Γ-3. Διοικησις〝特殊部隊〟
「さあ! この奴隷、三十から!」
タキシードを着た男がベルを片手に叫ぶ。背後には檻に入った奴隷。筋肉ムキムキだ。服は一切着せられておらず、両手両足を枷に繋がれ、油をかけられている。
「三十五!」
「四十!」
「五十!」
「六十五!」
貴族たちが手渡された札を掲げながら、値段を叫ぶ。当然単位は『万』。
が、男は気にくわないらしい。
「渋い! 彼の筋肉が目に入りませんか! こんな肉体労働にも最適な奴隷、普通の奴隷市じゃ手に入りませんよ!? 鬼神が宿ったかのような背中の仕上がり、見てください!」
「七十!」
「百二十」
唐突に跳ね上がった値段を聞いて、貴族もエスも、全員ソイツの方を向いた。
ちょっと小綺麗な程度の貴族だ。周りの貴族は皆一様に不思議そうな顔をしている。あまり高額で落札する価値があるものとも思えなかったから、この先にある『目玉商品』を目前にして序盤から払い過ぎでは、と思ったから。
そして、その顔に全く生気が宿っていなかったから。
だが、それはエスとアドにとってはどうでもいい。
それ以上に、隣に立っている男に目を奪われた。
ヘテロジニアスセカンドサイト0098。通称ジーンだ。
間違いない、白い髪に赤い眼。エスとそっくりな見た目だ。
どうも、檻の中のアルシノエもその存在に気がついたらしく、その黄色い瞳を丸くして、ジーンの方を凝視している。
「いいね! もう一声ない? ないな! じゃあお客さん落札だ!」
貴族に檻の鍵が一本手渡される。
そして、スタッフがまた新しい檻を壇上に上げてきた。
また、ジーンとその貴族が落札。ジーンが貴族に何やら耳打ちをしている。
そして、また同じように檻が運ばれてくる。
中にいるのは、アルシノエ。彼女は必死でジーンの方を見つめている。彼女は、ジーンのことをテオドロスだと思い込んでいるのだ。
オークションが始まると、ジーンの隣の貴族は、震える手で札を持ち上げた。
「一千......!」
全員がそちらを振り向く。
貴族はブルブルと震えていたが、ジーンはどこか満足げだ。
(お前も狙ってんのかよ......!)
これはエスもジーンも知らないところではあるが、ジーンには微かにテオドロスの記憶が残っていた。
だからこそ、アルシノエがこうして出品されると聞き、強い興味を示したのだ。
慌ててエスは札を持ち上げる。
「一千二十!」
「......一千三十!」
貴族の震えが治まってきた。そして、貴族は何かのネジが外れてしまったらしく、「ふへふへ」とだらしなく笑い出した。
「一千三十一!」
「一千四十!!」
「一千四十一!」
デッドヒートに、その場の貴族は疑問を示す。
使い古された性奴隷に、果たして一千万もかける価値があるだろうか? いや、ない。この空間で、エスと貴族は明らかに異質な存在だった。
「一千五十!」
「二千!」
「二千五百!」
一千五百万を超えた時点で、エスの財布はすっからかんだ。
こんなことなら、もっと稼いどくんだった、と渋い後悔を覚えながら、エスはアドに耳打ちする。
(お父さん......いや、ジーンさんの気を私が逸らすので、私が合図をしたら、お母さんを連れて逃げてください。合図は事前に伝えたものを用います)
(了解)
「三千!」
未だかつてない価格高騰によってポカーンとしている貴族たちの目の前で、エスは『あるもの』を握りしめた。武器が持ち込めないこの空間で、容易く武器になりうるそれを。
そして指笛を吹くと、アドの腕がバカリと開かれ、レーザー砲がシャンデリアの煌めきの元に露わになる。極細のレーザーが、アルシノエの檻を焼き切り、アドがアルシノエの元へと駆け出す。
それを阻止すべく、ジーンが走り出すが、エスは握りしめたそれーーー硬貨を、ジーンに向かって投げつけた。
ごく僅かな瞬間、それに気を取られたジーンの足が止まる。アドにとっては、その一瞬だけで十分すぎる時間稼ぎだ。
「失礼します」
アドはエスに『急に女性の体に触れるのはマナー違反である』と言われたことを思い出し、丁寧に一言声をかけてから、アルシノエの首と膝を持って抱きかかえた。
アドの背中がガバリと開き、ジェットパックが展開された。そして低空飛行で飛び去るアドの背中を、エスに狙いを逸らされたジーンのレーザー砲が掠めていった。
「アドさん、やっぱ飛べるんだぁ......」
そんなエスの感想が、ホールに木霊した。
◇
「みなさ〜ん! まもなく山を抜けます!」
アエテルナエの村跡地で、メカニカルな特殊装備に身を包んだ人たちの先頭に立っている、大柄な女が明るい口調で合図した。
長い紺色の髪をポニーテールにし、左目には眼帯をし、金色の瞳で、タレ目の女。服は周りの人々と同じく特殊なスーツ。ペトラだ。
「やあっとかあ......」
男の一人がペトラに近づいた。メット越しだから、声はくぐもっている。
「ジェーン隊長、お疲れ様です!」
「やあ、まだだよ。労いの言葉にはまだ早い。まだ......」
ジェーンは腕のメーターを覗き込む。『RED』の位置を、針が指している。
「まだ、シェリー・ウェスターを回収してない」
機動部隊52- Γ隊長は、そう言って前を向いた。




