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Πόλις - 〝首都〟 -

「逃がしません!」

「援護します!」


 目の前には元の半分サイズのスライムのようになった肉の怪物。

 アドが出せる全力を用いて、その怪物を追いかける。

 しかし、アドとエスの奮闘むなしく本部へ到着した怪物は、そのまま覆い被さるようにして……


 その場を通り過ぎて行った。


「……」

 [分析開始……リザルト: 反応消失。放置による危険性……15%以下]


 唖然とするエスと、何も言えなくなっているアドにシステムメッセージが冷酷に告げる。

 つまり、自分達は無駄な事をしていたのだろうか。放置していても問題なかった存在を、必死になって追いかけていたのだろうか。エスの頭にそんな考えが過った。そして、緊張がすっかり解れて、ぺたりとその場に座り込んだ。


「おーい! お前たち、あの怪物はどうした?」


 エスがふぅ、と溜息をついていると、先程まで気を失っていたヨハンが駆け寄ってきた。回復魔法で動ける程度に傷を癒したのだろうか、ボロボロになった鎧から傷の塞がり始めた肌が覗いている。


「反応が……消失しました……」

「アドさんによると、危険度は15%以下らしいですよ?」


 エスの報告を聞き、ヨハンは安心したように溜息をつく。


「そうか。民間人はもう外へ出ても大丈夫なのか?」

 [分析開始……リザルト:15%の再出現の可能性あり。注意喚起を推奨]

「うおっ。なんだこれ?」


 誰も口を開いていないにも関わらず突然鳴ったシステムメッセージに驚くヨハン。しかしその内容を聞いて、安心したように胸をなでおろした。

 そして、何か決まったことをいうかのように硬い口調で喋り出す。


「えー……あなた方には、お世話になりました! こちらからも何かお礼ができればと思います!」

「……では、王都へ連れて行ってもらうというのはどうでしょう?もう日が暮れてしまったので、明日にでも」


 畏まったヨハンの言葉に、即座に返答するエス。王都へ向かっている途中にトラブルに見舞われすぎて到着が随分遅れている。


「はい! かしこまりました、騎士団の馬車をお貸しさせて頂きます」


 ヨハンはそう言って慣れない様子で道をかけて行った。

 ヨハンが去って行った後、エスは笑顔でエスに手のひらを向けた。


「......なんですか?」

「ハイタッチですよ、ハイタッチ。ほら」


 エスはアドの手を持ち上げ、自分の手の平とアドの手を重ねる。エスの手のひらに冷たい感触が伝わってきて、エスはアドが本当に機械であることを改めて理解した。彼女が笑っている理由を理解することすら出来ないアドには、エスが心の中で何を考えているのかなど、分かるはずがなかった。

 エスの笑顔と、アドの無表情は月に照らされ、輝いて見えた。


 ◇


 同じ月明かりを浴びたペレストロイカの事務所。そこでは一人事務作業を終えたボスが、部屋に備え付けられたベルで自分の部下と会話していた。アドの行方を探らせた男だ。


『はい。どうやら、奴はソルテリッジ海溝を浮かんでたところ発見されたみたいです』

「ソルテリッジ海溝? ......ああ、妖精の丘の隣か。からくり人形の癖して随分水に強いんだな」

『……ボスは、あの男が機械の類と信じているんですか? 姿や攻撃をそれっぽく見せる魔術なんて、ごまんとありますよ』

「そうだな。だが、奴は確実にからくり人形だ……今の話を聞いて確信が持てた。奴と似たような名乗りをして、似たような戦い方をする女を、以前俺は殺した。確か……番号はなんだったか、忘れたが。とにかく自分の事を”ノイ”と呼んでいた」


