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Βασιλιάς - 〝王〟 -

「……来れ……我父に……得よ」

「どうかした……?」


 アドは無意識にも、そう呟いていた。それを心配そうにラクムが話しかける。

 その〝無意識に〟という事実に彼は異変を察知し、なんの結果も得られないのに辺りを見回した。辺りは妖精の羽音で騒がしい。当然だ、あんな物騒なサイレンが鳴ったのだから。


[システムチェック……リザルト:異常なし]


 システムメッセージはすぐさま分析を終わらせ、淡々と告げる。異常がないにも関わらず、今の台詞にアドは全く心当たりがない……言い表しようのない何かが、彼の内の水面に波紋を作る。解析は別の機能に任せたいが、様々な機能を同時に動かすとその分だけエネルギーを消費してしまう。しょうがないので彼は今のことを記録の片隅へと追いやって、サイレンが伝える指示に従おうと、ラクムの方を向いて、彼が口をパクパクと動かして伝えようとしている内容を聞いた。


「アドはそこで待機しててくんねえか! 多分そのうちロズが来て説明してくれるから!」


 ロズ、とはロズウェルのことだ。彼女は妖精の丘で既に確かな地位を確立したらしい。


(未来予測演算は、ロズウェルのようになれ、と……?)


 アドは霧の中で彼女に対して妙な気持ちを抱いた。これが感情として出力されるのであれば、どれだけ楽だったろうか。彼の〝気持ち〟というのは数字でできた粘土を構成するのみで、形作らない。常時妙なしこりのようなものが、彼のシステムの隅に居座っている。

 しばらくすると、ロズウェルが小走りでやってきた。珍しく息を切らしている。今のサイレンは彼女をそれほどまでにあせらせることだったのだろう。


「……いやぁ、待たせたね! 説明しようか!」


 ロズウェルは黒手袋を引っ張って蒸れた空気を追い出しながら、今までにないほどの早口で言った。追い詰められている、というのはアドにだって分かる。


「妖精たちの軍隊とは他の国とは在り方が違ってね、国全体が一つの軍を形成しているんだ。彼らに備え付けられた人工魔術線は、妖精の丘に漂う高濃度の魔力を物理現象へと変換する。しかも、他の国の魔術師とは比べ物にならないほどに強力なものを作り出すんだ。故に、妖精の丘の軍隊は魔術軍の異名さえ持つ、特殊な軍隊なんだよ。だから、事前にこうして通告するんだ」


 ロズウェルが早口でまくし立て終えると、今まで作業をしていた妖精たちはどこかへ行ってしまった。会議のようなものをしているのだろう。アドは今言われたことをフォルダに仕分けていく。


「いやぁ、にしても災難だな! 本来であれば妖精の丘では妖精のみしか召集されないのが、どういうわけだか僕と君も呼ばれている! 急ごう、王が待っている!」


 ロズウェルは今までにないほどの強引さで、アドの手を引っ張って駆け出した。それが意味することは、彼にだって分かる。



「遅かったですね」


 到着するなり、他とは明らかに雰囲気が違う妖精が、吐き捨てるように言った。頭に真っ赤な冠を戴いて、白を基調としたダブレットを着ているのが特徴だ。その威圧感から、他より一線を画する存在であるというのが分かる。ロズウェルが額に汗をかきながらアドを連れてきたのは、大樹から遠く離れた木造の小屋だった。そこはアドの高身長でもすっぽりと入れるような、一般的な家屋であり、妖精の丘にこのような家屋があるのは、やはりどうも異質だった。腐っている箇所すらなく、加えて誰かが生活している痕跡すらある。


「お待たせ致しました。こちらが、人類防衛用アンドロイド・ヘテロジニアスセカンドサイト0154、通称アドです」

「よろしくお願いします。アドです」

「こちらこそ。お会いできる日を楽しみにしていましたよ」


 王冠を被った妖精に、アドのことを紹介してから恭しく一礼するロズウェルを見て、アドもそれを真似した。王と名乗った妖精は口調をややぶっきらぼうにして続けた。


「急で申し訳ないのですが、二日後、私たちはカラバイア王国へと出向きます。護衛をしてください」


 アドは自分が何を言われているのかを〇.五一秒で理解し、未来予測演算のいうように妖精の丘で地位を築く第一歩だと考え、静かに頷いた。王は満足げな表情を浮かべると、長く茶色い髪を指先でくるくると絡めながら、ロズウェルの方を向いて再び口を開いた。


