【短篇】嘘告白された。さらに、幼なじみが彼女だという嘘の責任を取らされそうになった件。でもなぜか、嘘がホントになって形勢逆転です。
桜が散って緑の葉が生い茂る頃。
入学してようやく高校生活に慣れてきた俺、昼河一之は、ある女生徒に呼び出されたので指定された場所に向かっていた。
人気のない体育館裏。
そこに、俺を呼び出した本人がいた。
赤井美由紀。
同じクラスの女子だ。
彼女は俺を見つめ、やや上目づかいに言う。
「昼河君、好きです。付き合ってください」
「えっと……」
「駄目ですか?」
「少し考えさせて」
俺の答えは常に同じ。
好きな人がいるから、答えは断るの一択。
でも、いきなり断るとだいたい悪者にされる。
曖昧な返事をすると、赤井は驚いたような表情をした。
「じゃ、じゃあ……あの、一緒に写真撮って貰っていいですか?」
「まあそれくらいなら」
「昼河君の携帯でお願いします」
俺のを使うのかと一瞬疑問に思ったけどスマホを取り出そうと制服のポケットに手を伸ばす。
すると、一瞬の隙を突かれて赤井に俺のスマホを奪われてしまった。
「ぷっ。なーにが考えさせてだ。バーカ」
「え?」
「嘘に決まってんじゃん。ホントにバカだな」
勝ち誇ったように言う赤井。
「騙しなの? スマホ返して」
なんだか面倒なことになってきたな。
しかし返してはくれず、俺から奪ったスマホを見る赤井。
中途半端に終わった嘘告白の代わりに、何かバカにできるものを探すつもりだろう。
「おい、昼河。なんだこれは? B組の白井早希じゃねーか」
赤井は、俺にスマホの待ち受け画面を見せる。
そこには早希と俺がツーショットで映っている画像が表示されている。
早希は俺の幼なじみだ。
一緒に受験勉強をしている時、早希が勝手にスマホの待ち受け画像を変更したのだ。
早希がどうしてそんなことをしたのかは分からないが、俺は彼女を好きなのでそのままにしていた。
「そうだけど?」
「お前、彼女でもねーのに女との写真を待ち受けにしてんのかよ。キモっ。白井もかわいそうに」
俺は、その言葉にムッとする。
まるで早希を貶されたように感じたからだ。
「……別にいいだろ——」
——付き合ってなくても。そう言おうとしたが、赤井に遮られる。
「え? まさか彼女? 付き合ってるのか? ……へぇ。マジかよ……」
急に赤井の声のトーンが下がった。
だけど、すぐに思い出したように元気になる。
俺は否定するのも癪なので、開き直った。
「……だったら?」
「いやいやいや、お前が白井と付き合ってるなんて嘘だろ?」
「嘘だったらどうなるんだよ?」
「そりゃ当然……狂言を吐いたって言いふらす」
「それは困るな」
「だったら何でも私の言うことを聞いてよ」
「は? 何を言って……」
「どうせ嘘なんだろ? もし万が一本当だったら、お前の言うこと何でも聞いてやるよ。その代わり、嘘だったら、私の言うこと何でも聞けよな」
「いや、なんでそうなる?」
「ほらスマホ」
赤井がスマホを投げて寄越したので、慌ててキャッチする。
その隙に、赤井は校舎の方に走って行ってしまった。
いや、どうして強く否定しなかった? 俺……?
教室に帰ると、クラスの皆の視線が俺に集まっていることに気付く。
「なあ昼河、白井さんと付き合ってるんだって?」
同じクラスの蒼井が話しかけてきた。
最悪だ。
赤井のやつ言いふらしてやがる。
「いくら白井さんが可愛いからって妄想乙。どうせ嘘だろ?」
「それは……」
「なあ、賭けをしようぜ。お前が白井さんと本当に付き合ってたのなら、俺が裸で校庭を十周走ってやる。もし嘘だったら、お前がやれ」
「いや……何を言ってるんだ?」
「ハイ決定。クラスのみんな、聞いたよな?」
クラスの皆がうなずく。
何を勝手に決めてるんだ……。
しかし、おかしい。
早希が、付き合っていないと言えばもっと違う反応をするはずだ。
クラスが違うと言え、この様子だと誰かが聞きに行っていてもおかしくない。
「早希に誰か聞いてないのか?」
「白井さんは、今日は休んでるんだって」
そうなのか。
既に変な約束を既に二つしてしまった。
すぐに違うとバレていた方が良かったのでは……?
