第四章 24話 鬼が集う地獄
ロッド「待て、地獄だと?」
伊賀崎の言葉に引っ掛るロッド。伊賀崎はバツが悪そうに苦笑いを浮かべて頬を掻く。
伊賀崎「はい、えと、言えない事が多すぎてですね……」
ロッド「……今は一刻も争う。冗談を言っている場合ではないぞ」
伊賀崎「冗談も何も。真実ですよ」
ロッド「相当危険な所なんだな?」
伊賀崎「五條殿には自分に何かあったときの場合にすぐ応援を呼んで頂きたいのです」
ロッド「そんな危険な所ならば、すぐにでも応援を呼べばよいだろう」
ロッドはあからさまに眉間に皺を寄せ、怪訝な表情をする。
伊賀崎「いや……それでは駄目なんですよ……これは自分自身の為でもあって、今後にも関わることなんです」
ロッドは滅多に見ない伊賀崎の歯切れの悪い様子に深く考え込み渋々納得することにした。
ロッド「分かった。良いだろう。しかし、事が終われば説明はしてもらうぞ」
伊賀崎はコクリと頷き、橋脚へボートを漕いだ。
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橋脚下へ着いた伊賀崎とロッド。伊賀崎は壁にペタペタと手を当てて何かを探っていた。その後、上を眺め目を凝らす。
伊賀崎「なるほど。よく出来てる」
ロッド「……?」
伊賀崎はボソリと言った後に鉤とPPバンドを腰にかけた袋から取り出し、手慣れた手付きで鉤をバンドの先にくくりつける。
伊賀崎「最近の日用品って便利ですよね」
伊賀崎はその鉤縄になった物を眺めていた上の場所に引っ掛けた。
伊賀崎「工夫すれば誰でも忍者になれるんですから」
伊賀崎はそのまま登っていく。
PPバンドはホームセンターでも売っており、手芸や梱包作業で使われる物であり、約170kgの重さなら耐えられる素材で出来ている。
伊賀崎はあるところまで来ると壁を擦り、テープを剥がすように壁を捲った。
伊賀崎「ここまで完璧な擬態は中々……」
壁に掛けられるようにしてあった布。中には下へ続く穴があった。
伊賀崎「五條殿、このテープを伝って上へ来てください」
ロッドは頷き上へ登った。
ロッド「下へ続くようだな」
伊賀崎「取り敢えず、穴は狭くて直下型ではなく、緩やかな感じがします、壁に沿ってゆっくり降りていきましょう」
二人はゆっくりと下へ向かう。
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二人は下まで着くと、そこはただ荒く掘り進めたような地下洞窟のようになっていた。雫の音が滴る音だけが響き、どうも幸先の良い幕開けという感じでは無さそうだ。
伊賀崎「行きましょう、これから先は極力会話は無しで。伝える事が有ればまずは左肩を叩いてください」
ロッドは頷き、足音がならないよう配慮して進む。
五分程、進んだ所だった。前を進んでいた伊賀崎の足が止まる。数歩離れてついていったロッドは伊賀崎の生唾を飲む仕草を見逃さずに心も体も身構える。
真っ直ぐ行くとL字に曲がる道がある。その曲がり角に到着する直前だった。
ピシャン ピシャン
何者かが歩んでくる音。その何者かは、静けさを消すように荒々しくため息をつきながら来るのが分かる。
距離は近い、きっと曲がったらすぐ目の前にいる。
壁に張り付いた伊賀崎はふぅーっと深く息を吐く。
ロッド「……」
ロッドは伊賀崎の異様な決意を目にして自分が何をするべきか理解した。
謎の人物が曲がり角から出てくる─
伊賀崎は意を決して腰に差した忍者刀を抜く─
