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Aπάντηση - 〝答え〟 -

 トゥニカのそのセリフは、エスに期待と恐怖をもたらしていた。この続きを聞けば、自分の正体なるものが判明するかもしれない。しかし、それは私を狂わせてしまうかもしれない。そんな期待と恐怖が、エスの心の中で渦巻いて、気付けばトゥニカに続きを話すように促していた。一刻も早くこの男から離れたい、と感じているにも関わらず、エスはその道を衝動的に選んだ。その様子を見て、トゥニカはニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべて、ねっとりと口を開いた。


「良いのですか? 話しますよ?」

「とっとと話してください」


 不安や苛立ちからか、エスの言葉遣いが下品になっている。トゥニカはニヤニヤ笑いを一度やめ、ゆっくりと息を吐いた。

 アドもまた、女の方を見つつトゥニカの言葉に耳を傾けている。かなり気になっているようで、しかし、動揺している様子は全くない。二人の意識はトゥニカに集中している。


「さて、全てを知っている、と言いましても、どこから話したものでしょうか。私は確かにあなた方や、ひいてはこの世界の全てについて知っていると言ってもいいのですが」


 さらにスケールの大きくなるトゥニカの発言に、まず口を開いたのは......アドだった。ずっと女の方を見ていたかと思えば、いつの間にかトゥニカの方へ目線を移している。


「では......先ずは私のことについて」

「随分と積極的ですね。あなたに関しては知っても何も変化がないと思いますが......彼について説明するのが一番早いのでしょう」


 トゥニカはアドの方へ目線を送ると、彼に一つ質問をした。


「何が知りたいですか?」

「では、私が”博士”と呼ぶ彼女は誰なのか。教えてください」


 アドにとって気がかりだった情報の一つである、それ。他にも自分のデータファイルが消え去ったのは何故か、などの質問も多くあったが、その中から最も重要性が高いと思われるものを選んだ。


「ああ。サリヴァン氏ですか。あなたの開発主であり、同時に因劉氏と同じ研究をしていましたね。研究内容は確か......”タイムスリップ”」

「タイムスリップ......」


 横で聞いていたエスはその言葉をそのまま繰り返した。タイムスリップ。人を未来に送るという、フィクションでは定番のあの技術。カラバイアの書店でもそれを題材にした本は稀に見かけるので、エスにだってそれが如何なるものであるか、理解出来る。国中の人間は口を揃えて、”そんなものは存在しない”と言うあれ......。作り話(ファンタジー)の中にしか存在しないというあれ......。


「肉体と魂を乖離することによるものだったと聞いています。結局、あの研究は凍結されたと聞きました。政治的な都合だったそうで、サリヴァン博士は非常に悔しがっておりました」

「......ありがとうございます」


 アドはトゥニカに礼を言うと、静かに考えに沈んでいった。アドが質問を終えたのち、トゥニカはエスの方に目を向けた。そして質問を促されるが、エスは混乱したらしく、しきりに瞬きをするままだった。

 ”エス”とは誰か。何故こんなにもアドと共に行動したくなるのか。アドとは何者か。幾つも質問がわくと思っていたのに、いざ尋ねられると全く思いつかない......。質問したいことは沢山あるのに......。

 言葉が津波みたいに押し寄せてきて、どれがなんていう発音をするのだったか忘れてしまったかのようで、何も言えない。

 トゥニカはあの気持ち悪い笑みとは全く違う、慈母のような笑みを浮かべてエスの質問を待っている。

 エスは一旦精神を落ち着け、深く息を吐くと、トゥニカの目を真っ直ぐ見つめてこう質問した。


「シェリー・ウェスターは、実在するんですか」


 エスの心臓が早鐘を打つ。最早手を当てずとも心臓や脈拍のドクン、ドクンという音が聞こえてくる。

 

(ああ、聞くんじゃなかった......)


 エスの心が恐怖で埋め尽くされる。ああ、聞くんじゃなかった。そんな後悔がエスを襲って、気を紛らわすために貧乏ゆすりを始めた。

 トゥニカは再び元のような気持ち悪い笑いに戻って、エスの質問にゆっくりと答えた。


「シェリー・ウェスターの実在の証拠は......」


 トゥニカの声で、エスの鼓動がさらに早くなる。

 答えないでくれ、とエスは心の中で必死に祈る。頼む、答えを持っていないでくれ......。私は怖いのだ。そう心の中で、神にすがるかのような思いで、必死に祈る。

 しかし、エスの気持ちに反してトゥニカは答えた。ゆっくりと、エスの心を抉るような回答を。


「......残念ですが、どこにもありません」


 エスは視界が真っ暗になりそうな衝撃に耐えながら、頭を抑える。

 想像の何倍も酷い回答。頭が痛む。目眩がする。気持ち悪い。吐きそうだ......。

 不快感に耐え、トゥニカの方を見ると、いつの間にかトゥニカは母神教のシンボルが描かれた旗を側に置いていた。瞬間移動してきたかのように出現してきたそれについて考える余裕すら、今の彼女には無い。


「さて、私があなた方の質問にお答えしたのは他でもありません。”お願い”のためです」

「”お願い”?」


 カウンターに突っ伏しているエスの代わりに、アドが尋ねた。

 トゥニカはエスの方を向いている。アドには興味がないらしく、そのまま”お願い”の内容を話し始めた。


「私たち母神教は明後日、タウバッハにて母の帰りを待つ儀式を行います。それの邪魔をしないでください」

「......」

「勿論、素直には頷けないでしょうが......一日だけで良いのです。他の日は好きなようにしてください。一日だけ、私たちを邪魔しなければそれで良いのです」


 トゥニカの発言に、エスはゆっくりと唾を飲む。

 彼らがこちらへ接触してきたのは、つまるところ、生殺与奪の権を握っているというアピールだろう。しかし、この意見に対して素直に承諾できないエスがいた。

 現在の環境において、母神教の暴動に触れないというのは王国側からもペレストロイカ側からの信頼も失うことになる。それは、エスにとって不利益となることだ。

 エスは机に突っ伏したまま、黙ったままでいる。その様子はトゥニカの想定の内らしく、トゥニカは優しく「回答は後日お聞きします」と言って喫茶店を去ろうとした。

 それをアドが呼び止める。


「最後に一つ、質問いいですか」

「どうぞ」


 トゥニカは笑顔の仮面の裏に面倒臭そうな表情を浮かべて、アドの質問を待った。

 アドは二、三秒ほど静止したのち、こう質問した。


「私のデータファイルはなぜ消え去ったのですか」


 アドの質問に、トゥニカは「なんだそんなことか」とでも言いたげに、ゆったりと答えた。


「あなたの開発主、サリヴァン氏が破壊したからです」


 アドがそれを聞いた瞬間から、母神教の影はもうどこにも見当たらなくなっていた。

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