第70話 原因はあの人のせい
空がどんよりしているな。
雨は降りそうでは無いが、此処は今にも何かが降ってきそうな険悪な雰囲気になってしまっている。
テーブルには四人が向かい合って、暗い雰囲気を醸し出しているのだ。
三時のおやつ用に用意した菓子に問題が有ったのだ。
原因はあの人のせいだが・・・
「ご主人様、これはどういうことですか?」
「何かな、サレンさん」
「何って、このオレンジの蜂蜜漬けの事ですよ。
どうして私の枚数が少ないのですか。
それに、何故アニスの分が多く一人だけ有るのですか?
これはおかしいですよ。
納得いきません。
私の蜂蜜漬けをアニスが取ったのではないですか?
・・・
確かに私は、失敗をしました。
ですが、この仕打ちは無いじゃないですか・・・」
「それについては、お答えしよう。
確かに君は失敗したが、それとは関係無い話だ。
前からの約束が合って、アニスさんには、オレンジの蜂蜜漬けを多く渡すと契約している。
それでアニスさんの量は多く渡しているのだ」
「そうですよサレン、私はご主人様と正式な契約して多く貰っているのですよ。
まったくもって問題ない事です」
「その契約とはいったい。
・・・
それに私の量が少ないのは何故ですか?」
「それはねサレンさん、俺が蜂蜜にオレンジを浸した時に『あんなの美味しい訳ないじゃないよ』と言ったのではないか。
美味しくないと言われたのでせっかく作っている俺は気分を害したのだよ。
美味しくないと言われれば、数を減らしてもおかしくは無い話だろ。
これはサレンさんが自ら言った事だ問題はないはず・・・」
「くう・・・
それではアニスとの契約はなんですか?」
「アニスさんは手伝って貰うのと、蜂蜜が悪くならないように冷やす魔法陣を創って戴いたのだよ。
・・・
かなり難しい魔法と聞いているのでね。
あそこの魔法陣、早くて十分で切れてしまうそうだ。
何度かかけ直さなくてはいけないと言っていたぞ。
上級魔導士では十時間くらい持つと言っていたが。
大変そうなので、蜂蜜漬けを多く渡すと言う契約をしたのだよ」
「・・・
ご主人様、貴方は騙されていますわ」
「!」
「何を言うのよサレン、人聞きの悪い事は言わないで・・・」
「ご主人様、まずは私達は一日金貨一枚と言う破格な金額で雇われているのです。
それに支給品だって高価なものです」
「確かに考えて見ると、そうだな」
「破格な金額で雇われている私達です。
たかだか冷却魔法陣で上乗せして何かを貰うなどおこがましい事です。
そんな事は、当り前にやって良い事ですよ」
「言われてみれば、確かにそうだな」
「サレンなんてことを言うのよ・・・」
「それにもっとも酷いのは、あの冷却魔法陣です」
「どういう事だ」
「アニスの魔法力だったら、十時間どころか、二日は魔法陣をかけて置けますよ。
ご主人様、アニスが再度魔法陣をかけ直した事を見たこと有りますか?」
「いや、確かに無いな。
アニスさん、それは本当の事なのかい」
「それはその、オホホホ ホ」
「うむ、笑って誤魔化しているようだから、本当の事みたいだな」
「申しわけ御座いません。
あまりにも、オレンジの蜂蜜漬けが美味しそうなのでつい嘘を付いてしまいました。
今後二度とそのような嘘はしない事を約束します。
お許しください」
「まぁ、別に良いよ。
契約したのは俺だしな。
今度から嘘を付かないと約束できるならば、許してやろう」
「ご主人様。
お許しくださって有難う御座います」
「・・・
こういう訳だ。
サレンさん、何か問題は有るかな」
「・・・
・・・
・・・
くすん くすん くすん」
「おいおい、何も泣かなくても良いじゃないか。
分かった、分かった、俺の分を少し分けてあげるよ。
これで泣くのをやめてくれ」
「わあ、有難う御座います。
ご主人様」
「ウソ泣きかい」
「いいえ、嘘ではないですよ。
本当に悲しかったのですから。
でも、貰えると思って嬉しさが勝ったのです」
「・・・なるほどね。
・・・
これでオレンジの蜂蜜漬けの件は片付いたな」
「そうですわね。
それじゃ、みんなでお茶にしましょう」
「・・・
待て。
もう一つ有る。
オレンジの蜂蜜漬けの件は片付いたのだが、このおからクッキーの問題が残っている。
俺のクッキーの枚数はおかしい話じゃないか・・・」
「おかしく有りませんわよ。
ご主人様が二枚、それで私達が三枚づつ、何かおかしい事がお有りですか?」
「どう見てもおかしいだろう。