 ボスがデスクから葉巻を取り出し火を付ける。

 再度ベルに付けられた魔石が輝き、男が話し出す。


『流石ボス。では奴も……?』

「いいや、奴は俺では殺せん。からくり女を殺せたのは単なる偶然に過ぎなかった。奴に対して慢心は危険だ」


 口から煙を吐きながら、ボスはデスクの上に乗った書類に目を向けた。

 そこにはカラバイア文字で”Vさんへ”と書かれている。その下には”D"のサイン。


『……正直、ボスの言う”再構築”もあの女も、よく理解できません。ボスはエスをどうして王都へ……?そして、あの女を気にいる理由は?』

「再構築については、お前にも答えられない。エスについてもだ。ただ、エスを王都へ送った理由は答えることができる。0154が邪魔だったからだ」

『ボスは出来れば大切なものは安全に保管しておきたい人間だと思っていましたが』

「変わらんさ……0154はこの世の凡ゆるものを超越した金庫と言える。特にエスは大切に扱うだろう。からくり女がそんな感じだった。しかし、それ以外では暴れないとも限らん。特に俺に対してはな。ノイとかいう女を殺した事を知った拍子に全力で殺しにかかってこないかも分からん」


 ベル越しに男は不安そうな顔を浮かべていた。いつものボスであれば、どのようなマフィアが襲撃してこようと、王国のガサ入れが来ようと髭を蓄えたいかつい顔に大胆不適な笑みを浮かべながら”何も問題はない”と言う。そんな男なのだ。

 そのボスがここまで慎重になるという事は0154がボスの目に特別強大な存在に写っている事は容易に理解できる。ただ、ボスが彼の何を恐れているのか、まるで理解が出来ない。


『ボスは何故、奴を恐れるんですか?』

「恐れているわけではない。ただ奴の存在が、この”世界”を破壊するか否かがまだ不明というだけだ。何も問題はない」

『……了解。引き続き、捜査を続けます』


 そう言って男はベルに魔力を注ぐのをやめた。魔石の輝きが消え、ペレストロイカの事務所にも魔石の灯りが消えていく。それを見ると、ボスは書類に目をやった。

 手書きの文字……今追っている暴動事件の書類だ。転送魔法で今日送られて来たそれに書かれた情報を見ると、ボスはニヤリと笑った。


 ◇


 ガタガタと、馬車が揺れている。荷台部分は鎧や武器を身につけた屈強な男が何人も乗ってもなんの問題もない構造となっていた。そこには3人しか乗っていない。

 アドと、ヨハナと、エスである。他の騎士は復興作業を進めるためサーウエストに残った。


「いやー結構早いですね! これならすぐですよ!」

 [分析開始……リザルト: この速度でなら 最低で 5時間ほどで王都です]


 カラバイア王国はその歴史から物凄く広い領土を持つ島国だ。周りを4つの海に囲まれ、船を使って貿易を行っている。その為移動に際してあまり多くの手段は存在しない上、あったとしても物凄く遅いことがほとんどだ。魔物に襲われる、盗賊に襲われるなど理由は様々だが予定通り到着出来ることなんてまずない。そんな環境を加味したアドのシミュレーションで最低でも5時間で王都へつけるという速度を出せる馬車。他の町がもっと欲しがってもいいのではないだろうか。

 エスが疑問を抱いているのを察したのか、ヨハナが聞かれてもいないのに応える。


「この馬車は王国騎士団専用の馬車として、製造方法は秘匿されているんですよ」

 [分析開始……リザルト:不明なエネルギーによる強化が施されています]


 システムメッセージの解説を聞き納得がいったらしいエスは、満足そうにヨハナに頭を下げる。

 物体に身体強化魔術のようなものをかけているということだろう。故にこの早さ。国家機密を一瞬で暴かれたことで、若干ヨハナの顔が引きつっていた。


 途中乗り物酔いを訴えるエスの為に一回だけ馬車が停止した。

 近くの森にエスとアドが入っていく。


「大丈夫ですか?」

「ええ……おえっぷ」


 明らかに大丈夫ではない。アドが夜空を見上げながらエスの背中をさすっていると、エスも空を見上げる。綺麗な空だ。天の川が頭上にある。アドがそれに少し懐かしさのようなものを感じていると、それを見ていたエスが綺麗な夜空に触発されたか、エスが突然歌を口ずさみ始めた。透き通るような声だ。エスはその歌に、確かに自分の内側から呼びかける何者かの存在を感じ取っていたが、それは気のせいだと、これは自分がこの夜空に感動したから歌うのだと、続けた。


