Γ-4. Ψέμα〝嘘〟
手筈通り、廃墟へと戻ってきたアドは、いつもの服に戻ったエスと合流していた。
廃墟の奥では、アルシノエが寝息を立てている。
「おかあさん......」
エスは泣きそうになりながら、アルシノエを見つめている。アドはそんなエスに、温かい視線を送っていた。
しばらくそうした空間が続いていたが、アルシノエの目が開かれ、その空間も終わりを告げた。
「ここは......」
「お母さん!」
思わず感極まったエスが、アルシノエの体を抱きしめた。
アルシノエは困惑した顔で、エスの方を見る。そして、自分の胸に擦り付けられている顔を見て、彼女の目が潤った。
「ああ、シェリー......!」
エスの名前を、アルシノエが呼んだ。
そのことが、何よりも嬉しくて、今までの不安だとか全部、消えていくようで。エスことシェリーは、感極まって泣き出した。
「おかあさん、わたし、がんばったよ。すごく......うぇっ」
「シェリー......いいこね......」
思わずえずいてしまうぐらい泣きじゃくるシェリーと、ただ静かに涙を流すアルシノエ。
親子二人は、そのまましばらくの間、泣きながら抱き合っていた。
そんな二人の邪魔になると考えたアドは、そっと廃墟を立ち去った。
「ねえ、シェリー......」
「何?」
再会の涙を流しきったエスに、アルシノエが問いかける。
「あそこに、テオも居たわ。あれは......」
「......人違いだよ。すごく似てて、私もびっくりしたんだ」
そこから、今までのことの大部分をぼかした、エスの説明が始まった。とても長く、退屈で、しかも何やら言葉に詰まることも多く、とても聞いていられるものではなかったが、アルシノエは時折首を傾げつつ、最後には頷いた。
そして、「勘違いだったのね」と薄く笑った。
◇
「なあんだ、なんだ、あはははは!!!」
その日の夜、久々に母親の手料理を食べた後、私は外に出て笑っていた。
何が、何が!
『シェリー・ウェスターの実在の証拠は、残念ながらどこにもありません』だよ!
トゥニカのその言葉は、間違っていたのだ。その証拠に、だってほら、おかあさんは私のことをシェリーだって言ってくれた。
もうどんな不安にも立ち向かえる。お母さんが私のことを『シェリー』って言うんだから、私はシェリーだよ。
何が『私は私じゃないかもしれない』だよ。『君はサリヴァンだ』だよ。私、シェリーじゃん。ちゃんと、私じゃん。
最高の気分だ。私はもう元の暮らしには帰れないけど、せめてお母さんだけでも、戻してあげよう。そして、心がどうしても辛くなったら、いつだって会いに行こう。
そうだ。お父さんも、もしかしたら元に戻せるかも。まずちょっとお父さんの人格が出てくるかどうか見て、出てきたら戻す方法、考えよう。楽しみになってきた。
それから、お母さんとお父さんに、家を買おう。いや、先に買っちゃお。
それで、一緒に暮らしてもらおう。私はたまに帰るだけでいいや。血生臭いまま、家には帰れないし。
そんな幸せな妄想を終えて、私は久々にお母さんと一緒に眠ろう、と思って廃墟へと戻った。魔法を使って料理したから、ちょっと木の箱が焦げちゃったりしてる。
お母さんに『洗い物は明日にしようよ』と伝え、木の箱を積んだだけの質素なベッドの中に入り込む。
アドさんはどこかへと出払っていた。私の勝手な妄想だけど、再会に水を差すまい、としてくれたんだったらいいな。
お母さんがベッドの中へ入ってきて、私はすごく温かい気持ちになった。
久しぶりに得る、安心感。なんというか、『母の温かさ』みたいなことなのかな。なんか、そういう感じ。
そして、お母さんが口を開いた。
「......シェリー? うん、シェリー......よね?」
「どうかしたの、おかあさん?」
「あなた......? あれ? でも私が生んだのは......あれ?」
......まさか。
嫌な予感が頭に過ぎる。やめろ。私は、今、最高の気分なんだ。
その先を話すな。やめてくれ。やめろ。やめろ。やめろ!
