婚約破棄されたうえに裏切られて見殺しにされた私、世界がループしていることに気がつく〜ループ令嬢は聖女となって呪い続ける〜
私の人生は、最初から悲惨だった。
「俺の家には金がないんだ。だからルシア、お前は金を稼いでこい! 俺は働きたくないんだ!」
準男爵家生まれの私は、とても貧乏だった。資産家でもなかったし領地を治めているわけでもなかったからだ。
宮廷には爵位を与えられてはいるものの、仕事はくれない。だからお金も入ってこない。
一応は貴族だから人一倍魔法を扱うことができたので、冒険者になった。しかし、貴族だからと酷いイジメを受けた。
「ボロ雑巾が! さっさと回復魔法をかけやがれ!」
「は、はい!」
嬲られ、罵られ、それはもう酷いものだった。
しかし実績や実力はついてくる。
次第に冒険者としての地位も上がってきて、ついには勇者パーティーにスカウトまでされた。
「よろしくね。ルシアさん」
「はい! よろしくお願いします!」
彼はラリーと言って、勇者パーティーの代表。つまりは選ばれし勇者様である。銀色の髪を持ち、美しい顔立ちをしている男の人。
自分でも、ここまでよく頑張ったな、と思った。
お金もかなり入ってくるから、家も潤ってくる。
でも、私の財布の中はほとんどゼロに等しかった。
お父様のお酒や食費に全てを持っていかれるからだ。
しかしだ。ここで私の転機が訪れる。
「僕は君のことが好きになってしまったらしい。いつか、この冒険が終わった時に、結婚してほしい」
ラリーに婚約を申し込まれたのだ。
私は嬉しくて嬉しくて、感極まって泣いてしまった。
それを彼は優しく抱きしめてくれる。
ぽかぽかとした温もり。
ああ、これが愛なんだな。
その時、初めて実感した。
でも、全て偽りだったというのはすぐに露呈してしまった。
「君は貴族の生まれなんだろう? どこの家なんだい?」
野営地にて、ふとラリーが聞いてきたのだ。
私は彼を信用しているのですぐに答える。
「そういえば言ってなかったですね。ナタリ家の生まれです。まあ、貧乏準男爵ですが……」
「なに?」
その時、急に彼の表情が変わった。
ゴミでも見るような、荒んだ瞳。
私はそれに見覚えがあった。
今まで所属してきたパーティーの面々に向けられてきたそれだったからだ。
「君との婚約はなしだ。だが、力は持っているからパーティーには残ってもらう」
「待ってください、いきなりそんな! 騙したんですか、私のことを! 偽りだったんですか、あの愛は! あの言葉は!」
しかし、彼は私に対して侮蔑の視線を送ってくる。
「君のような準男爵家の令嬢には興味がないんだよ。僕が欲しいのは地位だ。それ以外なにもない」
そう言って、彼は仲間たちが眠っているテントに戻っていく。私はその背中を見て、思った。
人は信用できない。特に男の人は、地位や名誉しか興味がないんだ。
それでも、私たちの冒険は続く。魔王を倒すまでは、決して終わらない地獄の時間が、永遠と続く。
◆
とある日の朝、野営地はS級の魔物に襲われた。
グリフォンだった。額に魔族の紋章が刻まれていたから、魔王の刺客だろう。
寝ぼけ目を擦りながら、必死で戦った。
私は魔法で援護し、他のメンバーは接近戦で死闘を繰り広げた。
「え――」
だが、突然ラリーがこちらに振り向いたかと思うと、こっちに〈地獄の業火〉打ち込んできたのだ。
A級の、決して人に打ち込んではいけないような魔法だ。それをもろに受けてしまった私は、右足を失ってしまう。
「お前ら、ここは一度引くぞ!」
「え、待って!」
そして――今に至る。
ラリーたちが私を置いて走っていく背中を、ただ眺めている。私はここで死ぬのかな。もう、お終いなのかな。
そんな、マイナス思考な言葉が脳裏で何度も反芻する。
「ギャアァァァァァァ!!」
怒声のようにも、悲鳴のようにも聞こえる声音がグリフォンから発せられる。今にも、私を食い殺そうとしているようにも感じられた。
しかし、逃げようにも動けない。這いずり回ることが精々だ。
「や、やめて……やめて!」
でも、グリフォンは止まってくれなかった。
そんな最中、なぜかふと思い出す。
私が冒険者になる前、よく遊んでいた親友の笑顔を。
◆
「うぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
なぜか、私は目が覚めた。
額には汗が滲んで、喉はカラカラだ。
「あれ……ここ、私の部屋……」
どうやら私はベッドに寝転んでいたらしい。
窓からは朝日の光が溢れている。
慌てて右足を確認する。
あ、ある……。
私は一体どうなったのだろうか。
ここは天国なの? それとも……。
急いで化粧台の前に向かった。
そこには大きな鏡があって、自分の姿が写っている。
「昔の……私だ」
まだ少し幼い、昔の自分がそこにいた。
