【短篇】嘘告白された。さらに、幼なじみが彼女だという嘘の責任を取らされそうになった件。でもなぜか、嘘がホントになって形勢逆転です。
桜が散って緑の葉が生い茂る頃。
入学してようやく高校生活に慣れてきた俺、昼河一之は、ある女生徒に呼び出されて指定された場所に向かっていた。
人気のない体育館裏。
そこに、俺を呼び出した本人がいた。
赤井美由紀。
同じクラスの女子だ。
教室では派手なグループの中心にいて、いつも大声で笑っている。俺とはほとんど話したこともない。
その赤井が、今日はやけにしおらしい。
俺を見つめ、やや上目づかいに口を開く。
「昼河君、好きです。付き合ってください」
「えっと……」
「駄目ですか?」
「少し考えさせて」
俺には好きな人がいる。だから答えは最初から決まっていた。
ただ、その場で即座に断ると、なぜかこちらが悪者にされやすい。
断るにしても、いったん持ち帰るのが俺のやり方だ。
曖昧な返事をすると、赤井は驚いたような表情をした。
俺がすぐに飛びつくとでも思っていたのだろう。
「じゃ、じゃあ……あの、一緒に写真撮って貰っていいですか?」
「まあそれくらいなら」
「昼河君の携帯でお願いします」
俺のを使うのかと一瞬疑問に思いつつ、スマホを取り出す。
その瞬間、赤井の手が伸びてきて、俺のスマホをひったくっていった。
顔を上げると、さっきまでの恥じらうような表情は消えている。赤井は口の端を吊り上げ、俺を見下すように笑っていた。
「ぷっ。なーにが『考えさせて』だ。バーカ」
声まで一段低くなり、口調も乱暴に変わっている。
教室で見る、いつもの赤井だ。さっきのしおらしさは、全部猫をかぶっていただけらしい。
「え? 赤井……?」
「嘘に決まってんじゃん。ホントにバカだな」
赤井は勝ち誇ったように鼻で笑った。
なんだか面倒なことになってきたな。
「嘘告白ってことか。スマホ返して」
赤井は返す気配もなく、奪ったスマホをいじり始めた。
中途半端に終わった嘘告白の代わりに、何かバカにできるネタを探すつもりだろう。
「おい、昼河。なんだこれは? B組の白井早希じゃねーか」
赤井は、俺にスマホの待ち受け画面を突きつける。
そこには、早希と俺のツーショットが表示されていた。
早希は俺の幼なじみだ。
入学早々「学年一の美少女」と噂されるようになったけど、中学では生徒会長を務めていた。
校則違反を繰り返す不良の先輩を、笑顔のまま論破して泣かせたこともある。怒らせると誰も逆らえない、そういうやつでもある。
この待ち受けは、一緒に受験勉強をしていた時に早希が勝手に設定したものだ。
どうしてそんなことをしたのかは分からない。それでも俺は早希が好きなので、そのままにしていた。
「そうだけど?」
「お前、彼女でもねーのに女との写真を待ち受けにしてんのかよ。キモっ。白井もかわいそうに」
その言葉に、俺はムッとする。
まるで早希まで貶されたように感じたからだ。
「……別にいいだろ、付き合って——」
付き合っていなくても。そう続けるつもりが、赤井に遮られる。
「え? 付き合ってる? まさか白井と?」
しまった。
途中で切られたせいで、「付き合っている」と言ったように聞こえたらしい。
訂正しようとしたけれど、赤井の小馬鹿にした顔を見ていると、否定するのも癪に思えてくる。
俺は開き直った。
「……だったら?」
「いやいやいや、お前が白井と付き合ってるなんて嘘だろ?」
「嘘だったらどうなるんだよ?」
「そりゃ当然……嘘ついてたって言いふらす」
「それは困るな」
「だったら何でも私の言うことを聞いてよ」
「は? 何を言って……」
「どうせ嘘なんだろ? もし万が一本当だったら、お前の言うこと何でも聞いてやるよ。その代わり、嘘だったら、私の言うこと何でも聞けよな」
「いや、なんでそうなる?」
「ほらスマホ」
赤井がスマホを投げて寄越したので、慌ててキャッチする。
その隙に、赤井は校舎の方へ走って行ってしまった。
どうして強く否定しなかったんだ、俺。
これでは、早希と付き合っていると自分で認めたようなものじゃないか。
教室に帰ると、クラスの皆の視線が俺に集まっていることに気付く。
「なあ昼河、白井さんと付き合ってるんだって?」
同じクラスの蒼井が話しかけてきた。
最悪だ。
赤井のやつ、もう言いふらしてやがる。
「いくら白井さんが可愛いからって妄想乙。どうせ嘘だろ?」
「それは……」
「なあ、賭けをしようぜ。お前が白井さんと本当に付き合ってたのなら、俺が裸で校庭を十周走ってやる。もし嘘だったら、お前がやれ」
「いや……何を言ってるんだ?」
「ハイ決定。クラスのみんな、聞いたよな?」
クラスの皆がうなずく。
何を勝手に決めてるんだ。
しかし、おかしい。
これだけ噂になっていれば、誰かが早希本人に確かめに行っていてもおかしくない。
早希が「付き合ってない」と言えば、とっくに騒ぎは収まっているはずだ。
「早希に誰か聞いてないのか?」
「白井さんは、今日は休んでるんだって」
そうなのか。
どうりで嘘がバレていないわけだ。
おかげで変な約束を二つも抱えてしまった。いっそ、すぐにバレていた方が良かったのでは……?
