Γ-2. Ρκλάβος〝奴隷〟
「アドさん。作戦を振り返りましょう」
アジトに選んだ廃墟の中、エスはアドと作戦について話していた。
つまり、パパドプロス卿から母を買い戻すための作戦だ。
屋根が一部崩れ落ちた木造の平屋。出鱈目に積まれた木の箱が、椅子とかテーブルにちょうどいい。
なぜ廃墟なのかというと、単純に『いざという時のため』だ。
金銭的に余裕を持って挑んでいるつもりではあるが、もし足りなかったり、ありえないほど高額で落札されてしまったら(尤も、使い古された性奴隷の買い手などたかが知れている)、エスはオークション会場を破壊する気でいる。
そのためにも、アドと作戦を共有しておく必要がある。アドはおそらく、そうしたことをするには最適な人材だ。
「いいですか、まず二人で潜入します。事前情報によると、こことここでボディチェック。魔術ポケットも見られるらしいので、私は武器を持ち込めませんし、顔も隠せません」
「アルシノエさんが登場したら私が?」
「まだです。本当は私だってあのクソデブに一泡吹かせたいですが、買えるようであればお母さんの購入を優先しましょう」
アルシノエを購入できたら、エスの目的は達成だ。達成のはずだ。
しかし、エスはこう思っていた。
『本当はパパドプロス卿が憎くてたまらない。憎くて憎くて憎くて、あの男の何もかも全てを破壊するまで、私は満たされない』と。
だが、今はそれ以上に、彼女の母親のことが重要だった。
「買えたら、速攻でここに連れてきます。ロクでもない装飾をされてると思うので、ここで着替えさせたりしましょう。それから、もし先に落札されそうになったら、アドさんの出番です」
「なるほど」
「お母さんを連れて、高速で飛び去ってください。この時、顔を見られないよう注意お願いします」
「ボディチェックは?」
「包帯を持ってきました。その皮って脱げるんですか?」
「はい」
エスの指示で、アドの顔の皮がずるりと全て剥がれる。
エスが「うわ......」と思わず漏らしてしまうぐらいのグロさだ。だが、それでいい。
「イケそうですね。それに包帯を巻いて、近くにあった大火事で顔が焼け爛れてしまったということにしましょう」
「成る程。決行はいつに?」
「三日後、オークション当日です。下見は終えました。パパドプロス邸の地下で行われるようなので、パパドプロス以外は殺しても構いません。警備員の雑魚とかですね」
こうして、エスは母親に再会しようとしていた。
◇
オークション当日。
作戦通り、エスは普段通りの格好......とは、微妙に違う。
ペトラに切り落とされた髪を、三つ編みハーフアップとポニーテールを組み合わせたスタイルにした。
服はいつもの使い古した黒コートではない。普段買いもしないドレスを着ている。これはボスからのプレゼントだ。エスが無事仕事を果たしたことで、よほど機嫌が良くなっていると見える。
ただし、このドレスの下には上から順にタンクトップ、ショートパンツ、ニーハイといった、『動きやすさ』を重視した服を着ている。
逃走時にはどさくさに紛れてこの服を破り捨てて逃げる手筈だ。
アドはロズウェルから受け取ったトレンチコートは着ることができない。妖精王の護衛として、その服装はあまりに広まりすぎた。
故に、服は平民でも買えるぐらいの、冒険者用のグレーのコートを購入し、そのフードで頭をすっぽりと隠した。アドは胸部あたりに取り付けられた革製のポーションホルダー付きベルトが気に入っている。
その顔は目を少し出すように、包帯でぐるぐる巻きにされている。
「はい。よし。よし」
エスのボディチェッカーは女。アドのボディチェッカーは男だった。こういうところだけは配慮するんだな、とエスは思った。
アドが男のボディチェッカーに「包帯、少しずらしてもらえますか?」と聞かれ、少しずらすと、事前に剥がしておいた皮の『中身』が見える。
ボディチェッカーは気持ち悪そうにしながら、二人の名前を呼んだ。
「エスカ・テスラさん、アドミン・イーストさん、入場です!」
入場口に居た受付員が、羽根ペンで二人の偽名をサラサラと書き込んだ。
ボスがどういう手口でここに入れるようにしたのかは一切わからない。が、一応この空間では二人とも貴族ということで通っている。
中へ入ると、キツイ香水の匂いが漂ってきて、エスは顔を顰めそうになった。が、ぐっと堪え、ワイングラスを受け取った。中には真っ赤なワインが注がれている。
豪華絢爛なカーペット、優美に煌めくシャンデリア、純白のテーブルクロスの上には、金銀財宝と見紛うほどのご馳走が乗っていて。
そして、それを囲むように、奴隷の檻が配置されている。
入り口と、それの反対の方向にある壇上以外、どこを見渡しても奴隷ばかりだ。
筋肉が自慢の奴隷や、性奴隷なら、裸に油をかけられて肌ツヤが良く見えるようにされている。
傷がついた奴隷は一人だっていない。パパドプロスの回復魔法だろう。
エスは必死で自分の母親、アルシノエの姿を探す。白い髪。赤い眼。一児の母にふさわしい容姿の女性を......。
(......見つけた!)
エスがぐるりと回った視線の先、体育座りで、アルシノエが虚空を見つめていた。短く白い髪。エスやテオドロスとは違い、黄色い瞳。エスは父親似だったから、アルシノエとはあまり顔が似ていない。
まだ生きているということに安心すると同時に、そのやつれた顔を見てすごく不安な気持ちになった。
しばらく貴族どもとくだらない会話をして過ごしていると、壇上にタキシードを着た男性が上がってきた。
「皆さん、ようこそおいでくださいました。パパドプロス卿主催、奴隷オークションへようこそ。このオークションはパパドプロス様が特に力を入れて調教した奴隷を、特別にみなさんに与えようというものです......」
男は淡々と、手に持った紙の内容を読み上げていく。エスにとって、その言葉の一つ一つは聞きたくもない、ただ自分を苛立たせるだけのものだ。
(聞いてるだけで耳が腐る)
「......続きまして、パパドプロス卿よりご挨拶です」
壇上に、油ぎっていて、香水の匂いがキツイ中年の男が上がってきた。パパドプロスだ。
「ようこそ皆の衆!」
幼少期のトラウマがフラッシュバックして、エスは目と耳を塞いだ。
そんなエスの頭を、ゴツゴツとした手が撫でてきた。
その熱のない手を、『優しい』と思えたことを、きっとエスは忘れない。
「......急に女の子の頭触るとか。マナー違反ですよ?」
「あっ。それは......失礼しました」
すぐには素直になれなかったエスの言葉に、アドが少したじろいだ。バカみたいだ、とエスは感じた。
エスは自分の側にいる存在のことを思い出して、やっと眼の前を向いた。