「きーらーきーらーひーかーるー……」

「おーそーらーのー……あれ……?」


 気がつくと、エスに釣られてアドまで歌い出していた。

 不思議なことだ。アドのメモリのどこにも、”夜空を歌った歌”なんて記録は存在しないはずなのに。

 ましてや、それを歌っていた人の顔なんて知らないはずなのに。

 何故か懐かしく、悲しい気持ちになった。


「……馬車へ、戻りましょう」


 エスがアドを馬車へ押し込める。そして再び馬車がガタガタと揺れ出し、しばらく走った所で強い揺れが走ったかと思うと、王都の門が見えて来た。

 王都ディナバス。冒険の国カラバイアの首都。サーウエストの喧騒すら目ではないほどの熱気が、そこから天の川とよく似たものへ溢れていた。


 ◇


 [不明なシグナルを検知 分析開始……100% 動画ファイルを再生します]


『きーらーきーらーひーかーるー』

『……歌、というものは不思議ですね』


 自分が博士に言っていた。どうやらここは桜の花咲く庭であり、吹く風とともに桜が機械の肌に触れていた。チラチラと映り込む空からは夜空が読み取れる。

 自分は開発途中なのだろうか、自分の体にはまだ肌色の素材が貼られておらず金属が丸出しになっている。顔だけは整えられ、人間の顔をしていた。


『博士は、きらきら星が好きなのですか?』

『いいや。あんまりにも夜空が綺麗だからね』

『夜空が……? ......』


 自分は唐突に黙り込んだ。得た疑問について計算で答えを割り出そうとしているのだろう。

 その様子を見て博士は苦笑いすると、自分のおでこを小突いた。


『はは、そんな難しく計算しなくていいよ。君には感情が組み込まれているんだから、一緒に歌おう?ほら、きーらきーらーひーかーるー……』

『おーソーラーノーほーしーよー』

『まだ、少し硬いね。ほら、もう一回。おーそーらーのー』

『おーそーらーのー』


 自分が博士の真似をして綺麗に発音できたのを見て、博士は嬉しそうに飛び上がった。


『上手!そうそう、その調子よ』


 ああ。何故今、このタイミングでこの記録なのかが分かった。

 この動画は自分が初めて感情を抱いた時の記録だ。未だ博士の顔も、博士の顔も、ノイズが混じって認識出来ないが、これだけは分かる。

 ノイズが強くなっていく。動画の再生が不安定になっていく。それに”私”は必死で手を伸ばす。



 嫌だ、この”記憶”だけは手放したくない............。



 ◇


 [感情プログラムの一部復元を開始……成功

 セットアップ開始……100%

 感情データの再ダウンロード……100%

 内部データの状態チェック……グリーン

 本体の状態チェック……イエロー

 強制的に起動しますか?


 Yes.22190154.


 起動完了]


 ◇


 カラバイア王国、ディナバスの外れ。

 そこには、明らかに異様なものが異様な場所で蠢いていた。

 肉塊のスライム。体のあちこちから呻き声を上げながら、遊園地のような場所を這いずる。


「あぁ……誰かと思えば、貴方達でしたか」


 そんな中、スライムに話しかける男がいた。

 亜麻布で出来た長袖の貫頭衣に、頭に花冠のような物を乗せている不健康そうな色白の青年だ。

 青年はスライムを構成する一つの肉塊を撫でると、指でつまんで案内するように歩き出した。


「さぁ、どうぞ」


 青年に案内された先は、遊園地の中心にある巨大ジェットコースター。そこに張り付く不気味なもの。紫色の神経のような管の塊が、ジェットコースターに張り付き、そこからぐじゃぐじゃに丸められたそれの塊へと伸びている。

 そのグロテスクな物体を見て、青年はニヤリと笑うと、スライムを乱暴に押し出した。


 その物体にスライムが吸い込まれていく。肉塊を通っていた紫色の管が物体に張り付き、自分の魔力を注ぎ込んでいく。それに合わせ物体が収縮し、やがてスライムは蒸発し消え去った。


 その様子を、青年はただただ笑って見ているのみ。

 その笑顔は狂気を孕んでいた。

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