表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ありふれた Love story

作者: ありさん

それは、土曜日の深夜だった。


外は大雨。私は残業からやっと帰宅し、一息ついたところ。

そこでドアのチャイムが鳴った。

ピンポーン。

鈍い音。

私は、疲労で重たくなった身体をソファから玄関へ移動させようと全神経を集中させた。

もう1度チャイムが鳴る。

ピンポーン。

「はぁーい。」

私は、深夜ということもあり怖々ドアの覗き穴から廊下を見てみた。

が、人がいる気配はない。

と、その時ネコの声がした。

子猫の声だ。

特に猫好きな私ではなかったが、その弱々しくか細い鳴き声に思わず反応してドアを少し開けた。

『……。』

『この子猫が "ひとり" でここへ?』

と思いきや、その後すぅーっとドアが開けた。

見憶えのある男。

全身ずぶぬれでその男は、うっすら笑みを浮かべて立っていた。

「よっ、久しぶり。」

私は声が出なかった。


突然、男がここに子猫と共に現れ今日で3日目だ。

「おかわり。」

にんまり笑顔でごはんのおかわりを要求してくるこの男にせっせと私は何事もなかったかのように茶碗にごはんをよそう。

『私、何してんだろ。』

男はもくもくとひたすら白米を食べている。

「じゃ、私行ってくるから。」

「ほぅい。」

何が「ほぅい。」だ。と思いつつ私はアパートを出た。

「ほぅい。」私は特に彼のこの一言を聞くと全身に麻酔を打たれたように何も言えなくなってしまう。

この声の主。

3日前、子猫を山車に使って現れ、私のアパートに住みついた(?!)この男。水島大介。

私の大学時代の同級生で、腐れ縁の元恋人。

彼はラグビー部で、私はマネージャーだった。

第1印象は怖くて近寄りがたくて、ちょっと何考えてんのかわかんない。

それが、今では、「ほぅい。」だ。

何が「ほぅい。」だと思いつつ、私しか恐らく聞いたことのないこの強面男のチャーミングな一言に、そう私は何も言えなくなってしまうのだった。


「大介先輩 "また" 現れたんだ。」

美樹は、幾分驚いてみせた。

「ホントはそんなに驚いてないくせに。」

「まぁね。」

智子に美樹はたしなめられ、チロっと舌を出した。

「大介先輩、今度は何なのかしら。」

「今度というか、今回というか…。」

「先輩、あきらめモードだ。」

美樹は意地悪く笑った。

智子は飲んでいたアイスコーヒーの氷をストローでつついていた。

「それにしても大介先輩らしいなあ。子猫を山車に使うなんて。」

「まったく他人事だと思って。」

「だって他人事だもん。」

「もう。」

智子は、他人事だと言われながらも笑っていた。

「でも、先輩のこと憎めないんでしょ?」

「まあね。」

休日のカフェにしては空いていた。

智子と美樹は、相変わらず学生時代のような雰囲気で談笑している。

そんな二人に窓から優しい木漏れ日が差していた。

しかし、外はうららかな春から蒸し暑くなる季節に移行していく気配がしないでもない。

何か起こる気がする。

いや既に起こっている。

智子はそう感じていた。


『いい天気だなぁ。』

言葉にならない思いにるり子はふけっていた。

窓辺のテーブルに一人るり子はぽつんと座っていた。

「るーりーこちゃん。」

背後から突然声がした。

聞き覚えのある声だ。

しかし、るり子にはわからなかった。

「あれーわかんないのぉ?」

低音のその男の声がさらに低く、いたずらっぽい調子に響いた瞬間、

「あ!ダイスケさんだ!」

るり子は大介の顔をさっと捉えると彼女の瞳がパっと明るくなった。

「るり子ちゃんは相変わらず色が白くてかわいいねぇ。」

大介がニヤけた表情ながらもしみじみ言った。

化粧っ気のないるり子の頬が赤く染まった。

「ここで何してんの。」

大介は恥ずかしながらも微笑んでいるるり子にやさしい眼差しで問いかけた。

「しゅわ。」

「しゅわ?」

一瞬大介は面食らった。

るり子は呪文のような答え方をよくする。

「手話サークル。」

「ああ。」

大介は明るいトーンで返した。

「今日は私しかいないんだけど。。」

「そっか。」微妙な空気が流れそうになったとき、大介が感慨深げに言った。

「おねぇちゃんの後ろついて回ってたるり子ちゃんがもう大学生か。」

るり子ははにかんでいた。

夕暮れどきの影が教室に二つ伸びていた。