しかし、それよりも早かったのはロッドだった。ロッドは伊賀崎よりも先に前へ向かい、謎の人物の口と腹に手を当てた。
謎の人物「むぐっ!?!?」
ロッドの拘束する力で口は塞がれ、体はまるで縄が巻き付いてきたように両腕が使えなくなる。あまりに急な出来事に謎の人物は数歩後ろに離れると─
ドスッ
謎の人物の喉下に刀が入り込み、血を吹き出しその場に倒れた。ロッドが能力を使ったあと、流れるような動きで伊賀崎は間に入り、下から体を回転するように全体重で刀を突き刺したのだ。
伊賀崎「助かりました、ありがとうございます」
ロッド「ああ、だがこいつは……」
ロッドが遺体の顔を覗く。
ロッド「グルメディーパー……Nofaceの幹部じゃないか」
ロッドは昔書類で見たのを思い出した。Noface所属の指名手配犯、【開く】能力を持つ通称グルメ・ディーパー。本名はハーリー・バンクスで職業は無職。イギリス出身のホームレスだった男。
【開く】能力の由来はこの男に殺された者は皆、腹が真ん中から開き肋骨をあらわにして死ぬ事からだ。そして、どんな硬い金庫でもそのような開き方をして開いてしまうという。
グルメ・ディーパーに関しては彼が作る遺体はまるで魚の開きのようであり鳥がついばみにやってくることから名が付いたそうだ。
伊賀崎「流石は五條殿ですね。最高峰のフォローです。先程も言ったようにここは地獄。単体で来る者は誰であろうが皆、仕留めます」
ロッド「動く者は全て鬼か。了承した」
伊賀崎の目は深く据わり、心を殺しているように見えた。二十歳になったばかりの若者には出せない殺気と決意にこれ以上ロッドは理由を言及出来なかった。
また数分歩いていく道中で何人かと出会したが難なく暗殺していった。一人で歩いている者も居れば二人組みで居た者も居た。ロッドが拘束し、伊賀崎が迅速にとどめを刺すコンビは暗殺に適していた。
伊賀崎「五條殿」
足を止め、ロッドを制止する。ちらりと曲がり角から警戒しながら顔だけ出して様子を見ると向こうは大きな広間になっていた。そこには最低でも十人は待機していた。
その中には記録に載っていた者が居るのが分かる。
Bad Tailorのミミー・バトンス。石火矢焔がスリランカにて戦闘を行った二人組みアモンとチグサのチグサ。【爆ぜる】能力を使い最悪の爆弾テロを起こしたアンデルス・ゴーラ。シベリアにて多数の行方不明事件を起こした首謀者、見た目は角張り多数のエラ?のような物がついていてまるで人外であり周りの温度を自在に操る通称、エアー。
犯罪社会に名を轟かす者達の中に一人だけ異質な物が広間奥の岩に片膝を立てて座る者が居る。周りとの殺気の差は異常であり上裸で長い刀を携える奴は……
ロッド「なるほどな。奴が狙いなのか」
伊賀崎は頷く。
伊賀崎「忍組頭領、百地弾正」
忍組、十年前の悲しい事件、BARKERsの生みの親であり前団長を失くしたあの日。自分たち忍者の存在の確立と自分たちのための国造りを掲げて能力革命派閥と手を組み反旗を翻した。両陣営とも何人もの死者を出し革命派は撤退。その時の忍組の頭領は百地弾正であった。
伊賀崎「見てください、もう一人来ます」
更に奥の暗闇から現れたのは、首に手をやり首を回してパキポキと鳴らす般若の面を被る大男。その男にロッドは心当たりがあった。
その男を見た瞬間、ロッドの体の中は瞬間湯沸かし器のように熱くなる。心臓は高鳴り、眼孔は開き、額には血管が浮き出る。
ロッド「般若面の忍……!」
ロッドの最愛の妻を殺した張本人がそこに居た。
伊賀崎「風間四八。風魔一族の末裔。ここは因縁渦巻く地獄。五條殿、怒りに飲み込まれないように」
