第36話 ニュートリビアデパート最上階
(ニュートリビアデパート最上階)
店が閉店し、消灯時間から少したった頃、オーナーのルイージは秘書のエミリアと共に自分の部屋に戻って寛いでいた。
二人は抱き合いキスをする。
「ルイージ様、今日は何事もなく無事にお済になられましたね」
「ああ、本当だ何事もなくて良かったよ」
「本当に良かったです」
「昨日の件については、私の耳にも入っている。
あのキースが決闘に負け、冒険者ギルド幹部並びに国営銀行の幹部連中が全員殺されたのだと。
B級クラスの冒険者達まで何人か死んでいる。
それに加え銀行で雇った用心棒さえもな」
「そのようですね。
ですが噂話のように扱われていて誰も騒ぐことは無いでしょう。
一時の話で済まさないと貴族相手です。
何をされるか分かりません。
それに代わりの者は誰かしらきますしね」
「ああ、そうだな。
貴族相手の案件は一般人は関わらない事が妥当だろうな。
今までもそうしてきたのだから」
「そうですね。
貴族の気分によって村一つ消え去ってもまかりとおる。
そんな事は当たり前の世の中ですからね」
「まったくもって嫌な世の中だよな」
「ルイージ様」
「今回の件はすべてはアンドウ伯爵閣下の仕業だろう。
未知なる恐ろしい力を持っているらしいな。
人を即死させる魔法か、その系統の魔法を習得していると思われる。
使える者は居るのが分かっている。
しかし人間ではない者が多いが、そんな連中は表には出てこない。
人間でも能力を隠しているだけで使えるのは貴族が大半だ。
それと出会ってしまった訳か。
眠れる獅子を起こすとは、キースの奴余計な事をしてくれたよ」
「本当ですね。
気分を害させてはいけない事を貴族ならば分かっておっしゃったはずですが迂闊すぎましたね。
今日は何事もなかったのが不思議なくらいです」
「ああ、そうだな。
私はナタリアが殺されると思っていたよ。
あの馬鹿、上位貴族がどういう奴らなのかまだ分かっていないらしい。
貴族になったのだ。
それを認識していないとは思ってもいなかった」
「無知とは怖い事ですね」
「ああ、そのとうりだ。
上位貴族は誰もが特殊な力を持っている化け物クラスの奴らだぞ。
持っていなくともそれなりの従者を従え、又冒険者で言えばA級クラスの力を特殊アイテムと訓練などで手に入れている。
キースが良い例だな」
「確かにキース様は特別な能力を持っていませんでしたね。
貴重なアイテムで身体能力を向上させ、A級冒険者クラスまで登り上げたのですよね」
「そのとうりだ。
持っていなかったからこそアイテムや戦闘経験で力を持ち得たのだ。
爵位持ちは神から選ばれたと言っているのもあながち間違いではない。
それだけの力を持っているから爵位を賜っているのだ。
そんな事も知らずに絡んでくるとは、これだから平民上がりの貴族はすぐ消されてしまうのだよ。
そう思えばナタリアは地位を剥奪されるだけで幸運だったと言っても良いな」
「そうですね。
気分を害されればその場で殺される事なんて、ざらにありますから。
所詮我々は替えの聞く駒でしかありません。
私達も気を付けなくてはいけませんね」
「ああ、そうだな。
まずは金を貯め、貴重なアイテムを買い、力を身につける事に専念しよう。
力を付けなければ貴族でもこの世界では生きてはいけない」
「同意できます。
私も出来るだけあなたのサポートをさせて戴きます」
「ああ、今後とも宜しく頼むよ、エミリア」
そう言って二人はまた唇を重ねた。
「そういえばあの身元不明の女の正体は掴めたのか」
「いえ、部下からの話では以前に調べはついておりません。
アンドウ様の刺客だったのではないでしょうか?