「ロズウェル」

「はい」


 ロズウェルはアドが見たことのないほどに畏まって、王に返事をした。王はやはり不機嫌そうにロズウェルを睨みつけている……険悪なムードだが、やはりアドという存在には理解できない。アドは自分の行動の最適解を見出せないことを、一層苦痛に思って俯いた。


「そのロボットを連れてきたのは貴女です。わかっていますね」

「はい。お供させていただきます……」


 アドが今までに見たことがないほどに弱々しいロズウェルの返事は、どれだけ計算に入れようと解を出すことができなかった。アドはただ、黙って〇.〇〇〇〇二秒で終わる計算を繰り返すしかできないのだった。


 ◇


 カラバイアへと向かう、その当日。妖精の丘の港には、妖精たちのサイズでは考えられないほどの巨大な船が停泊していた。どうやら今回の会談のためにわざわざこしらえたのだという。カラバイアでもこのサイズの船はなかなか見かけない。黒いボディはとてつもない威圧感を放っている。

 中へと入ってみると、そこはまさしく客船であった。戦争のことなど一切考えられていない、ただ客をもてなすための設計だ。この数日のうちにどうやって、とロズウェルが王に尋ねても、王は「容易いことです」とだけ返し、まともに返事などする気はないということだけを伝えている。

 この船の特徴は、外装、内装だけに留まらない。アドが速度を計測した限りでは、この世界の文明では考えられないほどに速いのだ。ロズウェルからの話ではカラバイアと妖精の丘は隣国だが、それを抜きにしても尋常でなく速い。カラバイアまで三時間とかからない……そんな計算をして、アドはエスのことを考え始めた。

 かの少女は無事だろうか。それさえ確認できればいい。もし自分のシステムと、エスの無事が天秤にかけられるのであれば、アドはエスの方へ傾く。それぐらい理性を失った判断を、アドは下している。彼ももう気付いているのだ。自分は最早、エスを単に自分のシステムの復旧のためだけの存在と認識していない。


「どうした、随分寂しそうな顔をしているじゃないか」

「寂しそう、ですか?」


 ロズウェルが両手でティーカップを持って、大広間で休憩をとっているアドに話しかけてきた。つい先日までの余裕のなさは何処へやら、すっかり元の調子に戻っている。

 アドはロズウェルの指摘から自分の感情を逆算しようとして、どうしてもそれが出来ないことに気がついた。


「そうだ。君はね、自分は感情を失ったと思っているかもしれないが、実際は気付けていないだけだ。いくらか心当たりがあるんじゃないか?」


 ロズウェルの指摘を受けて、アドはカラバイアでの記録を手当たり次第に開いてみる。ロズウェルの指摘する心当たりを探って……。


 《……私の運命の人……》


 ログの中にそんな音声を発見して、アドは思わず作業を止めた。少女の声だ。これを聞いたのは、もうどれほど前だったろうか。つい最近のような気もすれば、何百、何千年と昔だったような気さえする。ただ一つ、彼が理解できたのは、この時自分は、確かに〝喜んで〟いたということだけだった。


「お、もう着くね。僕も部屋から荷物を取ってくるとしよう……あ、そうだ」


 ロズウェルは何かを思い出したようにアドの方を向いて、黒い何かを投げて寄越した。アドはそれをキャッチすると、広げてみて、それが何かを調べた。トレンチコートだ。高級そうな素材で出来ている。


「一国の王と会うというのに、そんな格好ないだろ」


 アドは自分がボロ布で出来た半袖のシャツとズボンを着ているという服装に気がつき、それを脱ごうとして、ロズウェルに止められた。そしてロズウェルは真っ黒なトレンチコートをアドに上から服をすっぽり覆い隠すように着させると、今度こそ自分の部屋へと戻っていった。


 ◇


 カラバイアの港に船がやってくると、カラバイアの国民たちは大きな歓声、楽隊のメロディや、花火なんてもので盛大に歓迎した。まだ昼だというのに。

 階段から、まずアドが降りる。アドの警戒心はマックスだ。メインカメラでざっと見渡しで、その場にいる人間一人一人に危険指数を割り振っていく。そして異常がないというのを後ろの王にこっそりハンドサインで伝えると、王が羽音を立てながらふよふよと降りてきた。住民たちがざわつく。