ため息をついて席に戻ると、隣の席の竹居がスマホをいじりながら小声で言う。
竹居は同じ中学の出身で、早希とも顔見知りだ。吹奏楽部でサックスを吹いている。
「災難だったな、昼河。ま、なんとかなるんじゃね?」
「他人事だと思って」
「他人事だからな」
竹居は何かを打ち込みながら、にやりと笑った。
放課後、部活動の時間。
「おい、昼河。一年B組の白井早希と付き合ってるって本当か?」
バスケ部の先輩が聞いてきた。
おい、上級生にまで広まってんのかよ。
「あ、はい……」
もう諦めて、認めるしか無かった。
「そっか。幼なじみなんだって? 狙ってたんだけどなぁ」
「そ、そうですか。すみません」
「まあでも、それならそれで、奪ってもいいわけだよな?」
は? 何言ってんのこの人?
そういえば、顔のいいこの先輩は女の子をとっかえひっかえしていると聞いたことがある。
「今日は休んでたんだってな。明日告白してみるわ」
え……?
この状況で告白する?
「あの……どうしてですか?」
「俺さあ、人の彼女を奪うの好きなんだよね。今まで告白して失敗したことないし」
最悪だ。
「やめてください。早希は、そういう人じゃありません」
気がつくと、声が出ていた。
自分でも驚くほど、はっきりした声だった。
「へぇ、言うじゃん」
先輩はおかしそうに笑って、俺の肩を叩く。
「まあ、明日聞いてみるわ。お前の彼女がどんな子か」
本当に最悪だ。
しかし、こういう男とでも付き合ってしまう女子はいるわけで。
もし早希が先輩の告白をOKするのなら……それを止める資格が俺にあるのだろうか?
本当は、付き合ってもいないのに。
俺は悶々として家に帰り、悶々として布団に潜った。
明日なんか来なければいいのに。
学校なんか爆発してしまえばいいのに。
早希に「付き合ってることにして」なんて言えるはずがない。
好きだとは言え、この状況をなんとかするためだけに告白するのも嫌だ。
ああ、本当に明日が憂鬱だ。
いつもの朝がやってくる。
俺は少し遅れ気味で学校に着いた。
今日は早希も登校しているだろう。
俺と付き合っているというのが嘘だと、もう皆にバレているはずだ。
蒼井には、嘘だったら裸で校庭十周と言われた。
赤井には、なんでも言うことを聞けと言われた。
バスケ部の先輩は、早希に告白すると言っていた。
ああ、ほんとうに憂鬱だ……。
あまりの鬱さに下を向いて廊下を歩いていると、誰かに呼び止められた。
「カズくん」
澄んだ声に振り向くと、早希だった。
昨日の騒ぎを、もう知っているのだろう。
それにしては、やけに早希の瞳が明るく見える。
「お、おはよ。早希」
「おはよー。私に何か言うことあるんじゃない?」
「あ、うん」
「昨日の夜、竹居くんから聞いたよ。みんなの前で、私と付き合ってるって言ったんだって?」
「あ、いや、それは……」
「もう。ビックリしたけど……大丈夫だから」
「へ? 大丈夫って?」
「私も……同じ気持ちだから」
早希はそう言うと顔を真っ赤にして、逃げるように一年B組の教室へ走っていった。
今のは一体……?
