Ο Θεός τους〝彼らの神〟
「こんにちは......なんて、今更返答する必要もないですね。あなたは敵ですから!」
「ふふ、ふふふ.....はは」
トゥニカは相変わらずの、生理的嫌悪感を催す、気持ちの悪い笑みを浮かべて、湯呑みを置いた。
「しね」
ペトラがロングボウの先をトゥニカに向けながら、純粋すぎる敵意を放った。
「......ペトラさんでしたか」
トゥニカが、ペトラと目を合わせた。トゥニカですら首が痛くなるほどの高い位置にあるそれは、金色に光っている。
エスも魔術ポケットに手を突っ込んでダガーナイフを取り出していた。殺気はもはや隠さなくてもいいだろう。彼はこの場所にいるすべての者に敵意を向けられている、と理解できないほど愚かでない。
それでもトゥニカはその余裕そうな笑みを崩さず続ける。
「私は以前、エスさんに〝世界に終末が訪れる〟と語りましたよね。その真意を、ここで話しておこうと思いまして」
「ロクでもない理由でしょうね」
「そうでもありませんよ?」
エスはトゥニカを睨みつけながら、アエテルナエのウェイトレスが運んできたお茶を飲んだ。
トゥニカは少し間をおいて続けた。
「少しの間、目を瞑ってください」
「嫌です」
すぐさまエスは返事をした。警戒している相手の言うことをすぐに聞き入れるような女ではない。
トゥニカは「それも想定のうち」とでも言いたげな表情で続けた。
「では〝世界の終末〟というものに対して、あなたが持つイメージを教えてください」
「......死ぬとか......失うとか?」
「まあ、普通はそうでしょう。時に、あなたは〝その先〟を考えたことはありますか?」
「その先?」
「そう。一度この苦しみの連鎖のような世界が終わると、皆が手を取り合い、互いに花冠を贈りあうような真の平和を......あなたは夢想したことがありませんか?」
エスはそのような妄想に心当たりがあった。もし自分が死んだら、平和な花畑のような場所に立っていて、そこには両親も、今まで殺してきた人物達も、居なくなった仲間達も居て、平和に暮らす......そんなビジョンが、想定よりもあっさりと浮かんできたので、エスはそのイメージを振り払った......これは洗脳の導入だ! このような手法で教徒を増やしてきたに違いない。
「洗脳をやめてください」
「......誤解されては困ります。チャイルドたちは、私の思想に共感し、自らやってきたのです」
「洗脳をする人って、みんなそう言うんですよ」
「あなたは誤解しているのです......話を続けますね」
トゥニカはお茶を飲んで、一拍おいてから話を続けた。エスもほぼ同タイミングで湯呑みを置いた。
「しかしあなたの気持ちもわかります。以前まで私たちが王国でテロまがいの行為をしていたわけですし」
「アレで多くの死者が出たはずです。それも......あなた達の信じる母の命令ですか?」
「母に意志などありませんよ。彼女は世界を終わらせ、再び始めるという存在です。
さて、先ほど終わりのその先をお話ししましたよね。それに、母は深く関わるのです」
「はぁ」
「母は現在、愚かしい者共によって半壊状態にあるのです......最早過去になったも同然ですが。それを復元し、世界を一度終わらせる。ただ勘違いしないで欲しいのが、我々は、ただ終わらせることだけを目的にしていません」
「ふぅん」
「母の力を用いて、理想郷とでも言うべき存在になるよう、この惑星を設計するのです。そして、そこにこの世界の皆で降り立つ。それが母神教と言う存在なのです」
「へぇ」
喋り終えたトゥニカは、膝に手を置いて、真っ白な貫頭衣についた埃を払った。
エスは頬杖をついたままお茶を飲み干し、質問を始めた。
「ずっと思ってたんですけど、母神教って町中でビラとか配ってませんよね? どうやって教徒を獲得したんですか?」
「単に彼らはその目で見て決めているのですよ。まあ、いずれ分かるでしょう。さて、そろそろ失礼しますね」
トゥニカはそう言うと、白い布に包まれてフッと消えた。ペトラはクロスボウを降ろすと、エスの方を向いて言った。
「えっちゃん、あんなの気にしちゃだめだよ」
「ええ、心得ています」
その場に残された、トゥニカの湯呑みに触れるものは誰もいなかった。
◇
トゥニカはもう誰も来なくなった母神教のアジトに、一人帰ってきていた。
母神教のシンボルを描いた幕の向こうへと進み、そこから地下へ繋がる階段を降りる。
もう準備は全て整った。あとはゆっくり流れていく時間を楽しむだけ。ああ、なんと心地が良いのだろう。
その気持ちに同意してもらうため、彼は部屋の中央で椅子に拘束されているロズウェルに話しかけた。
「なあロズ、あんたもそう思うだろう」
「知るもんか」
彼女の体は椅子に縛られ、魔力を放つものから遠ざけられている。抵抗はできない。
トゥニカはロズウェルの目の前に自分の椅子を置くと、そこに深く腰掛けた。
「ああ、そろそろ我らが目指した母がお目覚めになる! 君も私も、同じことを志した仲じゃないか。目標の達成を喜ぼう。酒でも呑んで......」
「僕は不服だけどね。こんなやり方、押し通すべきでなかった」
「致し方ない犠牲だ。贄を使わない母の起動など、夢物語だ」
トゥニカは悲しそうに目を伏せて、話を続けた。
「君もわかっていたはずだ。そもそも我々には、あまり時間がない」
「それでも最善の方法を模索しないというのは、納得できない」
トゥニカは呆れたようにため息をついて続ける。
「ただの人形が、よくここまで大口を叩けるようになったものだ」
「悪いかな? さて......それじゃそろそろ」
ロズウェルがそう言いかけたところで、地面を食い破って巨大な何かが現れた。あまりに巨大な、鰐の口の様なそれは、部屋の半分を食い破り、どこかへと消え去った。
トゥニカは忌々しそうに、妖精王の名前を呟いた。
◇
「......」
「因劉、どうかしたのか?」
「いや、なんでもない」
因劉は暗闇が広がる通路の奥の方に向き直って、再び奥に進み始めた。
土埃にまみれた、かつて白かったはずの通路。そこを、ラスティン、因劉、ボスの三人が歩いている。
先頭でランプを持つボスの隣を、ラスティンが剣の柄を握りしめてついていっている......尤も今の所、敵らしき影は見当たらない。元々警備に使用されていたと推測できるものは全て、時間の壁に破壊された。
最後尾の因劉はアイテム回収役だ。巨大な籠にどんどんものが詰められていく。そのほとんどはラスティンが「高く売れそう」という理由で適当に放り込んだものだ。
通路の奥にたどり着くと、因劉は右隣の扉を開くようボスに言った。ボスは迷わず扉を開き、ラスティンの少し後ろに下がったが、何も襲いかかってくる様子がないので再度先頭へ戻った。
すると唐突に、ラスティンが剣を抜いた。
「......まて。魔物の気配がする。それもデカイやつ」
「......あぁ」
因劉はそう言うと、奥の部屋へと進んでいった。
そこで待っていたのは、鰐の様な口を持ち、ケンタウロスの様に人型の胴体と四本足の体が接続された魔物だった。全身を、金属の様な鱗が覆っている。
その姿を見て、因劉は平申し訳なさそうに告げた。
「アレは......私が生み出してしまったものだ。頼む、破壊してほしい」




