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Στο Φέρετρο〝棺の中に〟

「はじめまして! 君がエスだね?」

「......どうも」


 エスはロズウェルをにらみつけながら、スープを啜った。オレンジ色の謎汁は、ちょっとだけしょっぱくて美味しい。朝の冷えた体を温めてくれる。

 ロズウェルはそれを飲み干すと、エスに笑いかけた。


「はは、怖い顔だな。何かご機嫌を損ねるようなことをしてしまったかな?」

「今日は比較的気分が高揚しているのですね」


 いつまでも口を開かないエスの代わりに、アドが会話に入った。いつもに比べて動きの多いロズウェルは、「確かに」といってから、エスの目線の高さに屈んで、頭の上に手を伸ばした。


「少し怖いのかな。大人びた雰囲気だが、年端も行かない少女だろう......」


 エスはさっとロズウェルから離れた。不気味だったから、殺されると思ったからだ。

 ロズウェルはしゅんと寂しそうな表情を浮かべて、続きを話した。


「ああ......避けられてしまった。これはどうすればいいのかな?」

「......なにが目的でここにいるのか話せばいいと思います」

「それもそうだ。僕の目的か......トゥニカとほぼ同じ。人類救済かな」

「漠然としていますね」

「そうだね。だが方法は知れている。あとは、君が協力してくれるかどうかだ」


 エスは自分が突然話の中に登場したので、全身を強張らせた。なにを要求する気だ、と警戒心を高めた。


「いやあなに......君が今すぐにこれ、と出来ることはない。いくつかの段階を踏んで、その上で諸々のことに協力してもらいたく思っている」

「なにをすればいいのです? というか、私に何の価値があるんです?」

「......ごめんね。正直な話、僕らも手探りなんだ。一体どうすればいいのかも正直まだわからない......そうだ、話に付き合ってくれたお礼に飴ちゃんを」

「要りません!」


 ロズウェルから逃げるように、エスは食器を返しに行った。

 残されたロズウェルに、アドは尋ねる。


「......よく戻ってこれましたね」

「感謝は妖精王にしてくれ。あと、君は君でやることがある」

「なんでしょう」

「エスの護衛任務の継続。後は......そうだな、彼女は彼女の母親がどこにいるかを知っているよね?」

「ええ」

「じゃ、もしそういう話が出たら援護してくれ。以上」


 ◇


 エスの母・アルシノエは、パパドプロス卿という貴族の元でいまだに奴隷をさせられているらしい。

 続いて、エスの父・テオドロスの姿をした、ヘテロジニアスセカンドサイト機の出現。

 その二つのことを知ったエスは、怒りやら焦りやら複雑にして決してポジティブでない感情を抱きながらも、事態は進展していると結論づけた。


「長期休暇でもとろうかな......」


 一人、彼女は貸し部屋でスケジュールとにらめっこをしながらそう呟いた。

 パパドプロス邸は単純に遠い。それに運という要素が絡んでくると、もう下手に動けない。

 アルシノエを取り戻す手立てについてはエスは知っている。裏社会にはそう簡単に入手できない情報がゴロゴロとあるものだ。


 パパドプロスには定期的に使い古した性奴隷を売る趣味があるという。それも自分が気に入ったものだけを対象者にしたオークション。使い古して精神も体も壊れた奴隷を法外な値段で売りつけるのだとか。

 開催は不定期だが、このような辺境でなければ情報をすぐに得ることができる。なんたってアルシノエが売れていないかどうかをすぐに確認できるほどなのだから。

 情報を入手した瞬間、パパドプロス邸近くへひとっ飛び! ということができればどれだけよいことか、と考える。


(アドさん飛べないのかなあ......)


 ふと、アドの背中にエスが乗ってパパドプロス邸へひとっ飛びという、子供っぽい想像が浮かんできた。一瞬だけ、エスはその案を通しそうになったが、よく考えてみれば、飛ぶなら彼は例のロボを呼ぶだろう。


 ふざけた案をボツにして、再度深く考える。


 正直な話、テオドロスの方も気にはなる。だが彼からは、叩くことで何か出てきそうな感じがない。

 何か知っているとすれば、あれは映像記録によると母神教が作ったもののようだから、トゥニカ......。


「話、もうちょっと聞いとくんだった.....」


 後悔はするが、まだ望みが潰えたわけではない。どうも、あの巨大な塊.....ヘカトンケイルとかいうらしい......を見た日から、トゥニカは必死になってエスを勧誘している。


 だが、母神教に対してエスは洗脳を疑っている。情報を引き出すどころか洗脳されたら、と考えてエスは身震いした。


「な〜にしてるの!」

「スケジュール調整。ペトラは暇?」

「マジで何もない!」


 暇を持て余して今日もエスの部屋に突撃してきたペトラをあしらいながら、エスは思考を続ける。


「なんか〝手詰まりです!〟って顔してるけど」

「......よくわかったね。とある事情で、テレポート能力と洗脳をはねのける精神性と金が必要になったから」

「ふうん。よくわかんない」

「わかってもらおうとも思ってないし」

「ふうん......じー」

「何?」

「洗脳ってのはアレだね? 母神教......あの白男から探りたい情報がある。テレポート能力は〝何か〟のために行きたい場所があるけど、物理的な制約があるから必要。そういう顔」

「......ま、ハズレってわけじゃない。正解は自分で考えて」

「手伝うよ?」

「......」


 断りかけて、エスは黙り込んだ。

 このまま何も言わないで手詰まりより、この女を頼る方法もありだ。その場合、ペトラが敵につくリスクを考えなくてはならない。それはペレストロイカとアエテルナエの同盟やらに関わるかもしれない。