倉持孝太郎・34歳。独身。

どこにでもいそうなサラリーマンだ。

大学時代にラグビーで鍛えた身体。

一見、怖そうな顔だがよく見ると、眼鏡の奥の瞳は円らである。

結構かわいらしい顔立ちだ。

昼食にカツ丼定食を食べようとオフィス街を急いで孝太郎は歩いていた。

今にも走り出しそうな勢いだ。

しかし、ここで走りたくはない孝太郎だった。

たかが限定のカツ丼定食ごときで走りたくはないという変なプライドが彼の見た目に反してあったからだ。

だが、定食屋につく頃には小走りになっていた。

孝太郎は陽気のせいもありすっかり汗ばんでいる。

「カツ丼定食。」

「お客さん、悪いねぇ、さっきのお姉ちゃんで終わっちゃった。」

「え!」

孝太郎が悲嘆の声を上げたと共に、視線を隣のテーブルにふと移した。

華奢な指で厚みのあるとんかつを持ち上げていた女性に目がいった。

孝太郎は今度「あ!」と驚嘆の声を上げた。

女性が口にとんかつをほおばっている瞬間で、彼女は顔が真っ赤になっていた。

やっとの思いでその女性は一口目のとんかつを食べ終えた。

「倉持先輩!」

「何が倉持先輩だよ。」

怒っているような口ぶりだったが、目は笑っていた。

「さすが、ババンバ、バンバンバンの伴美樹だなぁ。」

「もうやめてくださいよ、先輩。」

ドリフのテーマソングの節で名前を呼ばれるのが美樹はいつも恥ずかしかった。

「お久しぶりです。」

美樹はお冷やを一口飲み、改めて先輩の孝太郎に挨拶した。

「まあ、食べなよ。」

「はい。」

「食べんのかよ。」

「え?!」

「冗談に決まってんだろ。」

「はぁ。」

「いいから食えよ。」

「では遠慮なく。」

「遠慮しろよ、ちょっとは。」

「もう食べられないじゃないですか。」

孝太郎と美樹はいつもこんな感じだった。

彼らは大学時代ラグビー部で選手とマネージャーの関係だった。

美樹は密かに孝太郎に想いを寄せていたが、いつもこんなやりとりだったので、なかなか孝太郎の眼中には入れなかった。

「はい、鯖の味噌煮定食ね。」おばちゃんが孝太郎の席へ注文を運んできた。孝太郎と美樹は二組の席の左右にそれぞれ座っていたため別の席でも会話できた。

「久しぶりだなぁ、伴ちゃん。」

「えぇ。」美樹はとんかつを心置きなくほおばっている姿を孝太郎に見られたことが恥ずかしくて仕方がなかった。

「おまえ、その制服ってことはM商事か?」

「はい。」

「じゃあ、ウチの近くじゃん!」

「先輩は、まさかS株式会社?」

「あぁ、そのまさかだよ!」

「こんな近くだったなんて!」

美樹の顔が明るくなっていた。

「先輩いつもここ来るんですか。」

「ああ。おまえに取られたカツ丼定食食いにくんだよ。」

「スミマセン。」

美樹は情けなさそうに言った。

「とんかつうまいだろここの。」

孝太郎はその言葉よりもとんかつの評判が気になっていた。

彼はここの店のファンなのだ。

「ええ。初めてここの食べましたけど。」

「この近くで働いてて初めてなの、ここのカツ丼定食!」

「はい。私、いつも味噌煮なんで。」

「そうなんだ。てか、この店にお互い通ってて今までよく会わなかったな。」

「ホントそうですね。」

二人は妙に納得しあっていた。


「え〜るり子も大介に会ったの?!」

智子は目を丸くして言った。

「そりゃ智子に会ったんならるりちゃんにも会ったんじゃない?」

美樹はすかさずそう言い放った。

「何か問題でもあるの?」

美樹は動揺する智子に畳み掛けるように訊いた。

「え?!別に問題とかそういうんじゃないけど。。」

「じゃないけど、、」

「相変わらずかわいいねって。」

るり子がにこにこして言った。

「大介が?!」

「うん。」

「相変わらずの様子だね。大介先輩。」

美樹はニヤニヤしている。

「大介には気をつけるんだよ!」

るり子にはそんな言葉は気にならなかった。

楽しそうにケーキを食べている。

今日は、美樹の家に智子とるり子が集まっていた。

正確には、るり子は美樹の家に住まわせてもらっている。

大学生の間だけ美樹はるり子を仙台の田舎から預かっているのだ。

姉の智子が面倒を見るべきなのだろうが、るり子は美樹に妙になついていた。

そんな流れで美樹が今はるり子の面倒を見ている。

しかし智子とるり子の仲が悪いわけではなかった。

とういより、むしろこの3人は3人で3姉妹のようでもあった。

