第27話 信用とは
この世界に来た経緯を話した。
信じてくれるかわからないが、少しでも信用をえられるために正直に話した。
他の人に自分の置かれた状況を知ってほしかった。
自分を助けてくれる人がいるのか知りたかったのだ。
「最初は夢の中だと思いながら襲い掛かって来たゴブリンに対して使った技が君たちにも発動している特殊能力らしいんだ。
君たちの中で感じている魔法と言って良いのかもしれない。
特殊能力は俺が異世界人だから使えるのかも知れないと判断している」
「そんな事があるとは信じられませんが、事実なのですね」
サレンさんが答えた。
「俺自身も信じられないし、もしかして今も夢の中にいると思っている。
実際、夢であってほしいと心底思っている。
人を殺しているのだから悪夢と言うしか言いようがない」
「そのように考えているのですか」
「俺の居た地球では、この異世界と違って人間だけの社会でなり立っている。
人間いがい知能がある生き物など存在しないんだ。
まして神など存在しない。
王族や貴族が特権を持って治めている社会は過去にあったが今はほんの一部の国であるくらいだ。
まして奴隷制度などないし、理不尽に人が殺される事も少ない。
俺が居た国では、誰もが町中で武器とか所持しているとは考えられない事なのだよ」
「武器を携帯している人がいないのですか?」
「俺の居た国ではね。
銃刀法違反と言う法律があって、ナイフ1本でも持っているだけで警察に捕まってしまう。
護身用に隠して持っている人などいるかもしれないけど、その方が珍しく一般人が持ち歩く事など考えられない。
それだけで判断してもこの世界とはまったく文化形態が違っている。
魔法など当然使えないし、神が現存すると言うのは迷信でしかないから。
ここには神の使いとやらが居るようだけど、実際に神と言う存在は誰も見たことがない」
「そんな世界があるのですか」
「あるようだね、異世界に来てあると始めて知ったから。
世の中は広いから、もしかしたら人類いがいに知的生命体が存在している星などあるかもしれないと言われている。
人類ではなくとも、知的生命体がいると言う話は考えられているんだよ。
異世界があってもおどろくことはあるが、信じないと言う事はない。
現状、俺は異世界に迷い込んでその状況に陥っていると言う事だ」
「話は理解しましたが、いまだに信じられません」
「それで良いと思うよ。こんな話、君達の常識からすればすぐに信じるのがおかしいからね。
俺からは、本当の事だと言ってはおこう。
それで俺の特殊能力の事なのだけど、とある関係でチート能力と言っている」
「チート能力ですか?」
「なぜチート能力と言うかは説明はしないけど、異常な強い異能と思ってくれ」
「最初に話したとおり、相手を即死させる能力に近い事ができるみたいだ。
即死能力の効果はいまいち不明だが、ゴブリンを倒すことができた。
それは人間に対しても同じようにできる。
君たちにも条件付きで俺のチート能力が付与することができるみたいなのだ。
付与といっても君たちが直接使えるわけではない。
なんて言って良いのかバッシブスキル、条件を設定して自動的に発動する加護のようなものだと思って良いと思う。
冒険者ギルドでいろいろあったから俺的に考えていた事があった。
冒険者ギルドでやり過ぎてしまったのではと思っていたのだ。
報復などあってもおかしくはないだろう。
それで防御方法を考えていたら思いついた。
イメージしたらチート能力が自動的に発動する防御機能のような事が出来たんだ。
チート能力が君たちにも付与して自動的に発動できないかと考えていた。
俺といると君たちも危険がせまるかも知れないからね。
それがどうやら出来てしまったみたいなんだよ。
チート能力が自動的に発動できれば、俺も君たちも安心できる。
キースから君らを引き取った時に何とか守ってあげられないかと考えていた。
でも逆に俺といたら危険を伴う事になってしまう。
俺は弱いからさ、君たちを守る術はないと思ったのだけどチート能力が付与でき自動発動できれば守ることができるだろう。
それで考えた次第だ。
君たちが嫌だったらイメージを取り消して、付与しているチート能力を解除するけど解いた方がいいかな」
「私はわかっていました。
守ってもらっていることを、怖れはあります。
でも安心感もありました。
今の私たちには必要な能力だと思います」
「それだったらよかったと思える。
しかし、俺の傍にいれば君たちにもチート能力が発動するのかも知れないよ。怖くはないのかい」
「それはあり得ないと思います。私たちはご主人さまを信じております。
それに加護をもらっているではないですか」
「確かに、そう言ってもらえると嬉しいな。
