Nύμφη -〝妖精〟-
タウバッハの隣の森。ざっ、ざっと土を踏んで入ってくる人影が、二つ。ラスティンと因劉の二人だ。
「ここに何があるって......?」
因劉は答えない。ラスティンは聞いてみてから答えない理由にハッと気付いたらしく、再び黙ってラスティンの後ろについていった。
森の奥に進んでいく。ザラザラとした表面の木に触れながら、森をずっと進んでいくと、そこには。
「なんだこりゃぁ.......」
直径が五メートルもあろうかという巨大な穴が掘られていた。その横にはスコップが置いてある。
「結構頑張っただろ?」
「あぁ......てか、えぇ!? お前......」
唐突に饒舌なカラバイア語を喋り出した因劉に驚くラスティン。そんなラスティンを無視して、因劉は穴に近寄っていく。
「お前を今まで”調査”と称してタウバッハや他にも色んな所を連れ回していたわけだが......今日から少し骨が折れるぞ。今までのような聞き込みではなく......」
因劉は胸元のポケットから取り出した、表紙に”S”と書いてあるメモ帳を見せつけると、ラスティンの方を向いた。
「護衛をしてもらおう」
その瞬間、因劉の後ろで突風が吹き荒れた。
◇
パチパチバチ......。パチパチパチ......。ブオーーーーーーーン......。パチパチパチパチ.......。ターーーーーーーン。
何かを叩くような音と、ファンが唸る音をBGMに、彼の目が開いた。ぱちぱちと瞬きをしてみると、なんだか視界がクリアになったように彼は感じた。随分と暗い部屋だ。光源が蝋燭しかない。それに、窓らしきものも見当たらない。
「お早う、アド君」
彼のすぐ近くで声がした。女性の艶かしい声。尤も、アドに艶めかしいなど判断することは出来ないが......。
彼は起き上がろうとして、ある異変に気がついた。......起き上がることができない。カメラを精一杯動かしてみても自分は拘束などされていない。
アドの様子を見て、隣の女性は極めて冷静な口調で語った。黒いコタルディのような服。尤も、アドが知っているコタルディよりかは丈が短く、胸元がはだけていない。少し長めぐらいの黒髪、鈍色の目。黒縁の丸眼鏡。黒い手袋。さりげなく身に付けたアイスランドポピーのイヤリングなどが、女性の魅力をより高めていた。そのイヤリングすら、黒。灯の少ないこの部屋では、彼女はただの黒いシルエットのように見えた。
「今、君のアクチュエータを停止させてもらってるよ。関節が動かないだろう? 作業中に誤作動なんて起こされたらたまったもんじゃないからね」
そう言った直後、女性の方からパチパチと何かを叩くような音が鳴った。何をしているのか皆目検討もつかないアドは、大人しく視界の端でを漂う蝋燭を眺めながら思考を別のところへ向かわせた。エスのことだ。
だが、一向に結果が出ないので、自分の今の状況のことを考え始めた。そして、女性に質問をしてみた。
「あなたは誰......?」
「ああ、僕かい。僕は......そうだな、ロズウェルとでも呼んでもらおうか」
ロズウェルがそう言うと、再びアドの首元でパチパチと鳴り出した。しかしその音はすぐに止まり、視界の端でロズウェルが椅子に座ったのが見えた。
「ロズウェルさん、あなたが私を......?」
「ああ。ここに連れてきた。まだ、君を壊させるわけにはいかないからね」
ロズウェルはアドの身体中に繋がっているケーブルが伸びた先にある巨大な金属製の箱......信じられないようなサイズのコンピュータに触れていた。サイズの割には画面が小さく、時折異音が鳴っている。パチパチと言う音はそこから発せられるキーボードの音だったらしい。彼女は額に滲んだ汗をハンカチで拭った。
「よし、もう大丈夫だ。破損箇所は全て直ったよ......」
アドは起き上がってみて、随分自分の調子が良くなっていることに気がついた。関節の動きはより滑らかに、視界はクリアになり、聴覚にもノイズがなくなって音質が上がっている。
ロズウェルはどうやらアドの修理を行っていたらしい。理由はよく分からないものの、一応礼を言おう、とアドが形式的に礼を言おうとしたところで、ロズウェルに遮られた。そして、彼女は言った。
「君にはね、”戦争”に出てもらいたいんだ。これはそのための取引だよ」
「......?」
ロズウェルはそういうと、部屋の扉を開いてアドに陽光を浴びせた。
そして彼女が外へ出たので、アドもそれに続いた。外に一歩踏み出してみると、そこは霧に包まれた森の中であった。しっとりとした草と土。遠くには人影のような何某かが見える。遠くに居るからか、随分小さい。アドはそれをじっくり観察しようとズームしてみたものの、霧が邪魔で何かは分からなかった。アドの肩を叩いて、ロズウェルがついて来いと合図した。
アドはロズウェルの後ろをザッ、ザッと足音を立てながら歩いていく。アドは先程から気になっている単語を、ふと呟いてみた。
「”戦争”......?」
「そう、戦争。国同士の戦争にしたくは無いけど......大方なるだろうね。残念だ......っと、着いたよ」
ロズウェルはアドの呟いた言葉に対し、誤魔化すような、そんな返答をして立ち止まり、霧の向こうを指差した。どうやら向う側に小さな人影が集まっているらしい。再びロズウェルは歩き出したのだが、数歩歩いたかと思うとすぐに止まってしまった。アドはそれを疑問に思いつつ、ロズウェルの後ろで立ち止まってみると、アドの額に何かがぶつかってきた。
「いってー!」
「すいません」
アドが一度謝ってからぶつかったものを観察してみると、それは空飛ぶ小さな人であった。背中には透明な翅。丈長のチュニック型の衣服から覗く、白く透き通った肌。そして、鉄色の髪、赤色の目。それはまるで妖精のようで......。アドにはまるでみたことがない存在だったので......。ついつい、彼は目を奪われてしまっていた。決して見惚れていたのではない。ただ、新種の生物の観察を行っていた、それだけのことなのだが、妖精はへへんと得意そうな顔をした。そして、「やっぱ俺は最高の美人だな!」と呟いたが、それに反応するものはいなかった。
アドの方を向いて、ロズウェルが口を開いた。
「紹介しよう。彼女は妖精族、シエラ。君の開発主と同じ生物が作った、デザイナーベビーの一人だ」