これは、一体どうなっているのだろうか。
考える。何度も考える。
そこで、ふと一つの可能性。いや、憶測に近いか。
そんなものが脳裏によぎった。
『ループ』である。
小説で何度かそんな話を読んだことがある。
現実で起こり得ることかどうかは分からない。
だが、事実今私は生きていて呼吸をしている。
「おい! ルシア、ちょっと来てくれ!」
「わ、分かりました!」
多分、お父様だ。
詳しい時期は分からないけど、多分出稼ぎに行ってこいと言われた月くらいだと思う。
行ってみると、本当に「金を稼いでこい」と言われた。
私は街を闊歩しながら考える。
やはり、これは『ループ』しているとしか思えない。
なら、せめて。
同じ道は辿りたくない。
そして可能なら、ラリーやその他冒険者に……。
復讐してやりたい。
「あれ、どうしたの? なんか険しい顔してるねぇ」
突然、背後から声をかけられた。
勇者パーティーにいた頃の癖で、魔法を発動する準備をしてしまう。
どうやら、魔力はそのままのようだ。
「あ! ジュエルじゃない!」
振り返ると、そこには懐かしき親友の姿があった。
幼馴染であり、平民の女の子だ。
短く切られた美しい金色の髪。翡翠色の瞳はとても澄んでいて、見ていてうっとりとしてしまう。
思わず、私は抱きついてしまう。
「わわ! どうしたの!? あたし、なにかした!?」
「なにもしてないよ! ただ、嬉しくて……!」
冒険者になって以降、忙しくて会えていなかったのだ。
嬉しくないわけがない。
……でも、こんなシチュエーション。前はなかった。
前、いや今は一度目と仮名をつけよう。
一度目は何事もなく、冒険者ギルドに行ったのだ。
ループといっても、必ずといって同じことが起こるわけではないらしい。
「あはは……まあいいや。それよりもどうしたの? 険しい顔してたけど。何かあった?」
小首を傾げて訊いてくる。
さすがにループしちゃって……とかは言えないよね。
「えっと……お父様に金を稼いでこいって言われちゃって。冒険者になろうと思っているの」
本当は何か別の職業に就こうと思った。
けれど、私の魔法は攻撃、癒しに特化しているのでそれい以外に稼げそうな職がない。
それに、あったとしても貴族だからと働かせてくれないだろう。
「そんな危険な仕事だめだよ! あ、それならあたしの家で働いたらいいじゃん。花屋してるし、その手伝いでもさ!」
「え!? いいの!?』
それなら私でもできそうだし、一度目のように辛い目にあうこともないだろう。
首肯し、すぐに挨拶に向かった。
「あらあら。人手が足りなかったから助かるわ」
上品に微笑みながら、ジュエルの母親は笑う。
「ああ。でも花屋さんの朝は早いのよ。よければ住み込みでどうかしら? あなたがよければだけど」
住み込み……か。
お金ならお父様にすぐに渡しに行ける距離だし、構わないか。それにお父様は私を疎ましく思っていたから、許可も必要ないだろう。
それから、私は一度も休むことなく働いた。
たまには休んだらどう? とまで心配されたけど、働きたくて仕方がなかったのだ。
冒険者と比べたら、本当に楽しかったから。それに親友であるジュエルと一緒にいられるから。
ジュエルの母親は、私が稼いだお金が全て父親に持っていかれると知って、時々お小遣いをくれた。
「お仕事とは別のお金。いつもジュエルがお世話になっているからねぇ」
私は何度も何度も感謝した。
そして、そんな幸せな生活が続いてしばらくが経った。
「ねね、ルシア! あたし、聖女認定試験を受けてみようと思うんだ!」
「聖女認定試験、いいじゃない!」
私たちも成長し、歳は十八となった。
ジュエルは嬉々として、聖女認定試験の話をする。
どうやら、百年に一度二人の聖女が試験によって選ばれるらしい。選ばれた人は、この国『ウラセニア』を護る重要な職務に就くことになる。
「一緒に受けようよ! ルシアなら大丈夫だって!」
ジュエルは、そう提案してきた。
しかし、聖女認定試験というのは、国中から十八歳の女の子が集まってくる。なかなかの倍率には違いない。
でも――もし彼女と一緒に聖女になれたのなら。
それはもう幸せかもしれない。
私はしばらく彼女と同じ家で暮らしてきて、気がついてしまったのだ。
私は、ジュエルが好きだ。
友達としてではなく……だ。
「分かった。受けてみる!」
彼女は頭もいいし、魔法の才能もある。
ジュエルなら……本当に合格できるかもしれない。
私も頑張ろう。努力で超えられる壁は、全力で越えよう。
それから、必死に勉強した。
「ああ……もう嫌だよー」
「ジュエルから言ったんじゃない! ほら、頑張ろ!」
「あいー」
机をくっつけて向かい合い、項垂れるジュエルの背中を叩く。彼女は面倒くさそうに起き上がり、勉強に励みだした。
