第四章 10話 one verse 歌い初めは突然に
アリサからの対応が若干冷たく?なってから数日。シュウは地下の武道場で体術の稽古をしていた。今日師事してくれるのは奏、焔から長年、石火矢流を教わっていたので中々強い。他メンバーはワグ、小張だ。突き、蹴り、捌き、受けを一通り教わり休憩をとっていた。
奏「お疲れ様です、シュウ君」
畳にぐだりと座っていたシュウに奏は飲み物を渡して隣に座る。
シュウ「あ、ありがとうございます!」
シュウはぐびぐびと飲んでいると奏は肩にかけたタオルで自分の汗を拭きながらシュウを誉める。
奏「シュウ君強くなりましたよね、きっと素人相手には負けないんじゃないですか?」
シュウ「え、そうですかね?へへ」
奏「反応が良くなった気がします。前から観察眼が良かったので沢山任務に出て更に成長した感じがします」
シュウ「奏君に誉められるなんて嬉しいなぁ……あの焔さんのお弟子さんみたいなもんだし」
奏「姉さんから教えてもらってますが、僕はまだまだですよ。武術は奥が深いです……特に石火矢流は覚えることが多くて……」
シュウ「そう言えば、石火矢流ってよく言ってますが石火矢流って……何と言うか、何なんですか?○○流空手とか○○流合気道とかってやつですかね?」
奏が得意気に眼を輝かせ手振り身振りで言う。
奏「それはですね!石火矢流は四大実戦武術流派と言われててですね!空手の名屋、合気の南方、剣術の近衛、古武術の石火矢って言われてたんです」
シュウ「古武術……?」
奏「はい!僕は上手く説明出来ませんが、本当に実戦を意識した昔ながらのものって感じですかね?打撃も投げも関節もましてや目潰し金的頭突き武器何でもありです」
シュウ「ふへぇー、凄いんだなぁ古武術」
ほのぼのと話しているとシュウの通信機が鳴りスマホを確認する。
書かれている内容を見て血の気が引き、体が一瞬にして冷たくなる。ごくりと生唾を飲みしっかりと内容を理解する。
アリサからの連絡だった。
『お疲れ様ですわ。シュウさまに隊長から指名任務のお話がしたいとのことです。本日の夕方18:00に応接室に集まってほしいと。』
シュウ「……まだ三ヶ月くらいしか空いてないのに……」
命をかけた指名任務。内容は分からないが今のところ死が近いものしか経験してないシュウにとって緊張するものであった。
奏「どうしました?」
奏はたまらず声をかける。
シュウ「し、指名任務が、あるみたいです」
奏は心配そうにシュウを見る。
奏「シュウ君、指名任務は義務や強制ではありません。今断ってもいいですし、話を聞いて断ることも出来ます。これまで沢山、山場を越えたシュウ君ですから苦しいのも分かりますよ」
シュウは考える。これまでの事、これからの事。自分は何をするために来たのかを
シュウ「いや……大丈夫です。うん、大丈夫。俺はやりますよ。俺が選ばれた理由がきっとあるし、俺がやって変わることもあるから」
奏は眼を瞑り深く頷く。
奏「そうですね。前回の王子救出もシュウ君だから出来たことです。恐らくそれを見込んで頼みたいのだと思いますよ。でも、無理はしないように。心が潰れてしまっては再起しにくくなりますからね」
シュウは胸をどんと叩いて真っ直ぐに奏を見る。
シュウ「やります。やってみせます。死にませんよ、俺」
シュウは自分に言い聞かせるようにそう言った。
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応接室─
晩飯時だが、食が進まずワグに心配されたが決意をもってこの場についた。ノックをして扉を開け入ると既に龍義隊長と本を読んで待つロッド、チラッと眼を合わせすぐに視線を外に向けるアリサがいた。
シュウ「お、お疲れ様です!」
龍義「ああ、お疲れ様。そう固くならず適当な所に座ってくれ」
シュウはアリサの隣のソファーに座り、アリサへ小声で話す。
シュウ「アリサさん、今回はロッドさんと二人ですか?」
アリサは顔を赤くしながらシュウに目線を合わせないようにいう。
アリサ「いや、今回は四人一組でして、そろそろ……」
っと言ったところで龍義がサングラスを人差し指の関節で押し上げる。
龍義「全く、遅刻する癖は治らないな」
シュウ「え?」
