Χωριό〝村〟
ガタガタと馬車が揺れている。
窓の外に代わり映えのしない森の景色が写り続けて二十三時間。この馬車は休みなく動き続けている。エスがついに流れ行く風景にすら飽きて大きく欠伸をすると、御者が話しかけてきた。
「お嬢ちゃんたちも大変だね。戦争から逃げるんだろ?」
「......そうですね。まあ、そんな感じです」
「じゃなきゃ、わざわざあんな辺境まで行かねえよな。なんてったっておっかない......アエテルナエ? の村なんだろ」
戦火からの逃避というのは嘘だ。エスは隣でぐっすり寝ている男に連れられ、アエテルナエのリーダーに挨拶をしに行く。隣の男のコードネームはゼットという。当然ながら本名は知らない。
元はと言えば、アエテルナエのリーダーに挨拶をしに行くのはゼットだけでよかったのだ。それが、アエテルナエのメンバーと接触したことのあるエスがついてきた方が話も潤滑に進むだろう、ということでエスも呼ばれた。
スーダとエスの関係はほぼアエテルナエと関係がなかったし、自分がいると寧ろ話がこじれそうであったから、エスはそれとなく拒んでみたが、ゼットは考えを曲げなかった。
そのため、エスは二十三時間の退屈という拷問を受けているのだ。しかも、戦時中のカラバイアではまともな馬車など出ていないから、戦争から逃げるための整備されていない馬車に乗らざるを得なかった。直に伝わってくる地面の振動、ごわついたり、破けたりした客席、休憩せず走り続けなければならない、などといった要素が退屈に加えられる。
「聞いたよ。この戦争って、魔石のせいなんだろ。なんか製法の一部に問題があって、魔術条約に照らし合わせたら、カラバイアと妖精の丘で解釈が違ってたのが原因って聞いたな。一部だけなら、妖精王も許してやったらいいのに」
エスは聞いていて胸が苦しくなった。カラバイア王め、上手いこと誤魔化しやがった......エスは誰にも向けていない暴言を心の中で吐いて、自己嫌悪に浸った。
今まで魔石の製法が暴かれなかったのは、天然のものが存在していたからだ。それでなければカラバイアと妖精の丘が同盟を結んで十年、一切暴かれないなどということが可能であるはずがない。
天然物の産出がほぼ途絶えてしまったのが十五年ほど前のこと。かなり長い間、魔法大国であるカラバイアでは冬の時代が続いた。そんな中で現れたのが、妖精たちだった。
魔石なしで魔法を使う彼らを、魔石と同じものに変換できないか、と考えて試してみた学者がいた。三年ほど前のことだった。妖精を密封された箱に押し込め、大気中から抽出した魔素ガスで箱を満たして時間経過を待つというものだった。結果は成功。妖精は見事、魔石に変換された。
その実験を行なった学者は、倫理に反したとして学会を追放されたとか、処刑されたと聞くが、ペレストロイカはそれに目を付け、販売を始めた。
結果、再び魔石は日常に戻っていった。技術が発達していくと、一人の妖精から魔石を百個ほど製造できるようになった。
そんなものを売るのが、エスの仕事だった。殺しを受ける前の。魔石の正体は同僚でも知らない者が多かったが、ボスは何故かエスには教えてくれた。幼かったエスはそれが原因で魔法を拒み続けていたが、やがて慣れてしまい、何食わぬ顔で使えるようになってしまった。
この状態を続けるのはいいことなのか? エスに答えは出せなかった......自分の自我に対する問答より難解なもののような気がする。少なくとも、倫理観のまともな人間であれば、「そんなものは使うな」と声を上げるのだろう。
「よしっと......到着だ。ここから先は歩いてけよ」
気がつくと寝ていたエスは、いつの間にか目を覚ましたゼットに起こされた。なんだか宮廷道化師のやるカップアンドボールで自分と彼の立ち位置を変えられてしまったかのようで、無性に腹が立った。
馬車から降りて、エスは絶句した。
そこはアエテルナエの村など見えない岩場だったからだ。ゴツゴツとした地面は歩くだけで大変そうだ。
「歩くしかなさそうだな」
「......はい」
