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Γ-1. Μητέρα〝母〟

「ご苦労だった、よくやった、エス」


 ライフルとハンドガンを並べて、ボスはすごく嬉しそうにエスのことを褒めていた。

 赤い木の下には、タイムスリップ用の棺が埋まっていた。それを用いて、エスとボスは同時に一千年前の世界を抜け出したのだ。

 エスはふと『ひょっとしたら戻るととんでもなく時間が経過していたりするのでは?』とも思ったが、全然そんなことはなく、一千年前で過ごした一ヶ月がそのまま経過しているというだけだった。


「ライフル二十。ハンドガン十。これだけあれば、アエテルナエの連中に一泡吹かせられるだろうな。全てバッテリーは装填済み。0154と同じ威力・精度で、撃ち放題。妖精の丘との戦争も、それが終わったら始まる次の戦争も勝てるだろう。本当によくやった、エス。

 そうだ! 報酬と、ボーナスをやろう。報酬のミナはそこだ。だいぶ色づいているぞ。長期休暇もくれてやる。そしてボーナスだが」


 かなり口数が増えていることに気づいたボスは、一度落ち着くために葉巻を取り出して蒸した。そして、続きを話す。


「一つは、お前の母、アルシノエの話。パパドプロス卿の奴隷市で、アルシノエが出品されるようだ。奴隷市のリストに名があった。奴隷市の次の開催は一ヶ月後。十分に準備して臨むといい。

 そしてもう一つ、なんでも一つ、願いに応えてやろう。知りたいことを聞くのも良し、何か特別なことをさせるのも良しだ」


 それほどまでの大盤振る舞いを、エスは初めて経験した。

 気持ち悪い。達成感の低さと成果の大きさのギャップが。あまりにも上機嫌のボスが。今まで経験したことのない気持ち悪さを感じながら、エスは恐る恐る質問する。


「では、奴隷市の方に入場できるよう手配してくれますか。私のような平民だと突っぱねられる可能性がありますので」

「クク、あくまでも自分の目的は両親というわけか。分かった。今の私は非常に機嫌がいい、ボーナスとは別に、テオドロスのことも、『口を滑らせて』やろう。

 奴は今、サイボーグと化している。人格は0098のものを使っているが、0098の気分次第で父親の人格が帰ってくるかもわからん。そして、奴は0154のいる所に現れる」

「それは......!」

「ああ。奴隷市に0154を連れて行けば、お前の母も父も戻ってくるやもしれん」


 おお、とエスは感嘆のため息を漏らした。

 もはやここまで来たらこの仕事から足を洗うことはできない。けれど、その念願は叶おうとしている。

 事務所の上の階の部屋に戻って、エスは空を見ながら心の中でつぶやいた。


(お母さんと、お父さんには、幸せに暮らしてほしいなーーー)


 最早自分のことなんかどうでもいいと言わんばかりの夢を、それはそれは希望に満ちた目でエスは語っていた。



 エスが帰還したという知らせを受け、アドはペレストロイカの事務所に帰ってきていた。

 エスのいない一ヶ月の間に、アドが何をしていたかなんてエスは知らない。

 けれど、エスはその僅かな変化を感じ取っていた。


「アドさん、なんというか......変わりましたね」

「そうでしょうか?」


 アドはそんなすっとぼけたことを言って誤魔化すが、エスにはあらかた何をしていたかなんてお見通しだ。


(人助け、とかその類かな)


 アドと一緒に外に出ると、度々見知らぬ人がアドに話しかけてくるのだ。その内容はどれも、「助かった」とか「あなたのおかげだ」とか。

 それほどまでに露骨に人助けしておきながら、エスには嘘をつくアドが居た。

 以前までの彼ならば、エスに嘘をつくようなことはなかっただろう。

 その変化を、エスは少し怖いような、嬉しいように感じていた。


 ◇


『テオ。愛してるわ』


(違う)


『テオ。この子の名前、決めたの。シェリー。いい名前でしょ? ふふっ』


(違う)