自分が言われたのかとビックリするとシュウの後ろから声が聞こえた。
伊賀崎「あはは、大隊長殿の眼は誤魔化せないですねぇ」
伊賀崎が姿を現した。
シュウ「あ!また遅刻ですね!」
伊賀崎「シュウ殿まで……いやはや、参りましたね」
伊賀崎は照れ臭そうに頭を掻く。
龍義「これで集まったな。アリサ、進行を頼む」
アリサ「はい、お任せくださいませ」
アリサは部屋を暗くしてモニターを下げる。ピッと小さいリモコンのボタンを押すとモニターに映像が写された。
アリサ「今回の任務についてでございますが、イタリアのウフィツィ美術館での警備を願いたいと依頼されましたわ」
モニターには大きく広い美術館の外装が写っている。
シュウ「お、大きいですね……」
伊賀崎「これは骨が折れそうです」
ロッドは頬を擦った後、ふむと一息入れ、下に手を組みボソリと言う。
ロッド「……ウフィツィ美術館か。絵画が数多く展示している認識だが、全てを警備するとは言わんだろう」
アリサ「はい、流石に私達だけで全てを守りきる事は不可能だと思っておりますわ。では、次の写真を見てくださいませ」
次に写し出されたのはピンク色のダイヤモンド。中々の大きさをほこるものだ。
アリサ「こちらは南アフリカのとある奥地で発掘された幻のピンクダイヤでございます。重さは9.2グラム、掌サイズで値段をつけることが出来ない代物でございますわ」
ボタンを押し次に写るのは見る限りに富豪の人物だ。
アリサ「依頼はこの方、クリスピーノ・バルディ。イタリアの大富豪、今のウフィツィ美術館の所有者でもありますわ」
伊賀崎は人差し指をピンと立て納得するように言う。
伊賀崎「なるほどなるほど、用は富豪のお遊びに付き合えと言うことですね」
アリサ「ただのお遊びで終われば良かったのですが……私達に依頼する理由はこちらですわ」
次に写し出されたのはパッとした特徴のない男性とぶっきらぼうそうな女、筋肉隆々な黒人男性の姿だ。
アリサ「この白人男性の名前はアルベロ・ガンビーノ。このイタリアで一番大きな半グレ集団、ガンビーノ盗賊団の頭領をしておりますわ」
シュウ「この人が頭領……何と言うか、そんな風には見えないくらい、普通と言うか……」
伊賀崎「覇気はないですね。でも自分等から見る外国人ってそんなものではないですかね?」
アリサ「……ただ、それについて一つだけ不可解な事がございますわ」
アリサは何枚もの受刑者の写真を見せる。
アリサ「この男達全員、アルベロ・ガンビーノを名乗っておりますの」
伊賀崎「何だって?世襲、襲名制なのか?まるで風魔や服部のようだ」
アリサ「窃盗予告を出し盗みを働く、最近はこの三人での行動が多く見られているようですわ。特にこの女性と男性。アマンダ・バーネットとブライアン・ヴェモアは幹部との事」
ロッド「イタリア人ではないな」
アリサ「どうやら、移民や亡命などで集まった者で作られたようですわ」
龍義「差別や情勢の変化で治安が悪化することはよくあることではあるが、このアルベロ・カンビーノというものを神格化し集まっているのは妙だ。そして何より、盗むと公言したものは確実に盗む。どんなセキュリティであってもだ。恐らくは、能力が関係しているだろうな」
シュウ「この二人のどちらかが、本物のアルベロ・ガンビーノということですか……ね?」
龍義「分からん。今回の任務の重要な所はダイヤの死守は勿論だが、ガンビーノ盗賊団の捕縛、そして出来る限りの情報を手に入れてきてほしい。ドロミーティの一件でnofaceと手を組む可能性は低いがまた違う能力者派閥が生まれるのはよろしくない」
伊賀崎「なるほど、隠密や捕獲に長けた自分と五條殿が選ばれた訳だ。して、シュウ殿は?前回の任務が空けてすぐのような気がしましたが」
龍義「それはな」
龍義はサングラスの上からシュウを覗く。
龍義「シュウの観察眼、能力、性格、思い、全てをかっているからだ。今回の任務にはシュウは欠かせないと思っている」
その言葉を受けてシュウの心はグッと熱くなった。自分は評価されている。そう思ったシュウの思いは一つだった。
シュウ「やります。この任務、絶対に成功させます!」
こうして、波乱を迎えるあの任務が始まるのだ。
──第四章 偽り集うイタリア乱戦 開幕──