Βασιλικό κάστρο - 〝王城〟 -
案内された先は、バーだった。人気が全くなく、アドとエス以外客は居ない。
エスは案内されたテーブルに座ると、バーテンダーにギムレットを注文した。フレッシュな香りが漂ってくる。年老いて口ひげを蓄えたバーテンダーは、シェイカーを用意すると、そこに液体を注ぎ始めた。
話は少し遡る。
◇
王都ディナバス。そこでは、煩いぐらいの商人の声、鎧や剣が揺れてぶつかる音、食べ物の匂いで満たされていた。
世界に誇る大きさの城が、街の端からでもよく見える。大理石で構築された城は、ヨハナ曰く決して崩れることはないのだそうだ。あれにも魔術による強化が施されているのだろう、とエスが直ぐに推理すると、ヨハナは無理矢理話を逸らした。
「そ、そうだ! 王城へ、あなた方を連れてこいとの命が降ってるんでした。では、案内します。ついてきてください」
どこかぎこちない様子で街を歩くエス。ヨハナはこの街でも有名な騎士である。ヨハナたちはカラバイアでもっとも強い権力を持つ王国騎士団の騎士団長を務めている為、相当な有名人として街では人気だった。その為、どうしても一緒に行動しているアドとエスにも視線が行く。注目を寄せられることに慣れていないエスはこそこそとヨハナの後ろをついて行っていた。一方、アドは平然とした顔で歩いている。こう行った何気ない行動の一つ一つに、彼は気持ちを抱くことが出来ない。昔は、何か違ったのだろうか。アドが必死にログを探しても、ログの殆どは破損していて、分からない。それを虚しく思うことすら、彼には出来ない。
王城へと到着すると、二人の騎士がアドとエスの二人を囲んだ。王の身を守る為、念の為護衛をつけるとのことだ。王はペレストロイカのボスの傀儡となっている。裏社会に生きる人間は大抵戸籍も本名も消すか隠すかしている為、誰が裏社会の人間か見分ける術はない。その二つの要素が重なって、周りの動きに敏感になっているのだろう。いざという時はペレストロイカ側が王を選ぶ事だってできるのだから。そのために送られた人員ではないかと疑うのは、仕方がない。
エスはそんなカラバイア王の事を、情けないと心の中で毒付いていた。
◇
「我はこの冒険者の国を統べる王、ランベンノ=カラバイア二世である!」
招かれた場所は、王との謁見の間。アドとエスは自分の下に敷かれている赤いカーペットの先、王の座る玉座を見ている。その横を、騎士が6人ずつアドとエスの方を向いて並んでいる。
王は身長が2メートルはあろうかという巨漢であった。ボスから事前に聞かされた話では、王は臆病で自分に逆らえない男という話だったが、外見からはそういう人物像を全く連想させない。
「先日のサーウエストの戦い、我が側近ベイジャーから聞いたとも! 何でも、我が国の経済の要、冒険者ギルドの本部を命懸けで守ったそうだな。大義であった。褒めて遣わす! ......ふむ。汝らの実力を認め、王国騎士団臨時騎士へと任命しよう!」
ベイジャー、と呼ばれた騎士は玉座の真横に立っている騎士のようだ。名前を呼ばれた瞬間、片手を上げていたから二人もすぐに分かった。臨時”騎士”。カラバイアでは重大な問題が発生した時、武力や知力に秀でた人物を一時的に騎士に任命することがある。それに選ばれたのだ。超実力主義と言えば聞こえはいいが、要は自分たちで解決できない国の問題を国民に押し付けるということだ。
アドは体勢をピクリとも変えず、その言葉に耳を傾けていたが、エスは最初からそうなることを知っている為つまらなさそうだ。その態度を見て、ランベンノ二世がエスに向かって言う。
「不服であるか? よろしい。褒美をやろう! ベイジャー、あれを持ってくるがよい」
褒美、と聞いてエスの顔が目に見えて輝く。金の匂いがした瞬間に態度を変えるのは、エスの立場上仕方がない。一千万の借金を負っているのだから。
十分ほどだろうか。ベイジャーが小さい袋を持って戻ってきた。
エスの表情の輝きが減る。あんなものの中に、多くて十銀ミナ、つまり一万ミナ程度しか入っていないのがこの国だ。
ベイジャーが袋を王に渡し、王は仰々しくそれを受け取った。そして、王がゆっくりと袋を開ける。
