Δράκων〝竜〟
エスが馬鹿じゃないですか、と言い放った直後、物凄い爆音が辺りを包んだ。
何事か、とアドが近くの木にセカンドサイト機能を使って状況を投影する。青白く輝くそこには、青い体の龍が投影されていた。海底から這い出してきた、〝リバイアサン〟と呼ばれる種の龍だ。青い鱗と、翼のない細長い体が美しい。普段は海中で生活しているが、稀に海の中央で飛び跳ねる姿が目撃される……が、今回は明らかに様子がおかしい。陸地に這いずってどこかを目指しているらしいのだ。しかも、リバイアサンの頭部をよく見ると、融けた金属のようなものがべったりと張り付いていた。〝何かから逃げてきたのだ〟......エスは直感的にそう悟った。
このまま放置しておいては待つのは死。もしくは倒すしかないが、あのサイズを討伐するには準備不足だ。アドなら倒せるだろうが、エスは彼に竜を任せきりにすることを渋った。
「駆除してくださいませんか」
と、突然どこからか声が聞こえた。落ち着き払った、中性的な声。アドはその声から姿を連想できる……妖精王だ。アドがエスに簡潔に彼のことを伝え終えた頃を見計らって、妖精王は長い髪を風にたなびかせて二人の目の前に現れ、エスの方を向いて雑に挨拶をした。
「ああ、あなたが我々の馬車を爆破した暗殺者ですか。お会いできて光栄です......それはそうと、アド。あのリバイアサンの駆除をお願いしたい。道具は貸します」
妖精王は二人が何かいう前にパンパン、と手を叩いた。その直後、エンジンから炎を吹き上げる音と共に、アドがいつも呼び出すようなマシンタイタンと同型の、グレーの機体が三機ほどやってきた。うち二機は無人操作だ。鎧をモチーフにしていると思われるそれらは一列に並ぶと、グレー機体の一つがガチャガチャと音を立てて胸部を開いた。アドはすでにコックピットの入り口に足をかけている。
「待ってください」
止めたのはエスだった。
「私も行きます」
「何故? そうしなければならない理由はないはずですが。逃げるのであれば、もう少しまともな嘘を......」
「いいえ。なんというか......ええと................ただ単に、気に食わない。それだけです。駆除すればいいんですよね。これはアドさんの白いヤツと動かし方は同じですね?」
妖精王は呆れが多分に含まれたため息をつくと、手を一度パンと叩いてもう一つの機体のコックピットを開いた。
エスは迷わずそれに乗ると、コックピットを閉じてフライモードに変形させ、飛び去った。
その一部始終を見ていた妖精王は、静かに一言だけ呟いた。
「一体何が目的なのやら......」
◇
森が流れていく。遠くで暴れていたと思っていたリバイアサンは既に陸地へと上がり終え、シークールスの街をぐちゃぐちゃと潰していた。
リバイアサンの元に到着するまでは時間がありそうだ、とエスは目の前に表示されるモニターを見て、金属製の操縦桿を握りながら思った。彼女は自分にサリヴァンだった頃の記憶はないのにこれを操縦できることに疑問を抱き続けている。妖精王ならば、何か知っているかもしれない。だが、彼が素直に答えるかどうかは、わからない......。
『エスさん』
「わ」
突如左のモニターにアドが表示され、エスは驚いて機体を一回転させてしまった。目が回る。
「ビックリした、何ですか?」
『質問したいことが二点ほどありますが、時間的に一点のみ行います。エスさんは先ほど、私に「馬鹿」と仰いました』
「ええ、馬鹿だと思ったからですよ? どうかしましたか」
『私は馬鹿でしょうか』
エスは思わず知るか、と答えそうになって、慌てて止めた。話をこじれさせたくないのだ。
『エスさんの態度の変容を感知しました。エスさんに何が……』
「私は元からこういう女ですよ。口が悪くて、酒好き。裏社会のやばい組織と関わり続けてたら、いつの間にか敬語を使うようになっていたし、こうしていれば向こうが暴れ出すことも減っ......多分、あの時は気が緩んだだけです。強い意味合いは......」
エスはしばらく考え込むと、アドが聞き取れないような小さな声で語り出した。この後に続ける言葉の内容に、自分自身で確証が持てなくなったのだ。
「..................あぁ......あるのかもしれない。わからない............時間ぎれか」