放課後、部活動の時間。
「おい、昼河、一年B組の白井早希と付き合っているって本当か?」
バスケ部の先輩が聞いてきた。
おい、上級生にも広まってんのかよ。
「あ、はい……」
俺はもう諦めていて認めるしか無かった。
「そっか。幼なじみなんだって? 狙ってたんだけどなぁ」
「そ、そうですか。すみません」
「まあでも、それならそうで、奪ってもいいわけだよな?」
は? 何言ってんのこの人?
確かに顔がいい先輩は、女の子をとっかえひっかえしていると聞いたことがある。
「今日は休んでたんだってな。明日告白してみるわ」
え……?
……この状況で告白する?
「あの……どうしてですか?」
「俺さあ、人の彼女を奪うの好きなんだよね。今まで告白して失敗したことないし」
——最悪だ。
「す、すみません、やめてください」
「まあ、お前にもちゃんとその元カノと俺がやってる画像送ってやるから」
本当に最悪だ。
しかしこういう男でも付き合ってしまう女子はいるわけで。
もし早希が先輩の告白をOKするのなら……それを止める資格が俺にあるのだろうか?
つきあってもないのに。
俺は悶々として家に帰り、悶々として布団に潜った。
明日なんか来なければいいのに。
学校なんか爆発してしまえばいいのに。
早希に「つきあってることにして」なんて言えるはずがない。
好きだとは言え、この状況をなんとかするためだけに告白するのも嫌だ。
ああ、本当に明日が憂鬱に思う。
俺は気を落としたまま次の日を迎えた。
いつもの朝がやってくる。
俺は少し遅れ気味で学校に着いた。
早希はもう学校にいるのだろう。
だから、俺と付き合ってるというのが嘘だとバレていて皆知っているはずだ。
蒼井には嘘だったら裸で校庭十周と言われた。
赤井には、なんでも言うことを聞けと言われた。
バスケ部の先輩は、早希に告白すると言っていた。
ああ、ほんとうに憂鬱だ……。
あまりの鬱さに下を向いて教室に向かう途中、廊下で俺に話しかける生徒がいた。
「昼河君」
澄んだ声に呼び止められ振り向くと、早希だった。
昨日の話をもう知っているだろう。
それにしては、やけに彼女の瞳が明るく見えた。
「お、おはよ。早希」
「おはよー。私に何か言うことあるんじゃない?」
「あ、うん」
「もう。ビックリしたけど……大丈夫だから」
「へ? 大丈夫って?」
「私も……同じ気持ちだから」
早希はそう言うと顔を真っ赤にして、逃げるように1年B組の教室に走っていった。
今のは一体……?
教室に入ると、昨日と同じように皆の視線が俺に集まる。
きっと、早希から本当のことが伝わっているのだろう。
俺と早希は付き合っていないと。嘘だったのだと。
見渡すと、教室の隅に蒼井が小さくなっていることに気付いた。
昨日の話をしなければと思い俺が近づくと、彼はひぃっという小さな声を上げる。
「なあ、蒼井。昨日の話だけど」
「ふぁ……ふぁい……あの、すまんかった」
蒼井は俺から逃げるように自分の顔を隠している。
クラスの皆が、俺たちの会話に聞き耳を立てているような気がした。
「何が?」
「あ、あの……昼河君。俺が走るとしても、この通りだから……裸での校庭十周は勘弁してくれないか?」
そういって蒼井は土下座をした。
美しく綺麗な土下座だ。
ん?
土下座の美しさに感心している場合ではない。
どういうことだ?
俺が走らなければいけないと思ってたのに……代わりに蒼井が走ってくれるってことか?
「あ、ああ、別に構わないが——」
「助かった。じゃあせめてパンツ一枚で走るわ。校庭で脱ぐから——」
そう言って、教室から飛び出す蒼井。
クラスの皆は「漢だ」という声が飛び出す。
これから授業なのに、走りに出かけるのか。
確かに彼は漢なのかも知れない。
しかし何より、自分が走らなくて済んだことに俺は安心したのだった。
昼休憩になった。
次は赤井だ。
彼女は、校舎裏にいつもいるらしく、そこへ行くとすぐ会えた。
「なあ、赤井……」
赤井の言うことを何でも聞かなければならない……のか?
