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第18話 彼女は相変わらず、よくわからないことを言う


「面白い子でしょ?」

「え?」


 席に戻って好物の明太子パスタに舌鼓を打っていると、彼女がなんの脈略もなく同意を求めてきた。

 

「ああ、さっきの子」

「そうっ、ゆーみん。付き合いは高校からなんだけど、可愛くて可愛くて可愛い、とってもいい子なの!」

「可愛いしか伝わらなかった」


まるで、遠距離恋愛中の恋人について話すようなテンションで、彼女は親友さんについて話した。

 ハムスターみたいで可愛いとか、ああ見えて頭がいいとか、パフェを一生懸命頬張る姿が可愛いとか、実は家が近所であるとか、可愛いとか。


「その惚気話を僕にする事で、いったいどんな反応を期待しているの?」


 彼女の発言は特に意味のないことが多いが、そうでないときの微妙な声色の変化がなんとなくわかってきた。


 その予想は当たっていたようだった。


「望月君、ゆーみんともきっといい友達になると思うんだー」


 なんだ、そんなことか。

 少しだけ考えてから、政治家がよく使う便利な言葉を贈呈する。

 

「検討しておく」


 親友さんと仲良くするつもりは今のところ無かった。

 できる気がしない、という方が正確か。

 現状、彼女が日常に入ってきただけで溺れそうなのに、プラスアルファ加えられるキャパは僕にはない。


 そんな僕の心中を知ってか知らずか、彼女は飄々とした笑顔を浮かべ満足げに頷いた。


 それから他愛のない雑談をしたり映画に関する感想を言い合ったりして、僕と彼女はすっかりお腹を満たした。

 流石の彼女も無限に供給される料理達を食べ尽くすラブコメ的な能力は持ち合わせてなく、お腹をさすりながら「ぐへー」とか「苦しいー」とか呻き声をあげ上半身を席に預けていた。

 地球がブラックホールに呑まれなくて何よりである。


 僕は食べ過ぎによって満足度を下げるような愚行を犯さず、ちょうど腹八分目あたりで締めのデザートを取りに行った。


「ついでになんか適当に取って来て〜」


 まだ食うのかと突っ込もうとしてやめた。

 おそらく今頃、彼女の胃袋の中の食物達は別腹とやらに押し出されているのだろう。


 新しい皿をとってデザートコーナーをきょろきょろしていると、幸運な事に大好物のみたらし団子を発見した。

 黄金色のタレを心ゆくまでかけた後、いくつか他のデザートを何品かピックアップし席に戻る。


「はい」

「わー! ありがとう!」


 苦しそうにお腹を無でいた彼女も甘味の出現に復活し、先ほどまでの苦悶の表情が嘘だったかのように涼しい顔でデザートを頬張り始めた。

 まず最初にシュークリーム、次に柚子シャーベットを胃袋に収め、最後にモンブランケーキにフォークを突き刺したタイミングで彼女は思い起こしたように口を開いた。


「ケーキの子、見てて思い出したんだけどさ」

「まだ映画の感想言い足りないの?」

「ううん! それはそうなんだけど」

 