同じ気持ちって、何と同じなんだ。頭が真っ白で、考えがまとまらない。
ふらふらと歩いて、B組の教室の前を通りかかる。
中から、早希の明るい声が聞こえてきた。
「みんな、ちょっといい? 昨日の話なんだけど」
次の瞬間、あれだけ騒がしかった教室がぴたりと静まり返った。
何を話しているのかは聞き取れない。ただ、時々「はいっ」「承知しました」という震えた声だけが漏れてくる。
……なんだか、嫌な予感がする。
気のせいだと思うことにして、俺は足早にその場を離れた。
教室に入ると、昨日と同じように皆の視線が俺に集まる。
早希から本当のことが伝わっているのなら、俺は嘘つき扱いされるはずだ。
けれど、どうも皆の目つきが昨日とは違う気がする。
見渡すと、教室の隅で蒼井が小さくなっていた。
約束の話をしなければと思い近づくと、蒼井はひぃっという小さな声を上げる。
「なあ、蒼井。昨日の話だけど」
「ふぁ……ふぁい……あの、すまんかった」
蒼井は俺から逃げるように顔を隠している。
クラスの皆が、俺たちの会話に聞き耳を立てているような気がした。
「何が?」
「あ、あの……昼河君。走るのは俺がちゃんと走るから……せめて裸だけは勘弁してくれないか? この通りだ!」
そう言って、蒼井は土下座をした。
惚れ惚れするほど美しい土下座だ。
いや、土下座の美しさに感心している場合ではない。
どういうことだ?
俺が走らなければいけないと思っていたのに、蒼井が走る? 蒼井が賭けに負けたことになっているのか?
「あ、ああ、別に構わないが」
「助かった! じゃあせめてパンツ一枚で走るわ!」
そう言って、教室から飛び出していく蒼井。
クラスの皆から「漢だ」という声が上がる。
これから授業なのに、走りに出かけるのか。
確かに蒼井は漢なのかも知れない。
何はともあれ、自分が走らなくて済んだことに俺はほっとしたのだった。
昼休みになった。
次は赤井だ。
赤井はいつも校舎裏にいるらしく、そこへ行くとすぐに見つかった。
「なあ、赤井」
赤井の言うことを何でも聞かなければならない……のか?
イマイチ釈然としない。
だいたいコイツは、嘘告白を仕掛けてきた張本人じゃないか。
「きゃっ。ひ、昼河……か」
昨日とは打って変わって、ずいぶんしおらしい。
蒼井と同じように、俺から目を逸らしている。
「それで、約束の件だけど」
「す、すまん昼河。なんでもするとは言ったけど……あまり無茶なことは無しで……」
赤井がブルブルと震えていた。
ん? なんでも「する」? 赤井が?
俺が言うことを聞く側だと思っていたのに、どうやら逆らしい。
蒼井といい赤井といい、俺と早希が本当に付き合っていると信じているのだ。
早希が、否定しなかった……のか?
どちらにしても、元々飲む理由のない約束だ。
震えている赤井を見ていると、こちらが悪いことをしている気になってくる。
「じゃあ、一つだけ」
「ひっ……」
「もう嘘告白なんてするな。それだけでいい」
「……え? それだけ?」
赤井はぽかんと口を開けた。
「それだけ」
「わ、分かった。もう二度としない。……ありがとう、昼河く……君」
そう言って、胸に手を当てながら立ち去る赤井。
どうして君付けなんだ。
どういうわけか、赤井は俺にすごく感謝しているように見えた。
放課後になった。
相変わらず皆の視線が痛い。
嘘つきだと思われているわけではなさそうだ。じゃあ、この視線は何なんだ?
部活をするため体育館に向かう。
先輩と顔を合わせるのが嫌だな。
先輩が告白して、早希がOKしていたらと思うと……。
早希が他の誰かと付き合うところなんて想像できないのに、俺はいつも最悪のことを考えてしまう。
ところが体育館には、顔面蒼白になった先輩の姿があった。
「先輩、どうしたんですか?」
「フ……フラレタ……」
体育座りで膝を抱え、ぶつぶつと呟いている。
早希が断った?
「え? 誰にですか?」
「シライ……サキ。まさか俺が振られるナンテ」
おお!
早希は、先輩の告白を断ったのか。
嬉しいは嬉しい。でも、こんなに気を揉むくらいなら、早希とちゃんと話しておくべきだったのかもしれない。
「まあ、落ち着いてください。そういうこともありますよ」
「スキナヒトガイルって言われタ……」
好きな人。
そうか、早希には好きな人がいるのか。
一体誰だろう?
