人間種です」
名前なっが。
え、なに、もう忘れたんだけどもっかい言ってくれませんかね。
「あー! ロザンさんとこの息子さんか! 末っ子?」
「……あ、はい、父と知り合いなんですか?」
しかしすぐに聞ける雰囲気じゃなくなってしまった。悲しい。
まあそんなに彼自身には興味無いから別にいいんですけど。
「モティが若い頃は奥さんと同じパーティを組んでダンジョン探索してたよー、いやー、懐かしいねー! キミのお母さんてばよく罠に引っかかってさぁ!」
「あの、モティさん、話が進んでません」
「あっ、ごめんごめん! なんの話だっけ? あ、そうそう、あの二人の話だ!」
忘れんといてもろて。
「えーと、ハーツさんは予期せず被害者になってしまった訳だけど、被害届はもちろん出すよね? あ、よっしゃ固定器具取れた」
「はい」
出しますよ。そうじゃないと事件として立件出来ないでしょう。こっちの法律全然知らんから多分になるけど。
あと器具の解除ありがとうございます。
「じゃあこれ、書類ね。書いて隣の役所に出しといて。次はインク落とすよー。冷たいけど気にしないでねー。それから冒険者の登録なんだけど、今ここでやってく? それとも別の街でする?」
「あ、はい。ここでいいです」
湿布のようなものに液体を染み込ませ、それを左手の甲に貼られながらの質問である。なんというか、矢継ぎ早というか、なんでしょう。
この人の会話のスパンが早いので、ちょいちょい脳がバグりそうになるんですけど。もう少しゆっくり喋って欲しい。
「じゃあ、説明は受けた?」
「なんのですか?」
「冒険者になるにあたってとか、注意事項とか、なんかそんなやつ」
「その前にあの部屋に放り込まれました」
簡単な質問に簡単に答えていくと、モティさんが盛大な溜息を吐き出した。
「はー、職務怠慢も罪状に追加しとかなきゃだね。ひっどいなぁホントに」
「というか、なぜ奴隷印がこの施設に?」
普通そういうのってもっと奥まった所に保管されてるんじゃないの? 金庫とか。
「役所と共同で罪人を審判して、本当にどうしようもないやつだけ犯罪奴隷として王国に送り出すから、それ用のやつだったんだけど……同じ部屋で冒険者章をスタンプしてたのも、今回の原因のひとつだとは思う。これに関してはほんとに申し訳ないとしか言いようがないよ」
「なるほど……」
原因が分かってるんなら改善出来ますね。
出来れば今後は金庫に入れといて欲しいです。
どうぞよろしくお願いします。




