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Mάχη -〝戦闘〟-

『............オマエがあああああ!』


 女の脊椎から現れた肉塊の怪物(ハオス)は、翼のない龍のような奇妙な見た目をした怪物だった。胴体に乳房らしき者が見受けられる。先ほどの女の体躯の何倍も巨大。龍というよりミミズみたいだが、全身を溶けた鱗のようなものが包んでいる。どうやって女の脊椎の中に入っていたのか。

 龍型のハオスはアドに向かって突進すると、そのままどこかへ去っていった。エスは首を傾げ、アドとともに龍型ハオスが向かっていった方向へと走り出した。


 ◇


 龍型ハオスが向かっていった先では、チャイルド達が一体どういう訳だか荷台に死体を放り込んでいた。焼死体から、体の一部を切ってしまい失血死した死体まで様々だ。エスはそれに恐怖を抱いた様子はなく、ただその無意味な人死を嫌悪した。

 荷台の側にはトゥニカが立っており、死体の一つ一つを眺めては、何故か憂鬱そうな表情を浮かべていた。隙だらけのその姿を見て、エスが楔形氷弾を一発。


「おっと......やっと来たのですか。遅いですよ? 相手してやりなさい」


 トゥニカがそれを避けてからそう言うと、龍型ハオスは再び奇声をあげアドの方へ突進していった。アドは前転動作で避けると、先程の戦闘から起動しっぱなしのキャノン砲で迎え撃った。龍型ハオスの鱗を溶かし、ハオスは苦しそうに呻いた。

 一方エスは、どうにかして火薬瓶を投げるチャイルドをどうにかしようとそちらに杖を向けた。

 チャイルド達からのヘイトがエスに集中し、火薬瓶をそちらに向かって投げつけるが、エスはそれを全て華麗に避けると、チャイルドの一人一人を気絶させて回った。

 エスが順調にチャイルドを気絶させ、火炎瓶を持っているのが一人だけになった時、気絶させて適当に転がしたチャイルド達がピクリ、と動いた。そして脊椎が膨らんでいき、酷い腐臭と血を撒きながら、サーウエストで見たような人型のハオスが生まれた。


「うわっ」


 エスは実に気持ち悪そうに杖を向け、楔形氷弾を乱れ撃つ。以前のように合体する様子もなく、エスの攻撃をほぼ無抵抗で受けるハオスたち。エスがなぜ攻撃しないのかと疑問に思いながら何人かを殺した直後、彼女はその理由に気が付いた。


(攻撃を学んでいる?)


 思えば、サーウエストの時だって人型のハオスはある程度の攻撃を受けると形を変えた。『このままでは勝てない』と言って。今回も同じように、学習段階ということか。

 それに勘付いたエスは、先に龍型のハオスから対処することにした。但し、攻撃の威力を弱めている。まだ人型の方はアドの手の内を知らない。エスはアドより戦闘力が低い。エスの弱い攻撃のみを学習させ、ハオスの学習を防ぐ。そして、ハオスが自分から攻撃を仕掛けてきたら、奴らの知らないアドの攻撃で一掃する。エスの頭の中では、そういう完璧な算段が出来上がっていた。

 龍型のハオスの方に杖を向け、急所と思われる目の部分を撃つ。やはり他の箇所より弱いようで、エスの楔形氷弾が目に入り、悲鳴をあげた。そしてエスの方を睨むと、胴体をぶるりと震わせた。そして、胴体の中からブーメラン型の鋭利な金属片が飛び出した。


「どっちかっていうと百足(ムカデ)だな......!」


 エスはそう呟くと、龍型ハオスから距離をとって中距離攻撃から遠距離攻撃に切り替えた。人型の方は何故か攻撃しようとしてこない。龍型ハオスから飛び出た刃物が、タウバッハの石畳をグシャグシャの瓦礫へと変えていく。

 エスはその威力に顔を引きつらせながらも、攻撃の手を緩めない。魔法攻撃を意識しながら、思考を並列に作動させ、人型ハオスのことについて考える。


(何か見落としている)


 先ほどから感じている、気持ち悪いこの感覚。エスが”仕事”の中で何度も経験してきた、歯車が砂を噛んで上手く回転しないかのような気持ち悪さ。何か、重大な見落としが......。

 エスがその見落としの正体に気がつくのと、彼女の頭上を錆色の鋭利な刃物が通過するのはほぼ同時だった。


()()()()ってわけね......!」


 後ろを振り向くと、人型ハオスの一匹が腕に刃物を収納していく様が見えた。先程のただの肉塊とは違い、中から金属片、そして歯車が覗いている。肋骨のあたりからも金属が浮き出て、ドラゴン討伐の時に見たような機械の形に似ている。

 前回、この形のハオスは戦闘によって学習していたはずだ。防御しながら、攻撃を学んでいたはず。しかし、今回は()()()()()()

 エスの考えていた策は完全に台無しになったが、その程度で狼狽える彼女ではない。”仕事”でも、大抵最初の一手は失敗するもの。次の計画に移るだけだ。


「アドさん! それは後で片付けましょう! 先にこっちやりましょう!」


 人型ハオスは数が多い。それでいて、あのような攻撃を仕掛けてくるというのだから、先にそちらを対処すべきだ。

 アドは龍型ハオスから人型ハオスにターゲットを変えると、全力で跳躍し、ハオスの群れの中心に降り立った。そこでコードβの槍を取り出し、すかさず二匹、串刺しにした。相手に対する慈悲など一切ない挙動。エスはアドに加勢すべく、杖を向け......。

 地面に膝をついた。


(このタイミングで魔力切れ......!?)