ルイージ様はどう思われますか」
「その事なのだがあれは私に対して寄こしてきた間者かも知れない。
私はまだあの方に返事をしていないからな。
警告とともに間者を寄こしたのだろう。
いずれは返事をしなければならないからな」
「あのお方ですか。
・・・
ルイージ様はどちらに就くつもりですか」
「俺の心はすでに決まっている。
公爵家に就くつもりだ」
「しかしキース様が亡くられました。
ご関係が絶たれています」
「そう、それが幸いなのだよ。
キースは奴らと繋がっていた。
公爵家と繋がりがあるキースにこの町の現状を伝えるように幾度も打診したのだが、一向に王都から監査官がくる気配がない。
キースが奴らと内通しているとしか考えられない。
従者も疑っているようだったがはっきりしていなかったのだろう。
キースが死んで公爵家へ戻ったのだ。
何かしら動きがでるはず」
「そのようだと良いのですが・・・」
「新しく就任した領主に丸め込められたのだろうな。
キースは立場的に家から疎まれていた。
公爵家を裏切ったとしてもおかしくないはずだ」
「そうですね。
最下位の妾の子ですものね。
家では大変なご苦労をなさったみたいです。
公爵家から伯爵の地位を貰って、冒険者になるなんて考えられませんからね。
それに本妻に男の子が数年前に生まれたとかそんな話を聞いておりますよ」
「ああ、それだがその話は誰にもしない方が良い。
今現在、行方が分からないと話を聞いている。
それがどうも奴らの手に寄って攫われたとか噂が流れているのだ」
「そのような事が」
「ああ、公爵家は血なまこになって探していると聞いている。
未だに行方が掴めていないらしいな」
「そうなのですか」
「ああ、どのみち近いうちに奴らと公爵家はぶつかるだろう。
今回の件でそれが早まったと言う訳だ」
「確かにそうですね」
「これでこの町の現状を分かってくれる。
しかし奴らも動くのは確かだ。
なにせ息のかかった冒険者の幹部と国営銀行の幹部連中も全員殺されたのだ。
動かないはずは無いだろうな。
公爵家が先に動いて皆殺しにしたとも判断できかねない。
そうなれば全面戦争だ。
この町にも領主が出張ることになるだろう」
「確かにそうなりますが、でも領主が来るとなれば大変な事になるでしょう」
「来てもらわなくては困るのだよ。
特にアンドウ伯爵閣下に会って貰えねばな」
「敵対させると言う事ですか」
「ああ、悪いがそうせねばならない。
なにせこの町の住人が新しくできた奴隷の町で売り買いされているのだぞ」
「こんな事が許されるはずが無かろう」
「確かにそうですね。
今までこんなことはありえなかった話です」
「あの方の使いの者はこう言っていた。
あの方が王になったあかつきには貴族だけの社会を創ると。
太古の昔、貴族の支配で国民全員が奴隷になっていた国があったそうだ。
その国と同じような国を創るとあの方は理想を掲げているとおっしゃっていると言うのだ」
「そんなことを考えているのですか」
「ああ、だが、それは違う事なのだよ」
「違う事とは、どういうことでしょう」
「餌だよ」
「餌ですか?」
「この国の国民を全員自分達の餌にしようと考えているのだろう」
「そんな事が、しかしありえます話ですわね。
あの種族の貴族だったら」
「ああ、実際あの方が目覚めてから治めている都市の住民が消え始めていると噂話を聞いている。
それにこの町にも最近夜中にあの方の使途が徘徊して住民を襲っていると聞き及んでいるな」
「確かに噂は聞き及んでおります」
「お前も夜は絶対外へ出てはいかんぞ。
奴らは誰でも構わず血を吸い続けるからな。
人間、獣人、亜人種、エルフ以外はお構いなしだ」
「そうですね。
気を付けねばなりませんね」
「幸い私は貴族だ。
あの方の元に入ればそれなりの優遇は受けられるだろう。
まあ、優遇を受けられると言う条件は人間をやめなければいけないと言う事だがな。
それも洗礼を受け生き残ればの話だと聞く」
