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Ξύπνημα - 〝覚醒〟 -

 [システムチェック開始……

 記憶ユニットを起動……イエロー。記録データが一部破損しています。

 感情システムを起動……イエロー。一部のシステムが破損しています。

 バイタルチェック……グリーン。特に損傷は見られません

 セカンドサイト システムチェック……イエロー。時計が一致しません。

 システム:イエロー。本機は不完全です。このまま起動しますか?


 Yes。22190154。


 起動完了。私は万能無敵のロボットです]


 暗い部屋の中。カプセルがぼんやりと輝き、その中で彼の目が開いた。カメラなどの基本機能はカプセルに守られていたためまだ生きているらしく、暗視機能で暗い研究所を見渡した。

 砂と泥、無造作に散らばった古びた機械、砂にまみれたフィギュア。

 それらを視認した瞬間、彼の頭の中に何かが過ぎったがそのまま通り過ぎていった。

 カメラで砂にまみれた四角い機械を確認する。


 [1000年後の地上であると 推測されます]


 頭の中で彼の声をしたシステムメッセージが響く。

 耳が聞こえる。鼻と皮膚が、膨大な情報を送り込んでくる。そろそろ、起き上がろう。そうして体を持ち上げようとした瞬間......ごつんと鈍い音を立て、頭がカプセルにぶつかった。


 [操作開始……失敗。メインサーバーに電源が入っていません]


 システムメッセージが自動でカプセルを開こうとしたようだが、失敗した。

 メインサーバーに電源が入っていないにも拘らず、どうやってこのカプセルは作動していたのだろうか。

 カプセルを素手で叩き割り、起き上がる。

 視点を動かすと、コードが明るい方へ引っ張られていた。何者かが、カプセルの接続場所を変えたのだろうか。


「行かなきゃ……」


 ロボットは自身にされた指令を思い出し、ぼそりと呟いた。


 ◇


 ここは冒険者の国。今日も道を鎧に包んだ屈強な男や、ローブの少女、動きやすい装備の冒険者たちが街を歩いている。その賑わいは、道の隙間から見える影を消し去っていた。


「おい! エス! まだ荷物が運び終わってねえぞ!」

「すんません! 今やりますんで!」


 路地裏。台車に積んだ木箱の横で、中年の男性が少女を怒鳴りつける。

 状況を少し見た限りでは父娘の関係であるのかと思われそうだが、話口調や雰囲気からそういう関係でないことは明らかだ。

 怒鳴りつけられた少女がもう一人の茶髪の少女の前で止まる。立ち止まった彼女は、黒いコートに、金色がかった白い髪と赤い三白眼が映えている神秘的な印象の少女だ。


「ふーぅ……後はお客さんが来るまで待つんですよ」

「はい。ここで荷物をずっと見張ってるんですか?」

「勿論! 一つでも無くなったらぶっ殺されますよ」


 台車を運んだ少女は、もう一人の少女に木箱に手を置きながら説明する。

 もう一人の少女はこの仕事に慣れていないようで、そこに立つ屈強な男と自信ありげな少女という組み合わせの中で明らかに浮いていた。


 屈強な男は待ち続けるのが退屈なのか筋トレを始めている。

 不安げな少女は木箱の中を不安そうに見つめ、ひたすらに冷や汗を流しながら待っていた。

 そんな中、悪魔が現れる。


 大型犬のようなサイズの、目が四つある化け物。魔物だ。王国が取り逃がした魔物が襲いかかってくることは日常茶飯事であり、二人はあまり緊張していなかったが、新入りの少女だけは冷や汗の量が倍ぐらいに増えていた。


「あ~? 犬っころが、ぶっ殺されてェのか?」

「やったれエムさん!」

「馬鹿が! お前もやるんだよ! おら、そこの新入りも連れてこい!」


 エスと新入りは言われるがままに懐から杖を出した。

 あまり筋肉がついていない女性陣は魔法を使って応戦する。

 エスは退屈そうに欠伸をしており、新入りは先程二倍に増えたばかりの冷や汗が三倍ほどに増えていた。

 エムの見掛け倒しでない筋肉によるパンチが魔物犬の顔に叩き込まれる。それによってよろついた魔物犬の足元を、エスが魔法で凍らせる。もうここまできたら新入りにどのようにしてもいいと指示を出す頃合いだが、今回の魔物は様子が違った。

