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Αρχή I -〝始まり I〟-

 一千年の時の隔たりに息づく生物とやらの説明は、シエラの耳には全く残っていなかった。”ものを投げ入れると別のものが入れ替わりで出てくる”、だとか、”呼吸していることが確認されている”とかの話までは聞いていた。が、それ以降のシエラの状態は語らずともよいだろう。というか、時空超越の話をされて平静を保てるほうが異常というもの。正常なものは、理解しようと眉間を抑える、それを諦めて思考を空中に放り投げるのどちらかだろう。シエラは後者だ。

 アドの内部にはロズウェルが言ったことの全ての録音があるが、そのことと理解していることは別だ。ここしばらく彼が聞いてきたタイムスリップの話で一番無茶だ。トゥニカや彼の記憶が語る、根源的記憶を乖離し未来へ送るという理論ですら、彼にとっては理解など到底できていない。しかし、それを無視するかのように知識ですらない事実が増えていく......。

 その後に、ロズウェルに猜疑の目が向けられたのは当然のことだ。何か他にとんでもないものを隠蔽しており、それを使って母の復活を騙ったとんでもないことをしでかそうとしているのではなかろうか......そんな疑惑をかけられて当たり前だ。ロズウェル自身、そのことは重々承知している。

 説明を終えてから彼女は何を取り繕うでもなく、ただ無言で特異点を見つめていた。それが何を意味するのかは誰にもわかるはずがない。


「正直」


 ロズウェルが口を開いた。二人の視線が彼女に集中する。


「僕にもよく分からない」


 そこに在ったものは落胆とも、安心とも取れる複雑な感情。

 それが、アドというロボットに如何なる影響を及ぼしたのか。誰にもわかるはずはない。それは主観を持たない彼ですら知らないことだから......。


 ◇


 妖精の丘には宮殿がある。

 それはアドが充電に使っている大木の上に建設され、大木内部まで繋がる、彼らにとっては巨大な生活スペースだ。人間と比較すればそれは大きめの犬小屋がいくつも連なっているようなもので、妖精の丘で生活する、ロズウェルのような者は一切立ち入ることができない。

 その中でもとりわけ大きいのが、妖精の丘の”王”が住むところだ。

 王、といってもそれは男性ではない。かといって、女性でもない。


 無性。


 無理矢理性別で例えるならば、上半身が男性、下半身が女性といったところか、その姿は。

 王が無性なのは、妖精と無理矢理呼称しているデザイナーベビー群の統率をとるためだけに存在しているからだ。

 冷凍睡眠にも似た方法で行われたタイムスリップによる、新たな肉体の獲得は、記憶の混濁による目的の喪失を齎す可能性が十二分にあった。故に、誰からも魂の獲得をしていないデザイナーベビーを一体作成し、それを統制者として扱うことを過去の人類は決定した。そのためだけの存在が、性による不安定さを得てしまったら統制に何らかの問題が発生してしまうだろう、という考えゆえの無性。

 妖精族は本来果たされるべき目的を果たしていない。それは王に強い不安を与える。

 妖精族が小さく設計されているのは資源の消費をできる限り緩やかにするためだ。羽根は移動に便利だから。人型なのは魂の獲得を行った際に肉体の動かし方を理解しやすいから。そんな設計がいくつも折り重なっているのに、なされるべき目的......文明復興が一切達成されていない。歯車と魔術を応用したコンピュータの作成には成功した。しかしそれは過去の文明レベルには遠く及ばない。それどころか、なぜかどんどん妖精の数は減っていく。確かに妖精の丘は島国だが、妖精は飛べる。尋常じゃない距離を飛び続ける体力さえあれば、ここから出ていくことだって容易い。王はその原因が自身にあるかどうかを考えながらも、未だ答えを出せていない。

 これからどうすべきか。彼はよく知らない。机に肘をついて頭を支え、紙切れに適当な設計図を書いてはゴミ箱に捨てる。そんな毎日を繰り返す彼の元に、ある日”D”と書かれた五冊の冊子が届いた。


 それは無理やり縮小されたらしく、所々字が潰れていた。それを見て、彼はこれを送ったのがこの世界に元から住んでいる者ではない、と確信を抱いた。

 彼はその謎の出現に驚き、次に、その内容について驚いた。

 そして、彼は決定した......カラバイア王国との戦争を。


 ◇


 かつて、タウバッハが消滅した爆発失踪事件。

 夜の港町が輝いたかと思えば、街一つが忽然となくなっていた、そんな事件。


「......それ、どこで知った?」

「いや、そんなことがあったんじゃないか、と思っただけさ。この世界に来る方法を何通りも試したし、その中で最も俺の状況に合致するし、これから見せるものにも関わりがあるからな」


 ラスティンは淡々と語る因劉に向かって、猜疑の目を向けた。

 ......この男は信用してはならない、というのがラスティンの確信だった。何も喋らず、手話で自分を好き放題連れ回し、都合が良い時に平然と喋り出す。そんな男を信用できるほど、彼はお人好しではない。

 しかし同時に、彼は世界の秘密を知りたがっていた。それは彼にもはや他人事と看過できる事態ではないという実感を因劉が与えていたからだし、他にも重大な理由がもう一つあった。しかし、その重大な理由を彼は隠し通している。

 故に、彼がかの男に見せる動機はただ一つ。


「俺はお前が追うものについて、知る必要がある。お前は王国を騒がせた母神教の残党である可能性がある。さっき言ったことがその証拠だ。お前は俺たちの敵か、味方か、騎士として見極める」

「へぇ、ご勝手に」


 因劉はすぐさまそれが口から出まかせなのだと見抜いて、気の抜けた返事をした。

 その言い分は取り繕ったのが丸わかりで、彼が別の動機を持っていることは明らかだったからだ。

 しかし、彼の計画にそれによる支障はない。彼は穴へ整備した入り口から入っていって、スコップで地面を少しつつくと、「ここだ」とラスティンに言った。

 ラスティンは敵が出現するのかと剣を構える。しかし因劉はそれを解くよう指示し、手に持ったそれで思いっきり地面を突き刺して、扉の鍵を開くようにそれを半周させた。

 その瞬間、地面を下から支えていたものがとれたらしく、バランスを崩した地面は地下へ向かってガラガラと沈んでいき、因劉は事前に作っておいた階段状の入り口からその崩壊を免れた。

 ラスティンはすぐさまその中を見た。ハオスの埋まっていた穴というのが、どういうものなのか、一刻も早く確かめたかったからだ。


 ハオスによって組み上げられた魔王城か、はたまた未知の魔物がいる巨大な迷宮か。


 ラスティンはそんな期待を抱きながら、穴の奥底を覗いた。

 そこにあったのは、そんなものではなかった。

 金属......古びた本の匂い......倒れてきた棚が割ったガラスの瓶......そこにぶちまけられたらしいものが残した染み......。

 ラスティンはその異様さに顔を顰めて、目を逸らそうとしたものの、その奥にハオスが居ることに気がつき、再びそこを見つめた。


「さて、俺はこの中を調査したい。”母の復活”のために」

「......一ついいか」


 ラスティンが恐る恐る声を出した。因劉は片眉をあげて、許可の声をあげた。


「お前のいう......いや、お前や、母神教のいう......”母”ってなんだ?」


 因劉は十秒ほど黙りこくった......自分が言語と文明の壁に立っていると、気がついたので......そして、簡単に説明する言葉を放り投げて、そのまま<元の言語>で訳してしまうことを決定した。


「それは、人類文明の<プログラム>を築きあげた、人類の母だ」

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