「何あれ……」「小さーい!」「護衛もおっかねえな……」「王の後ろの人......きれー......」


 ざわつきの中からアドが拾い上げた中で、最も頻度が多かったのはこのような内容だ。王が誰かというのは知っているようだが、妖精というものをあまりみたことがないのだろう、そのサイズについての発言が多い。王の後ろをロズウェルが続く。ロズウェルもやはり、険しい顔をしている。丸眼鏡の奥に見える彼女の黒はより一層深くなり、視界に入る全てを飲み込まんという気迫だ。


「お待ちしておりました、妖精王」


 船から三人が降りると、カラバイア国王……ランベンノ=カラバイア二世が直々に挨拶にやってきた。相も変わらず巨大で鍛え上げられた体だ。妖精の王と比べるとその体はますます巨大に見える。後ろには金髪の騎士が二人。サーウエストやディナバスでアドに協力した、ヨハンとヨハナだ。ランベンノもアドの存在に気がついたらしく、一瞬だけ驚いたようにアドの方を向いたが、すぐに平静を取り戻して笑顔で妖精王に語りかけた。


「長旅ご苦労様でした。こちらで馬車をご用意しております、どうぞこちらへ」


 ランベンノに案内されて、目の前に用意された巨大な金色の馬車に三人は乗せられた。王国で使っている馬車の数倍のサイズだ。中はただの馬車と思えぬほどに広く、煌びやかだった。馬車なのにシャンデリアが設置されており、ティーカップなんてものも見受けられる。アドは今までの馬車のデータにそれを追加した。ロズウェルも顔には出さないが、面白そうに辺りを観察している。

 三人が用意されたそれぞれのイスに座ると、すぐにティーカップと紅茶が運ばれてきた。ロズウェルはティーポットをカタカタと揺らして中の茶の様子を確認しようとして、王に睨まれていることに気がついてやめた。


「随分と凝った内装ですね」


 妖精の王は皮肉げにランベンノにそう言った。彼が抱いている感情というのはロズウェルほどには明確ではない。一切の心情の変化を見せず、あくまで落ち着き払ってそう言った。ランベンノはやはり笑顔で返す。


「お褒め頂き、有難うございます、ですがまだまだこれだけではありません。王国の魔術のほどを、魔術先進国を統べるあなた様に是非拝見していただきたく、このような場所を用意させていただきました……そろそろ発車です」


 ランベンノがそう言うと、馬車に取り付けられた窓の外の景色が、街を写すものから線を走らせるだけのものへと変わった。尋常でない速度だ。しかも、一切紅茶が溢れない。揺れる様子もない。馬車の内装全体に空間保持魔法がかかっているのだ。完璧すぎるほどに地面と平行に移動する空間は、馬車という外部刺激によって運ばれ、アドの時代の乗り物に匹敵するレベルの快適さを作り出す。


「素晴らしい技術力です。ここまでのものに仕上げるには、それはそれは時間がかかったことでしょう」


 妖精の王は皮肉を込めて呟いた。彼はこんな単純な魔術ならば、仕組みを一度体験しただけで瞬時に理解できる。その上での発言だ。ランベンノもそれを理解していないわけでは決してないのだが、それをおくびにも出すまいと笑顔を崩さず言葉を紡いでいく。


「光栄です。そちらの茶ですが、我が国の最高峰のものをご用意致しました。是非ご堪能ください」


 妖精の王は言われた通りに茶を啜りながら、相手の腹の中を読もうとランベンノをじっくりと見つめた。仮にも一国の王だというのに下手に出すぎではなかろうかという疑問を、妖精王は抱いた。妖精の丘の力に怯えているのか。可能性はゼロというわけではない。その気になればカラバイアなど一捻りであることは間違いがないし、そんな恐怖心を抱かれるのも面倒だから条約を結んだのだ。尤も、もう妖精王はそれを破るつもりでいるが。となれば、それを見越して少しでも考えを改めさせようとしているのだろうか。そうであれば、ここまで下手に出るのも説明がつく。が、彼がそこまで予見しているとは思えない。

 妖精王はカラバイア王をじっと見つめて、その目の奥に映るものを見ながら、茶を啜った。

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