それじゃ秘密にしていた、君たちに付与しているチート能力の発動条件と能力について話しておこう」
「秘密に? 何かあるのですか」
「自分に対しリスクもつけたのだ。
これは本当は君たちに知られてはいけない事だ。
俺の命が危うくなるかも知れないから」
「私たちが知ってしまうとご主人さまの命が危うくなるのですか? 意味がわかりません」
「これを聞けばもう少しは君たちは安心できると思う」
「安心できる? 余計にわからなくなってしまいました」
「君たちに関して特別に条件を付けてイメージをしたんだ。
チート能力の発動条件は、俺と君たちに危害を及ばす者に対し自動的に発動する。
ちょっとした悪意などでは発動しない、危険度が高い事を起こす者に対して発動する。
国営銀行で俺に対して悪意がある者に自動的に発動したチート能力だ。
銀行で怪しい人物がいきなり倒れただろう。
俺は直接チート能力を使ってはいない」
「ご主人さまと私たちに危険があると察知し発動する即死系の魔法なのですか?」
「そのとおりだ。俺のイメージで危害を加える者に対し発動するのだ。
これはまだわからない事だが、恐らくはアンデットやゴーストにはきかないと思う。
試していないのだが、もともと死んでいる者に対して即死能力は効かないだろう。効果はないと思われる。
俺の世界ではアンデットもゴーストもいないのでイメージはできなかった。
いまだにアンデットが居るとは信じられない」
「そうなのですか」
「それと君たちに関して特別に条件があると言ったよね」
「はい、知られたらご主人さまが危うくなることですよね」
「そうだ、その条件を話そう。
君たちが俺を危害を加えようとした時はどんな理由でもチート能力は発動しないと言う設定を付与したのだ。
だから君たちには、俺のチート能力は発動しない、効かないと言う事だ。
これを知れば少しは安心できるだろう」
「なぜ、どうしてそのような事を思ったのですか?」
「最初に君たちを見た時、君たちみたいな奇麗な娘さんだったら殺されて良いかなと思ったんだよ。おかしな話だろ。
この世界に来て自暴自棄になっていたのもあってね。
いつ死んでも良いかなと思っていた事があったのだ。
俺が君たちをキースから奪い取ったそれはもしかしたら君たちにとって不利益な事になったのかも知れないと思ってしまった」
「そんなことはありません。
私たちはキースから解放されたかったのですから」
「それはよかった。見方が違うと俺が悪いことをしたのかと思ってしまったからね。
それで俺のもとに来たのだから、君たちがもし俺を殺そうとしたのならば、俺に不備があって殺そうとしたわけでそれで殺されるならば仕方がないと思ったのだよ」
「そんな考えは、理解しがたい事です。
私たちは助けて戴きました。恩があるのに、そのような事は毛頭考えておりません」
「俺って臆病で心配性だからこういうふうにも考えてしまったのだよ。
君たちはキースに奴隷としてひどく扱われていた。もしかしたら人間に恨みを抱いているのかも知れない。
いくら助けたと言っても人間である俺に対して逆恨みと言う形で俺の事を殺すかも知れない。
特に奴隷魔法を解いて自由になったのだ。
恨みの跳ね返りが俺にまわってきてもおかしくはないと考えが浮かんだ。
『恩を仇で返す』と言うことわざが俺の国にはあるから。
異世界に来ていろいろあったせいか余計に疑心暗鬼になってしまったのだよ」
「そうだったのですか」
3人とも罰が悪そうにうつむいてしまった。
「そうだ、君たちの安心と信頼を得るためにちょっとした実験をしたいのだがいいかな」
「実験とは?」
「君たちの信用を少しでも得られる実験をね。
君たちは俺が使うチート能力が怖いだろう。
君たちに対して発動しないって事を実際に見せてあげよう」
「!」
3人は意味が分からないように顔をかしげる。
俺は魔法の収納カバンからキースが持っていたナイフを1本手に取り出した。
刃渡り50センチはある大きなナイフだ。
厚みも2センチくらいあり、両面に角度を作り削られたごついナイフだ。
切ると言うより刺すと言う感じのナイフかな。
重さもたぶんあると思うのだが俺にはそれほど感じなく持ててしまう。
ナイフをサレンさんに渡した。
「ご主人さま、このナイフを私に渡してどうなされるのですか?」
「それで俺を切りつけてごらん」
「! ご主人さまにナイフをむけるなどできません」
「大丈夫だよ。君たちの回復魔法があるじゃないか、それで治してもらえればいいんだよ。
それに左腕をちょっとだけ切りつけてもらうだけだからさ。
致命傷になるところを切りつけてと言っている訳ではない」
「それでも、私にはできません」
「これはあくまで実験だ。
チート能力のバッシブスキルは俺の事を、危害を加えようとする相手に対し自動的に発動する条件になっている。
