Xάος - 〝混沌〟 -
「あ、やっと起きた! 急に倒れるなんて……何があったんですか?」
「私、私は……アド?」
「そのニックネーム、気に入ってくれたんですね。嬉しい限りです」
エスは突然倒れたアドを借りた民家まで運び、そこに寝かせていた。
太陽は沈みかけ空が赤くなっている。夕日が差し込んでいるのにつられてアドが窓の外を見ると、掲示板の前の人だかりが更に増えていた。
よく見ると、殆どの人が背中に母神教のマークを付けている。
「気づきましたか。そろそろ”パレード”が始まる時間ですよ」
◇
「我々は! 母の帰りを待っている”チャイルド”である!」
掲示板の前に設置された台に登り、男が演説を始める。男の背中には三つの”I”。その下の全てを見透かすとされる目は閉じてしまっている。
「母が帰った時! この狂った世界を叱責し、元に戻すよう仰ることだろう!その為に、我々は母の帰りを早める儀式を行う!」
静まり返っていたチャイルドたちは、その言葉を聞いた途端狂いだした。
そして母神教のマークが描かれた旗を持ち上げ、街を歩き始める。意味不明な言語を発しながら。
「ダーターラ! ヒルガーヤ! あめを、てんを、ははのかえりを!モルダイタの……」
「魔術線を母に供給する気はありませんか?大丈夫です、母は全てを許し、代替案を教えてくれます」
「王の蔵を母に捧げるのだ! さあ!」
訳が分からない言葉に内蔵の提供の要求を行う母神教。そんな怪しい新興宗教に触れようとする人は少なかったが、目を塞がれる子供や、窓を閉じる家などがあることから、彼らが快く思われていないのは確かだ。どうやら民間人の一人がチャイルドに反発的な意見を言ったらしく、チャイルドたちが民間人に襲いかかろうとしたその時だった。
鎧の音を響かせ、剣を天へ掲げながら、一人の騎士が現れた。
「そこまでだ! 貴様らが噂の母神教だな?」
民家から見ていたアド、エスも知っている人物。赤目に金髪の少女、ヨハンだ。その隣にはヨハナも立っている。
「国家転覆の容疑で、捕縛します。出来れば暴力は控えたいのですが」
ヨハナが冷静に説得を試すが、それで止まっていたらわざわざ騎士団の出る幕はない。
「貴様らぁ……このようなこと、母は決してお許しにならない……」
先ほどまで中央で演説していた男がそういうと、他のチャイルドも同じセリフを狂ったようにつぶやきだした。そして、何の武器も持っていないにも関わらず騎士団に殴りかかる。
「やれ! 出来れば気絶させる形が望ましいが、いざという時は殺して構わん!」
そして、母神教と騎士団の戦闘が始まった。
当然ながら、武装した騎士団は非武装の民間人を抑えるには十分すぎる力がある。チャイルドの八割が気絶するまで、そう大した時間は掛からなかった。
しかし、チャイルドが2割まで減り追い詰められた時、気絶させた人間の様子が変わった。
脊椎が異常な程膨らんでいく。
そこから、誕生するように人型の肉塊が出現した。人型の肉塊たちは何が起きているのか分かっていないらしく、身体中のあちこちから生える触手を用いて辺りの様子を確認する。そして人間に触手で触れると、まだ生きている人間たちの首を無差別に切り裂いた。
「!!」
騎士団の騎士全員が息を呑む。あまりに異常なその光景、不気味なその状況で動き出せたのはヨハンだった。
「後衛部隊は近隣住民に避難勧告! 手が空いている騎士は直ちに王都へ連絡! 前衛部隊はあの化け物を片付けろ!」
ヨハンから指示が飛ぶと、騎士たちは迷わず剣を抜いて怪物に襲いかかった。
怪物との交戦が始まる。魔術も交えた剣術はその大半を防がれるが、怪物たちに確実にダメージを与えていた。
『ぎぎ……キシ、つよい、このまま、かてない……』
一人の怪物がそう呟いた。それとほぼ同時だろうか、他の怪物たちも1箇所へ固まり出す。
それを不気味に思った騎士たちは攻撃をためらうが、ヨハンとヨハナが懸命に攻撃しているのを見て自分たちも攻撃を開始した。
しかし、先程とは明らかに様子が違う。皮膚が硬化しており、剣が全くと言っていいほど通らない。組体操でも行うかのように結合した怪物達は頭蓋骨のような姿を取ると、硬化した皮膚で出来た顎でガリガリと地面を削りながら進みだした。
それに弾かれ、気を失う騎士達。騎士団は手も足も出ないようだ。
酷い腐臭と筋組織が千切れる音を出しながら、怪物は無理矢理自分の視点を動かす。よく見ると、顎を構成している肉塊どもが逆立ちのようにして身体を支えている。
『あっチ、いいにオイ、スル……』
そう言って怪物が向かおうとした先は、冒険者ギルド本部。あそこにはおそらく冒険者に身を守って貰おうとした民間人もいることだろう。そして、騎士団が歯が立たないような怪物を冒険者が倒せるとは思えない。戦いを諦めたヨハンが意識を手放そうとした、その時だった。
[マシンタイタン稼働。システム:オールグリーン]
清掃を終えたマシンタイタンが行く手を阻む。古びた白い機体は、さながら太古の書をイメージさせる。騎士団が呆気にとられていると、突然怪物の頭部が爆発した。明らかにマシンタイタンから放たれた攻撃ではない。
放たれた光の軌跡を辿ると、そこにはアドが立っていた。
マシンタイタンを現在操縦しているのは、エスだ。
「発進! ロボ!」
デタラメな掛け声と共に、マシンタイタンが怪物に殴りかかる。死体から現われ出た何百という単位の肉塊で構成された体から呻き声が聞こえるが、エスはその人死の塊に対し嫌悪する程度の感情しか抱かないし、それよりもまるで以前から知っていたかのようにこの機械を操縦できることが違和感でそんなことを気にしようともしなかった。
ぐちょりと気色悪い音を立て、怪物がマシンタイタンに体当たりをする。それを避けず受けるマシンタイタン。
彼女の目的は今怪物を倒してしまうことではない。
「コードγ作動。22190154」
アドが何か呟いたかと思うと、右腕がキャノン砲へと変形した。怪物はマシンタイタンに引きつけられている為、それに気付かない。
マシンタイタンのやや狭いコックピットでエスが目を輝かさせている。楽しいのだろう。
アドは頭蓋骨の怪物の頭部に狙いを定め、地面にどっしりと構えた。
「弾道予測。発射準備。3…2…1…発射」
レーザーキャノンから一筋の太い光線が放たれ、怪物の頭部を消し去る。
自分の体の半分以上を蒸発させられた怪物は、中心にある黄色いゼリーのような核を露わにしながら地面へと倒れ体が崩れた。
倒した......誰もがそう思ったその時、怪物の核がピクリと動いた。
そこへ、まだ倒していない半分が集い始める。そしてそれは再度塊となり、侵攻を開始した。
冒険者ギルドの方へ足へ進める怪物を、その場に居た二人だけが追いかけていった。
「逃がしません!」
「援護します!」
目の前には元の半分サイズのスライムのようになった肉の怪物。マシンタイタンは機動性が低く、何かを追うのに適さない。
アドが出せる全力を用いて、その怪物を追いかける。
しかし、スライムの方が足が速い。ずるずると巨大な足音を立てながら、その怪物は、やがて冒険者ギルドへと、辿り着いてしまった。