Σκέψη II -〝思考 II〟-
穴から現れたハオスを目にも留まらぬ速さで一刀両断したラスティンは、剣を土に突き立てて因劉の方を向いた。
「どういうことだ? この穴はお前が掘ったのか? なんでハオスがここから出てきた?」
「あー、早口で一気に聞くな、カラバイア語をまだマスターしてないんだ」
ラスティンが混乱する気持ちも因劉には理解できた。今この世界では何が起きているのか、彼は知りもしなかった、そのはずなのだから。......その、筈だ。正直、ラスティンという男がどこまで知っているのか判然としていない。少なくともエスの正体に心当たりがあるということは確かだ。あの夜、因劉がエスの正体を尋ねてみた時の反応からも分かる......。
しばし、二人の間に沈黙が流れた。互いの腹の中の探り合い......。何を隠していているのか。何をしようとしているのか。そんな考えを見抜こうと、二人の瞳に目の前にいる男の姿が映る......。
その沈黙を打ち破ったのは、ラスティンだった。
「何を考えてる......?」
それを聞いて因劉は俯き、暫く黙り続けていたが、遂に重い口を開いた。
「......母神教の目的と同じ......”母の復活”だ。噛み砕いて言えばな」
◇
取引の返事を保留し、スーダと別れたエスは、ペレストロイカの事務所がある街の路地裏を歩いていた。
ホームレスと埃被ったドアが並ぶ路地だ。カラバイアの熱から一度でも離れてしまうともう終わりなのだ。こうしてホームレスとして生きるか、偶然裏社会に生きる者に拾われる幸運を待つか。どちらにせよ、この国で生きていくのが非常に難しくなることは確かだ。
ちゃんと清掃されていない、埃被った看板が掛けられたドアをエスが開くと、そこは武器屋であった。壁に鋭く光る剣が幾つも掛けられている。装飾があしらわれているものはほとんどなく、実用的なデザインのものばかりだ。その中に回転式の巨大なヤスリがあるのも特徴的だ。
数多の武器に囲まれた店内のカウンターに、エプロンをかけた色白の男が立っていた。男はエスを見るなり、かけた丸眼鏡を押し上げて彼女の方を向いた。
「そろそろ来る頃じゃないかと思ってたよ」
「いつもお世話になっています、Χさん」
カラバイア語的発音に即し、”X”と書いて、カイと読む。それがこの男を表す記号。この男は別段ペレストロイカのメンバーだとか、そういうことではないのだが、裏社会に生きる者を相手にした商売を行っていることからそのように名乗っている。その方が都合が良いらしく、本人もその呼び方を気に入っているようだ。
「私の武器のメンテナンスを」
「いーよ。ここにヤスリ置いてあるからここで磨くね」
エスがそう言うと、カイはすぐそばのヤスリの前に腰掛けた。
カイが最初に目をつけたのはあまり使った形跡のないダガーだ。それをカイはまじまじと観察し始めた。
しばらく暇になるだろうと予想したエスは近くに手頃な椅子を見つけ、そこに腰掛けた。
少しだけ肩の力が抜けていくのを彼女は感じた。最近、妙に気が張り詰めてしまう。もしかすると、日常の何気ない一動作に今までの考察全てをひっくり返す何かしらが潜んでいるかもしれない、と。そう考えずにはいられなかった。......自分の正体を認めたくはない。トゥニカの発言も死に際に錯乱しただけではないか、サリヴァンがタイムスリップしてきた先は自分ではない別の肉体ではないか、タイムスリップは失敗していたのではないか......。それも否定できないが......。しかし......。
エスは下を向いた。こんな時でも今自分が置かれている状況について考えることをやめることができなかった。戦争だ、自分の父母の居場所だ、などと言われて。思考を停止することができるはずもない。そして、それを無性に誰かに話したい気持ちになったので、今まさに目の前にいる男に話してみることにした。
「カイさん。”ロボット”って何か、分かります?」
「分からないなぁ。それって何?」
「超常的な力を持つ、からくり人形です。私は一ヶ月前、それと出会った」
しばらく、エスはアドとの冒険の記憶を語っていた。その間、カイはうんうん、と相槌を打つだけで、何か言ったりはしなかった。
「......で、私は......あの人をまるで道具のように......」
「そうだね.......エス、一つ尋ねてもいいかい」
ずっと相槌を打っていたカイは、エスと目を合わせて言う。
「なんで、君は自分が自分でないとの確証を抱いているのに、未だにこの仕事を続けられているんだい? 存在すらわからない父母のこと。もしそれが事実なら、君はこんな薄汚い仕事をする必要がないはずだ」
「それは......」
エスは俯いて黙りこくってしまった。本当はその問いの答えを持ち合わせているのだ。自分が自分でないという発想は突拍子もない自分の思い付きだから、という答え。しかし、そう言い切るにはあまりにも多過ぎる、それを裏付ける余地に彼女は翻弄されているのだ。だから、この答えを是とし、ひたすらに思考を奥深くに沈めて溶かす......。それが彼女には、自分に出来る自分自身への抵抗だと、そう分かっている。分かっているのに......。また......。だからスーダの提案すら保留してしまったのだと......。どうもこの答えは否である気がしてならないと......。それでいて、自身の父母についてどうしても知りたいと......。矛盾の塊がずっと彼女の脳にこびりついて離れない......。
カイはそんなエスの様子を見て、申し訳なさそうに笑った。
「ごめんね......答えづらいこと聞いちゃったね。杖の整備、終わったよ」
「......ありがとうございます」
二人の間に、気まずい空気が流れた。エスはカイに一言だけ礼を言うと、代金を払ってそこを出ていくのだった。
彼女は、自分のせいでなにかとんでもないことが起きようとしている、という気配を確かに感じ取っていた。