イマイチ釈然としない。
だいたいコイツは黙っているという約束を破ったではないか。
「きゃっ。昼河……か」
とてもしおらしい態度だ。
蒼井と同じように、俺から逃げるようにしている。
「うん。それで……どうする?」
「すまん昼河。なんでもするとは言ったけど……あまり無茶なことは無しで——」
赤井がブルブルと震えていた。
彼女の様子を見ていると、悪いことをしてるような気になってくる。
だいたい、どうして赤井が震えてるんだ?
元々飲む理由のない約束のはずだ。
できれば、約束そのものを無かったことにしたい。
それでも、赤井から無茶なことをしないと言ってくれるなら、ありがたいことだ。
「ああ、俺もそう思う」
「昼河がいいならそれで」
よかった。
赤井は言葉使いも含め態度がおとなしくなっている。
昨日の様子とは大違いだ。
「じゃあ……今日は——」
本当は全て断ってもいいはずだけど、とりあえず今日を回避しよう。
それを続けていけばいい。
「あの、昼河く……君。明日からでもいい? 緊張しすぎてちょっと休みたい」
「もちろんいいよ」
「ありがとう。本当に……ありがとう」
そういって、胸に手を当てながら立ち去る赤井。
よかった。とりあえず今日は回避できた。
どういうわけか、赤井は俺にすごく感謝していたように思えた。
明日のことは、また明日考えよう。
放課後になった。
相変わらず皆の視線が痛い。
嘘つきだと思われているのだろうか? それにしては、少し妙な感じもする。
部活をするため体育館に向かった。
先輩と顔を合わせるの嫌だな。
先輩が告白して、早希がOKしてたらと思うと……。
早希が他の誰かと付き合うところなんて、想像できないのだけど俺はいつも最悪のことを考えてしまう。
しかし、体育館には顔面蒼白となった先輩の姿があった。
「先輩、どうしたのですか?」
「フ……フラレタ……」
ぶつぶつと体育座りをして膝を抱えている。
早希が断った?
「え? 誰にですか?」
「シライ……サキ。まさか俺が振られるナンテ」
おお!
早希は、先輩の告白を断ったのか。
嬉しいは嬉しいのだけど、こんな思いをするのなら……早希とちゃんと話しておくべきだったのかもしれない。
「まあ、落ち着いてください。そういうこともありますよ」
「スキナヒトガイルって言われタ……」
好きな人。
そうか、早希には好きな人がいるのか。
でも、一体誰だろう?
最近はあまり会ってないからか、誰なのか想像が付かない。
ちょっと嫉妬してしまうな。
先輩の様子を見てどんだけショックだよ突っ込みたくなった。
なお、先輩の連勝記録はここで止まり、そしてその後二度と成功しなくなったのだという。
翌日のこと。
お昼ご飯を食べようというとき、同じクラスの友人、竹居が俺に話しかけてきた。
「あのさ、昼河。早希ちゃんに告白した?」
「ぶっっ!」
盛大に口に含んだお茶を吹き出す俺。
「その様子だとやっぱりまだだよな。俺がセッティングするからさ、ちゃんと告白しろよな。土曜日、この喫茶店に二人で来い」
そう言って彼は、スマホで地図を見せてきた。
少し広くて音楽ライブをやる場所がある喫茶店だ。
そこは早希の親が経営している。
俺たちは時々その店に集まって勉強したりひたすら話したりしていた。
「分かった……」
どうやら、早希は皆に、俺と付き合っていると言ってくれたようだった。
だからこそ、蒼井や赤井が敗北を認めていたのだと。
そして、バスケ部の先輩に「好きな人がいる」と告げ断ったのだと。
その「好きな人」とは——。
「有耶無耶になったことを全て、はっきりさせろ」
竹居はそう言った。
俺は、このチャンスに甘えることにする。
今までの思いを、早希に伝えるために。
土曜日。
竹居がセッティングしたと言った喫茶店は、一時間だけの貸切になっていた。
なんと竹居は、俺たちのためだけに、すごい腕前のサックスを演奏していてくれたのだった。
静かで、ムードのある曲を。
なぜか、竹居は俺たちからすごく離れたところにいたけど。
俺は、早希に向き合って言う。
「幼なじみだと思ってたけど、今では一番、君のことを大切に思っている。早希……白井早希さん、好きです。つきあってください」
「ああ……嬉しい。うん、私も……昼河君、大好き……私からもお願いします」
こうして、嘘からはじまった告白は、本当のことへと変わっていったのだった——。
お読みいただきありがとうございます。
下(↓)の☆を★に変えて評価をお願いいたします。