「先輩はやっぱり大介さんが遊んでいるように映るんだ。」

「遊んでるっていうか、フラフラしてるようにね。」

智子はまたアイスコーヒーの氷をストローでつついていた。

「だって、いきなりずぶぬれで現れるんだよ。しかもいつ着替えたかわかんないような格好で。」

「スカジャンにTシャツ。ジーンズに野球帽。」

るり子はリズムを刻むように言った。

「ほらね。」

智子は呆れていた。

「でも、今は大介先輩のお世話してるんでしょ?」

「まぁね。ほぅいなんてかわいい返事しちゃったりするからね。」

思わずにやけてしまった智子に美樹は

「今のは見なかったことにするね。」

と笑いをこらえながら言うと、

「別にのろけたわけじゃないから!」

智子はそう言って最後のアイスコーヒーを飲むと、ほてった頬が冷めてゆくのがわかった。

るり子はそんな二人のやりとりを微笑みながら見ていた。


『わかば荘』


アパートの一室に灯りがともっている。

もう既に他の部屋の電気は消えていた。

黙々と大介はペンを走らせていた。

「まだ起きてたの?」

智子が寝ぼけ眼で大介に話しかけた。

「うん。」

大介はサラッと返事した。

智子は翌日も仕事なのでまた眠りについた。

深夜を過ぎ、朝方まで大介の作業は続いた。

翌朝。

智子が起きると机で原稿用紙にまみれ、大介が突っ伏して寝ていた。

微かにいびきををかいている。

智子はそっと大介に毛布をかけてやった。

その時智子の目に、

「男が女の乳房を…。。」

という原稿用紙の一文が目に飛び込んできた。

『相変わらず書いてんのね。"こういうの"。』

智子は思わずため息をついた。


「仁ちゃん、おかわり。」

「あいよ。」

ここはとあるバー。

綺麗なママと一人の男性客。

一見そんな風景である。

しかし、ママの発する声は野太い。

まだ開店間もないこのバー。

客はまだこの男性一人だ。

声だけ聞くとこの二人、男性二人にしか見えない。

しかし、もう一度言う。

この二人、ママと男性客なのだ。

孝太郎は久しぶりに飲みたい気分だった。

ちょうどバーの看板が目に入った。

『仁』

「なんかいかつそうな名前だな。」

そう孝太郎はつぶやいたが、とりあえず入ってみることにした。

地下の階段を降りていくと、

バー「仁」が現れた。カランコロン。

「いらっしゃい。」

綺麗なママだ。

今日の孝太郎はついていない日だと思っていたが、これで報われる気がした。

ママと男性客の目がとっさにあった。

二人は目配せした。

ママは、

「よっ久しぶり孝太郎。」

というのをこらえ、

「なんにしましょう。」

と艶やかに孝太郎に聞いた。

孝太郎は機嫌良く

「バーボン、ロックで。」

と勢いよく答えた。

カウンターの隅で男性客である大介は大学時代の先輩に向かって何も知らずに注文する孝太郎に笑いをこらえていた。


しばらく孝太郎は出されたバーボンをピーナツをアテに飲んでいた。

大介は、大学の同級生が会社帰りであろうスーツ姿でネクタイをゆるめ酒を飲んでいる姿にやんちゃだったあの頃の男を重ね合わせて今にも吹き出しそうになるのをこらえていた。

「ママおかわり。」

仁は孝太郎から特にママと呼ばれるおかわりの一言で後輩を見るとこちらもまた余計に吹き出しそうになるので、おかわりの要求に応える以外は孝太郎に視線を向けるのを極力避け黙々と洗い場の仕事をこなしていた。

孝太郎は、今日はたくさん飲みたい気分だったので急ピッチだった。

大介は思わぬところで孝太郎に出くわしたことに少々戸惑いもあった。

と、そんな時、カウンターから大介の原稿用紙に埋もれていたはずのペンが落ちた。

とっさに孝太郎が拾い、大介と目があった。

「あっ!」

「大介!」

続けざまに孝太郎は驚きの声を発した。

大介は見つかってしまったという思いで気恥ずかしかった。

その時、孝太郎の脳裏にとっさにこのバーの名前がよぎった。

『そういえばこのバーの名前は…、、仁。』

「仁!」

孝太郎は思わず大きな声で半ば叫ぶような調子でこの店の名を発していた。

「お前知ってたのか、その、ここのバーとういうか、ここのママが。。」

「ああ。」

孝太郎が知ったとういうか知ってしまった驚愕の事実に大介は冷静に返事した。

「ようこそバー仁へ。」二人の大学時代のラグビー部の先輩、そして今ではここのバーの美人ママ・仁がにっこり微笑みながら女性とは程遠い野太い声で孝太郎に改めて挨拶した。


