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Σκοπευτής -〝狙撃手〟-

 あとどれくらいで馬車が来る。

 エスが幼い頃、タウバッハに騎士がやってくるという噂が流れると、子供たちはこの歌を歌って騎士の乗る馬車を心待ちにしていた。エスだってその一人だった。あの太陽を背にギラリと光る甲冑と、腰に差した刀。王国を象徴する誇り高き彼らを見れる日には、人混みの中で目一杯背伸びをして、遠くに見える騎士たちをその目に焼き付けようと友達たちと話した。


 あとどれぐらいで馬車が来る。

 今、この瞬間、違う意味合いをこの歌は持つ。王国の者を待つということには違いないが、彼女の近くで楽しげに話すやんちゃ小僧や、真面目な女の子はもう居ない。エス自身、騎士の到着にワクワクしているなんてこともない。

 全ては仕事、自分の幸福を取り戻すため......今からやることの意味を、彼女は理解している。一国の王を殺すということ。それは、つまり戦争の引き金になりかねない。クロスボウを握る手に汗が滲む。

 あとどれぐらいで馬車が来る。

 冒険者ギルド本部の隣には、高級レストランがある。ここはカラバイアを挙げても最も有名といっていいレストランで、広々とした開放的な窓が特徴だ。

 そして、すぐ近くに屋上がレストランから死角になる建物。暗殺してください、と言わんばかりの位置に、エスはクロスボウと共に待っている。

 狙うのは馬車から降りたその瞬間、僅かに防備が少なくなるその瞬間……本来であれば、狙撃というのはもっと時間をかけて行うべきだ。ターゲットのことをもっと入念に調べ、行動パターンを全て把握して、初めて五十パーセントまで成功率が上がる。だから、きっとこの狙撃は失敗する。が、逃走経路は確保済みで、次の手も考えてある。

 エスが眠気と疲労と格闘しながら待機していると、街が一気に騒がしくなって、一瞬だけエスの眠気を連れ去った。馬車が来たらしい。エスは取り付けた特注の木製スコープを覗き込み、馬車の方を見た……。

 エスはスコープを覗き込んで初めて理解する。この暗殺は失敗する。何故なら……。


(小さすぎる!)


 対象が想像以上に〝小さい〟からだ。情報収拾が不足していた。このまま矢を放ったとしても、命中するか怪しい。その上、後から降りてきたものを見て、エスは更に絶望した。

 アドだった。妖精王が降りてきた直後に降りてきたのは。彼が狙撃ごときで任務を失敗するようなものでないことは彼女もよく承知している。エスは徐々に暗くなっていく自身の視界に無理やり光を灯し、クロスボウを下ろした。こいつの出番はもうしばらくないだろう。プランBに移行する。

 エスはそう決定を下すと、待機ポイントからフッと消えるように居なくなった。


 ◇


「……どうかしたかい?」

[……セカンドサイト起動。対象を検索]


 アドが明後日の方角を向いていたので、ロズウェルが静かに尋ねた。アドは感知したのだ。遠くにキラリと光るスコープと、人の気配を。アドは人には成し得ない能力を持つ。その一例であるセカンドサイト をオンにして、そちらの方角を完璧に透視する。セカンドサイト は今から入る建物のすぐ近くの屋上から、素早く逃げ去っていく人影を認識し、動く人影の、何十万というポイントの動きから、その正体を検索……すぐにその影の正体はエスであると判明し、システムがメッセージを出す……。


[リザルト……]

「反応消失。行きましょう、ロズウェルさん」

「……ああ」


 ロズウェルは、アドが正しい報告をかき消したことに気づいたが、黙っていることにした。彼がシステムの分析をそのまま口に出さなかったことは、決して喜ばしいことではない。指示通りに動かなくなっているのだから。しかし、何故かロズウェルは安心したような、嬉しがるような、そんな矛盾した感情を抱いていた。


 国王が用意したレストランはやはり豪華絢爛といった感じであった。彼の説明によれば、カラバイアで最も優れたシェフが集まるのがこの店なんだそうだ。アドは店内をじっくりと見渡して、データとして取り込んでいく。

 店の中央にこれまた豪華な椅子が置いてあり、椅子のサイズからどちらが誰の椅子かは一目瞭然だった。ウェイトレスが椅子を引いて、妖精王が先に座って、次にランベンノが座った。それぞれ両サイドを護衛が囲う。


「特注なのですね。ありがとうございます」

「やはり、分かりますか。流石は妖精王。智慧王の異名を持つだけはありますね。そちらの椅子は我が国の最高峰の技師が腕によりをかけ、素材にもこだわった逸品でございます」

「そうそう、料理の量というのは、どれほどが良いでしょうか。何分カラバイア人と妖精族は繋がりが薄く……妖精王に相応しいであろうものをご用意してはおりますが」

「私のサイズに合ったものでお願いします。まぁ多ければ〝小さく〟しますから」


 会話を少し交わした後、前菜が運ばれてきた。ヨハンがだらだらと涎を垂らしそうになって、必死に視線を逸らしている。彩り豊かに盛り付けられた野菜は次にやってくる料理への期待を高める。妖精王の皿は彼に合わせたサイズに調整されていた。殆どは妖精王が見知った野菜だったが、少し見慣れないものもあった。そのうちの一つは、葉っぱで具材が巻かれている料理。


「これは……〝ドルマ〟ではないでしょうか」

「流石です。我が国のことをよく知ってもらいたいと思い、ご用意致しました。ぜひご賞味ください」


 その後は滞りなく食事が運ばれてきた。ヨハンが入り口の方を警戒しているのは、涎をダラダラと垂らしている様を見せるわけにはいかないと判断したからだ。

 食後のデザートが運ばれてきて、いよいよ店を出ようとした、その時だった。

 窓ガラスがバリンと音を立てて割れ、妖精王の方へと高速で向かってきた……が、アドは凄まじい反応速度で矢を掴み、妖精王に当たる直前で止めた。そして流れるように、矢が飛んできた方角へと向かって、矢を打ち返した。矢は飛んできた時より速い速度で帰っていく。持ち主の元へ。


[セカンドサイト 起動 対象を検索……リザルト:不明な女性]


 今度は流石に遠すぎて何者かは分からなかったが、逃げていく影は女性のものであるというのは分かった。アドはメッセージを聞いて、計算結果を拒もうとする謎の力の存在に気がついた。それを〝不安〟と呼ぶことは彼は知らない。


(エスさんでしょうか)


 エス、という存在はアドの中で随分大きなものになっていた。未来予測演算を用いてエスの存在を除外した、もしもの世界では、何回やってもアドは未だ無感情で記憶を取り戻せないままであるのだ。もし今逃げたのがエスで、それがバレて殺されたら、と考えるだけで、先ほどの計算を妨害する圧力が計算結果を隠し通す。


「……失敬。馬車に戻りましょう、お気になさらず」


 妖精王はゴホンと咳払いをすると、羽根を羽ばたかせた。ランベンノは謝罪の念を顔に出しながら言った。


「ご厚意、感謝いたします。我々の不手際です。本当に申し訳ない」


 そう言って、ランベンノは妖精王と共に歩みだした。

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