『テオ。ほら、見て......この子も白髪よ。綺麗ね。あの子の妹よ』


「違う!」


 ヘテロジニアスセカンドサイト0098はそんなことを不意に叫んでいた。

 普通の民宿よりマシなぐらいの柔らかさのベッドの上、かきもしないはずの汗を手で拭き取り、ゆっくりと起き上がる。


「どうかしましたか? ジーンさん」


 0098をジーンと呼ぶのは、金髪で赤目の少女。カラバイア王国騎士団長のヨハンだ。珍しい、いつもはヨハナが来るのに。

 ジーンはズキズキと痛む頭を押さえながら、ヨハンと話す。


「ああ、なんでもねえ。ヤな夢をな」

「夢を! どんな夢でしたか?」

「知らねえ奴のパパになってる、っつーな。まあまあ嫌だぞ」


 ヨハンはそれだけ聞くと、朝ごはんが用意できていますよ、と言って下へ降りていった。


 朝ごはんを食べながら、ジーンは今までの出来事に思いを馳せる。


 あの一件で、カラバイアの様子は様変わりした。

 アエテルナエの村と入れ替わる形で、一千年前の世界が出現したのだ......ただし、ごく僅かな期間だけ。三日とか、それぐらい。ただ、アエテルナエの村の入りづらすぎる立地から、それを悟ったものは少ない。

 思えば、山に囲まれていて入りづらいという場所をロズウェルが探していたのは、このためだったのだろう。


 そして俺はその場から逃げ出したが......『何か』に撃ち落とされ、ここ、カラバイア王都ディナバスで、偶然にもこの少女たちの家に迎え入れられたのだ。

 それ以来、俺は自分の力を活かしてある貴族の護衛をして、少しだけ彼女たちの生活を助けている(俺の微々たる稼ぎが、果たして役に立っているかは疑問だが)。


 テーブルに並ぶ野菜を口へと運ぶ。

 次第に、何度も繰り返したはずのない行動が、日常的にやっていた行動のように思えてきて、次に、聞き慣れていたような気がする音が聞こえてきて、周囲の風景が少しずつ変わっていく。


 このまま顔を上げると、テーブルの向こうには誰がいる?


「どうかなさいましたか?」

「ん、すまん。考え事をな」

「ああ、というか、ヨハナはどこだ? ここにも居ないのか」

「ああ、彼女は墓参りに行きました」


 墓参り。

 というと、アレか。死んだ人を追悼してやるやつ。俺たちのような機械には馴染みがない文化だ。


 ヨハナが誰の墓参りに行っているのかは、食卓近くに飾られた写真立てに入っている、モノクロの写真を見ればわかる。

 モノクロの写真はパッと見で『家族写真』と理解できる。まだ小さかった頃のヨハンとヨハナ、そして大柄な男と女が写っているのだ。

 両親と思しき人物の姿は、ここにはない。


「あの写真が気になりますか?」

「家族写真だろ? 妙なことを聞く気はないさ」

「......そうですか」


 ヨハンはやや不機嫌そうに、テーブルの上に出た朝ごはんをそれは綺麗に食べ切った。


 ◇


『決めたの。この子の名前はシェリー。()()()に妹ができたわ』


 朝日の射し込む部屋で、アルシノエ・ウェスターは()()()であるシェリー・ウェスターに授乳をしていた。

 偶然仕事が休みになったテオドロス・ウェスターが興味深そうに見ていると、アルシノエは授乳を終えてすぅすぅと寝息を立て始めたシェリーを、そっとテオドロスに抱えさせた。


 木の葉よりも小さい手、ふっくらとした腕や足。穏やかな寝息を立てる顔。少し、ふてぶてしい表情。髪は二人と同じ色、白金色だ。少しの衝撃で簡単に壊れてしまうだろう弱々しさを、輪郭から放っている。


『あ、ああ......この持ち方で大丈夫だろうか? いいんだな?』

『ふふっ。そんなに慌てる必要はないのよ。そうよ、それで合ってる』


 慌てふためくテオドロスに、アルシノエは口元を隠して笑った。テオドロスはムッとしてアルシノエと距離を詰める。そしてアルシノエは近づいてきたテオドロスの唇と、自らのそれを重ね合わせた。


『ねえテオ。私、ずっと不安だったの。ちゃんと産めるかなって』


 アルシノエは不安そうな表情でテオドロスに喋った。それを聞いたテオドロスは、アルシノエの頭を撫でながら、宥めるように言う。


『もう大丈夫だよ、アル。シェリーは元気だ』

『でも、今でもサリーが夢に出てきて、言ってるの、うわ言みたいに......』

『なんと?』

『それがね、不思議でーーー』



()()()、って言うの』

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