「まさか、大介、先輩と、、変なっていうか"そういう"仲なのか?!」

「違うよ!」

大介は持っていたグラスの酒を飲もうとして吹きそうになったが即座に否定した。

「大介はここの一番最初の客なんだよ。」

仁が格好は色っぽいママだが、れっきとした男性の声で答えるので孝太郎は最初バーに入ったときの美人ママへのときめきがたちまち失せていった。

それより何より今目の前にいるのは男らしいラガーマンだったあの仁先輩なのだ。

一方、大介は慣れていた。

「仁ちゃん結構セクシーだろ。」

「仁ちゃんってお前やっぱり!」

「まさかw!」大介はもう笑いが止まらなかった。

「男は女の谷間に顔を埋め…。。」

孝太郎は大介の原稿を読み始め、

「何だ!お前、頭どうかしちゃったのか?!」

するとすかさず仁が、

「大介、官能小説家なんだよ。」

と平然と孝太郎に説明した。

「まぁな。」

大介がクールに答えると、

「何が官能小説家だよ。」

今度は孝太郎が笑っていた。

「けっこうそそる文章書くのよ。」

わざと中途半端なおかま声で仁がそういうと色目を使って孝太郎にウィンクした。孝太郎は複雑な気持ちで苦笑いを浮かべた。


「えっ?それだけ?」

るり子はめずらしくはっきりと大きな声で美樹に疑問を投げかけた。

「うん。そう。」

「カツ丼食べてるトコ見られただけなの?!」

しぼむような声で返事する美樹にまたもや驚きの声をるり子は発した。

ここは美樹の家。

借家である。

結構大きな家なのだが、美樹の叔父の持ち家で今は美樹とるり子が住んでいる。

平屋でだだっ広い。

白い壁に白木のフローリングが気持ちいい。

「でもすごく久しぶりだったから挨拶はしたよ。」

「そりゃそうでしょ。」

どっちが年上かわからないような会話になってきた。

美樹は必死に孝太郎と会ってそれなりにアピールしたことをるり子に伝えたいらしい。

しかしるり子は冷めた反応だった。 

「ねぇ、まだエロ本書いてんの?」

「官能小説だよ。」

智子は、大介に気だるさの中にも苛立ちを見せるかのように質問した。

大介はなんてことないらしい。

「エロ本と子猫の世話だけは立派よねぇ。」

大介の方を見るともせず、智子は彼のこの家の居住権的存在の子猫の背中を撫でながら嫌みともとれる台詞を言った。

「智子がうらやましい。。」

「そうだよねぇ。。」

智子と大介のアパートわかば荘での会話は彼女たちには聞こえまい。。


「じゃあ、お昼に私、仕事抜けるから、そのとき駅前の喫茶店で会おうっか。」

「うん。」

智子は、朝の身支度中に朝食を食べる大介に話かけていた。

せわしなく支度する智子とは対照的に大介はゆっくり味噌汁を飲んでいた。

「ほんとにわかったの?」

さっきの大介の返事が聞き取りにくかったため、智子はもう一度大介に返事を求めた。

「ほぅい。」

「もう。」

智子は怒っているように言ったが、目は大介を見て笑っていた。

大介の頭をポンと智子がたたくと、彼も笑っていた。

「そろそろお昼か。」

智子は時計の針と共に、気持ちが大介の待つ喫茶店へと移動していた。

足早に勤めている出版社を出ると、急いで待ち合わせ場所へ向かった。

小さな出版社の建物が智子から離れてさらに小さくなっていった。

大介は窓際の席で原稿を書いている。

喫茶店の窓からその様子がうかがえた。

智子は何だか無性に切なくなって胸がキュンとした。

そんな思いをふりはらい、智子は喫茶店へ入っていった。

「よっ!」智子はさっきの切なさがふりはらえていないのか、気恥ずかしさも混じったような男の子っぽい調子で大介に挨拶した。

「おう。」

大介は吸っていたラークのロングのタバコの手を止めて智子に挨拶仕返した。