そうこうしているうちにリバイアサンに機体を発見されてしまった。
リバイアサンは目の前に近づいてきたマシンタイタンを見て、何か嫌なものを見たような絶叫をすると、口を開いてそこに魔力を貯め始めた。
無人で飛翔しているグレーのマシンタイタンは、人型のあの鎧騎士のような形態のまま飛翔して戦闘を開始している。アドはフライモードのままコックピットを開き、自身に搭載された兵器を展開していた。
流石に感覚で操作しているに過ぎないエスにとっては、そのような使い方は不可能だ。どうやったのか見当もつかない。が、それでも自分にしかできないことはある。
エスはひっそり持ち込んだ杖を握ると、集中するためにそれを額に当てた。騎士連中は暗殺の疑いをかけられるのを防ぐため一々呪文を唱えるそうだが、彼女はもう忘れてしまった。
エスの乗るマシンタイタン、その先端に突如として巨大な緑色の魔法陣が展開され、文字を刻んでいく。リバイアサンに水系魔法は効かない。彼女は昔からそう聞いている。故に、風の魔法を試してみるのだ。狙うは頭の角。全ての竜討伐、その基礎。風が、魔法陣の中心からレーザーのように飛び出してリバイアサンの頭部を貫いた。
「やって……ないみたいだな。急所を外したか」
リバイアサンは首の鱗と少しの肉を削がれて痛そうに悶えた。エスは第二撃の準備を開始しようとして、慌てて取りやめた。リバイアサンが、先ほどから溜めていたエネルギーを解放し、青いレーザーを吐き出し始めたからだ。エスは慌てて機体を上に持っていき、それを避け、再び先ほどの風魔法の魔法陣を展開した。長らく使っていなかったので忘れかけていたが、二撃目ともなると容易く出てくる。今度の射撃は上手くいき、リバイアサンの片方の角を捥いだ。エスはアドの機体がもう片方ももげる位置にいることに気がつき、通信機能を使って叫んだ。
「アドさん! 片方お願いします!」
『了解しました。コード:ρ 作動』
アドが呟くと、マシンタイタンからエネルギーブレードが形成され、正確にもう片方の角を切断した。方向感覚を失ったリバイアサンは、海の側へと倒れ込んでいく。エスはアドとハイタッチしようとモニターを叩いたが、伝わらないことに気がついて少し赤くなった。エスは未だ抜け切らない敬語と共に、アドに話しかけた。
「よっし……これで終わり? 一旦帰ります?」
『不明な巨大敵性体を検知。位置情報を検索……入手。エスさん、海底からリバイアサン以外のエネミーが出現しようとしています』
『気をつけてくださいね』
突如として、通信に妖精王の声が入り込んできた。左モニターが二分割され、片方に〝SOUND ONLY〟の文字と共に、黒い画面が表示されている。
エスは正面モニターに表示される状況の把握で精一杯だ。明らかにエスの知らない形状の、エスの知らないものが海底から浮上しようとしている。
文字通り海を持ち上げ現れたそれは、まさに異形のそれだった。錆びついた金属板に包まれたボディは異臭を放ち、どろりと顔から溶け出している金属が気持ち悪い。何本もの腕はそれぞれが別々に蠢いている。
エスはできる限り平静を保とうと、一度深呼吸をしたが、すぐに失敗に気がついた......異臭を思い切り吸い込んでしまった。その異形を、妖精王は淡々と説明した。
『あれは人類防衛兵器の一つ、ヘカトンケイル。一千年前、制御不能になったため人類が投棄した兵器です』
「でっか......どうやったら倒せます?」
『わかりません。データでしか見たことがないので。あと、無闇に攻撃するのは推奨できません。あれは旧世界の情報を有しているものですから』
「どうしろと......」
妖精王がそこまで話すと、ヘカトンケイルはついに行動を開始した。彼が海の底にしっかりと足をつき、無数の腕の隙間から見える目を開き......アドのシステムメッセージに使われている合成音声とそっくりな声が響いた。
[システムチェック開始
メインコア状態:レッド
近距離戦闘システム起動失敗
遠距離攻撃システム起動失敗
記憶ユニット破損
SSII起動失敗
バッテリー:10%
バイタルチェック:レッド
応急処置開始]
その音声が終わると、異形はその場で動きを止めた。