ロッド「大丈夫だ。私は冷静だ」
ロッドはそう言いながらも胸ポケットに忍ばせたナイフの柄を怒りで震えた手で力強く握り、風間から目を離せないでいた。
伊賀崎「かく言う自分もこの日を待ち望んで居ました……忍の汚名を晴らす為に、自分の役目を果たすためにも……だからこそ冷静に、確実に、仕留めます。自分の能力ならあの二人を殺す事が出来る」
ロッド「やれるのか」
伊賀崎「はい、機を見計らい、自分の能力で存在感を消して接近。まずは百地、次に風間を殺ります。その後すぐに逃走をはかります」
ロッド「……逃げると言うが、周りがお前を仕留めにかかるだろう」
伊賀崎「そこはなんとかなります。大丈夫です。そして、五條殿はもし、万が一、自分に何かあったとき、撤退して支援を要請してもらえるようここで待機をしてほしいのです」
ロッド「刺し違えるつもりか」
伊賀崎「いいえ、自分はそのつもりは一切ありませんよ」
伊賀崎はロッドを安心させようとニコリと笑いかける。
そうこう話していると、動きがあった。風間が百地に耳打ちした後、百地は立ち上がり周りに居た者達に対して声をあげる。
伊賀崎「きましたね。今が好機です」
ロッド「伊賀崎、無事に戻ってこい」
伊賀崎「勿論ですとも」
伊賀崎は【忍ぶ】能力を発動し、一気に存在感を消す。ロッド自身も伊賀崎を意識して直視しなければ見失う程だ。
百地「さて、そろそろ良いだろう。社会に疎まれしうじ虫諸共……」
百地がそう言うと周りからは野次が飛んでくる。
チグサ「裏の始末組様が表に立って指揮を取るなんて出来っこないだろう」
エアー「フシュー、ワレワレがうじ虫ならばお前らはハウスダスト以下ダ」
ゴーラ「Hyu!!爆殺決定!OKOK殺されても仕方ないね~」
ソウダソウダ!! ブッコロスゾ!!
ナメンナヨ!! ダレダトオモッテンダ!!
ミミー「ヒヒッ」
ミミーはその様子を裁縫をしながら小さくあざ笑う。
風間「黙れぇッッッ!!!!」
風間の一声で場は一瞬静まる。
風間「これ程ハエの如く騒がしくなれば、うじ虫は正当!!我々こそ貴様らと任務をこなすのはむかっ腹が立ちよるわ。しかし、今はそんな事は言ってられぬ、若の言葉を聞いた後、嫌なら帰って結構。殺し合いがしたくばこの俺が相手になろう」
その言葉に周りは黙って居られないと臨戦体制に入るが百地は続いて言葉を繋げた。
百地「このあと貴様らにはその有り余った闘争心をぶちまける場を与えてやる。その為に準備をしてきたんだろう?無駄にする程低能だった訳か?」
そう言われて周りは悪態をついて嫌そうに百地の言葉を待った。
百地「今ここに作戦内容を考えた者は居ないが、全て情報はこちらの手にある。今回の成功で我々は大きな一歩を踏めるのだ。事前に敵の情報も手にしている、不備は無い」
百地「これ以上泥を被る訳にはいかな─
ブン─
百地が話しの途中に伊賀崎は確実に近づき、命を断つ一振りを放った。喧騒を挙げた者達はその様子を目を丸くして眺める事しか出来なかった。首筋に後ろから一太刀、百地の首を分断する。
伊賀崎「!?」
手応えはあった。
しかし、伊賀崎の振り抜いた手首は戻すことが出来ない。
しっかりと死んだはずの百地が片手で、且つ振り返らずに手首を掴んでいたのだ。
百地「判断力、殺意どれもよく成長したな」
手首を引っ張られ前に踏み出してしまった伊賀崎の足を百地は円を描きながら足で蹴り払い振り返る。伊賀崎は空で前転するようにして倒れてしまった。
百地「しかし、どれも荒い」
百地の首は繋がっている。
暗殺は失敗した─