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鈴ノ宮恋愛奇譚  作者: 麻竹
第一章【きっかけ】
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12

食事の間に着くと、長いテーブルに夕食が乗った膳が並べられていた。


―――ほんと、うちとは何から何まで違うなぁ~。


兇の住まいはびっくりするぐらい敷地が広かった。

当然、純和風の日本家屋でできた屋敷も広く3日もここで暮らしているのに時々家の中で道に迷ってしまうほどだ。

生活スタイルも純和風で兇の母親はもちろん、使用人さんから板前さんまでみんな和服姿で生活している。


―――最初ご飯出てきた時はびっくりしたなぁ~。どこの旅館?て感じだったもん。


事件の後、ショックで2日間寝込んでいた北斗は、目が覚めて初めて出された食事に目を丸くして驚いた。


―――だっておかゆ出すだけに膳だよ膳!うちなんかせいぜい丼か鍋だもんね。


目の前に出された豪華な夕飯を見つめながら北斗が感激していると、いつの間に来たのか兇の母親が目の前に座っていた。


「さあさ、北斗さんも冷めないうちにどうぞ。」


兇の母親の声を合図に夕食が始まった。

どれもこれも美味しい夕飯に舌鼓を打っていると、隣の部屋から奇妙な音が聞こえてきた。


ガツガツ ボリボリ


何かを食べている音のようなのだが、いやに音が大きい。

いつも、食事が始まる前までは隣の部屋の襖は開いており、北斗たちのテーブルと同じように膳の乗ったテーブルが並んでいる。

しかし、食事が始まるといつの間にか襖は閉じられてしまい、誰がそこにいるのか分からない。

ここに居候するようになってからずっと気になっていたのだが、兇や兇の母親は気にならないのかもくもくと食事を進めている。

幻聴かとも思ったのだが、夕食のたびに聞こえてくるのでそうではないらしい。

兇達に聞くにも聞けず、まして襖を開ける勇気もない・・・・というか開けてはいけない様な気がする。

仕方なくこうやって聞き耳を立てて様子を伺っているのがせいぜいだった。

北斗が首を傾げて悩んでいると、離れの台所から何かが割れるような派手な音とそれに続いて悲鳴が聞こえてきた。


「どうした?今の音は何だ?」


使用人の誰かが血相を変えて台所に走って行った。

北斗の脳裏に先日のアパートでの記憶がフラッシュバックする。


―――まさか?


居ても立ってもいられなくなり食事もそこそこに部屋を飛び出した。


「那々瀬さん!」


兇も北斗の行動に驚きながら慌てて後を追った。

北斗は無我夢中で走って辿り着いた台所を見るや息を呑んだ。

壁やテーブルはびしょびしょに濡れており、床にはひっくり返った鍋と落ちて割れたのだろう高そうな柄の皿が粉々になって散乱していた。


「さ、皿が・・・」


「まずいぞ」


使用人たちの驚愕した声が聞こえてきた。

その瞬間シンと静まり返る室内。

皆、青ざめながらある一点を見つめていた。

次の瞬間。


「ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!皿がっ旦那様の皿があぁぁぁぁぁぁぁぁ~~!!何ということでしょう、わたくし、私ったら何ということをヲヲヲヲヲ!!死んで、死んでお詫びしなくてわぁぁぁぁぁぁぁぁ~。」


静まり返った台所に、どこかで聞いたことのある女性の悲痛な叫び声が聞こえてきた。

声のする方を見ると、部屋の隅には先ほど会った菊という女性がいた。

菊は長い黒髪をばっさばっさと振り乱し、瞳からはぼろぼろと大粒の涙を溢れさせ、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら取り乱していた。

その姿は夢にまで出てきそうなくらい強烈で恐ろしい光景だった為、北斗は台所の出入り口から一歩も動けず口を開けたまま固まっていた。


「き、菊さん!大丈夫だから、皿なら大丈夫だから!また買えばいいんだよ。」


北斗に追いついた兇が慌てて台所に入り、泣き叫ぶ菊をなだめた。

菊は兇の声に顔を上げると―――


「ぼっちゃあぁぁぁぁん。もうしわけ・・・申し訳ございませぇぇぇぇぇんんん!!奥様の、奥様の大事なお皿があぁぁぁぁ。」


―――さっき”旦那様の大事なお皿”って言ってなかったか?


