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Zinnia  作者: 緑園
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2. いつもの店

 昨日の出来事は夢だったのではないだろうか、と思いながら仕事を終えた。朝はばたばたしていたし、仕事中もそわそわしていていつも当たり前にできていたことが出来なくなってミスも多かった。幸い優しい人の多い職場だったから、心配される程度で済んだがおかげで帰る頃には気持ちも落ち着いてきていた。昨日の出来事は非現実的過ぎて、もしイマジナリーフレンドが突然実在する人間になったとしたら、突然イマジナリーフレンドに戻るという結果になってもいいはずだ。

 早速私は想像上の生き物に戻そうとお気に入りのピンクのスマホを取り出し涼太になることにした。SNSに接続し今日の友人たちの投稿を一通り遡ってから涼太のアカウントにログインし、投稿しようと思っていたのだが、私は自分のページで手を止めた。おかしい。そこには涼太のアカウントの投稿があった。私は昨日から涼太のアカウントで投稿していないのに。


ryo-chan: ちぃちゃんとこれからデート!久々の日本だから亮ちゃんのカードめいっぱい使おう!

ryo:@ryo-chan やっぱカード一枚無いのお前か。使いすぎるなよ

ryo-chan: @ryo はいはぁい


冷や汗が出た。私の知っている二人の口調、でも二人の会話を、私は知らない。私が携帯を見て立ち尽くしていると、遠くから声がした。

「ちぃちゃん!」

振り向きたくないと思うのに、私は自然と振り向いていた。

「りょう、た」

「うん!今日何食べたい気分?やっぱり鮟鱇?この辺じゃ食べられないよ」

私の好物を知ってる。怖い。これは誰の指金なんだ。

「なに、」

「あ、つぶやきみた?カードはばっちりだから、高いところ行こう!最近ハマってるって言ってた高級レストランもいいよ」

全部僕が払うよ。私の期待する涼太のセリフで今日は気持ち悪くなるばかりだった。私が視線を落とすと、涼太は不安気に屈んで私の顔を見上げた。

「ちぃちゃん、大丈夫?体調悪い?今日はタクシーで帰っちゃおうか」

私のやりたいことを全部知ってる。私の考えた涼太は、私のことを何でも受け入れて、私のことを何でも知っている。私は豪勢な生活がしたいんじゃなくって、日々の生活でたまにやりたいことが躊躇なくできる、そういう贅沢がしたい。そしてそれを涼太はたまに日本に帰国して叶えてくれる。そんな存在だった。

「大丈夫」

私はそれだけ言って涼太を見た。本当に見覚えのない顔だ。

美顔、だけどちょっと私の理想とは違い筋肉が足りてない。それは涼太が私の理想の彼氏なのではなく理想の友達である特徴でもあった。私の思ったことが現実になっている。理想的な話なのに、現実的な私はそれを受け入れられない。そうだ。いつかきっとこいつはボロを出す。私の涼太ではいられないようなボロを。

「大丈夫。いつもの店に行こ。」

私は涼太を見てにやりと笑った。こいつは涼太じゃない。だから存在しないいつもの店なんてわからない。

私と涼太達には小学生の頃から通ういつものバーが都内のどこかにある。そこのマスターは小学生の時から私と涼太達を知っていて、小学生が来る時間帯、バーの開店前にお邪魔しても文句を言いながらジュースなんかを無償で出してくれた気のいいお兄さんだった。当時その設定で、今では久々に涼太達が帰国すると必ず立ち寄り貸し切りにして一晩中飲み続ける、そんな店だった。もちろんそんな都合のいい店存在するわけがないので涼太が連れていける筈がない。

私の思惑が解ってか解らずか、涼太は首を傾げた。

「ちゃんとしたご飯出るかなぁ。あそこバーじゃん。」

「出してくれるんじゃない?」

バーということは知っているのか。でも店は連れて行けまい。私が一人勝利を確信し機嫌よくなっていると、涼太は何を勘違いしたのか私と同じように、けれど私の100万倍は可愛い顔でにんまりと笑った。

「久しぶりに迷惑をかけてやろうってことですね、姐さん」

いや、困らせたいのは涼太なんだけど。私はとりあえずいい具合に勘違いしてくれた涼太に笑った。涼太は私の肩に腕を回し歩き出した。

……どこに行く気だろう。今更恐怖心が出てきた。こんな見知らぬ男に連れ歩かれることに、今更恐怖した。しかし涼太はそんな私に一切気付かずタクシーを呼び止めた。私を先に押し込むと涼太はすらすらと目的の住所を言う。勿論そこまで細かい設定を作っていない私には聞き覚えのない地名だ。

「よく覚えてるね」

私が言うと涼太は苦笑した。

「だって、小学生から通ってたんだよ?ちぃちゃんは僕と一緒にしか行かないかもしれないけど僕は毎日通ってた、実家のあった場所の近くなんだし。」

そう言うと涼太はぼんやりと窓を見ていた。涼太の過去は複雑だ。私がそうした。

涼太が私に依存する理由を作るために。

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