Es: 0154
ミカエルは再度長剣を生成し、廊下に穴をあける。そこからジェットで飛び去ろうとするが、アドにしがみつかれてしまい、アドにジェットパックを捥がれて研究所外の森林へと落ちた。
「あなた......! .nを殺しましたね、この悪魔め」
アドを罵倒するミカエルを尻目に、アドは槍を生成して傾ける。
殺意が少しでも伝わるように、その槍先を、ちょうどミカエルの眉間に向けて、投擲の構えを取る。
ミカエルは、命中の直前に側転で槍を避け、アドに斬りかかるが、いつの間にか取り出していた和刀に弾かれる。
和刀は、事前に取り出しておいて、隠していたのだ。
「くそ......! ワタシハ神と繋がったのだ! 彼女を楽園に連れて行かなくては......神の意志のもと、世界の均衡を守らなくては! それが私の、神の使いの役割なのだ!」
「理解できません」
斬りかかるふりをして、刀を空中に投げ捨てつつ相手の長剣を弾く。
そしてノーガードになった首に、蹴りをたたき込むと、天使を豪語していた金属の塊は、土の上に転げ落ちた。
◇
ミカエルの件があってから二週間後、施設の復旧も終わり、警備の厳重になった特別室に、エスは匿われていた。
以前よりも格段に自由時間は減ったし、実験の回数も減った上、実験には警備員が同行するようになったが、正直漫画を読んでいれば退屈しないので問題はない。
余談だが、漫画本は全てタブレットで開いているし、文字は全てカラバイア言語に合わせられている。少しづつこの世界の文字も覚えてきたのだが、やはり二人とも母国語の方が読みやすい。尤も、自動解析のせいで時折理解できない文章も出現するが。
「えっちゃん〜これどうやって開くの?」
「ああ、ここはですね......」
エスは地べたに寝そべっていたペトラのタブレットを弄ると、自分の元いた椅子の上に戻った。
「......ね、こんなぐうたらしてていいのかな」
いきなりペトラが喋り出した。
エスは何も言わない。ただ眉を顰めたまま、口をへの字に曲げて黙り込んでいる。
「不安にはなるよね」
ペトラは続ける。そして頭の横に置いたオレンジ〜ジュースを一杯煽ると、「トイレ」と言って部屋から出た。
一人部屋に残されたエスは、漫画本を閉じてボーッと天井を見上げる。
すると、部屋の隅に『何か』が見えた。自分と同じ髪色、同じ目、同じ姿をした何かが......。
それがすぐに幻覚であるというのは理解できた。こちらに度々話しかけてきていた幻聴、それだ。それに違いない。
しかし、今日の幻覚は様子が違う。
ゆっくりとした足取りでこちらへ近づいてきて......。
《ばあっ!》
(最悪)
幻覚がついに陽気に喋り出したことで、エスはいよいよもう自分はダメだと確信した。
思っていたよりも精神的に参っているらしい。つまり......よし、休もう。
《幻覚じゃないよ!》
(いいや幻覚だ。幻覚だ)
《そんなことを言わないで。私の名前を言った方がいい?》
幻覚はどんどんこちらへ近づいてくる。心臓の鼓動が早くなる。エスは部屋の隅へと追い詰められ、ちょっと前に新聞を読むのに使った端末にぶつかり、上に乗せてあったマグカップが落下した。
エスはそれを掴み、幻覚に向かって投げつける準備をし、威嚇の意味を込めて叫ぶ。
「帰れ......帰れよ!」
「えっちゃん、どうかしたの?」
部屋に入ってきたペトラに気づかず、エスはそんな様子を晒してしまった。
ともすると一部始終を見られていたかもしれないと思い、エスの耳は赤く染まった。
「な、なんでもない。それより! サリヴァンはどこいった?」
話をそらすのに必死で、自身の声量がめちゃくちゃになっていることにも気づかず、エスは適当な質問をする。
「え、いや......さっき『部屋に戻る』って言ってたよね? あ、そのマグ、博士のだ。忘れ物を持ってこうとしてたの?」
「あっ。うん」
やっと落ち着いてきた心臓を抑えて、エスはふらりと部屋から出た。
「あっ! 少ししたら実験室だからね!」
そんなペトラの報告も耳に入らないほど、エスの心は乱されていた。
その日の実験に、サリヴァンは来なかった。
実験室にいた因劉に聞いてみると、『有給』とだけ短く返された。
さて、その日の夜の話だ。
エスはどうしても寝付けず、硬いベッドの上で身をよじるのを繰り返していた。
どうしてこんなにも寝付けないのか、その理由は知っている。
今日の幻覚ーーー自分と同じ姿で、異様にテンションの高い感じで話しかけてくるあの幻覚が、部屋の隅から見ているような気がしているからだ。
視線を感じる方をチラリと見ると、全然そんなことはないのだが、そこから視線を戻した途端にまた見られているような気がする。
「寝れないか」
そんな時、明らかに幻覚以外の誰かーーー聞き覚えのある男の声がして、エスはどこかへと引きずり込まれた。
視界が一瞬だけ真っ白に染まり、視界が開けると、そこは見覚えのない森だった。時間は深夜、獣が動き出す時間帯。だが、獣避けの類は持っていない。本当に危ない状態で、森に出された。
しかし、それよりもエスは目の前にいる男のことが気になっていた。
スーツの袖から覗く刺青、壮年を迎えてしわくちゃの顔。
我がペレストロイカのボスだ。
「久しいな。エス」
さっと頭を下げ、指示を待つ。
ボスは慣れた感じで話を続ける。
「エス。戦争には多くの武器、しかも強力なものが必要だ。故にーーー」
「......」
「ーーーお前のいる実験施設から、兵器の類を全て持ち出せ。詳細は後日伝える。まずはルートを立てろ」
「はい」
エスが返事をすると、エスの視界は再び白く染まり、もう一度目を開くと、そこは寝室だった。
早速計画を立てるべく、部屋から出て行く。
「......」
そんなエスの様子を、ペトラが薄眼を開けて見ていた。
◇
「くっ......はぁ......はぁ......」
「博士?」
整備のため部屋に搬入されたアドの目の前で、サリヴァンは何かに喘いでいた。
顔は赤く、息は荒い。『なんでもない』と繰り返すが、明らかになんでもなくはない。
時折頭痛がサリヴァンを襲って、ますます彼女を痛めつける。
そんな、明らかに大丈夫でない彼女の様子を、アドは黙って見ていた......理解できなかったのだ。