それは襲って来た者が死ぬと言う事だ。
もし俺を傷つければチート能力が君たちに発動しないと言う事が証明できる。
じかにわかってもらえれば安心もできるだろう」
「信用していますのでやめてください」
「チート能力が発動したらと思うのが怖いかな。
発動はしないから信用してもらうためにやって戴きたいんだ」
「信用はしています。ですからこんな危険な事をする必要は御座いません」
「言ったとおり実験だよ。
それに俺は今でも夢の中に居るのかも知れないと思っているからね。
傷がついて痛みがでれば夢ではないと嫌がおうがわかる。
それを試してもらいたいのだ」
「ですが ですが」
「あくまで左手をちょっと切るだけだから、他のところは切りつけないでくれよ。
回復魔法で治る範囲で切りつけてもらえるとよいのだ」
「わかりました。ご主人様がそこまで言われますのでしたら。
ご主人さまご覚悟をお願いします」
えっ、ご覚悟をって、俺はちょっとだけ、ちょっとだけ切りつけてもらえれば良いんだよ。
まさか心臓めがけて刺してこないよね。
ちょっとドキドキしながら左手を前に出す。
「では、参ります」
「シュン」
サレンさんは俺の左手目掛けてナイフを振りかざした。鮮やかな剣さばきで俺の左腕を切りつける。
サレンさんて誰かに剣技を習った事があるのかなと一瞬思ってしまうほど見事な太刀筋なのだ。
「スパッ」
サレンさんの鮮やかな剣技で俺の左腕の一部が切り裂かれた。
「痛っ、熱い?」
5センチほどナイフで左手を切り裂かれたのが見える。
奇麗な切り口だ、骨まで達してはいないがかなり深く見事に肉が切り裂かれた様子が見える。
血が徐々に出てきて痛みが増してくる。
痛い、それに熱い?
切り裂かれたところが妙に熱いのだ。ナイフで切り裂かれると熱いのだと痛感する。
信用を得られるためにやったのだがこれほど痛いとは思わなかった。血が垂れてきて止まらなくなってしまった。
「ご主人さま、すぐお手当てをします」
そう言ってアニスさんが近寄り、すぐさま中位回復魔法 を唱える。
サレンさんもナイフをその場に捨て、俺に近づき中位回復魔法 をかけた。
2人の中位回復魔法 のおかげで傷がみるみるふさがり治り始める。
しかし治っている途中もとてつもなく痛かった。
魔法で傷が治る時って痛いのね。麻酔は付与していない痛いのは当然か。
魔法で治るだけすごいのだからな。
この痛みって先ほどエリクサーで治した彼女たちも経験したんだ。
いや、それ以上に痛かったのだと痛感する。
「ご主人さま、申し訳御座いません」
「サレンさん、君が謝る必要はないよ。
やっぱり、夢の中ではないようだ。
こんな痛みを感じても目が覚めてはいないから。
しかし、切られると結構痛いもんだな。
今までこんな傷を負ったことないから知らなかったよ」
「ご主人さま」
サレンさんとアニスさんの回復魔法 の効果が高かったようですぐさま傷はふさがり治ってしまった。
「これで君たちが俺に対して行動を起こしてもチート能力が発動しないと言う事がわかったよね。
本来は行動する前に射程圏内に入ればチート能力が発動しているのだよ。
発動しなかった、だから安心してほしい」
「ご主人さま、わかりました。あなたを心から信頼したいと思います」
「それは良かったよ。俺もこれで安心していられるな、君たちが怖くて不安がっていたと思ってしまったからね」
「私たちのような者を心配してくださって、有難う御座います」
「別に良いよ。
そうだ、今日は買い物に行く予定を組んでいたんだ。
君たちの洋服を用意しようと思ってね。
今着ているローブを一着しか持っていないんだよね。
それもその中には下着をつけていないとか」
俺は厭らしいにやけ顔で言った。
「はい」
3人は顔を赤らめて返事をする。
「今から買い出しに行こう。
服の代金は仕事用としてこちらで持つから、必要な物があれば、必要経費と言う事で俺がすべて出すからお金の事は気にしないで良いよ。
生活必需品もそろえておこう。
それと異世界では読み書きができないから教えてほしいな」
「わかりました、ご主人さま」
「遅くなってしまったな、準備して買い出しに行こう。
あ、サレンさんとアニスさんには魔法の収納カバンを渡しておくからどちらが良いか2人で選んでね。
どちらが良いかでけんかはしないでね。
それと給金の金貨300枚を渡しておこう」
「有難うございます」
2人は俺ににっこりほほ笑みかけた。
「これで雇用の契約は成立だね、300日はよろしく頼む」
「はい、ご主人さま」
美人さんにほほ笑みかけられるのは嬉しいな。
さっきまで憂鬱に思っていたことが吹き飛んでしまった。
俺って調子のいい現金なやつだ。




