Epilogos I -〝エピローグ I〟-
アドがどこかへ行ってしまってから、一ヶ月が経過した。
エスはあの後、倒れているところを別の所の対応をしていたラスティンに発見され、すぐに馬車に乗って王都へと戻った。
魔力が完全に回復するまで一週間ほどかかったが、動けなかったのは一日程度なので、その後の式典や業務は恙無く行われた。
まず、エスは賞金を受け取った。六百万ミナ。トゥニカは賞金首であったらしい。あれほどのことをしたのだから、当然だ。そして、エスは臨時騎士を自ら辞退した。もう、ここで騎士をやる必要性もない。それに、”臨時”と名の付くほどだから、この後すぐに解任されていたはずだ。一応正式な騎士になる誘いもきたが、断った。このまま騎士の仕事を続けていき、残り二百万ほどの借金を返済しきってしまうというのも少しは考えた。しかし、エスは断固として騎士になろうとはしなかった。単に彼女がカラバイアを嫌悪しているからというのも一つの理由であるが、もう一つのとある懸念が彼女が騎士になることを拒んだのだ。
”私は誰?”
あの日、トゥニカに言われた言葉。
『ドクター・サリヴァン、彼を......』
トゥニカは人違いでもなんでもなく、純粋にエスに話しかけていた。エスはかなり真相に迫っていたのだ。自己がシェリー・ウェスターという少女ではなく、別の何者かである事実。そして、それはサリヴァンである可能性が高い、と。
いつまでも同じところで足踏みしているわけにはいかない、とその線で考えると、幾らか納得のいく事実があるのだ。
アドは不自然なほどに自分のことを気に入っていたし、自身も彼のことを不自然なほど、自分でも疑問に思うほどに気に入っていた。それは自身が彼を創り出した当人であるからではないか。
マシンタイタンを初めて操作した時、自分でも驚くほどあっさりと操作方法が理解できた。人生で一度も見たこともないホログラムキーボードと、覚えたはずの無い数字の羅列を、自分の脳は当たり前のものとして捉えた。
未だに爆発失踪事件のことだって分かっていない。アレだけ街を破壊されてしまえば、操作の続行は難しい。しかし、それでも分かることはまだあるはずだ......だがもし、ここからもっと深いところに踏み込んだ、その時、エスは.......。
(自分は自我を保っていられるだろうか)
今まで、エスはカラバイアに対する復讐心だとか、貴族に対する憎悪で動いてきた。それに、大きな目標だってある。どれだけひた隠しにしようと、母を性奴隷にされた記憶、奴隷生活でできた痣、人を殺した時の血の臭い、色が、彼女の中にずっとある。両親を買い戻す目標だってそうだ。父に至ってはどこに売り飛ばされたか分かっていないし、母親ももう死んでいるかもしれない。それでも、二人が生きているというのが彼女の大きな支えだった。それが、唐突に自分のものでなくなってしまったような感じがして、彼女はもう精一杯だった。もう、何もかもに疲れたのだ。
(考えるのはやめよう......)
もう何も考えない。その必要はない。一ヶ月間考え続けても、答えは出なかった。自分と、異質なロボットとの冒険は終わりなのだ。表面上ではそう考えながらも、エスは考えることを止められなかった。まるで呪いか何かのように、あの男の顔が脳裏に焼き付いている。ギルドの掲示板にぺたぺたと書類を貼っていく。アドを探している旨の依頼書だ。分かる人など、居ないだろうが......もう死んでしまったのかも分からないが......それに、失踪事件の話だって、何一つとして分かっていないのに、自身はその立場を捨てた。真相を追うことが、怖くなったのだ。彼女は手提鞄を持ち上げた。この後は”販売”だ。手提鞄に整然と詰められた魔石。本来、法律上グレーな代物。これなくして回らない国が、カラバイアなのだ。
エスがぼんやりと歩いていると、手に強い衝撃を感じて、意識をハッと取り戻した。ひったくりだ。すぐさまそちらに杖を向け、地面を凍らせてその犯人を転ばせた。
「わぁっ!」
鍔の広い帽子にマントを纏った旅人のような服装の少年は、尻餅をついて手提鞄を落とした。落ちたそれをエスが広い、少年の首元に杖を当てた。
「なんのつもりです?」
「......はは、いや、あの......」
