Mηχανή - 〝機械〟 -
「君が出した損害を、君は理解しているのだろうか?」
「……はい。分かっているつもりです」
裏路地。そこにひっそりとそびえ立つ事務所のデスクに踏ん反り返る組織のボスとエスが居た。
ボスは書類を見ながら、呆れたようにヒゲを揺らしている。スーツの下から龍の刺青がのぞいている。
エスの所属する組織の名前はペレストロイカ。カラバイア王国の裏社会を牛耳る組織だ。
「君のせいで、一千万以上の損害が出たんだ。どう責任を取るつもりだ?」
「……これは、代替案となるかは分かりませんが。近頃、暴動を起こす組織があると小耳に挟みました。それにボスたちも手を焼いているとか」
「……早く結論を言え」
「そこで、国の用心棒としてこの男を起用してはいかがでしょう」
エスは近くに立っていた彼を動かす。
「国を守るという名目で、ボスに仇なす存在を始末する。そしてそれによって得た金で……」
「お前が支払うのか?随分と我儘な話だな」
「自負しております。勿論私も協力を惜しまないつもりでおります」
ボスはふう、と溜息をつくと椅子に深く腰掛けた。
そして彼の方を見ると面倒臭そうに口を開いた。
「お前、名前は?」
「私はヘテロジニアスセカンドサイト-0154。万能無敵のロボットです」
「万能無敵、か。随分と度胸のある謳い文句だな。実際にそうなのか、試させてもらおう」
ボスがそう言った瞬間、唐突に0154が庇う様にして持ち上げた腕に火花が散る。そして、火花が散ったのとほぼ同時に事務所の床から砂埃が上がった。
そこには短剣を持った茶髪の男が、殺意をむき出しにして立っていた。
「その男に勝ってみせろ。ただし事務所のものは壊すな」
「了解しました」
余りに無茶なその条件を0154はあっさりと呑むと、右腕を前に突き出した。
人差し指から細い光が一本発射され、男へ向かう。それを男は避けると、短剣を0154の首筋めがけて突き立てようとした。いや、事実突き立っていた。
しかし0154は何事もなかったかの様に男からナイフを取り上げると、男を地面へ押し付けた。
そうして勝利したと確信した0154はボスを見ると、ボスは厳つい顔をしてデスクを見ていた。
「勝利、と判断してもよろしいでしょうか」
「いいや……ダメだ。これを見ろ」
ボスが指を指した先は、デスクの上の粉々に割れた壺。最初に撃ったレーザーが当たった先のようだ。
硬い顔をしたボスのデスクをよく観察する。レーザーで焼けたのだろうか、机の上が焼けている。
「お前のせいで、この百万ミナの壺が割れたじゃないか」
エスは青い顔をしている。このままではボスの信用が得られない。どうにかしてボスを言いくるめなくては……。
[分析開始……リザルト:それはこの戦闘による被害ではありません]
「それは本戦闘における被害とは承認できません。レーザー機能は物体に害なす事はありません。
またその素材と経歴は百万を超える物ではないと推測されます。貴方の報告を事実と見做すことはできません」
エスはさらに顔を青くした。この世界でそう言った事をボスに言い、殺されてきた人間を何人も見てきたからだ。
しかし、ボスの反応は予想外のものだった。
「......随分手綱を握り辛そうな奴だ。こういう奴が放置されるのは俺としても困るんだよなぁ。なぁ、エス?分かるだろう?」
「.......ありがとうございます!」
ボスの言葉は、つまり”要求を許可する”という意味だ。
0154はどうにもその会話が理解できなかったようで首を傾げていたが、会話に割り込むべきではないと判断し男を押さえつけたまま静止した。
「俺から口利きしてやるよ。おら、一週間後には出発だ」
エスは0154を連れ、頭を下げると事務所を出て行った。
「よろしいんですか?」
二人が出て行くと、男がボスに話しかけた。
