Τρύπα ? -〝穴?〟-
『なぁ、博士。あんた、何千年後かにまた目覚めるんだろ。イイなぁ、不死身じゃん』
彼がそう言った。彼は私と同じロボットだったと記憶している......。隣には黒髪の女性......サリヴァン博士が、目を閉じて横たわっている。
石に囲まれた部屋の中らしく、窓はない。幾つかの生活用品が置いてあるが、それだけだ。しばらくすると、彼は机の上にパズルが置いてあるのを見つけ、パチパチと遊び始めた。......サリヴァン博士は、未だ目を閉じている。
『なぁ、聞いてくれよ博士、......がさ、私の......で、そしたらアドの奴なんて言ったと思う? ......だって!』
彼は声音を少し変えて、私の声真似をしてみせた。......全然似てない。少し故障しているのか、音割れしている上、そもそもあまり似ていない。彼と私の声を足して二で割ったといえば良い方だ。
彼は目を閉じたサリヴァン博士に毛布を掛けた。そして自分は机の上でパチパチ......。パチパチ......。と、遊び続けるのだった。
私はそれがどういうことなのか、全くもって理解することができなかった。
◇
「今のは......誰の......」
アドの目がカッと開いた。彼は混乱したのか、頭に右手を置くと、霧に包まれた空、その奥で怪しく光る月を見上げ、背後から近づいてきたロズウェルの方を振り向いた。ロズウェルはアドの様子を窺っているような目を彼に向けていたが、彼がそんなことに気づくことはない。
アドはゆっくりと立ち上がると、ロズウェルに向かって今し方あったことを説明した......普通、人は自分以外の記憶を思い出すことはできないという......ロボットは例外なのだろうか。という質問。
それに対しロズウェルは、驚いたような、不安がるようななんとも言い難い表情を浮かべると、自分の考えを語って見せた。
「ふむ、やはり君の置かれた珍妙で奇怪な状況が大きく関わっているのかも知れない。君はこれからレフコ派との戦争に駆り出されるわけだし、向こうの何か奇妙な術によるものかも知れないね。まだ推理の段階だが、一応メモを取っておこう。相談ありがとう」
ロズウェルは手に嵌めた黒手袋を弄りながら、森の奥へと歩いて行った。
アドは今、霧に包まれた妖精の丘の中心に聳え立つ大木の真隣で生活している。この大木は何故かアドが必要とする電力を溜めており、霧に包まれているこの場所でも充電することができる。......以前までの活動のしにくさとは大違いだ、まるで生まれ変わったかのように調子がいい......といった風な心地よさを彼が感じていて然るべきな程には調子がいい。アドがロズウェルにその理由について尋ねると、”太陽光じゃ満足に活動できないのだ”と説明を受けた。どうやらアドは博士のバックアップがあって初めて十分に活動できるとのことだ。
彼はジッとしたまま、先日自身に告げられたことを思い出していた。
”君をエスの方に向かわせたくない、というのが正直なところでね。トゥニカはエスと君を使った何らかの策を練っているに違いない”
ロズウェルはアドにそう説明した。勿論、彼にとっては好ましくないことだ。自分は彼女を守るのだ、と誓った彼にとっては。だから今すぐにでもここから飛び出してしまいたかったが、それがエスの不利益になるのだ、との説明を受けてしまっては、自分一人でどうにかしよう、という気はすっかり失せていた。彼はこの戦いが終われば、自分の機能の全てを修復しよう、とロズウェルが提案したのも、彼がロズウェルに協力することを決定した理由の一つである。それが一番の近道だと、彼はそう判断したので......。
しばらくアドがジッとしていると、シエラがヒューンと飛んできて、無邪気にアドの服の裾を引っ張った。
「おーい! 見せたいもんがあるんだ!」
◇
シエラに連れてこられた先は、まるで博物館のような場所だった。アドの居た大木から十分ほど歩くと、とても小さな小屋があり、その中にぽつんと設置されている階段を下った先の、広くて暗い部屋。