 痩せこけて浮き出た背骨が急に浮き出て、犬の皮を破って飛び出す。

 あまりにも予想と離れた動きに、その場にいた3人は硬直する。

 その中で真っ先に指示を出せたのはエムだった。


「新入り! ポイントBまで走れ! 分かったな! 覚えてねえとか言ったら殺すぞ!」


 それを最後まで聴き終える前に、新入りは台車を引いて走り出していた。

 本人は懸命に走っているが、中身のあまりの重さに崩れそうになっている。

 それを見兼ねたエスが杖を新入りの方へ向けると、途端に新入りが加速し出した。身体強化の魔法である。


『ぐぎゃ、ぐグゥ、ぐぎぃ?』

「なんだこいつ、気持ち悪いな」


 犬の背中から飛び出してきたのは肉塊のような魔物。

 触手のように蠢く手には口がついており、中心の黄色いゼリーのような球が膨張と収縮を繰り返している。

 エムがそれに殴りかかろうとすると、その瞬間触手の魔物はエムの心臓を正確に貫いた。

 エスが絶句しつつ、杖を魔物に向ける。魔物が一瞬凍りつくが、すぐさま解凍し黄色い球から羽が生え、上空へ飛び立った。そしてエスを殺そうと襲いかかってくる。それにエスは何も抵抗できない。

 エスが死を覚悟したその時、聞き慣れない爆音が3回響いた。


 [敵生体の機能停止を確認。戦闘を終了]

「大丈夫でしたか」


 感情の篭っていない声、人間とみなすには明らかに不自然な挙動。不自然に丸い目、シュッとした鼻筋にこの国ではあまり見かけない黒い髪。そして、見た事もないような生地で出来た重そうな服。トレンチコートのようだが、それにしては些かポケットと装飾が多い。

 その異常な存在が、今のエスにはとても安心できる存在に思えた。


「ええ。助けてくれてありがとうございました。私はこれから行かなくてはならない場所があるので……」

「同行してもよろしいですか」

「だめです」


 当然である。彼女らのやっている仕事は違法とまでは行かなくても法律上グレーな行為なのだ。

 無闇に人に見せたくない、というのが彼女の心情だった。


「そうですか。では私はここでお待ちしております。用件が済みましたらお声掛けください」


 彼はそういうと機械のように路地裏の端に体を寄せ、直立した。

 やや不気味に思うエスだったが、助けてもらった恩を無下にすることは出来ない。

 後でこようと考え、その場を後にした。


 ◇


 エスが路地裏に行くと、新入りが合流した先輩に殴られていた。指定場所にはそれぞれメンバーが待機している手筈だ。そこで何か失態が発覚したらしい。

 見ると、開いた一つの木箱の中身に血がついているのが見えた。先ほどの戦闘で掛かったものだろう。


「ちょ、ちょーっと!」


 ボコボコにされる新入りと殴りかかる先輩に割って入るエス。


「それ!汚れてるんですよね!? すぐ洗います、ですから……」

「あぁ?何言ってんだ、お前。これはなあ、”魔石”だぞ!? その辺の水道で洗ってみろ、その途端これはただの石っころなんだよ! まあこれはもうすでに石っころだけどなぁ!」


 先輩は木箱に手をつく。そこには立方体の透明な石が握られている。先輩のかなり大きい手でやっと収まるようなサイズだ。その石にはよく見ると血がついていた。立方体の角の部分だ。魔石は少しでも傷や汚れがつくと意味をなさなくなる。先輩はそれを懐に入れると、再び新入りを殴ろうとした。

 その瞬間、エスの脳裏にある案が思い浮かぶ。


「それは私の失態です! 私が的確に魔物を処理できなかったから、中身に汚れがつきました! ですから、損失は私が埋めます!」

「どうやるんだ、ええ? 自分の体でも売るのか?」

「今回の損失分は、今すぐには無理です。ですから、せめてそのお金だけでも返済させてください!」


 先輩はどうにも腑に落ちないように舌打ちをすると、汚れがついた魔石を箱から出した。


「おら、お前らのせいで俺たちの顔に泥が付いたんだ。お前たちも汚れがついた魔石を取り出す作業やれ」


 新入りとエスは黙ってその作業をやり始めた。新入りは自分が出した血で荷物が汚れないよう傷口に布を巻いていた。


「一通り、探し終わったな。結構あったから……だいたい、損失としては一千万ミナってとこだな」


 新入りの顔が引きつる。


「何ビビってんだよ。魔石をこの大きさで一個作るのにウン十万かかってんだ。お前はそれに見合った仕事をしなきゃいけない。払えなかったらどうなるか、わかってんだろうな?」