しかし、それでもジュエルの才能はすごいものだった。
ノートを覗き見ただけでも分かる。
負けていられないな。
◆
そして、ついに聖女認定試験の日がやってきた。
「それでは、筆記試験開始!」
教会に集められた私たちは、ひたすらに答案用紙に解答を書き込んだ。聖女認定試験には筆記と実技がある。
配点としては実技の方が高いらしいが、筆記で怠っては落ちてしまうのは間違いない。
「お疲れー! もう、疲れたよぉー」
私の胸に飛び込むような形に、ジュエルがなる。
「むふふ……暖かい……」
「もう……」
とりあえず筆記は終わった。
次は実技である。
実技では、己が持つ攻撃魔法や癒し魔法を披露し、試験官が配点をするという形だ。
「実技も頑張ろうね」
言うと、ジュエルはにっこりと笑って、
「もう少しルシアの胸を堪能してからねぇ」
「ええ……」
◆
実技試験も無事終わった。
的を射抜くのと亡骸となった虫を蘇らせる試験だった。
私としては完璧だったと思うが、実際どうなるかは分からない。なんてったって国中から人が集まっているのだ。
前世の力が引き継がれていたとしても、合格できるかなんて分からない。
「お疲れ様ぁ。どうだった?」
「できる限りのことはした。あとは祈るだけかな」
「ふふ。なにそれ、聖女みたいだね」
私の言動をからかうような視線を送ってくる。
聖女みたいって……そうだなぁ。
聖女になれたらいいなぁ。
ちょうど、私が一度目で死んだ一年前の日。
その日が試験結果の発表日だった。
合格者の家には、教会から手紙が届くらしい。
ずっと、私たちは二人で待った。
「大丈夫。あたしたちなら、受かる!」
「そうだね。大丈夫なはず!」
「すみませーん!」
「「はい!」」
私たちは慌てて玄関の扉を開いた。
そこには優しげな笑みを浮かべたシスターがいた。
「おめでとうございます。二人とも、合格ですよ」
ごう、かく。……合格!!
「「合格!!」」
やったー!! と一緒に手を繋いで飛び跳ねた。
よかった。これで冒険者にならなくて済む。
本当に……本当によかった。
それから私たちは、宮廷に向かって正式に聖女として国王様に認められた。それからは、毎日二人で国を護った。
結界を張ったり、人々を癒したり。
本当にやりがいのある仕事だった。
「これから各地の教会を巡って、怪我人を癒してあげなきゃいけないらしいよ!」
そう、ジュエルが言った。
しかし、私は不安でもあった。
時期が時期なのだ。
きっと、私はラリーと出会うことになる。
記憶にあるのだ。
ラリーは一度、今の私なら可能だろうけど、一度目の私では癒しきれないような怪我を負って聖女に治してもらったことがある。
その時と時期がかぶる。
確か、その時の聖女は別に人だった。
多分、ジュエルは聖女認定試験に受けたのだろうけれど落ちたのだろう。
しかし、二度目は違う。今度は私たちが聖女なのだ。
そう――癒してあげるのだ。
「意外と大変だねぇ」
「そうだね。でもやりがいはあるよ」
「うん! それに、ルシアが一緒だから苦でもあまりないし、本当、一緒になれてよかったよ!」
そして、ついにラリーが現れるであろう教会に出向くことになる。怪我人を癒していると、教会の扉が開け放たれ、一人の男が入ってきた。
銀色の髪を持ち、やけに顔のよい男だ。
ラリー。ついに来たか。
列ができているのに、僕は勇者だからと間に無理やり入っ癒してくれと頼んできた。
よかった。私の方に来てくれた。
もしジュエルの方に行っていたら、この作戦は失敗に終わっていた。
癒し魔法。
それは、魔力を使って壊死してしまった細胞の代わりとなり、治療する魔法。
そう。魔力を細胞の代わりにするのだ。
だから、それに毒を紛れ込ませる。
「見せてください」
彼は腕を負傷しているようだった。
そこは丁寧に治療してあげる。
みるみるうちに組織が再生し、完全に腕は回復する。
「ありがとう――」
「ちょっと待ってください。右足もちょっと調子が悪いようですね。見てあげます」
「いや、そこは……」
拒むラリーを無視して、無理やり癒し魔法を発動する。
しかし、これから約半年後。
グリフォンに襲われた日に壊死する魔法をだ。
「もう大丈夫です。それでは」
私は、彼が出ていくのを見届ける。
最後までずっとだ。
「ジュエル」
「ん? どしたの?」
……。
「全て、あなたのおかげ。本当に、大好き」
「……? あたしもだよ! これからも頑張ろうね!」
微笑むジュエルを横目に、こんなことを考える。
半年。半年だ。
彼の右足が、完全に壊れるまで。
私はこれからも呪い続ける。
たとえ、その足が動かなくなったとしても。
永遠にだ。
『村長からの大切なお願い』
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