「何か、こうして改めて待ち合わすとデートみてぇだな。」

大介は無邪気に微笑んで智子にそう言うと

「何今さら言ってんのよ。」

にべもなく大介にそう智子は返したが、彼女は内心嬉しかった。

「で、お前、用事があるからオレ呼び出したんじゃないの?」

「うん。」

「何、なんか言いにくいことなの?」

「あの、今度の大江戸花火大会なんだけど。。」

「うん。」

「あの。一緒に行かない?」

「え?そんなこと言うのに呼び出したの?」

「だって、家だと何だか恥ずかしくて。」

「なんで?」

「雰囲気ないじゃない。」

「ここだとあるの?」

「いつもと違う雰囲気のほうが言いやすかったのよ。」

「おまえ、相変わらずそういうとこかわいいな。」

大介は照れもせずそう言うと笑っていた。

「で、どうすんの?!」

「行きたいんだろ?オレと。」

「うん。まぁ。」

「はっきり言わないと行かないよ、オレ。」

「もういじわる。」

智子はそんな自分をからかう大介にもまだ惚れているんだなと思い知らされるのだった。


今日は花火大会。

智子はボーナスで大介にこっそり隠れて買った浴衣を着てワクワクしていた。

白地に格子柄の秋草模様である。

「おっ結構似合うじゃん。」

「でしょう。」

「自分で言うかぁ。」

鏡に向かって智子は大介に浴衣姿を披露していた。

大介は小説のネタが浮かんだ時のクセで鼻の頭をかいていると、

「ねぇ、いやらしいこと考えてんでしょう。」

「"仕事だよ"、"仕事"だからさ、オレの場合。」

と智子にすかさず突っこまれると大介は笑ってごまかした。

「もう。」

智子は呆れていたが、そんな大介がかわいいと思うのだった。


「もうすぐ大江戸花火大会だね。」

「てことは、もうすぐ夏も終わりか。」

浴衣売り場で、美樹とるり子はそんな会話をしていた。

「美樹ちゃん、孝太郎さん誘って行きなよ。」

「えー、恥ずかしいよ。」

「恥ずかしがってる場合じゃないって。」

「これなんかどう?」

とるり子は美樹に蒼地の雪輪の浴衣を美樹の身体にあて、

「よく似合ってる!」と彼女を促した。

「そうかなぁ。」

と美樹もまんざらでもない様子だった。

「私はこれにしよ!」

るり子は薄めのベージュのとんぼ柄の浴衣を選び、レジに持って行こうとすると、

「あ、待ってよ!」

美樹がしっかり先ほどの浴衣を持ってるり子の後を追いかけた。

「コレで決まりだね!」

会計を済ませると、るり子は美樹の肩をポンと叩き彼女に目配せした。

「でも、るりちゃんついてきてくれるんでしょう?」

と美樹が不安そうにそう言うと、

「もうしょうがないなぁ。」

るり子は、世話の焼ける妹に言うようにお姉さんぽく澄まして言った。


お昼時のオフィス街。

美樹は孝太郎の会社の前でそわそわしていた。

「一緒に行きませんか、定食屋さん。」

「定食屋さんはぶりっこかな?」

「一緒に行きませんか、定食屋。」

「なんかなぁ。。」

と一人でぶつぶつ言っていると、

「伴ちゃん、こんなとこで何してんの?」

といきなり孝太郎が話しかけてきた。

「あ!」

「え?」

「あのまさかいると思っていなかったから。」

「って、おまえここオレの会社だって知ってて会いに来たんじゃないの?」

「それはその…。。」

「まぁ、とりあえず定食行こうや、カツ丼売り切れるぞ。」

孝太郎はそう言うと強引に歩き出した。

「カツ丼定食二つ。」

「はい、カツ丼定食二つね。今日はお揃いで?」

おばちゃんはニヤついていた。

「そんなんじゃないよ。」と孝太郎はそっけなく言ったので、美樹はちょっと悲しかった。