 体がピクリとも動かない。間近に落ちた杖すら、拾う事ができない。その現象は、”魔力切れ”と呼ばれているものだ。

 エスは常に一撃で相手を仕留めてきた。魔力はそれに必要な分と、冒険者として稼いでいける分だけしかない。かなりすぐに切れてしまうぐらいのギリギリの量にも拘らず、あまりに大量に消費してしまった。


(なんともまぁ、私らしくない......)


 失敗も失敗、大失敗だ。自分が魔力切れを起こすなど......。遠くでアドの声が聞こえる。それを無視して、唯一動く目を動かしてみる。その先には、トゥニカがニヤニヤと笑っていた。いつもの気色悪い笑みではなく、してやったりと言わんがばかりに......。

 ふと、彼が手に持っているものに気付いた。丸底フラスコに似ているそれには、紫色の液体が溜まっていた。

 魔力だ。もっとも、液状化しているが。あのフラスコの口が、エスの方から漂う気体化した魔力を吸い込み続けている。

 エスが、トゥニカが魔力を吸い続けていたことに気がついたのはそれを見た数秒後だった。最初から、こうなると決まっていたのだ。その可能性にまで、頭が回らなかった。アドがいるからといって、思考停止していた。トゥニカが何か細工していたっておかしくはない、いや、彼はそういう男だ、先にトゥニカから片付けるべきだった......。エスの頭の中を後悔が支配する。

 視界にハオスが映り込む。錆色の鋭利な刃物をずるずると引き摺って、彼女の首筋を狙っている......。


(なんか意外なとこで死ぬもんだな)


 エスは諦めたのだ。生きることを。手放したのだ、その権利を。

 ハオスがもう目の前まで迫ってきている。既に腕を振り上げ、準備万端なようだ。

 もう無理だ。そう心の中で呟き、彼女はゆっくりと目を瞑ろうと......。


[コード”Ω”作動。システムロック解除......認証......32540154]


 その瞬間、怒号にも似た爆音がそこに響いた。普段のコード作動の音声とは明らかに雰囲気が違う。

 耳元で、ぐしゃり、という恐ろしげな音が聞こえた。

 ふと、エスが再び目を開けるとそこには、アドらしくない攻撃をし続ける彼が居た。


 コードβの槍を一列に並んだハオスの方に力一杯放り投げ、攻撃を全て盾で防ぎ、左手の五本の指から放たれるレーザーと、右腕のキャノン砲で殲滅する。圧倒的な力を、持てる限りの兵力を持って、この場所の全てを破壊する気なのだ、彼は。

 トゥニカすら、その光景を恐れているように見える。人型のハオスを全て殺し、ギギギと壊れているかのような動きで龍型ハオスの方を振り向く。龍型は猛烈な勢いで突進するが、アドはそれに臆することなく突っ込んでいき、胴体から生えた刃物をもぎ取ってトゥニカの方へ投げた。そしてトゥニカの方を向きながら、片手間に龍型ハオスをただの肉の細切れへと変えていく。トゥニカはそれをさっと避けると、少し駆け足でエスの方に近寄り、こう言った。


「ドクター・サリヴァンよ、彼を......」


 アドはトゥニカが言い終わる前に彼に一瞬で肉薄すると、エスの目の前で、ぐしゃり。とトゥニカの頭を握り潰した。後先を考えていないのだろう。ここで殺してしまえば、聞きたいことももう聞けないというのに......。

 エスは必死で起き上がり、アドを止めようとした。このままでは不味い。彼を放っておいてはいけない。そんな危機感から、彼女は必死で起き上がろうとするが、それが出来ない。トゥニカが死のうと魔力は戻ってこない。

 遂にアドがレーザーキャノンを民家へ向け、全てを焼き払おうとした、その時。背後から忍び寄った金属片が、ぬるりとアドの首を横切った。どうやら、先程のハオスの残骸にも意識が残っていたらしい。

 首が落ちると同時に、アドは電池切れでも起こしたかのように地面にパタリと倒れた。


「ぇ......?」


 エスの口から、声にもならない声が絞り出される。

 彼女の目の前にあるのはただ一つの事実。万能無敵と豪語したロボットの、残骸がそこに在る。

 エスがその現実を確かめようと、地べたを這いずってアドの頭に近づこうとした、その時だった。

 アドの頭が作る、暗い影が、どんどん広がっていった。......いや、違う。影から黒い布が広がってきているのだ。光を呑み込む、黒。清廉の白とは真逆の色......。

 それは、アドの頭と体をすっぽりと覆い、どこかへと吸い込まれて消えていった。

 ただ一人残されたエスは、疲労と喪失感でばたりと地面に倒れた。

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