ボスは少し笑うと、懐から葉巻を取り出しそれに火をつけた。慣れた手つきだ。
「ここの名前を忘れたとは言わせんぞ。”再構築”の為の駒は出来ることなら増やしておきたい。まあドントクの奴が居なくなったのは惜しかったがな」
「そうですか。……あの女、ボスのお気に入りですもんね」
男の発言に、ボスは葉巻を口から取り男の顔に煙を吹きかけた。
「お気に入りだから、ではない。革命に必要な駒だ。あいつの裏には革命を盤石にするものが隠れている……」
ボスの発言に首を傾げながら、男はボスの顔を見た。
「では私はどちらに行けば良いでしょう?」
「お前には一つ、命令したい事がある。0154とやらがやってきた所を探せ」
男はその命令を聞くと、煙のように消え去った。
◇
一週間後の早朝。ペレストロイカの事務所の一室。0154はエスの部屋で寝ていた。寝ているというよりかは充電しているといた方が正しいのだが。僅かな太陽光でさえ発電できる0154の発電機は、月明かりを浴びて発電していた。この世界の雰囲気と相まって、なんとも神秘的な光景だ。
ふと目を開き0154がエスの寝顔を見る。何故この少女を”重要”という判断をしたのだろう。0154がずっと考えていたことだ。システムに聞こうとログが破損しているという返答しか返ってこない。
そういえば、エスというのは本名ではないと自分で言っていた。
「んぅ……は! おはようございます!」
エスのやや金色がかった綺麗な白髪がベッドから持ち上がる。膝裏まである髪を重たそうに持ち上げると、エスは髪を結び始めた。三つ編みを作ってから後ろで結ぶハーフアップスタイル。外ハネは自然に出来たものだ。......エス。何故、本名を隠すのだろう。
0154は何の脈絡もなくふと気になったことをエスに尋ねてみることにした。
「エスさん。貴方の本名はなんというのですか?」
「はは……すいません、教えられません。でも今はエスなんで。そういう事で、一つお願いします」
エスはそう言ってはぐらかすと、カバンに荷物の入れ忘れがないかを確認し始めた。
皮のような質感の鞄には、いざという時のサバイバル用具が備わっているのみだった。
会話をしていると部屋に備えつけられたベルが鳴る。エスはカバンを閉じると、ベルを開いた。
『王都行きの馬車を逃す気か? わざわざ手配したんだぞ』
ボスの声。エスの懐の中にも同じ形状の通信機が入っているが、わざわざ部屋にかけてきた。
ベルは側面に備え付けられた小さな魔石を光らせながら鳴っている。
「今行こうとしてた所です」
『ならいい。遅れるなよ。あいつも今頃ヒヤヒヤしながら待っている頃だ』
ボスはそういうと会話をやめた。そして今まで光っていた魔石の輝きが消え、通話が終了した事を理解した二人は、部屋を出た。
エスはコートの内側に財布や杖、ベルを隠し持って歩き始める。対し0154はコートも何も着ない、剣を装備してすらいないというこの国では異質な服装だ。
0154にとって必要ない物であるからだが、この国でする服装にしては不自然だ。
「こっから、王都まで二日ぐらいですかね。運ぶ仕事以外で街を移動するってのは久しぶりです」
「そうなんですか」
[マシンタイタンの使用を要求……失敗。通信圏外です]
「ずぅっと気になってたんですけど、時々出てくるその声はなんなんですか?」
エスが言っているのはシステムメッセージの事だ。この音声を出さない事も可能な筈だが、何故か音声として出力されている。0154は自分の持っているデータを参照し、今された質問に最適な返答をした。
「システムメッセージです」
「……? なんか凄そうですね」
この世界には、”ロボット”とか”アンドロイド”という言葉が存在しない。代わりに”機械”や”からくり”なんて言葉が当てはめられる。……過去には存在していたのに。
その理由を考える事を、0154は行っていなかった。