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Nύχτα -〝夜 II〟-

 ガラガラと音を立てて、紺碧の空の下、馬車は行く。馬車の窓からはミニチュアサイズのベッドで眠る妖精王と、ランベンノが見える。

 エスは少しだけ遠くの木の上からその様子を眺めながら、馬の足元を見つめていた。あそこには爆弾が仕掛けてある。馬車を破壊するつもりだ。少々乱暴で、テロリストじみた手口だが足はつかない。

 正直あれが破壊できるものなのかどうか、エスは知らない。普通の行商とかならそこまでの警戒はしていないだろうが、あの馬車は王国の最先端技術の結晶。エスにはどうにも、爆破対策がされていないとは思うことができなかった。が、どの道馬を失い、暗殺のチャンスは増えるので気にしないことにした。

 馬車がガラガラと音を立てて、不用心にも地を踏み、道に埋め込まれた爆弾はつつがなく爆発した。エスは目を見開いて、周囲に意識を張り巡らせた……仕掛けを踏む、その直前で爆発したから。間違いなく何者かが他の爆弾を仕掛けた……エスはすぐに確信した、ボスが最初言っていた暗殺者がここに居ると。

 馬車は横に倒れ、少し傷ついていたものの、やはり穴が空いたとか、そういう様子はなかった。すぐさま騎士達と、アドが出てきて厳戒態勢を敷いた。エスは思わず舌打ちをしかけて、慌てて止めた。もし今物音を立てたら、殺されるような気がしたからだ。どこからともなく、尋常でない殺気がエスの方に放たれた。どうも、事態はエスが想像しているよりこじれているらしい。一瞬、捨て身のテロリストである可能性も考えたが、だとしたらすぐに飛び出して馬車を襲う。気配を消して、さらに殺気を放って威嚇する必要はない。であれば、向こうも暗殺者。

 ふと物凄い殺気が自身の真後ろまで近づいてきていることに気がつき、咄嗟にエスは後ろを向いて防御姿勢をとった。が、うまく防げず、木の上から転げ落ちてしまった。すぐ後ろで馬車の整備をしていた騎士の視線が、エスに注がれるが、エスは今、文字通り自分の目の前のことで精一杯だ。


「あ、やべ」


 エスを攻撃したのは、やたら身長が高い女だった。呑気に「やべ」とか言いながら、ボサボサで長い紺色の髪を弄って、女は右手に持ったロングボウを再び構えた。エスは牙を剝くような殺気を女に向け、威嚇をするが、女は動揺する様子が一切ない。


「……アンタ、ペレストロイカの連中じゃないな? 誰の差し金だ」

「ウチ、マイナーだから知られてないと思うんだよね。というか見られちゃった。このままバレないようにバイバイしようと思ったのに......ボスに怒られちゃうなぁ......うえーん」

「はあ?」


 唐突に女が鳴き出したものだから、エスは困惑した。が、すぐに元の調子に戻って、杖に手をかけ……その手に矢が飛んできて、エスは思わず杖を落としてしまった。女はいつの間にか矢を構えていたのだ。殺意を向けるまでが、尋常でなく早かった。今まで泣いていた子猫は目を離した途端にライオンになって、こちらを食い殺そうとしたのだ。

 エスは背中に背負ったクロスボウを構えると、矢を構えて女の心臓目掛けて引き金を引いた。女はバレエのような動きで華麗に避けると、再び矢を放とうと……。


「エスさん! 援護します」


 その瞬間、アドの声と共にエスの背後から光の矢が現れ、女に向かっていった。女は退屈そうに右手を上げて水の壁を生成し、レーザーを防いだ。どうやら女はレーザーが本来ただの光であることを知っていたらしい。女はアドを見て、退屈そうに欠伸をすると、「帰る」とだけ言って木の陰に隠れてどこかへと消えていった。


「なんだったんだ、アイツ……」


 エスがそうボヤいて森の奥へさりげなく帰ろうとした、その時。エスの細い手首が、アドにがしりと掴まれ、エスは歩みを止めた。

 どこか冷たくて、人間らしくないけれど、その分暖かいような不思議な手。この感触も懐かしいな、とエスの口元が思わず綻んだ。


(次の言葉は知ってる。〝同行願います〟だろ)