そこにあるのは金貨。かなりの枚数がある。それを見るなり、ダルがっていたエスは突如として表情を変えた。
「汝らに地位、そして金貨百枚を授けん!」
「百!」
エスが目を輝かせ、食い入るように金貨を見つめていた。
◇
王城で案内された自分たちの部屋。エスが盗品対策に、自分で作り出した魔術ポケットに金貨をジャラジャラと仕舞っている。この魔術ポケットという案は今や常識のように浸透している魔術だが、本来であれば裏社会で重要な物品が盗まれないようにと編み出された魔術である。また、アドとエスが臨時騎士に命じられたのもボスが口聞きしてくれたからとのことだ。勿論、それに相応しいだけのポーズはとってしまったが......。カラバイアが、裏の面とどれだけ密に関わっているのか、ペレストロイカにどれだけ支配権を握られているのか、よく分かる。
「しかし、よろしいのですか? 男女が同じ部屋に二人など.......」
「いや、大丈夫なんで! 私はアドさんの事、信じてるんで!」
どうやらエスの貞操を心配したらしいヨハナが、エスとアドの部屋を分けようと提案している。そんなことをされては、連絡に支障が出る。王城で過ごす以上、出来る限り周りの人間に正体がバレないようにしなくてはならない。アドが監視をし、エスが通話をするというパターンを崩すと、まず間違いなく何かが起きる。エスは本能でそれを知っていた。アドにそんな本能など備わっていない上、今は別の疑問の方が強い。夜空を見ながら、エスのランベンノ二世に対する好感度の低さについて考えていた。
しばらくの会話でヨハナを説得したらしいエスに、アドは先程の謁見の間でのログを辿りながら、疑問をぶつける。
「貴女は、以前自分の貯金を見せてくれましたよね。二百万ミナ」
「......ええ」
ペレストロイカの事務所に滞在していた一週間、アドはエスに貯金を見せられた事がある。その時した質問が、アドのメインコンピュータに指示してくる。何故借金返済に充てないのか聞け、と。
エスはその時は答えなかった。だけど、今なら聞ける気がして、アドはそれを聞いていた。
それを聞くと、まるで最初からこう質問されることを想定していたかのように、エスは語り出した。
「......この国って、いい国ですよね。国民が活気にあふれていて、どこでも暗い顔をする人を見ない」
エスは窓の外を見ると、静かにため息をついた。
「少し、場所を変えましょう」
◇
アドはエスの案内で、裏路地にあるバーへとやってきていた。人気が無く、ひっそりとしたバーだ。バーテンダーはただ無言で、シェイカーを振っている。バーは基本、酒を飲んで話す所だ。酒の勢いのままに任せて、何かまずいことを言ったとしても、酒の仕業としてバーテンダーがごまかしてくれる。裏社会の人間が話をするにはうってつけの場所だ。
しばらく待つと、エスが注文したカクテルであるギムレットが出された。宝石のような澄んだ透明の液体が、アドとエスの表情を映し出している。
「これはですね、カクテルで、ギムレットって言うんです。一口どうぞ」
アドはエスに言われた通り、カクテルグラスを摘んで一口だけ飲んだ。アドの味覚センサーが高速でギムレットの味を処理し、辛味が強く爽やかな味という結果を出した。どうも、違和感をアドは覚えた。目覚めた直後なら、この結果を見る行為に疑問など抱かなかったはずだ。なのに、どうして今は形容し難い何かを感じているのだろう。何かが、自分に起きている。
そんなアドの様子を暫く見つめると、エスはゆっくりと口を開いた。
「カクテルにはカクテル言葉ってのがあってですね。このギムレットのカクテル言葉は”遠い人を想う”とか、”長いお別れ”とか」
「好意を寄せていた人物がいたんですか?」
アドの質問にエスは苦笑いをすると、ギムレットを一口飲んだ。そしてエスはアドのメインカメラをまっすぐ見つめると、薄っすらと浮かべた笑みのまま語り出した。
「いいや、そう言う訳じゃないです。さっき話した通り、この国っていい国じゃないですか。......それは、上辺だけなんですよ」
そう語ると、エスはぽつりぽつりと、自分の半生を話し始めた。