「で何?用事?」

「あっ、あのお昼どうかなって?一緒に。」

「あぁ。」

しばらく沈黙が流れ不安になった美樹は慌てて孝太郎に、

「あの大江戸!」

「大江戸?」

と一瞬間があったが、

「大江戸花火大会か?」

と美樹に聞き返した。

「一緒に"なって"ください!」

「はぁ?」

「あ!行ってください!」

美樹は赤面して孝太郎に必死で伝えた。

孝太郎は、美樹のそんな思いを知ってか知らずか笑って、

「いいよ。でもおまえ、相変わらずおもしれーな。」

そう言うとカツ丼を食べ始めた。

美樹は汗がどっとふき出しているのを実感していた。


「誘ったの!やるじゃない!」

「うん。。」

るり子は瞳を輝かせていた。

一方美樹は浮かない顔だったので、

「なんで?元気ないじゃん。」

「だって、一緒に行くことになったんだよ。」

「孝太郎さんとでしょ?」

「うん。」

「嬉しいんでしょ?もっと喜びなよ。」

「だって、孝太郎さんと花火。。」

「……。」

「孝太郎さんと花火だなんて。。」

「大丈夫?でもロマンチックな乙女なんだね美樹ちゃん。」

「孝太郎さんと花火。。」

美樹はまだうわごとのようにつぶやいていた。


大江戸花火大会。

屋台がたくさん華やかに軒を連ねている。

「あっ!これいいよ、あんたに。」

智子はウルトラマンのお面を大介に勧めた。

「オレ、ヒーローじゃねぇよ。」

「おじさん、コレください!」

智子は上機嫌で店のおじさんにお面を注文した。

「500円ね。」

「はい。」

早速、智子は大介にウルトラマンのお面を斜めに被らせた。

「似合ってる、似合ってる!」

大介が、ウルトラビームの格好をすると二人して笑った。


「あれ、お姉ちゃんと大介さんじゃない?」

「あ、ホントだ。」

やっぱり美樹はるり子について来てもらっているのだった。

「お姉ちゃん!」

「るり子!」


大介の方を見たるり子は彼に会釈した。

「るり子ちゃん、浴衣よく似合ってるね。」

大介がそう言うとるり子はニコニコしていた。

「鼻の下、伸びてる。」

すかさず智子が突っこんだ。

「大介先輩、お久しぶりです。」

美樹が挨拶すると、

「伴ちゃんも色っぽいなぁ。」

「今度はヨダレ垂れてんじゃないの?」

その智子の一言に四人はどっと笑った。

そうすると、人ごみの中からスーツ姿のネクタイを緩めた会社帰りらしき男が四人に近づいてきた。

「孝太郎さん!」

るり子は孝太郎に手を振ると、

「あれ?みんな一緒だったんだ。」

孝太郎は白い歯を見せた。

何だかその様子に美樹は妙に安心していた。

そんな彼女にるり子が彼女の耳元で、「よかったね。」と囁いた。るり子は、美樹が二人っきりで孝太郎と花火を見たい気持ちはあるものの、それとはウラハラにそれでは緊張しすぎるので、グループで孝太郎に会えたことにホットした気持ちが痛いほどわかったのだった。

「るりちゃん、大きくなったねぇ。」

孝太郎がるり子を見てそう言うと、

「おまえ、田舎のおばちゃんか。」

大介が笑いながら言った。


「て、おまえはウルトラマンか。」

「ウルトラビーム!」

「バカじゃねぇの、こいつ。」

みんな笑っていた。


和やかなムードだった。しばらく五人はりんごあめをなめたりしながら談笑していた。と、その時、派手な音がドーンと響いてきた。歓声が沸き起こった。「うわぁ、キレイ!」「ホント!」


口々にみんな花火を目にした感動を口にしていた。これでもかと言うほど花火が打ち上がっていた。最後の盛大な花火が上がった後、蛍の光が流れてきた。五人は流れ流れて会場を後にした。いつの間にか、彼らは会場近くのラグビー場に足を踏み入れていた。