その道のプロの威圧感というものを放つ。彼女の三白眼が少年の目とバッチリ合わさり、少年の脳髄を破壊するかと思うほどの冷たい殺気を向けた。ただ一人に向けられた殺気ほど、冷たく重いものはない。
少年は息を飲み、湧き上がる恐怖心に耐えつつ、凍った地面を滑って逃げようとした。しかし腰を抜かしてしまったらしく再度転ぶだけの結果に終わった。それを見てちょっと面白かったのかエスの殺気が少し引っ込み、それでやっと話せるぐらいになったのか、腰を抜かしたまま少年は話し出した。
「お前、さっきあの男の似顔絵貼ってただろ?」
「アドさんを知っているのか!? 今どこにいる!? 生きているの!?」
エスが少年の話に食らいつく。それはもう今にも噛み付かんが勢いで......少年はそんなエスに怯えて声を震わせながらも、続きを話した。
「おち、落ち着けって......簡潔に説明すると、お前とあの男は今会えない。会うべきではない。あの男は今、”妖精の丘”にいる」
「妖精の丘......」
エスが息を呑む。ふと彼女の視線が、魔石の詰まった手提鞄の方に向いた。
この機会を逃してはならない。再び彼のことを考えるには今しかないのだ。まだ、何一つとして終わっていないのだ。ここで、終わらせてはならないのだ......エスは自身の底とも言える場所からどうしようもなく湧き上がって来る想いと共に、少年の方を向き直った。
◇
カラバイア王国。王都ディナバス。その中心、王城の地下。冷たい冷たい死体安置所の入り口。
ここにはトゥニカの死体がある。尤も、激しく腐食した全裸の死体だが。
カツカツと冷たい階段を降って行き、死臭と冷気を全身で感じ取りながら、死体の山の中へ入る。
トゥニカの死体は一ヶ月近く放置されている。何の処分もされずに、一ヶ月間放置は不自然だ。怪しげな脳改造のようなことに使うのかもしれないし、もしかするとただ単に恐れられているだけかもしれないが、そんなこと、”彼”にとってはどうでもよかった。
カツカツと、迷いなく彼がトゥニカ......自分の死体を持ち上げた。
「全く......死んでしまうとは。私として、情けないですよ?」
トゥニカがそう呟くと、彼は自分の周囲に広がった純白の布に包まれて消えていった。
◇
母神教の拠点。閉じてしまった目と、三つの”I”が描かれたシンボルの前に、先日持ち帰った死体の山が置かれている。
よく見ると死体の一つ一つにガラス管が突き刺さっており、そこから紫色の液体が垂れて巨大な謎の紫色のオブジェに流し込まれているようだ。紫色のオブジェは天井からはみ出しているだけであり、本来は母神教の拠点の真上に位置しているらしい。
その様子を眺めて、チャイルド達はニヤニヤとしている。あれだけ自分の仲間を失い、主導者すら失ったと言うのに、彼らの目には絶望の色は見受けられず、ただただこれから起きることを期待しているように見える。
紫色の液体が完全に流れ込んだのち、チャイルドの一人がトゥニカが溜めていた魔力を紫色のオブジェに振りかけた。
すると、オブジェはその瞬間にびくんと脈打って、呼吸を始めた。
その瞬間、チャイルド達から耳を擘くような歓声が上がった。
◇
焼け野原となったタウバッハは復興作業で活気付いていた。屈強な男達が丸太をせっせと運んでいる。しかし、それでも家族を失ったものや、帰る場所を失ったもの達の薄暗い感じがひしひしと伝わってくる。そこに、一つの民家の前に佇む人影が、一つ。民家は長年空き家だったらしく、蔦が門に絡みついていた。
ドアベルをチリリと鳴らし、焼け落ちかけたドアをそっと開いて中に入る。
中は他の家と比べて損壊がそう激しくはなかった。ここでは母神教があまり暴れていなかったようだ。
男は玄関前の階段を上がり、部屋を一つ一つ探していく。そして一番奥にある小さな部屋のに入り、その隅に紙切れのようなものが落ちているのを見つけるやいなや、しゃがんでそれを拾い上げた。どうやら家族写真らしいモノクロの写真。そこには小柄な少女と、その親らしき二人が写っている。
ひっくり返して裏を見てみると、”191/5 The Month of Sword"と掠れた文字で書いてあった。
それを胸ポケットの内側に丁寧にしまうと、男は入り口の方へ向かっていった。
男が再びそっと扉を開くと、そこには。
「お前まだ俺に隠してることがあるだろ、因劉」
切れ長の目の男が、ギラリと輝く剣を因劉の方に向けて待ち構えていた。




