5話「野生のラスボス」
2020/03/29
オビ1さんのセリフを若干修正
「アキコちゃん……すっかりラスボス扱いされているね」
「えええええ!?」
一緒に映画を見てから仲良くなった鈴木さんと、私はついに現実で会ってしまった。
一緒にレストランで食事したあとに、バーに移動。
私はカクテルを、彼はウィスキーを頼んでいた。
基本的にVRオンラインの姿は現実そのままに姿になるので、会ってがっかりとかは無かったが、やっぱりちょっとだけ、鈴木さんは老けて見えた。まだ二十代後半なはずなんだけどね。
「ほら、掲示板見てみなよ」
「ふぁい? あああああああああ!!」
鈴木さんが見せてくれたウィンドウを見ると、どうやら【前々前世オンラインverβ】のプレイヤーが集う掲示板らしい。
中身を読むと、アキコラスボス説だとか、どうやって倒すかみたいな事が真剣に議論されている。
最近やたらと挑んでくるプレイヤーが多いと思ったら……。
なかにはアキコは糞だの、チートだの、どうせ中身は廃人ニートだのめちゃくちゃな悪口が書かれている。
「結構、批判されているね。何の根拠もないデマだから気にしなくていいよ」
「うううう……なんか悪者扱い……」
そりゃあ確かに私はプレイヤーを見たら片っ端から倒しにいってたけど……。
「まあそれだけアキコちゃんが強いってことさ」
「ううう……でも、アキコって名前でやらなきゃ良かった……」
アキコ=女だと決めつけているらしく、(いやその通りなんだけど)勝手に中身まで推測されている。
アキコ:糞ブスでゲーム以外に取り柄のないニート。チート使って実装されていないキャラを使って遊んでる屑。
「ひどい……」
「ごめんね。まあほら、でもこいつら口だけで、実際アキコちゃんに勝てた奴いないでしょ? それに実際チートでもバグでもないわけだから」
「うん」
鈴木さんがオンライン上と変わらない優しい声で私を慰めてくれる。
「良いじゃないか。逆に、こいつらを全員泣かしてやればいい」
「泣かす?」
「アキコちゃん、現実ならともかく、あの世界では無敵だ。いいじゃないかラスボス。ラスボスらしく——全員ぶっ倒せばいいだけだよ」
「無敵……そっか、私最強だもんね! うん! 鈴木さんありがとう! 私頑張る!」
「うんうん。僕は、ゲームやらないけど見守っているよ」
鈴木さんのその声と視線に私は妙な安心感を得ていた。
まだ会うのは三回目なのに、不思議とそんな気がしなかった。
☆☆☆
「くそ! くそ! なんだよあれ……あんなの勝てるかよ」
「現在の戦力差で言えば……ドラムロールスタート! ドゥルルルルルルル……無理☆」
「うるせー分かってるよ」
シダの茂みの中を一匹の茶色の獣が走っていた。それはイタチと呼ばれる哺乳類で、細長い胴体が特徴だ。それに並走するように飛んでいるのは青髪の妖精。
イタチは本来見た目が可愛らしく、ペットとして女性に人気があるのだが、このイタチに可愛らしさは微塵もない。顔や身体中にある傷が、歴戦の猛者である事を示していた。
イタチの上には、【オビ1】というプレイヤー名が表示されている。
だが、悲しいかな、歴戦の猛者であるイタチ——【オビ1】は、まさに尻尾を巻いて逃げている最中だった。
「っ!!」
【オビ1】はまさに野生の勘と言わんばかりに、後ろも見ずに咄嗟に地面を蹴り、真横へと飛んだ。
避けきれず、尻尾を千切るように払われたのは、三本の凶爪。地面に禍々しい跡を残している。
「ギャルアアアアアアア!!」
魂すら凍えさせる咆吼が響く。
「掠っただけでHP八割持っていかれるとか無理だろ!」
「攻撃の素のステータスがダンチだねー」
妖精が危機感のない口調でそう【オビ1】に声を掛けた。
彼の頭上にあるHPバーはもう二割程度しか残っておらず、赤く表示されている。
彼はダメージを気にせず思考した。
とにかく、逃げないと。【素早さ】のステータスにかなりEポイントを振ったので俊敏性や移動速度はその辺りのプレイヤーには負けていない、はずなのに。
「何処まで追ってくるんだ!!」
【オビ1】が叫びながら逃げる。朽ちた木の下を通り、細い木々が密集する茂みを抜けていく。
だが、後ろから聞こえるのはそれらをまるで紙くずのように破壊し、まっすぐこちらへと向かってくる悪魔の足音。
「あともうちょっとで……!」
【オビ1】には確信があった。
彼はVRMMOについてはかなりの経験者であり、かつ慎重派として有名だった。まずすべきことは、マップ……つまり地理の把握だ。そういうスタンスの彼は、【地の利】を武器にこのゲームでも何人ものプレイヤーを狩ってきた。
だから彼は知っていた。もう少しでこの原始林フィールドが途切れ、その先にはフィールド間の境界となっている、大河が流れている事を。
「抜けた!」
【オビ1】が茂みから出ると、目の前には広い川が流れていた。
この川が深く、流れが急だという事は既に調査済だ。スキル【水泳】を持っている自分には何の障害にもならない。
後ろから迫る悪魔はでかい図体の癖に、妙に運動能力が高い。だが、川の中には入ってこれないだろうと判断し迷わず、川へと飛び込んだ。
視界が一瞬ぼやけるが、すぐに水中に対応。幸い、辺りにはプレイヤーがいないようだ。
「危ねえ……3chのレスを真に受けて見に来るんじゃなかった……まさに野生のラスボスだな……やっぱり慣れない事はするもんじゃない」
「ラスボスはVer.βでは実装されておりません」
「ただの比喩だ」
【オビ1】はもはや危機は脱したと、油断していた。
歴戦のゲーマーであり猛者である彼だが、恐竜についてはさほど知識がなかった。そして彼をアシストするAI妖精も、他プレイヤーの種族についての詳細な情報は提示できない仕様になっている。
だから彼は、真後ろで派手に水が跳ねる音と巨大な質量が川に落ちた事によって生じた波に対しての、反応が遅れた。
「嘘……だろ?」
背びれで水面を切りながらまるでワニのように器用に身体をくねらせ、こちらへと異様な速度で迫ってくる悪魔・【オビ1】はそれに対し、恐怖を通り越した、いっそ清々しさを感じていた。
「あの図体と速度で【水泳】持ちか……詰んだな」
目の前で巨大な顎が開いた。地獄へと続いているであろう鋭い歯が並ぶ門に、【オビ1】は飲み込まれた。
【YOU DEAD】
優雅に泳ぐ悪魔を背景に、赤い文字が浮かぶ。
【オビ1】は乾いた笑いしか出なかった。
去って行く悪魔の頭上には、【アキコ】という表記が輝いている。
「アキコって……うちのおかんか」
そう呟いた【オビ1】は、減ったAPポイントを取り返すべく、すぐにリスポーンを選択。リスポーン地点のフィールドの探索を開始した。
あれに勝つには、時間もEポイントも足りなさすぎる。既にβ版配信終了までの時間はわずか。
……今は無理でもいつか。
「絶対に倒す!」
そう言いながら、そういえば最近母親に連絡をしていないな、これが終わったらメッセージでも送るか……と考える【オビ1】であった。
【オビ1】さんは多分ブラ=サガリを駆使してたらワンチャン勝てた可能性があるとかないとか




