歌ノ章 閑話4 熱狂ファンは何を見るか
RINA「みんなありがとうー!!」
RINAのさいたまスーパーアリーナでのライブは無事終わった。先ほどのマネージャーとの一件も感じられない出来映え。
シュウ(流石はプロって感じだなぁ……)
そして、このライブ中やはりあの男、岸田は最前列に居た。懸命にサイリウムを振り、コールを必死にしていたあの男。たまにキョロキョロと周囲を気にしていたが、それ以外は熱狂的ファンという感じであった。
シュウ達は先に握手会の会場へ行って周りの様子を確認する。
ワグ「お、見ろ。あそこに」
シュウ「居ますね」
列の真ん中程に岸田の姿が見えた。冴えないサラリーマン。そんな感じに見える。彼は誰とも話さず緊張の面持ちで並んでいた。
園崎「あいつ……また来やがったな……」ボソッ
近くに居た園崎がぼやく。そして、岸田を見ながらワグとシュウに話すように言葉を続ける。
園崎「危険だろ、一度粗相を犯したやつを気にせずまた握手会に参加させるなんて……俺は止めたんだ」
ワグ「RINAはどうせそれでも構わないとか言ったんだろ?」
園崎はチッと舌打ちしてワグを横目で睨み、髪を一度掻きあげる仕草をするだけだった。ワグはその威圧する空気を流すように陽気に言う。
ワグ「ま、今回はうちらが居るし恩田が近くに居る。大丈夫だろ」
園崎「……」
四人は慎重に岸田の順番を待つ。
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RINA「あ!あなたは!今日も来てくれてありがとうー!!楽しんでくれたかな?」
到頭、岸田の番が訪れた。岸田に満面な笑顔で手を差し出すRINA。
岸田「あ、えっと、その……」
岸田は周りをキョロキョロと見てどうにも挙動不審な行動をする。ごくりと唾を飲んだ後に手をスーツにごしごし拭き、握手する。
岸田「本当に楽しかったです。本当に本当に……いつも元気を貰ってます。また明日の横浜アリーナでのライブも見に行きます。よろしくお願いします」
RINA「うん!ありがとう!!またよろしくね!!」
RINAはグッと力を込める。何かあると思ったが、何も起こらず岸田の番は終わる。
シュウ(……なんだろう、何かひっかかるんだよな……)
この日のライブ、握手会は大成功に終わった。
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二日目。この日は神奈川の横浜アリーナでのライブ。シュウ達はRINAの住むマンション付近に待機。朝10:00頃にRINAを迎えにいくという予定だ。
二日目のボディーガード担当はワグ。初コンタクトの時の事をRINAが根に持ってそうで非常に怖い。
朝10時少し前にBARKERSが手配した車で迎えにいくと、既にマンション前にRINAは立って待っていた。急いでRINAの前に停め、助手席に座るアリサが窓を空けて小声で怒る。
アリサ「RINA……!何をしていますの!?」
RINAはえへへと笑い答える。
RINA「やーこうやってBARKERSの人と会えるのは楽しみで……」
アリサ「早く後ろに乗ってくださいませ!」
RINAは後ろの席に即座に座る。
アリサ「全く……何かあったらどうするんですの?」
RINA「へへへ、色々と準備とかしててさぁーワクワクしちゃってー」
ワグを横目で見てにやりとする。
RINA「色々とねぇー?」
ワグ「うぇ、何か悪寒がするんだが……」
シュウ「今日はワグさんが担当ですからね……気合い入れてきたんでしょう」
恩田「いいなぁワグ」
ワグ「へ、へっ負けてられねぇぜ!」
一行は阿鼻叫喚の車の中、事務所に向かう。
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事務所前─
事務室地下の駐車場に着く間、男三人衆はRINAのイタズラに巻き込まれて疲弊していた。地下に着いたら園崎が待っているという話だったが、中々現れない。
シュウ「来ないですね」
ワグ「来ないな」
恩田「んぶ」
アリサ「園崎さんからは何もありませんの?」
RINA「んー、無いー」
RINAは確認もせずに恩田の頬にピンクのペンでぐるぐると円を描いている。
ワグ「恩田ぁ……」
恩田は満面の笑みで固まっているだけである。
RINA「あ!ワグ!」
RINAはポケットからミントガムを出して渡す。
RINA「これあげる!今日はワグがつきっきりでいてくれるんでしょ?仲良くなりたいからさ、ほら」
ワグ「え!マジ!?あのRINAからのガムとか超レアじゃん!くず紙すらも宝物にす
バシッ!