孝太郎がラグビーボールを見つけ、急に大介にパスした。


「びっくりした!」

「懐かしいなぁ。」

「あぁ。」


昔、ラグビーでつながっていた男同士。それから別の道をそれぞれ歩き、そしてこうして今また巡り会ったのだ。

ラグビーボールを手にすると感慨深い二人だった。「ほれ!」今度は、大介が智子にボールをパスした。智子から美樹、美樹からるり子へ…。しばらくパスが続いた。


疲れた五人は芝生に寝転がった。

星がキレイだった。

迷子のトンボが飛んでいた。

もうすぐ夏も終わりだ。


白い壁に絡まるツタ。

そんなツタは年季を感じさせる色をしている。

深まる秋の夕日が美樹とるり子の住む家を照らしていた。


「夏祭りも終わったね。」

「そうだね。」

美樹とるり子は黄昏時に自宅でまったりお茶を飲んでいた。

休日も終わりに差し掛かっている。

「はぁ。」

「どうしたの?」

「なんかさぁ。」

美樹はうつろだった。

「孝太郎さんのこと?」

「うん。」

「このままでいいのかなって?」

「うん。」

「もっと恋するのじゃ!」

るり子はおどけて言った。

思わず、美樹が吹き出した。


しばらく二人まどろみかけていた。

「るりちゃん、いつもありがとう。」

「こちらこそ。」

二人、窓からの夕日ににつつまれていた。


大介は小説を書く手を休めて日向ぼっこしていた。

すっかり飼い猫の風格を身につけた子猫がとなりであくびしている。

二人の背中は丸かった。

智子は夕食の買い物に出ていた。


「なぁ、おまえはのんきでいいなぁ。」

「昼寝して、飯食って、ゴロゴロできてな。」

子猫は目をしばたたかせていた。

買い物から帰ってきた智子の存在に気づいていない大介。

智子は、雲が押し寄せてきそうな窓の外をじっと見ていた。

悲しそうな秋空だった。


ここはbar・仁。

大介と孝太郎が酒をかわしている。

「今日は、もうこの辺にしようか。」

「今日もだろ。」

仁が早くに店仕舞いしようとしていると、連日、開店間もないこのバーに閑古鳥が鳴いているのを知っていた大介は先輩の仁にタメ口だった。

「大介つめてーな。」

孝太郎がフォローした。

が孝太郎も笑っている。

バーの外からジングルベルが聴こえていた。

「今日はクリスマスだっつーのに。」

思わず大介がこぼした。

「おまえ、智子ちゃんと過ごすんじゃなかったの。」

「って、おまえに呼び出されたんじゃん。」

「ははは。」

孝太郎は笑ってごまかした。

すると、仁が、

「呼べよ!」

と突然、雷鳴のような勢いで言った。

「え?!」

「ここに?」

「おかまバーだぞ。」

「おかまバー言うなよ。」

三人そろって笑った。


大介のケイタイが鳴った。

「もしもし。智子か。」

「うん。」

「うん。」

「ならこっち来いよ。」

「あぁ、わかった。」

「じゃぁな。」

電話が切れた。


「智子ちゃんなんて?」

「こっち呼んだよ。みんな美樹もるり子ちゃんも一緒だって。オレ迎えに行ってくる。「おぉ!」

bar・仁が色めき立ってきた。


大介たちがbar・仁にやって来るまでしばらく時間がかかっていた。

カランコロン。

「いらっしゃい!」

仁が華やかな声で一同を迎えた。

彼の声と容姿のギャップに招かれる形となった智子・美樹・るり子はびっくりして少々戸惑いを隠せない様子だった。

「遅かったな。」

孝太郎がそんなことはお構いなしに戻ってきた大介たちに声をかけた。

「じゃ〜ん!」

そう言うと大介はパーティー仕用のクリスマスの三角帽子を被ってみせ、次々にみんなにも配って被らせていった。

「これ仕入れてたのか。」

孝太郎が納得仕掛けた途端、またもや大介が今度はクラッカーを派手にを鳴らした。

「メリークリスマス!!」

「おぉ!」

「うわぁ!」

一同、笑みがこぼれていた。


「ここのママの仁ちゃん。」

「仁って、、仁先輩?!」

大介が紹介すると智子と美樹が顔を見合わせた。

「そうでーす!」

改めて大介に紹介された仁はおどけて、ここに来た智子・美樹・るり子に挨拶した。

「色っぽい方ですね。」

るり子は、仁の容姿と声のギャップにこだわらず平気で仁に微笑みかけてこう言った。

仁は、何だかそんなるり子の様子が嬉しかった。

「まぁ、ゆっくりしていって。何もないけど。」

そう言うと仁は狭い店内のカウンター席に彼女たちを案内した。

一同は一列にカウンター席に並ぶ形となった。

仁はせっせとドリンクやおつまみを作り始めた。


「何か華やかだね〜。」

るり子が嬉しそうにニコニコして言った。

「るりちゃん、お酒大丈夫?」

仁が彼女に確認すると、

「もう20ですから。」

とるり子は笑顔で返した。


お酒の用意ができると、一斉に、

「メリークリスマース!!」

と一同乾杯した。


突然、仁が、

「ありがとうね。。」

としんみり涙をこらえる様子でつぶやいた。

「え?」

一同、一瞬呆気にとられていた。

そうすると、

「こんな得体の知れない私のバーに来てくれて。」

と仁が申し訳なさそうに言うと、

「おいおいやめてくださいよ。」

と孝太郎が彼を慰めた。

「あのさー、オレここ大好きだよ!仁ちゃん!」

急に大介が突拍子もなく言い出したので、

「おまえ、もう酔ってんのか?」