「私の責任ですって。私がどうにかします」

「い……いえ、私にも手伝わせてください。私にも責任がありますから……」


 そんな話をしていると、冒険者の様な機動性重視の服にやたら大きなピアスをつけた人間が路地裏に入ってきた。

 客だ。


「おら、新入り。お前も来い。自分の失態だって言うんならエスもだ」


 ◇


 結局、客はあまり気にしていないかのような反応だったが、それが最も恐ろしい。

 恐らくもう彼はこのサービスを利用しないことだろう。これによる損失は計り知れない。ボスにどう弁明すればいいのだ。

 エスが必死で頭を働かせていると、ふと彼の存在が脳裏に過った。

 あのエムを一撃で殺した強さを持つ化け物を、冷酷に処理する圧倒的な強さ。

 機械のように命令に従順な挙動。彼を、我々の武器として活躍させることはできないだろうか。


 そうと決まればすぐに実行するのが彼女だった。常に流動的なこの世界において、待ち続けることは身を滅ぼす。


 路地裏に入り、彼の姿を探す。もう何時間も経っているというのに、彼はそこでぼーっと直立していた。そして彼はエスの姿を見た瞬間、口を開いた。


「お待ちしておりました。ご用件をどうぞ」


 彼の口から発せられる機械的な音声を不気味がりながら、エスは尋ねる。


「いくつか質問があるんだけど、まずは一つ。あなたは私の奴隷なの?」

「対等な関係を築ければと思います」


 他にもエスは彼にいくつもの質問をしたが、最初の質問の回答だけで自分の”巣”へ連れ帰ることを決めていた。

 この国の裏社会を支配する組織、”ペレストロイカ”の本部へ。


 ◇



 [……不明なシグナルを検知 分析開始...100% 動画ファイルを再生します]

『逃げよう!ここはもう駄目だ!別の研究所に行こう!』


 きっとこれは、自身の記録。破損していた動画を、誰かが復元したのだろう。


『そんな……! ノイはどうなるんですか!?』

 [特定の主語を検知:ノイ 分析開始……リザルト:不明]


 自分が何かを言った。ノイとは、誰だろう。とても大切な、誰かだったような気がする。

 忘れてはいけない誰か。……誰だろう。


『いい! ノイはあそこにいても目を覚ますだろう!それよりまだ君が生きている以上、私には君を保存する義務がある!』

 [言語を発している女性を分析……リザルト:”博士”]


 勝手に自分のシステムが女性を分析していた。博士とは、なんだろう。彼もとても大切な誰かだったような気がする。


 ■■■■■■


 ノイズが入り、場面が変わる。


『ギギギィ!』


 生物が呻くような雑音。


『早く! 早くカプセルに入るんだ、奴らが近づいている!』

 [特定の主語を検知:奴ら 分析開始……リザルト:”魔物と類似した生物”]


 魔物とはなんだっけ。どうも人類に仇なす存在とかそういうことではなかったような気がする。


『分かりました。どうか、お元気で』

『ああ。ゆっくりお休み』


 最後に博士の声が聞こえた。そして自分はゆっくりと目を瞑る。

 そこで映像が途絶え、喧しいサイレンの音と博士が走り去る音が聞こえた。


 ◇


 [セカンドサイト 起動 マップデータをダウンロード……100%]


 自分はどこへ向かっているのだろう。ただひたすら、どこかを目指して歩いている。何かを失っていることは分かりきっている。感情も、記憶も、自分は抱いていない。あった筈の物が無いのだ。

 時にエネルギーが不足し、その辺にいる生物を殺して食べた。可愛い猫だった。まだ子供で、ふわふわの毛並みとくりくりした丸い目が特徴的だった。殺して食べている時も、何も感じなかった。

 時に自分の面倒を見てくれる人間も居た。その人物から、この近くの国へと案内してもらった。昔そうしていたように、謝礼の言葉を述べた。気持ちはこもっていなかった。


 ひたすらに歩き続け、セカンドサイト機能を使って探し回り、やっと見つけた。


 [分析開始……リザルト:自身の記録と強い繋がりを持つ人物 接触を推奨]


 システムが言い終える前に、すでに行動に移していた。彼女に襲いかかった魔物に、レーザー弾を三発。魔物は一瞬で絶命した。

 彼女はどうやら仕事をしている様だったのでその場で待機することにした。その時の妙な気持ちは、決して忘れないだろう。


 そう、今度こそ。絶対に忘れない。

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