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Γ-6. Θυρα〝入り口〟

 王都の惨状の、一週間前の朝。

 エスは下から漂ってくる朝食の匂いで目覚めた。

 正直な話、今まで彼女の食生活というのは乱れに乱れていた。もちろん、仕事が理由である。

 が、そんなエスの生活を気遣ってか、最近は毎日のように朝食を作ってくれている。


「ありがと、お母さん」

「いいのよ。今まであなたに何もしてあげられなかったから。このぐらい、させて?」


 コーヒーとパン、サラダというシンプルな組み合わせの朝食に、まずサラダから手を付ける。その幸福をエスが味わっていると、二階からアドが降りてきた。


「あらあら......遅いお目覚めですね」

「申し訳ありません」


 アドも食卓につく。

 エスは、『そういえばアドさんが飯を食ってるところ見たことがない気がする』と思いながら、食事を進める。


 食事を終えると、エスとアドはふらりと外に出て、小さな畑の手入れをする。


 まだ苗を植えたばかりで、どれも育っていない。だが芽の高さにはばらつきが出始めている。


 土を耕したりする部分はほぼほぼアドが行った。畑仕事の力仕事部分で、エスはアドには敵わない。


 代わりに、芽の様子を見たり、虫食いを確認する細かい作業をエスが行うのだ。


 そうしているうちに昼になり、アルシノエがエスとアドを呼びにくる。


 昼ごはんは近所の川で取れる魚である。食い終わると、町で買ってみた本なんかを読みふけるために、エスは部屋に戻る。


 ーーーそして、夜。


「幸せそうだな、エス?」


 ログハウスの扉が叩かれ、外へ出ると、ボスが立っていた。見慣れたしわくちゃの顔。背広の裾から少し覗くタトゥー。


 エスは直感的に理解するーーー。


(私は、人を何人も殺してきたのだから。この生活が続くわけないーーー)


「エスー? お客さん?」

「大丈夫ー! 外で話してくるー!」


 エスは中で夜飯の準備をしているアルシノエにそう言うと、外へ出た。


 ◇


 川のせせらぎと透明な虫の声。


 白金色の髪の少女と、壮年の男性は向かい合って立つ。


 壮年の男性ーーーボスが、葉巻に火をつけ口に咥える。


「......何か?」

「知っているだろう、王国の様子を? 妖精との戦争中に内乱が起き、王都なんかは大惨事だ」


「そのお陰で、王都への攻撃のために町から人がいなくなって、商売上がったり、と本屋の店主が嘆いてましたよ」

「ははは、そうだな」


 ボスは魔術ポケットの中から、一丁の銃を取り出す。


 黒色のハンドガン。やや銃身は長い。エスが一千年前の世界から奪ってきたものだ。


 ボスはそれを持つと、隣の木に向ける。そしてボスが何かをスライドさせると、重心が開かれ、円柱状の銃身が現れる......それは、アドのレーザー砲とよく似ていた。


 そして引き金を三回引くと、小さく『シュッ』という音を立てて木に三発とも命中する。


「......これで、何を?」


「王を......カラバイア王を殺せ」


 以前似たような依頼を受けたなあ、とエスは思いつつ、ボスの目を見つめる。


「お前の考えていることは手に取るようにわかるぞ......『この幸せな生活を崩したくない』と思っているな?」


 図星であった。エスは恐る恐る、頷く。


「だが、私はお前がこう考えているような気がするのだよ......お前の終わりは『復讐』だと。

 思い出せ、怒りを......苦渋を舐めさせられてきたお前の人生を......カラバイアを殺し、お前の復讐に終止符を打つんだ......」


 言われてみればその通りな気がした。

 確かに、母親を救ったところでエスの中には消えない炎があった。

 しかしーーー『今』は幸せだった。


「......エス......私には分かるぞ。君は今、アルシノエに自分の仕事のことを話していないな。あまり褒められたことではないからな......」

「......」

「エス、分かっているんだろう。『この生活は長くない』と......『いずれ終わりはやってくる』と。

 なに、これだけだ。これが終わりさえすれば、君がこの稼業から足を洗うのを認めてあげよう。それに、買った『恨み』の処理は、ペレストロイカでしてあげよう。


 どうだ、問題あるかい?」


 そこまでの好条件を提示され、エスは、渋々、コクリと頷いた......頷いてしまった。


 ◇


「じゃ、お母さん、少しの間家空けるね」


 一週間後の夕方。用意を完璧に済ませたエスは母親とハグをし、アドと共に家を出た。


「では、失礼します」


 エスはアドに抱きかかえられる。

 アドのバックパックが開き、物凄い風圧とともにエスの体が宙に浮く。


 これで二度目の飛翔。

『飛べるならマシンタイタン要らなくね?』とエスは思っていたが、よく考えればアレはアドたちのために作られていないのだろう。


 コートの裾がバックパックに巻き込まれないようにエスは必死で抑えながら、王都ディナバスを目指す。

 飛んでいるうちに段々と日が沈み、王宮が見えてくるころにはすっかり夜になっていた。


 エスが嫌ってやまない王城が迫り、エスはため息をついた......そして、何か『異変』を察知し、体をブルリと震わせた。


(これは......なんだ? 王都の方か? 嫌な予感がする......)


 その予感は、たった三秒で的中することになる。

 目の前から迫り来る、『もう一つの』飛翔音。

 バックパックから青炎を吹き上げる音。暗闇で輝く、エスと同じ色の長髪。


「お父さん......いや! ジーン!」

「ポンコツ、と......! お前たちどこに向かってる!」


 ジーンは、チラリとエスに優しい視線を向け、言葉に詰まった。

 それはエスの父がかつて向けてくれた父性に溢れた視線だった。


「ハッ! あんたにいう義理は無いね!」

「失礼、私も聞かされていないのです」


「チッ......お前は壊さなきゃダメなんだよ、アド。お前を壊さなきゃ! 世界が滅んじまう!」 

「何を言ってるんです......?」


 ジーンは言葉もなく右腕のレーザー砲を開いた。エスを抱えているアドは、そのまま地面へと急降下するが......。


「待ってアドさん! 何かヤバい!」


 エスの直感からの忠告は、すでに手遅れだった。

 急降下したアドは、丁度爆弾を持った革命軍たちに突っ込んでいく。

 それを見た革命軍は......。


「飛んでいる! さっきのアイツの仲間だな!」

「爆弾を投げろ! 魔法が使えるものは放て! 命を捨ててでもこの国を変えるんだ!」


 自爆紛いの攻撃を繰り返すが、その程度の攻撃ではアドを怯ませることすらできない。

 その様子を見たアドは「何が起きているんです?」とエスに尋ね、エスはため息交じりに告げる。


「革命ですね......これは。この惨状は......成る程、息を吹きかけるためにペレストロイカを空けてたのか。

 ......ボスめ。テメエの魂胆、分かったぞ......シェリー・ウェスターは『捨て駒』か。国王を殺させて、殺した私はどのみち殺される......残った民衆を納得させるために、か。ッチ......完璧なシナリオじゃねえか......」


 今までに無いほど悪態をつくエスに、アドは多少恐怖心を抱いていた。

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