ふと、今朝の「同じ気持ちだから」という言葉が頭をよぎる。
いや、まさか。都合よく考えすぎだ。
それにしても、先輩の落ち込みようには、どんだけショックなんだよと突っ込みたくなった。
なお、後で聞いた話では、先輩の連勝記録はここで止まり、その後二度と告白が成功することはなかったという。
翌日のこと。
お昼ご飯を食べようとしていると、竹居が話しかけてきた。
「あのさ、昼河。早希ちゃんに告白した?」
「ぶっっ!」
盛大に、口に含んだお茶を吹き出す俺。
「その様子だと、やっぱりまだだな」
「というか、早希に昨日の件を伝えたのってお前だったのか」
「おう。昨日お前と別れたあと、早希ちゃん、一年の教室を全部回ってたぞ。『カズくんと付き合ってるけど、何か?』ってにっこり言いながら」
「……あの静まり返ってた教室か」
「笑顔が一番怖いんだよな、あの子」
どうりで。
蒼井と赤井があれほど怯えていた理由が、ようやく分かった。
元生徒会長の早希に睨まれて、平気でいられる一年生はいない。
つまり、早希は皆に、俺と付き合っていると言ってくれたのだ。
だからこそ、蒼井や赤井が負けを認めていた。
そして、バスケ部の先輩には「好きな人がいる」と告げて断った。
その「好きな人」とは。
「中学の頃から、お前ら二人を見てるからな。いい加減、じれったいんだよ」
竹居は呆れたように肩をすくめる。
「土曜日、あの喫茶店を押さえといてやる。有耶無耶になったことを全部、はっきりさせろ。ただし、誘うのはお前な」
「……分かった」
俺は、このチャンスに甘えることにする。
今までの思いを、早希に伝えるために。
放課後、一年B組の教室の前で、俺は早希を待った。
緊張で、手のひらがじっとりと汗ばんでいる。
教室から出てきた早希は、俺に気付いて足を止めた。
「カズくん?」
「早希。あの、土曜日……あの喫茶店、空いてる?」
「……空いてる」
早希は少し黙ってから、小さな声で続けた。
「最初から、空けてた」
その顔は、耳まで真っ赤だった。
土曜日。
竹居が押さえてくれた喫茶店は、一時間だけの貸切になっていた。
なんと竹居は、俺たちのためだけにサックスを演奏してくれた。そういえば、吹奏楽部だった。
静かで、ムードのある曲だ。
邪魔をしないようにという気遣いなのか、竹居は俺たちからずいぶん離れたところで吹いていた。
窓際の席で、俺と早希は向かい合う。
受験の頃、毎日のように二人で勉強した、いつもの席だ。
「ねえ、カズくん」
「うん」
「『考えさせて』は、なしだからね」
早希はいたずらっぽく笑って、でもすぐに視線を落とした。
「竹居くんからメッセージが来た時、嘘でもすごく嬉しかったの。だから、嘘のままにしたくなくて」
声が少し震えている。
「待ち受けもそう。受験の時、カズくんが全然気づいてくれないから、毎日見てたら意識してくれるかなって思って」
「気づいてたよ」
「え……?」
「気づいてて、消さなかった。消したくなかったから」
早希が、ぱっと顔を上げる。
目が潤んでいるのが分かった。
ああ、可愛いな。
この顔を見るために、俺は今まで悩んでいたのかもしれない。
「この席で、早希が淹れてくれたココアを飲みながら勉強してた時間が、一番好きだった。幼なじみだと思ってたけど、今では一番、君のことを大切に思っている」
「うん……」
「考えさせて、なんて言わない。答えはずっと前から決まってる。早希……白井早希さん、好きです。付き合ってください」
「ああ……嬉しい。うん、私も……カズくん、大好き……私からもお願いします」
早希の目から、ぽろりと涙がこぼれた。
笑いながら泣いている彼女の手を、俺はそっと握った。
離れたところで、竹居のサックスが少しだけ誇らしげに鳴った気がした。
月曜日の朝。
廊下ですれ違った赤井は、俺に気付くと直立不動で深々と頭を下げた。
あれ以来、嘘告白はぴたりとやめたらしい。教室でも、なぜか俺にだけ敬語だ。
その横を、パンツ一枚で朝練に励む蒼井が駆け抜けていく。
あいつは、あの日以来すっかり走ることが日課になったらしい。
こうして、嘘からはじまった告白は、本当のことへと変わっていったのだった——。
(了)
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