 エスは投げやりに、心の中で呟いた。次の瞬間に意外な一言が発せられるでもなく、アドはエスの予想した通りのことを言った。エスの心の中に、諦めに近しいものが広がった。諦観ではない。エスはまだ隙を見て逃げようとはしているが、どれだけうまくやったとしても、圧倒的な力には敵わないことを、エスは知っている。この後は王都近くの牢獄に入れられえ拷問だろう。エスはそれで上手いこと帰ってきたやつをあまり知らないが、代わりに、死んでいったやつならいくらでも知っている。カラバイアの騎士は拷問が下手くそだ。

 エスは馬車の到着まで、近くの倒れた木に座ってのんびり待つことにした……どうも気まずいような空気が流れ、エスは紺碧の空を見上げた。星の一つも輝いていない、真っ暗な空だ。何を語ればいいか、彼女には分からなかった。もう慣れたはずの殺しが、途端にみっともないことのように思えた。アドは助けてはくれないらしい。どうも何かが変わったようだ。彼が、必死になってエスを守ろうとしていたことは、彼女自身も知っている。そのヒーロー然としたあり様が変わったことは、悔しいような、悲しいような感情を彼女に植え付けた。きっと、人を殺していたから捕まえる、みたいな考えを起こしたのだろう、とエスは考えた。


「……エスさん。ああ、良かった……生きていた」


 エスは思わず目を見開いた。隣でしゃがみこんでいるアドが絞り出したその声は、かつてのあの無感情で機械的な処理ではなかった。そのことが、彼女にはなんだか悲しかった。我が子の成長を喜ぶのような気持ちと、かつての彼がそこに居ないという違和感が混ざり合って、彼女は自身の心臓を押さえつけた。


「アドさん……………幻滅しましたか。人殺し女に……」


 アドと目をあわせようともせず、彼女は地面の方を見つめた。彼女はより暗い気持ちになった。アドが守ってくれる理由を、彼女は知らなかった。何かの幻想を抱いているのだ、と彼女は感じていた。


「……わかりません。〝幻滅〟とはなんですか? エスさんが、多くの人を殺してきたことは知っています。そうせざるを得なかった、と聞きました。あなたが生きる術が、殺しであると。この定義は間違いですか?」


 しばらく沈んだ気持ちで聞いていたエスは、彼の発言には一切の含みや、裏がないことに気がついた。本当に〝幻滅〟が何か、分からないらしい。知らないのだ。だから純粋に質問している。教えを乞いている。彼女自身を具体例に挙げた、幻滅の意味を。

 そのことに気がついた彼女は微笑んで、思わず自分でも想像がつかないようなことを口走った。そういえば、自分に嘘をつかないことをもう決定していた、そんな気がする。故に、それは、その言葉は意識せずとも向こうからやってきた。


「馬鹿じゃないですか?」


 ◇


「Dちゃん、Dちゃん」


 通信用の金色に輝くベルを開いて、紺碧の空の下、先ほどの髪の長い女がDを呼んだ。

 向こうは返事をしない。何も語らずに、向こうの報告を待っている。


「返事してよ。ペレストロイカに喧嘩ふっかけたみたいになっちゃったんだよ。向こうの暗殺者と鉢合わせた。向こうは捕まったっぽいけど」

「何故? 向こうの考えが分からない。Vならば、王国の秘匿している技術を獲得すべく駒を出すはず」


 思わず、今まで沈黙を保っていたはずのDがついに声をあげた。女性の声。存外に耳触りのいいアルトと、その裏に隠れる威圧感で、女は思わず息を呑んだ。いつ聞いても、いつの間にか心臓を握りつぶされそうな恐怖で安心して聞くことができないのがこの声だ。


「別口っぽかったけどね。多分ペレストロイカが出したわけじゃない」

「......ああ。なら問題ない。驚かせないで」

「でも、それなら誰が出したの? ウチ、マイナーとは言っても結構チカラある方だと思ってたんだけど」

「......()()()()()かもしれない。何者かがその暗殺者に依頼した。組織か、個人かがわからない。組織だったら一悶着あるかも。とりあえず色々考えたいから、任務を遂行したら、すぐに帰ってきて」

「了解」


 女がそう言ってベルを閉じた瞬間。

 凄まじい爆音が、辺りを包んだ。

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