そんな私の想いを全く無視して、お母さんは言葉を繋げた。
「あなた......本当にシェリー?」
私の心が、ガラガラと音を立てて崩れた。証明された。トゥニカの言っていることは真実だと。私の疑いは本当だと。
こうした時、人は泣いて何もできなくなってしまうだろう。だが、私のとった行動は違った。
「ふざけるな......!」
「シェリー!?」
お母さんの首筋を、私の小さな手が絞めている。頸動脈の流れを止めて気絶させる、何度もやってきた技。お母さんのは顔を真っ赤にして、口をパクパクさせながら、私の手を剥がそうともがくが、私の方が力が強かったらしく、剥がれない。
ああ、私は何をやっているんだ。なんてことをしているんだ。滅茶苦茶じゃないか。お母さんを絞め殺して得るものなんか何一つないどころか、失うものの方が大きいのに。
でも、止まれない。
「ふざけるな! 誰がなんと言おうと、私は私なんだ! あんたの娘のシェリーなんだよ!」
「か、はっ......シェリー、やめて......」
「撤回しろ......撤回しろ!」
「わかった、わかったから......やめて!」
お母さんにそう言われて、私の体はようやく止まってくれた。
私は必死に平謝りをする。なんてことをしてしまったんだ、と。そして首に出来てしまった痣に回復魔法をかけると、お母さんは暖かく抱きしめてくれた。
「ごめんなさい。あなた、私を助けるためにすっごく頑張ってくれたんだものね。あんなこと言ったら、傷つくわよね」
「あ、ああ、うん......いや、えっと.......流石にやり過ぎたから......」
「多分、気のせいよ。だって私、白い髪の女の子を産んだはずだもの。黒い髪の女の子と暮らしてた覚えはないわ」
「......黒い髪......?」
恐る恐る尋ねると、お母さんはその子の特徴を淡々と並べた。
私と身長は同じくらい。黒い髪を短く切って、黒い瞳の女の子と暮らしていたような記憶が出てきて、混乱したそうだ。
でも、産んだのは白い髪の女の子一人のはずだから、そんなことはあり得ない、と言っていた。
話し終えると、お母さんは『なんだったのかしらね』と笑った。けれど、私はその人物に、少し心当たりがあった。
......サリヴァン。
その人名が脳をよぎった瞬間、廃墟の入り口から物音が轟いた。木の箱が破壊された音だ。
パパドプロスの手先に見つかったか。いざという時の逃亡ルートは考えてあるし、お母さんにも伝えた。お母さんはそっちの方へ移動し、私はダガーを取り出してそっと物音のした方へと近づいていく。
そこに居たのは......。
「ーーーシェリー・ウェスターですね」
アサルトライフルを構え、メカニカルなスーツを着込んだ連中だった。ヘルメットを被っていて、全員顔がわからない。この感じ、一千年前世界の連中だ......何をしにきた?
そしてその中心には、大柄な女が居る。その紺色の髪には、見覚えがある。
「ペトラ!」
「機動部隊52Γです。同行願いたいのですが」
「なんででしょう」
「盗難容疑があなたにかけられています」
なるほど。泥棒を捕まえにきた、至極まっとうな連中らしい。
だが、なんというかそれだけにしてはやや装備が派手すぎる。
確かに私は向こうの世界で人を一人殺したが、それに対して捕縛のためにこんな豪華な装備の部隊を投入するのは、力加減を見誤っているか、それ以上の理由がある時のどちらかだ。
......後者だな。私は一体、何者なんだ。
「いいえ、私は何もしてませんよ。ほら、ご覧の通り、武器もここにはありません」
「事情聴取のために同行願いたいんです。そのための部屋を用意しましたので、そちらへ」
「そもそも、あなた達の世界で盗難は違法かもしれませんが、それはあなた達の世界の話ですよね?」
淡々と時間稼ぎのために言い訳をしていると、ペトラが茶々を入れてくる。メカニカルスーツに身を包み、いつの間にか髪をまとめていた彼女の風貌は、なんだか新鮮だった。
「えっちゃん性格わるーい!」
「うっさい!」
「ええ。勿論、それは承知の上で、既にカラバイア王の認可はとっています」
「あらあらあら。それは随分ご丁寧なことで......アドさん!」
私は上空で待機していたアドさんに合図をした。アドさんの、青白色のレーザーが、機動部隊を襲い、機動部隊は陣形を崩された。
「0154か......!」
機動部隊のライフルが一斉に上空を向いたのを見て、私は煙幕玉を地面に叩きつけ、お母さんの手を引いて、その場から逃げ去ってやった。




