表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/61

Ὸνειρο - 〝夢〟 -

 陽光の射し込む部屋で目が覚めた。

 ......ああ、”仕事”か......。

 いつか来ると覚悟していた。気怠く、ゆっくり、身体を持ち上げる。私の三十(キロ)も無いような体は、私の気分とは裏腹にいとも簡単に持ち上がり、私に現実を見せた。目の前には、私の仕える主。彼は情報が絶対に漏洩しない部屋に連れてきたようだ。主はいつも通り、銀色に染まった髭を持ち上げ、厳つい顔に不敵な笑みを浮かべている。スーツからはみ出た肌から刺青がのぞいているのも、全ていつも通りだ。


「エス」


 私の()()をボスが呼ぶ。シェリー・ウェスターなんて可愛らしい名前もあったような気がしたが、気のせいだった。私の名前は間違いなくエスであり、今の私は殺し屋だ。手には隠密性に優れた小ぶりの杖。ボスが直々に買い与えてくれたものだ。


「まあ言わずとも分かるだろう。”仕事”だ。今回狙うのは......」


 ボスが私に今回のターゲットを伝えてくる。隣には、金属光沢のある魔石で装飾が施された金色のベル。あれは今、王国でも遠隔通信手段として用いられているらしい。また、犯罪行為の調査などにも使われる。ただ、元は私達が開発したものだ。盗聴などの対策ができないはずがない。故に、放置していても問題ない。

 私はボスからターゲットと今回の手法を一通り聴き終えると、準備をして事務所を出た。その時からかは分からないが、私はきっと、冷酷な顔をしていた。


 ◇


 今回殺すのは上級貴族の息子だった。組織の邪魔になるから、という理由で私へ直接命令が降った。今回の手順としては、貴族の知人が貴族を宴会に連れてくるので、その帰り際に寝首を掻いて殺せ、との事だった。

 首に下げたネックレスを握りしめ、”少し可哀想”な雰囲気が出るように泥でメイクと変装をする。どうやら今回狙う貴族はそういった情に弱いタイプであるらしく、私は適当なバックストーリーを付けてそいつを殺す事にした。

 どうせ、こいつも奴隷を買って酷い目に合わせている。遠慮する必要なんてない。こんな奴に、私の苦しさが分かるものか。構うことはない。

 ......建前だった。後ろめたさを隠す為の、酷い言い訳。しかし私にこれ以外に道が残されていないのも、事実だった。

 ()()()()私は、星が照らす夜中、路地裏のゴミ捨て場から出て男の前に飛び出た。


 ◇


「可哀想に......親は、奴隷として売られたんだね」


 話には聞いていたが、今回狙う上級貴族は心優しい好青年だった。屋敷のメイドや執事からの信頼も厚く、次の当主に選ばれるに相応しいとして強く推薦されているようだ。裏を疑ってしまうなのは、やはり母の事を引きずっているからだろうか。

 男は炎と水の魔術で作り出したお湯で湿らせた布を、私の髪と肌にあてて私を拭いてくれた。自分で付けた物だが、少し絆されそうになり、すぐに考えを改める。この男は殺す対象だ。現に、その非道な魔石の製造方法を知らずに使っている。そう、こいつは良い奴なんかじゃない。殺していいんだ。自分にそう言い聞かせた。


「おや......このネックレスは......?」

「あ......それ、お母さんが最後に残してくれたんです。父の形見で......」


 そんなの全て嘘だった。母も父も、結局この国に負けて何も私に残せなかった。私は、負けない。父も母も買い戻して、私はこの手で幸せを取り戻す。魔石が仕込まれたネックレスに、祈ることもなく、私は静かに決意した。


 ◇


 男の寝息が聞こえる。無防備な寝息だ。部下に余程の信頼を置いているのだろう、寝首を掻こうとしている存在がいるとはつゆ知らず、腹の立つ寝息をかいていた。奴隷は外で水汲みをしているようだ。寝る暇もなく。私はそれを理由に、男を殺す決意を固めた。

 男の寝室に、私は与えられたメイド服で向かう。下は少し無理をした大人向けの下着を着て、色っぽくなっている。未婚のこの男の屋敷に子供用の下着が無かったのが原因だ。ノックもせずに部屋に入り、男のベッドへ近づく。布が擦れる音で男が起きるかもしれなかった。ネックレスがぶつかる音で男が起きるかもしれなかった。私がどこかで転んで男が起きるかもしれなかった。結局、男は起きなかった。本当に無防備なやつだ......緊張がどんどん高まっていく。失敗は出来ない。失敗して殺された仲間を、私は何人も知っている。みんなある日突然いなくなった。私は、男が殺される場面を思い浮かべて、その通りに動く事にした。


「なんだい......?」


 近づくと、男は起きてしまった。心臓が早鐘を打ち始める。失敗したか。いや、まだ諦めるのは早い。この男はまだ寝ぼけている......かつてないほど頭が回り、ある案を叩き出した。夜這い、という設定である。これなら、上手くいくかも知れない。私は男のベッドの中で、ゆっくりとメイド服を脱いだ。


「その......私、まだ、処女ですけど......可愛がってください」


 男を迎え入れるように手を開く。小さい女の子に、夜這いをされた男。男の股間を見ると、寝間着が思いっきりテントを張っていた。これなら上手くいく。確信を抱いた私からは、もう緊張が消え去っていた。男がごくりと息をのみ、その槍で私を貫こうとした。その瞬間。


「それでは......さようなら」


 私の詠唱によってネックレスから飛び出した氷の槍が、男の眉間を貫いた。物理法則に従い、物を言わなくなった肉塊は私の方へと倒れ始める。私はそれを避けると、屋敷の窓から事前に調べておいた誰にも見られないルートを使って、服も着ずに逃げ去った。


 ◇


 上級貴族を殺した。ボスはお金をくれた。貯金が貯まった。商人を殺した。貯金がまた増えた。王国騎士団の危険因子を殺した。ゼロミナから始めた貯金は一万ミナを超えた。王国から重要な事件ファイルを盗んだ。貯金がだいぶ増えた。反乱因子を殺した。貯金額なんて気にしていなかった。反国主義者を殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺すしかなかったんだ。


 ◇


 朝日の射し込む部屋で目が覚めた。

 ......ああ、”夢”か......。

 この夢を実体験した時から幾分か重くなった身体を、あっさりと持ち上げる。膝裏まであるような私の髪は、ベッドから持ち上げるのも一苦労だ。

 隣では、アドさんが眠っていた。この人が機械の類である事、この人が私を守る理由も、それらはなんだか理解出来るものだった。頭では理解出来ない、不可解なものなのに、本能が理解している。

 アドさんは窓際に肘をついて手を組んで椅子に座っていた。どうやらこの行動はじゅうでんというらしい。アドさんのじゅうでんを眺めていると、アドさんはいつもと全く同じ時間に目を覚ました。不自然に丸い目が開いた。どうやらメインカメラとかの形状の影響らしく、アドさんはその童顔と相まって子供らしい印象を私に与えている。


「おはようございます」

「おはようございます」


 兄妹か、姉弟のようなやりとりをする。それが私にはなんだか懐かしくて、とても幸せなものなんだ、と思えた。

 ふと、疑問が頭に浮かんできた。いつもアドさんがやっているように、私は疑問に思った事を片っ端から尋ねてみる事にした。


「私は」


 言いかけて、一瞬だけ詰まる。すぐに元の調子に戻って、どこかおちゃらけた風にアドさんに話し出した。


「何かを」


 何も。


「忘れているのでしょうか」


 考えたくない。


 それを口にした私の顔に伝う涙を、朝日が照らしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