そこにあるものは、化石のようなものが入ったガラスケースと、壁に掛けられたボロボロの紙の様なもの。ケースの数は多くない。十個ぐらいだ。
一つだけ天井に吊るされた巨大なシャンデリアと、真っ黒な壁が、その場所の妖しさを際立たせている。
「ここは?」
「ロズウェルがよく来る場所なんだ。一応客としてもてなせ、ってオウが」
「オウ?」
シエラはオウ、オウと呟きながらアドの周りをヒューンと一周した。
「なんかぁ、もてなせって言われたけど、おれにはよく分かんなかったから、ここに連れてくるのがいいかなぁ......って思って......」
シエラがそう話していると、アドの後ろからコツコツと階段を下る音が聞こえてきた。
アドがそちらを振り向くと、ロズウェルがこちらの方を見ていた。
「......ここに来るとは......バレていたのか......この調子では、もう話さなずにいられることなどないのではなかろうか......」
ロズウェルは細い眉をひそめてそう言った。
困り顔のロズウェルを見て、シエラは何かまずいことをしただろうか、と言わんばかりにその場でぐるぐる飛び回った。
「いや、いずれ話さなくてはならなかったか............うん、別に計画に支障はないな。話してしまおう」
ロズウェルは暫く考え込んでいたかと思うと、考えをまとめたらしく、スタスタとアドとシエラの間をすり抜け、一番近くにあったガラスケースに手を置いた。
そして懐から鍵を取り出し、その中身......化石にしか見えないそれを取り出した。
「これは僕が勝手に”遺物”と呼んでいるものだ。これは一千年前の世界に由来するものの一つ。これは......人骨、かな」
「それを何の為に......?」
「特異点を開く為......と言えばいいのかな」
ロズウェルはそう言うと、二人に自分についてくる様言って歩き出した。
森を大分長い距離歩き、そこを抜けた先にある湖に、二人は連れて来られた。
シエラは途中で飛ぶのに疲れたらしく、アドの頭に寝そべっていた。
......ロズウェルに説明を求める声は無かった。説明を求めようとしなかったわけでは決してない。ただ、そこにあるものの主張に圧倒された......それだけのことだった。
アドの無表情は、その超宇宙的な物体を解析しようとする姿の一部だが、シエラは違う。とんでもないものを見てしまったという驚愕の表情......こんなものを隠していた女に対する疑念......そしてそれを見せたことに対する困惑......そんなことが、彼女からは読み取れる。
時が止まったかと錯覚するかの様な沈黙を打ち破ったのはロズウェルの声だった。
「それが特異点だ......僕が勝手に特異点と呼んでいるだけだがね」
ロズウェルが言う特異点とは、湖の上に浮遊する黒い謎の球体、もしくは穴だった。それは凡ゆる方向に対し凹んでいるようにも見えたし、同時に凸くんでいるようにも見えた。それが、この謎の物体の最も不気味な点だが、さらに、それには螺旋を描く様に霧が吸い込まれており、その中心に風景のような、小さすぎてよく見えないものが写っているのが益々不気味なのだ。
「まぁ見ててくれ」
ロズウェルはそう言うと、懐から先程の化石を取り出して特異点の方へ放り投げた。
特異点は化石がぶつかると、それを内部へと吸い込み、ぐわっと膨張し、そして収縮し、暫くそれを繰り返してから元の状態へと戻った。
「生き物みたいだ......」
シエラがそう言った。それは一連の行動の超宇宙的なもの恐ろしさ、不気味さから発せられた言葉だと、ロズウェルは読み取っていた。
「そう、その通り。僕はね、特異点とは呼んでいるが、これは”生き物”だと思っている」
ロズウェルの説明に、シエラは再び驚愕の表情を浮かべた。
アドは早々に解析を諦めたらしく、ロズウェルの方を向いていた。
ロズウェルはアドの方を向いて、静かにそれについて語った。
「これはね、母の復活にとって最も重要な存在であり......超高エネルギー塊、一千年前の世界と繋げることだってできる、そんなものだ」