 はむっとスポンジ部分を口に頬張り、ゴクリと飲み込むまで彼女は本題を告げなかった。

 彼女が発言において迷いを生じさせるなんて、珍しい。


「どうして東京来たの?」


 それは、僕に対する問いだろう。


「……ああ」


 僕は彼女が質問をするに至った経緯を推察する。

 「ケーキの子」の主人公は、田舎を飛び出し単身で上京して来た高校生というキャラクター設定だ。

 つまるところ、僕も同じような属性を持つ。


 そういえば言っていなかった。

 というより、聞かれない限りは僕は自身の情報を開示しない性分だから当然か。

 僕はみたらし団子を食べる手を止め、しばし黙考し、もう長らく心の底らへんで埃をかぶっていた感覚を言葉にした。


「違和感を感じたから」


 ケーキの子の主人公も、作中で同じようなことを言ってたと思う。


「違和感って?」


 彼女の問いに明確な返答はせず、僕は続けた。


「地元にいると、なんだかとても狭くて窮屈な空間に閉じ込められているような気がした。自分の居場所はここじゃないって思って、気がついたら大学を休学してた」 


 言うと、彼女は驚きと、あとはよくわからない成分を含んだ表情をした。 

 腕を組み、「ほおー」とか、「なるほどねー」とか呟いた後、カウンセリングのお姉さんみたいな笑みを浮かべる。


「……なに?」

「いやはー、なんか、意外だなって」

「意外?」

「うん、意外。望月くん、そういう柄じゃないと思ってたから」


 いったい僕のどこを見てそのような判断が出たのか。

 気にはなったけど、聞くほどではない。


「今はどう?」

「え」


 僕の心の中を覗き込むようにして、彼女が尋ねてくる。


「違和感、感じる?」

「……今は、あんまり」

「おおっ、そっかそっか! 東京、楽しい?」

「うん、楽しいよ」

「それは良かった!」


 彼女は今日の天気みたいに笑った。


「なんでそんなに嬉しそうなの?」

「んー? 友達が楽しいって言ってるから?」

「他人が楽しいと自分も嬉しい気持ちになるの?」

「なるよ?」


 なんの躊躇いもなく言われて、僕は言葉に詰まった。


 同時に、妙な気持ちになった。


 形の違うパズルを組み合わそうとしているような違和感。


「わからん」


 彼女の発言に対する率直な感想を、僕はその一言で総括した。


「こういうのは理屈じゃないの! 君もわかるようになれば、もっといろんな事を楽しいと思えるようになるよ」

「そういうものか」

「そういうものなの」


 理屈じゃない、と言われてまた僕の苦手な分野だと思った。

 頭を空っぽにして、彼女の言うフィーリングとやらを捕まえようとしたけど、これといった心の振幅は感じ取れない。


 やっぱり彼女は僕の反対側にいる人間で、向こう側の能力を習得するのは容易ではない事を再認識した。


 デザートもじっくり堪能した僕らは店を出て、新宿駅に向かい、人混みを避けながら電車に乗り込んだ。

 下北沢に帰って来た後、僕らの根城であるマンションに帰って来る。


「今日は付き合ってくれてありがと、すっごく楽しかった!」


 彼女のテンションはビュッフェの時のそれを維持していて、下手に受け答えると再び語りが始まりそうだった。

 立ち話を何時間もするほど僕の足は丈夫じゃないので、僕は一言だけ「うん」と返す。


 彼女は満足げだった。


「それじゃ、また明日!」

「明日も夕食を作りに来るの」


 尋ねると、彼女はにししっと小悪魔のような笑顔を浮かべた。

 僕は何も言わなかった。


 彼女と別れて部屋に戻る。

 

 珍しく活動して疲労の溜まった身体をシャワーで洗い流し、寝巻きに着替えた後、いつものように文庫本を手に取る。


 ソファに腰掛けたその時、あれ? っと動きが止まった。

 

 昨日まで存在していなかった不思議な感覚が、胸に薄い膜を張っていることに気づいた。


 なんだろうこの、心の隙間に冷たい風が抜けていくような、物寂しい感じ。


 いつもと同じ部屋のはずなのに。


 いつもと同じルーチンワークをこなそうとしただけなのに。


 どこか普段とは違う印象を、一人になった部屋に抱いた。


 その感覚の正体を掴めぬまま首を傾げていると、スマホが震えた。


 ポケットから取り出し。ディスプレイを見やる。


『お疲れ!!(ピース) 映画、すっごく面白かったね! まだまだ語り足りないから明日、もっと話そう!(笑顔)  今日1日、すっごく楽しかった!(笑顔) 望月くんも楽しめたかな? 仕事で疲れてるのに付き合ってくれてありがとう!(お辞儀) お礼に、明日は望月くんの好きなもの作ってあげる!(ドヤ顔) 何がいい?(ワクワク)』


 彼女らしい、感嘆符だらけの文章。

 絵文字の使いっぷりも相変わらずで、ディスプレイ越しなのに耳を塞ぎたくなった。


 僕はまず、あれだけ感想を語っておいてまだ足りないという点に驚いた。

 明日の食卓の話題はもう確定したようである。


 そして、”望月くんも楽しめたかな?”という一文に、どうだったのだろうと心に聞いた。


 映画を観に行こうと提案された時は面倒臭さしか感じなかったが、作品は面白かったし、ビュッフェも美味しかった。

 終わってみるとそれなりに中身のある1日だったと思う。

 これを楽しいというのだろうか。


 『それなりに楽しめた』


 ふと指が動いて入力されたテキストを眺めていると、彼女のドヤ顔が頭に浮かんできた。

 なんだか腹が立って、僕は一度入力内容を削除し、『ハンバーグ』とだけ打って送信ボタンを押す。


 『それだけー!?』と憤慨する彼女を想像したあとスマホをポケットにしまい、文庫本を広げソファに背中を預けた。


 先程感じた妙な感覚の事は、もう忘れていた。


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