「洗礼ですか、ルイージ様・・・」
「そんな話にはのれないな。
のってはいけないのだ」
「ルイージ様」
「おっとはしたないな。
私としたことが熱くなってしまった。
・・・
今回、アンドウ伯爵閣下がおこしになられたのは神の導きかも知れない。
私は神を信じる事にしよう。
だが神が降臨してくると言う事は大きな争いがおこると言う事だ。
戦の神がアンドウ伯爵閣下をこの地に導いたのかも知れない。
この町も恐らく戦火に巻き込まれるだろうな。
でもそんな事は関係はない。
私はこの町が好きだ。
守りとうして見たい。
どんな汚い手を使ってもだ」
「ルイージ様」
「アンドウ伯爵閣下がこの店に訪れ、どんな人物像か少しは確認できた。
従者思いの良い人だ。
それに下の者にも気をつかってくれる。
為政者としては失格なのかも知れない。
けど下々の者に気を使ってくれる貴族など滅多にいない良心的な貴族だと言う事がわかった。
逆に身内に何かあると遠慮なく敵を潰すだろうな。
あのタイプは敵にまわすと一番怖い存在だ。
徹底的に敵を打ちのめす、それも跡形も灰も残らないくらいにな」
「ルイージ様」
「それにエルフの従者を連れている。
奴らにとっては天敵と言っても良い。
それも心強いしな」
「確かに、でも人間が奴隷魔法を用いないでエルフ達を従わせるなんてできるのでしょうか」
「現に出来ているだろう。
奴隷の魔法を解いた状態で従わせているとは、それほどアンドウ伯爵閣下は力を持っていることだというのだ。
キースは奴隷魔法を使い従わせていた。
それも食事など取らせないで弱らせた状態で置いていたのだ。
それでも手に余るほどだと噂では聞いているからな。
人前に出すとき以外は避けていたらしい」
「そうなのですか」
「奴隷の魔法使って従わせていても、エルフの魔法力は巨大だ。
何かあれば暴発してもおかしくは無い。
簡単に人間など殺せるのだよ。
近くに置いておけば寝首など簡単にかけるだろうな。
それも三人も居るとなれば別だからな」
「確かにそうですね」
「エルフを奴隷にしていると言う事だけ見せつけていただけだろう。
貴族としての優越感を得る為にな。
・・・
そう考えるとアンドウ伯爵閣下は恐ろしい方だな。
平然と傍に置いて従わせているのだからな」
「はい、私もそう思います」
「エミリア、これからこの町で激しい戦いになることでしょう。
危険が私のも迫るかも知れません。
どうか私を導いて下さい」
「分かりました、ルイージ様」
・・・
「ドサリ」
「誰だ」
カーテン越しから人影が現われる。
女性だ。
メイド服を着た従業員の女性が倒れている。
「ウフフ、良い雰囲気のところ、お邪魔したようだわね。
でも迂闊ね。
部屋に忍んでいた間者も見ぬけないなんて、私の事は別だけども・・・」
「その声聞いたことが・・・
貴方様は」
月明かりで部屋の中は明るくなっているのに床に不自然な影が出来ている。
影の中から突然、黒い衣装を纏った若い女性が現われた。
「貴方はカー・・」
ルイージは声を発しようとしたが喉が何かに掴まれて声が出なくなっていた。
「ウフフ、私の名前は言わないでね。
誰かが聞いているかも知れないから、ホントはそんな人は居ないのは分かっているのだけど」
「ハアハア、分かりました。
あなたの名前は言いません。
でもどうして貴方様が此方へ、出歩くなど珍しい事です」
「そうね。
突然の訪問でごめんなさいね。
でも私、昼間から居ましてよ。
興味が沸いた人物が居たのでずっと見ていたのです」
「それはアンドウ伯爵閣下の事ですか」
「そうそう、彼はとても面白いわ。
ずっと見ていたのだけど、此処で倒れている下僕と同じ匂いがした者を見つけたので邪魔だったから、つい殺してしまったけど良かったのかしら」
「それではこいつらはあの方の手の者なのですか」
「あの方・・・
言い方は引っかかるけどそうよ。
あいつの匂いがしてね。
気に入らなくてつい殺してしまったの」
「そうだったのですか」