えぐえぐと泣き続ける菊の言葉に、部屋にいた全員が心の中でつっこんだ。

そんな周りの視線を無視して菊はふらりと立ち上がると、今度は食器棚の前までふらふらと歩いて行くと


「一ま~い、二ま~い・・・・」


食器棚の扉を開けると、身も凍るような低い声で一枚ずつ皿を取り出し数えていった。

その姿はまるで―――


「ひっ!」


北斗は思わず喉の奥で悲鳴を上げた。


「あらあらあら、菊さんまたやっちゃったのぉ~。仕方ないわねぇ~。お皿ならたくさんあるから大丈夫だって言ってあるのに。」


恐怖で後ずさった北斗の背後で、のんびりとした声が聞こえてきた。

振り返ると兇の母親が困ったような顔をして台所を覗いていた。


「驚かせちゃったみたいでごめんなさいね。菊さんああなると誰も止められないの。少しの間そっとしておけばすぐ治るから、後は私に任せて頂戴。夕ご飯まだだったでしょう?ちゃんと食べてくださいね。」


そう言って北斗と兇に部屋に戻るよう告げると、台所に入りテキパキと使用人達に指示を出し始めた。


「さ、後は母さんに任せて僕達は戻ろう。」


兇に促され、ぶつぶつと皿を数える菊を横目に北斗は部屋へと引き返した。






「さっきはごめん、驚かせちゃったね。」


「ううん、大丈夫。それより菊さんはもう大丈夫なの?」


今は夜半過ぎ。

お風呂に入ってさっぱりした北斗は、火照った体を冷ますついでに縁側に座って月を眺めていたところだった。

そこへ兇が現れ先ほどの騒ぎの事を謝ってきた。


「うん、もう落ち着いたみたいだって、さっき母さんが言ってたよ。」


「そっか、良かった。」


台所での惨事を多小なりとも気にしていた北斗はほっと胸を撫で下ろす。


「ここいい?」


「あ、うん。どうぞ」


兇は北斗に了解を得ると北斗の隣に腰掛け、同じように月を眺めた。


―――うわぁ~、鈴宮君の浴衣姿初めて見た。


兇も風呂上りなのだろう、湿気を纏った体を夜風に晒し気持ち良さそうに目を閉じていた。

そっと兇を盗み見ると、月明かりに照らされた兇は妙に色っぽく北斗の目に写った。

湿った髪に少し赤みを帯びた頬、男物の浴衣の前は鎖骨の辺りまではだけており、時折同じシャンプーの匂いが鼻腔をくすぐった。

下がったはずの体温が一気に上がっていくようで、思わず北斗は視線を戻した。

ドキドキする心臓とは裏腹に、同じ浴衣を着ていてもこうも違うのかと自分の着ている浴衣を見下ろしながら、色気の無い自分に落ち込み小さく溜息を吐いた。

鈴宮家の寝巻きは浴衣だ。

当然北斗も浴衣を着てはいるが、慣れないうえに帯は片結び、襟元は首の所まできっちり隠したその姿は、風情もへったくれもない有様だった。


「那々瀬さんは?」


「え?」


「那々瀬さんは落ち着いた?


「え、あ・・・うんだいぶ落ち着いてきたよ。」


突然言われた言葉に、さっきの動揺を悟られたのかと一瞬驚いた。

だがすぐに違うことだと気づく。

何故なら北斗を見つめる兇の眼差しがとても優しくどこか気遣うようなものだったからだ。

心の中がほんのりと温かくなった様な気がして、にっこりと微笑みながら頷いた。

事件から3日が過ぎようとしていた。

でもまだ3日。

本当は全然落ち着くわけもなく、立ち直ってさえいない。

こういう場合、一番に気遣い側にいるはずの親は今はいない。

肝心の父は遠い外国にいてこちらには当分戻れないらしい。

母は・・・・母も当然側にはいられない。

でも、何故か寂しいとは思わなかった。

それはきっと親友の若菜や兇達がいてくれるから。

それにこの家も広くて温かくてみんな良い人ばかりだからだろう。

そう思うとなんだか嬉しくなってきた。

ふと視線に気づいて顔を上げると、兇と目が合った。

あの優しい眼差しのまま北斗を見ていてくれた。

自然と顔が綻ぶ。

お互い暫くの間微笑み合っていた。


「俺が守るから。」


「え?」


「俺が那々瀬さんを守るから。」


だから安心してここに居て欲しい。

兇の言葉が優しく胸に染み込んでいく。

染み込んで染み込んで、心の奥深くに触れたその言葉に。

北斗は知らず涙を流していた。


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