孝太郎が大介に不思議そうに言うと、

「いやマジで。オレほんとここが好きなんだよ。」

と真剣に大介は言った。

仁は嬉し涙が出そうになっていた。

「だって、ここママもお店の雰囲気もステキですもの。」

るり子が優しい笑みをたたえて言った。

彼女はお世辞は言わないタチだ。

それが初対面の仁に伝わったのか、

「ありがとう。」

と涙まじりに仁はるり子に礼を言った。


「じゃぁ、もう一回乾杯しよっか!今度はこの我らが誇る仁先輩のbar・仁に捧げて!」

「カンパーイ!!」

孝太郎の掛け声で再び乾杯すると一同顔が紅潮していた。


「それでさー、仁先輩たちがこんにゃくだらけの芋煮をつくったんだよね。」

智子が笑いながら思い出話を始めていた。

芋煮とは彼らの故郷・仙台の郷土料理である。

「寒かったよねー合宿。」

美樹が懐かしそうに言った。

「俺らさこんにゃく食いきれねーから地面にこんにゃく最後には埋めてたよな。」

孝太郎がそう言うと一同笑いが巻き起こった。

そんな感じでbar・仁はクリスマスの夜盛り上がりをみせていた。


「あ!雪だ!」

るり子が窓の外の景色に目をやった。

「キレーイ!」

みんなしばらく見とれていた。

そんな中、美樹の隣に座っていた孝太郎がこっそり彼女の耳元で、

「浴衣姿、キレイだったよ。」

と囁いた。

美樹は一瞬呆然としていたが、その後、グラスの酒を一気に飲み干した。


「もうこんな時間。」

智子が時計の針が0時を回っていることに気づいた。

「今日は来てくれてホントにありがとうね。」

仁がみんなに礼を言うと、

「メリークリスマス!」

自然に全員でそう声を合わせていた。

「じゃぁ、おまえ、美樹とるり子ちゃん送ってけよ。」

「あぁ。」

孝太郎は美樹とるり子に目配せした。

美樹はさっきの出来事で頭がぼーっとなっていた。

るり子はそんな美樹を優しく見守っていた。

「オレらはもう一軒はしごすっか。」

おどけて大介が智子に言うと、

「何言ってんの。」

智子は呆れていたが笑っていた。


「メリークリスマス!よいお年を!」

みんな口々にそう言ってbar・仁を後にした。


ドアを開けると、フランク・シナトラの『Have Yourself A Merry Little Cristmas』が街で流れていた。


クリスマスの宴も終わり、智子と大介はアパートに戻ってきていた。


「楽しかったね。」

「あぁ。」

智子は大介にさっきのパーティーの余韻を残しながら、堰を切ったように話しかけたが大介は心なしか元気がない。

「どうしたの。」

「オレ、出てくよ。」

「え…。」

沈黙が数秒流れた。

「お願い、行かないで。今度は。今度だけは!」

「ごめん。」

「どうして、どうしていつもそうなの?!」

「オレを好きなだけ責めろ。殴ったっていい。」

智子は声にならない想いを大介にぶつけるようにコブシで彼の胸を何度もたたいた。

そんな泣きじゃくる智子の頬を両手でそっと優しく持ち上げ、口づけしようとしたが彼女はそれを拒んだ。

しかし、次の瞬間、二人は熱いキスをかわしていた。

ダメとわかっていても求め合うふたり。

最後の一夜を共にするのだった。


窓の外では大雨が降り、生あたたかな風がカーテンを揺らしていた。


一夜明け、雨もすっかり上がり、朝焼けが見える頃、大介はベッドで静かに寝息を立てている智子の額にそっとキスし、子猫と共にアパートを去って行くのだった。


大介がわかば荘を出て数ヶ月経った。

智子は荷物整理をしていると、その中から夏祭りのお面が出てきた。

お面を手に取るとパサッと手紙らしき紙片が床に落ちた。


智子へ

コレをおまえが読む頃には、オレはパラオに旅立ってるだろう。。

なんて、ちょっと何書いてんのかわかんないけど…。

てか、こんなオレにおまえよくつきあってくれてたな。

智子を最初、大学で見たとき、正直、信じてくれないかもしんないけど、かわいいヤツがいるなって思った。

ちょっと怒ってるみたいな顔だったな、オレの前ではいつも。

その割りに、孝太郎や美樹らラグビー部のヤツらの前ではニコニコしてた。

そのギャップがかわいかったんだと思う。

最初のデートの時、二人ともギクシャクしててなんか。

映画観たな。

フランスの何の映画だったか忘れちゃったけど、官能的なシーンがあった。

それでオレ、めちゃくちゃドキドキしてた。

おまえには一度もオレが官能小説書いてる理由を話さなかったけど、このときの気持ちが忘れられなかったからなんだ。

それ以来書くようになった。

よく考えたら、ラグビーやってるヤツが官能小説ってのも気持ち悪いな。

映画館出た後、ソフトクリーム食ったな。

ところで、おまえの作る味噌汁はめちゃくちゃうまいよ。

じゃあな。


「バカじゃないの…。」


智子はそうつぶやきながらも、目には涙があふれていた。

FMラジオからMr.childrenの『ありふれたLove story』が流れている。


窓の外では、桜が咲き乱れ、うぐいすが鳴いていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 秋の描写がないような気がする。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