ガムから金具が飛び出てワグの人差し指を強く挟んだ。
ワグ「うぎゃああああ!!」
RINA「ヘッヘッへー♪引っ掛かった引っ掛かったー♪倍倍返しにするもんねーよっろしくぅー♪」
ワグ「うぎぎ……なあ、シュウ。負けてられねぇよなぁ!」
シュウ「いやいや、俺を巻き込まないでくださいよ」
RINA「やれるもんならやってみろー!べろべろベー!」
ワグ「うぐぐぐ」
そうこうしていると目に隈をためた園崎が早歩きで現れた。
園崎「……お待たせしました」
ワグ「何か目茶苦茶疲れてんな」
園崎「俺も忙しいんだ。三日目のライブ会場の下見をして準備を手伝ったりしてな。この関東ライブは絶対にみんなの心に残る物にしたいからね」
ワグ「意外だな。情熱がそこまであるとは思わなかったぜ」
シュウ「し、失礼ですよワグさん!」
園崎「本当に失礼だ。今すぐにでもこの場から消えてほしいよ」
ワグ「お前も大概失礼だっての」ボソッ
園崎はワグの小言を聞いていないフリをしてRINAに声をかけた。
園崎「RINA。いつも言っているだろう。アイドルとしての自覚を持てと何度も何度も何度も何度も俺は言ってきた。はしたない言葉で叫ぶなんて」
RINA「あーはいはい。自覚自覚」
園崎「RINA!!」
RINA「」ビクッ
シュウ「ちょっと!!」
園崎「何か?」
シュウはRINAと園崎の間に割って入る。
シュウ「あまり怒鳴るのは辞めましょうよ。聞いてると何か鬱憤晴らしというか、ただ自分の怒りをぶつけるだけな感じがしますよ」
園崎「君には関係ない」
シュウ「あります。俺らはRINAのボディーガードとしてここに来ました。園崎さんのマネージャーとしての手腕は疑っては無いですが、また叩いたりするようなら止めなきゃならない」
園崎「……」
シュウ「RINAさんもライブの為のモチベを上げてパフォーマンスを良くしておかなければならない。このままじゃ影響出てしまいますよ」
園崎「……もういい。俺は先に横浜アリーナへ向かう」
園崎はこめかみを押さえながら近くに駐車している車に乗り込み、出ていった。
恩田「んぶ……」
アリサ「シュウさま……」
ワグ「よぉく言ったぞ!シュウ!!」
ワグはシュウの頭を抱えるようにして撫でまくる。
シュウ「や、やめてくださいよぉ」
RINAがニヤニヤしながらシュウの前に立つ。
RINA「シュウ君?だっけ。やるじゃん。いぇい」
拳を向けシュウは拳を合わせる。
シュウ「やるときはやりますから」
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横浜アリーナでのライブ。会場は満員御礼。場は際骨頂に盛り上がり大成功に終わる。そのライブではやはり岸田が先頭に立ちサイリウムをせっせと振って応援をしていた。
見る限りでは岸田の様子はそんなに変わった様子はないように見えるが……
そして、また握手会が始まりシュウ達は岸田の様子を監視する。
挙動不審だが、それ以外は今のところ何も無い。そして、岸田の出番がやってきた。
RINA「お!また来てくれたんだね!ありがとう!!」
差し出される手。
岸田「あ……えっと……」
岸田の顔に血の気は無かった。
RINA「ん?」
RINAは首をかしげる。
岸田「……」
岸田は大量の汗を流し始めた。明らかに様子がおかしい。
岸田「私は……うっ」
視線を左右に、そしてすぐ斜め後ろを振り返った。偶然か、シュウ達が配置している三ヶ所を的確に見たような気がする。
園崎「時間だ!次の方へ回せ!」
園崎は岸田を離すようスタッフに伝えすぐに引き離す。引き離される最中、岸田は真っ直ぐにRINAを見て言った。
岸田「私が、私がやらないと、私が!」
スタッフ「またお前か!出禁だ!」
ワグ「落ち着けよおっさん!」
岸田「くっ離せ、離せ!!」
岸田は力ずくでスタッフとワグによって離され外に出された。
シュウ「……」
急な展開にシュウは呆気に取られていた。それと同時に何かに恐れている……?何かに焦っているような岸田の表情や行動があまりにも不可解過ぎて。
園崎「今日はもう中止にする」
RINA「待って。まだ握手会皆終わってないよ」
園崎「そんな場合か!」
RINA「やだよ。皆、私の為に集まってくれてるんだもん。あの男の人も出禁にする必要無いし、一人一人大切にしたいし」
園崎「なんだと!?」
RINA「園崎が止めようと私は勝手に続けるよー」
園崎「……ちっ、勝手にしろ」
園崎はギリギリと歯を鳴らし、裏へ出ていく。RINAのファンを思う気持ちは何よりも大きかったのだ。
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握手会が終わり、撤収作業をスタッフに任せてシュウ達は駐車場へ向かっていた。
シュウ「今日もお疲れ様です。RINAさん」
恩田「んぶ!連日ライブをするなんて本当に凄いんだな!」
ワグ「ってか俺らも無料でライブ見れてるなんて本当に贅沢だ
RINA「くらえ!」
がくんとローキックを打つように膝カックンを繰り出すRINA。
ワグ「痛ぇ!許さねぇぞRINAぁぁ!」
RINA「キャッキャッ」
ワグがRINAを追いかけるようなしぐさをして楽しんでいると……
シュウ「……あ」
恩田「んぶ?」
シュウは会場前に一人ポツンと立つ男の姿を目撃する。
シュウ「……岸田」
恩田「んぶ!なに!?」
RINA「あ!あの人!」
ワグ「おっとぉ……ここはバレないように逃げようぜ」
ワグと恩田はRINAを隠すように移動するが、シュウは立ち止まる。
ワグ「おい、シュウ急げ」ボソッ
シュウ「いや、あの……」
シュウはどうしても気になっていた。
シュウ「ちょっと行ってきます」
ワグ「お、おい!」
あの男は何か違うと。ただのストーカーとも、ただのファンとも違う。あの目は守りたい気持ち、必死に人を庇う思いがあったような……
シュウ「岸田さん、ですよね?」
岸田「え……?」
シュウは意を決して岸田に声をかけた。