元々、十六枚おからクッキーは焼けていたのだ。
それで一人四枚づつ配る予定だった。
・・・
あの件は俺は仕方ないと許したが、これはおかしいんじゃないのかな、サレンさん」
「確かに、私のミスであのクッキーは駄目になってしまいました。
ですが先ほど仕方ない事故だと、ご主人様は許して下さったじゃないですか」
「あぁ、確かにサレンさんにクッキーを見て貰っていたのは俺だ。
あれは仕方ない事故だと判断しよう。
手を付けず食べなかったのは褒めておこう。
しかし、しかしだよ。
クッキーによだれをかけては駄目じゃないか。
蜂蜜をかけるのではないよ。
よだれ、よだれだよ。
俺はあれを見て愕然と思ったよ。
これは俺の致命的なミスだったと判断したからな。
それでもって五枚のおからクッキーは廃棄されたのだが、廃棄先も問題があるだろうが。
サレンさんのお腹の中だろう」
「それは、ご主人様が食べて良いと言ったので、言われたとおり食べてしまっただけです。
それは問題ないかと・・・」
「確かに、それはそうだったな。
でもそのあとになって分けた、クッキーの枚数がおかしくはないかい。
大きいクッキーが二枚だったら納得するけど同じ大きさだよね。
いや、心持ち小さいかも知れない。
なんで俺のクッキーだけが二枚なのか説明して欲しいな・・・」
「それは簡単な事ですわ」
「なに、この状況で答えが有ると言うのか」
「そうです有りますわよ。
責任です」
「せ 責任だと・・・」
「そうです、責任です」
「責任を取るのはサレンさんじゃないのか?」
「それは違いますよ。
ご主人様は私を許してくれたのでそれでよだれの件は終わりです」
「そうなの?」
「ご主人様は致命的なミスを犯しました」
「えっ、ミスって何を・・・」
「それはまず、おからクッキーの作る量が少なかったのです。
それは致命的なミスですね」
「確かに、試しで作ったので少なかったのは否めない。
でもこれは三時のおやつ用に作った奴だ。
そう多く作らなくても良いだろう。
日持ちもしないし、試しだったからあえて少なかったのだ。
材料が代替品だったからうまくいくかも分からなかったし。
その事は、前に話ておいたはずだ」
「確かに、そうですね。
それは今回のサレンのミスで起きたので否めませんが、許してしまったのでそれは済んだ事です」
「確かに済んだ事だと認めよう。
では、俺のクッキーがなぜ二枚なのか説明して貰えるかな」
「それはさっき言ったとうりの責任です」
「責任?」
「はい、あの事故によりクッキーの枚数は十六枚から十一枚に減ってしまいました。
しかし、十一枚では四人で均等に割りきれない枚数です。
此処では長であるご主人様が責任を取って枚数を減らす役割を担うのです」
「ええ、なんでそうなるの?」
「お答えしますと、エルフでは長である者が絶対的な権力を持ち富を得ます。
しかし、その権力の重さに比例し責任も与えられます。
下の者が過ちをおこなったならば、その長である者が責任を言い渡さねばなりません。
ご主人様は本来はサレンに過ちの尖を言い渡さすはずですが許してしまいました。
許してしまったならば、その責任を自らお受けになったと言う事になります。
その為に、ご主人様のクッキーの枚数は二枚となったのです。
民には公平と扱うと言う形で、私達は三枚づつ戴く事になりました。
ご納得いただけましたか」
「えぇぇ、エルフってそんな決まり習慣みたいのが有るの?
知らないよそんなの・・・」
「ご主人様、知らなかったとはいえ、私等ではそんな事は常識です。
今後気を付けて下さい。
それではこの件は終わりと言う事で・・・
皆さん、お茶が冷めてしまいます。
冷める前に戴きましょう」
そう言ってアニスさんはにこやかに笑った。
おいおい納得はいかないけど、そんな話があるのか?
意味、意味は理解できるけど、それはあんまりじゃないの。
サレンさんがよだれを垂らしたクッキーを自ら食べたのだからその分を減らせば良いだけじゃないかな。
許したのは確かだけど、なんか納得いかないよな。
オレンジの蜂蜜漬けも減っているし。
三人とも納得いっているみたいなのが怖いんだよ。
エルフの里ではそんな決まり事みたいのがあるのか?
でも俺が許さなくてサレンさに罰を与えなければいけなかったのか?
よだれをクッキーの垂らした事くらいで、罰を与えるそんな事はできないし、あの場合許すとしか言えないよな。
三人はどう見ても当たり前のように納得しているな。
こ これは迂闊な事は、出来ないな・・・