どこか気の抜けた返事をして、エスが歩いて行こうとしたところ、突然二人の目の前に、じゅわあという音とともに魔法陣が現れた。
エスはとても驚いた......魔法陣の形自体に見覚えがなかったから。魔法陣は普通、円の中に紫色で呪文を書いて空中に現れる。
しかし出現した魔法陣は呪文のようなものは一切書いていなかった。魔法陣特有の質量というものを感じさせない見た目とは違い、見ているだけでわかるずっしりと重そうな存在感......そんなはずはないのに、〝金属でできている〟という確信を抱かせるほど......を放つ、銀色の円。その魔法陣は魔法陣というか、円形の扉だった。二重になった円の最も外側に黄道十二星座を描き、外側より凹んだ内側の円では無数の金色の歯車が規則正しく蠢いていた。
そんな一風変わったぐらいじゃ言葉足らずな奇形魔法陣が、金属の歯車が蠢く内側円をスライドして、真っ暗な内部を見せると、二人は迷わず杖を抜いた。やはりアエテルナエの罠だったか。
そんな二人の予想を次から次へと裏切り、中から飛び出してきたのはスーダだった。いつもの旅人のような格好で、外側円......扉のフレームだったのだろう......に腕をかけて、頭を突き出してきた。
「よお。アエテルナエの村じゃ、こういうのが普通なんだぜ」
「へえ......それを見せつけに?」
「違う違う、この魔法陣はな、乗り物なんだよ。最もアエテルナエの村近辺限定だがな。アエテルナエとこの辺の魔素の調子が合うんだ」
スーダは得意げに鼻をこすった。そして手招きをして、中へと引っ込んだ。
まず最初に入っていったのはエスだった。
そして、内部に危険なものがないことを確認したエスは、ゼットを呼び寄せた。ゼットは恐る恐る中へ入った。
中は狭く、快適とは言い難い空間だった。もともと内部が狭かったのに加え、おそらく制御用の魔術に使っていると思われるガラス管やら、エスが見たこともないはずの黒い線などによってスペースが圧迫され、三人が肌の密着を気にしないほど詰めてやっと入れるぐらいのスペースだった。
しばらくすると、スーダが到着を告げた。振動もまるでなかったうえ、魔法がそんなことに使えるなど初耳だったので半信半疑だったが、扉を開けると景色が変わっていたので、エスは信じるほかなかった。
「ようこそ、おれたちの村へ!」
アエテルナエの村はまさしく異世界と呼ぶにふさわしい場所だった。
まず目の前に入ったのは、足元まで青い水に浸かった町並みだった。町を歩く住民は皆、その水を気にせず歩いている......というか、住民の足は水に入っても濡れていなかった。
昼の光に照らされる住宅は、見慣れたような石やレンガで作られたものではない......木でもない。黒と白の球体が連なった家だった。単に球体が縦に繋がっているもの、棒のようなもので横方向に連なっているものなどがあった。
そして、外せないのが、家同士が向かい合って「アレ」へ向かう道を形成していることだった。その奥にはまた家による道が見えるあたり、アエテルナエの村の家は道が放射状になるように建てられている。
「アレ」は、巨大な塔だった。白と黒の球体で構成される町とは違い、すべて白い三角形の構造物で構成されており、時折ランダムなサイズの三角形が飛び出していた。
取り敢えず魔法陣から出てみて、エスは驚いた。この街の水は濡れないどころか、水に浸かっているという感触すらない。空気のようだ。その感触を楽しんでいると、洗濯カゴに服を山盛りに積んだ女性がスーダに話しかけた。
「お、スーちゃんおかえり。そっちは......ああ、ディーさんが言ってた人ね」
「よろしくお願いします......」
「君たちはアエテルナエに認められたわけじゃないから、快く思わない住人もいると思う。でも気にしないでくれ。襲われることはないだろう」
そう言うと、女性は去っていった。襲われる可能性がある、というのを念頭に置いて、エスは杖に意識を向けた。
「行こう。あそこに見える三角の塔が、ディーのいる場所だ」