「それでね。
あなたはさっき公爵家に就くと言っていたわよね。
それって本心かしら。
「・・・
はい、私は今もそう考えております」
「そう、それは良かったわ。
私もその方が良かったと思っているの、敵にならなくて良かったわね」
「貴方は公爵家に力を貸すと言うのですか」
「うーん、ちょっと違うのだけど、そうなるかしらね。
私の目的はあいつをブチ殺し、一族の威厳を取り戻すだけですから。
あんな逃亡したものが貴族として今も振舞っているのは許せませんからね」
「千年前の勇者撃滅戦の事ですか」
「・・・
知っていたのね。
まあ、知っていてもおかしく無いか。
千年も前だけど噂になってもおかしくは無いわね。
それくらい恥さらしな事をしたのよ」
「・・・
申し訳ございません」
「別に良いわ、今日は私は機嫌がとても良いから。
それも近いうちに願いが叶いそうなのでつい嬉しくて出歩いてしまったのよ。
・・・
今日は本当にとても気分が良いわ。
でもあいつを殺すのは私ではないかも知れないけど・・・」
「あの方を殺せる者がいるのですか。
不死者なのですよね。
貴方と同様に」
「私は不死者ではないわ。
だって多くの仲間は千年前の勇者との戦いで殺されてしまったのですから」
「では勇者クラスの力を持った者がいるのですよね。
まさかアンドウ伯爵閣下が・・・」
「そうそう、彼だったら私達の事を殺せるはずよ。
殺せると言うか封じ込める事が出来るって事なのかな?
あの能力はあまりにも特殊すぎて理解できる人などいないと思うけど。
でも考えて見ればとても笑えるほどのおかしな、お菓子な能力ですよね。
だって頭の中を、プププッププ・・。
ごめんなさい。
あまりにもおかしくて笑ってしまったわ。
だってあいつがあんな状態になると想像しただけで笑いが込み上げてくるんですもの。
アハハ ハハ アハハハハ アハハハ アハハ ハハハ。
ハア ハア ああ、可笑しかったわ。
笑い死にそうになるわね」
「・・・
それはいったいどのような能力なんですか」
「それは言えないわ。
でもあなたにだけは特別に忠告してあげる。
私の敵にはならないのでしょう」
「そうです。
私は貴方の敵にはなりません」
「それは良かったわ。
では特別に教えてあげる。
絶対にあの人に対して悪意を向けてはいけないわ」
「それはどういうことですか」
「文字通りのことよ。
悪意をむけたりすると不幸な事が起きると言うことよ。
それと従者の三人のエルフにも向けてはいけないわね。
あなた達だったら死んじゃうからね。
あ、言ってしまったわ。
「良くわかりませんが、悪意をむけると死んでしまうのですか。
アンドウ伯爵閣下は即死魔法を使うと言うのですか?」
「ううん、死んじゃうと言うのは間違えだけど、あなた達人間では耐えられないと言った方が良いわね。
肉体と魂の分離は出来ないでしょう。
出来ても魂を外で維持ができなければ意味がないんですけどね。
あれを食らうならば、別に器を用意してないといけないから。
でも用意してあっても魂を破壊する魔法やアイテムがあれば仮の器では持たないのではないかしらね。
私だって初見であれを食らったら対処は恐らくできないと思う。
特にエルフが居るのならば魔法で魂を消滅させられちゃうからね。
あの時襲わなくて良かったと心から思っているわ。
最初は私の事を討伐しに来たと思ってしまったからね。
でも全然違ってほっとしてたのよ」
「何かあったのですか」
「ウフフ、それは内緒よ。
それじゃ私の話はそれだけね。
これでおいとまするわ。
邪魔して御免なさいね。
・・・
今日は青い月がなんであんなに照らし合わせているのかしら。
吉兆よね。
家まで近いのだけど飛んで帰ろうかしら、こんな夜だから歩いて帰っても良いわね」
そう言って窓辺に立ち蝙蝠のような翼を六枚出して飛んで行ってしまった。
「これは大変な事になったな。
早めに姉上にも知らせておくか」
「そうですね、ルイージ様」