 そう考えるとリスクたっぷりだ。


「ねえ、手伝うってのは具体的には?」

「よくぞ聞いてくれました! 私の特技は諜報。つまり、白男のアジトに乗り込んで情報を盗み聞きできるよ、って話」

「ほう......」


 思い返せば、この女はこの巨体の割に体を隠すのが得意な気がする。事実、いつかの夜は、この女がこちらを攻撃してくるまで、エスはその存在に気づけなかったのだから。


「......依頼しよう。報酬は......」

「いらない!」

「いる。やる。十万からで」

「百でもいいよ? 百ミナ」


 なぜこの女はこうも頑なに報酬を受け取ろうとしないのか、とエスは思い、そして『ただの文化の違い』という結論に行き着いた。

 ここでは金が無くとも生きられる。飯は配給制で、アエテルナエを信仰するというだけで居場所もできる。

 少なくとも、カラバイアの都会方面にはない豊かさだ。

 その豊かさが途端に妬ましくなって、エスは意固地になってしまった。


「十万受け取らせてやるから、母神教の諜報を依頼する。母神教が何を目的としているか、それから、最近作ったものについて調べてきて」

「了解〜」


 ◇


 開く大扉。中から漂う異様な空気。奇怪な空気の正体は、長い時間放置され、密閉されていたはずなのに新鮮な空気が吹いてくるこの不気味さだろう。

 因劉は開いた扉の先に迷わず進み、再奥の奇妙な球体へと案内した。見ようによっては凹んでいるようにも、出っ張っているようにも見える奇怪な穴のような何か。彼らはそれを特異点と呼ぶ。


「これが特異点......絶対にここにあると確信してたんだ。いくつか根拠があってな」

「それはいい。興味ない。ここで何ができる」


 根拠を話し出そうとした因劉の会話を叩き斬って、ラスティンが割り込んだ。因劉は肩を竦めて、特異点の隣にある、棺桶のような装置を指差した。


「ここでは〝タイムスリップ〟ができる。だが条件はシビアだ。過去で俺たちとほぼ同質量のものがこちらに送信されてこなくてはならないし、色々制約もある。で、計算して来た。こんぐらいの時期じゃねえとタイムスリップはうまくいかない」

「じゃ、今は出来るのか?」

「......分からん。ただ俺は行けない」

「何故。お前がいた方がいい」

「多分、ここに入って出るのは特異点ができた直後ぐらいだ。つまりおよそ一千年前......もし俺が過去に戻ったら、同時に同じ人間が二人いるという状況になるかもしれん」

「何か問題あるのか?」

「あるさ。何が起きるのか分からないという問題がな」

「ずっと思ってたけど、何のために?」

「......母の復活。ともかく、この世界の人間が過去に送り返されるということに意味がある」


 ラスティンと因劉がそう会話を交わし、ラスティンが棺桶のような装置の内部に乗り込もうとした、その瞬間。

 ラスティンの足が、何かに射抜かれた。


「1?......ああ」


 ラスティンは、まず足を確認し、それが氷を尖らせて生成された魔法の矢であることを確認した。それから、飛んできた先を確認し、杖を取り出して魔力を漂わせているボスを見て、全てを納得した。

 今の今まで彼が黙り続けていたのも、じっと協力し続けてきたのも、おそらく全てこのためだったのだろう。ラスティンは後方に倒れこみながら、ぼんやりと考えた。


「何をした!」

「落ち着きなさい。足だけで死ぬわけないだろう。お手製の麻痺毒だ。抵抗されては困るのでな」

「......ッチ。何が目的だ」


 因劉は舌打ちをして、ラスティンを庇うように前に立った。ボスは余裕そうな微笑を湛え、ゆっくりと棺桶のような装置を指差した。


「私を過去に送りなさい。何、この世界の人間が過去に送り返されるだけでいいのだろう? さあ」

「......それが本当の目的なら、随分お粗末だが。何でラスティンを攻撃した? それに、俺を攻撃できないだろ」

「まずそっちが私を過去に連れて行く気がないのが悪いだろう? だとしたら彼を動けなくするしかないじゃないか」

「そうだな......その通り、あんたの話はラスティンから聞いてたからな。だが、俺を攻撃できない状況は変わらない。ここは二人で退散して、またすぐ来ればいい。一日ぐらいの誤差は問題ない」

「本当に? そんなことができると? 戦闘経験のないヒョロヒョロのお前に、その何十キロもある甲冑を着込んだ男を連れてここから逃げ出せるような体力があると?」


 因劉は黙って舌打ちをした。誤差が問題ないという発言がハッタリであることを見抜いた、彼の表情を見て。

 彼の人格を見るに、過去に送り込むのは問題がある。技術を悪用されれば直ちにこの世界は混沌に陥れられる。そしてこの男は間違いなく悪用する。

 しかしだからと言って送り込まずとも、今度は別な理由で世界が混沌に陥る。それは度々彼らの語る『母』に起因するものであり、今日を逃せば恐らく事態は悪化する一方だ。


「......しょうがない......分かった」

「ありがとう。では、私がこの装置の中に入ればいいのだね。さて」


 ボスはラスティンを乱暴にどかすと、棺桶の中に入り込んだ。

 そして因劉が、古びた操作盤の電源ボタンを押し込む。すると長らく整備されていなかったにも関わらず、操作パネルが空中に投影された。


「じゃ、始めるぞ......」


 因劉は実に不本意そうに呟き、実行ボタンに触れた。

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