第四章 8話 子ども達に花を
翌朝─
ブー ブー ブー
シュウ「うーん……」
朝早くにメールが届く。この内容は見なくても分かる。そう、今日はFedersの教育係りに任命されている。その連絡事項だ。
シュウ「そろそろ起きないと……」
メールの内容を見る。アリサさんからだ。
アリサ『おはようございます。今日のFeders実習のメンバーはシュウさまと、小張さま、恩田さま、椎名さまです。朝8:00に職員室にて保科さまのもとへお願い致します』
シュウ(あー……椎名さん来ないんだろうなぁ)
今回は子供好きの小張さんが居るから少しは楽になるんだろうなぁと淡い期待をしていた。
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職員室前─
小張、恩田、既に三人で集まっていた。そう。椎名の姿は無い。連絡を試みたが音沙汰無し。まあ、分かっていた事だ。
職員室にノックをして、開けると教員の保科とアリサが話をしていた。二人が気付くと、アリサは困った顔をする。
保科「みなさん、おはようございます!」
アリサ「おはようございますわ」
シュウ「おはようございます!」
恩田「んぶ!おはようだな!」
小張「おはようアイちゃん先生アリサ!、なんかあったの?」
保科「んー、それが……」
アリサ「椎名さまの連絡が取れませんの……今回は少し忙しくなりそうでしたので、三人だと厳しいとの事……」
小張「なるほど。アリサがやればいいんじゃない?」
小張はにやつきながら言う。
アリサ「私ですか!?」
小張「アリサならいけるって!それとも忙しい?」
アリサ「いや、私、教育係りは初めてでして……子どもと上手く接することが出来るか……」
シュウ「アリサさん子どもと接するの上手そうだけどなぁ」
保科「そうですね!アリサさんならオールオッケー♪です!」
アリサ「う、うーん、じゃあ……やってみますわね」
アリサさんは自信が無いのか、一切目を合わせなかった気がする。
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今日担当するのは全学年。内容は自由時間で、保科先生がある準備をしてる間に繋ぐ役をする。
連「へっへっへー!」
秋斗「連やめてよぉー……」
千夏「連やめるにゃー!」
ワーワーワーワー ワーワーワーワー
ギャーギャーギャー ギャーギャーギャー
この騒ぎようである。もう帰りたい。まるで猿山に来たようだ。
恩田「」
シュウ「」
小張「こらー!喧嘩やめなさーい!」
アリサ「あわわわ……」あたふたあたふた
小張の言うことすらも聞かない。地獄だ。
千夏「やめるにゃー!!!アキをいじめるにゃー!!」
連「お前ぇー!本当に女々しいやつだよなぁー!うらうらー!」
秋斗「やだよぉー服引っ張らないでぇぇー!」
逃げ出したい。
保科「シュウ君、シュウ君」ボソッ
保科が戸を少し開け、近くに居るシュウに声をかけ手招きする。
シュウ(天の助けだ!!)
それに気付いたアリサがシュウに耳打ちする。
アリサ「シュウ様、私がこの場を抑えますわ」
ピッと何枚もの折り紙を出す。
シュウ「確かにアリサさんの能力なら子どもたちも楽しんでくれそうですね……任せます!」
アリサ「お任せくださいませ!」
シュウは保科のもとへ廊下へ出た。
保科「シュウ君、お手伝いお願いできますか?」
シュウ「勿論!何を手伝えばいいですか?」
保科「今から職員室内にある準備室で力仕事を少々!アイちゃん……ひ弱だから、てへ♪」
下をペロリとだして頭をコツン。もうこの時代では見ない仕草、いや、死草だ。
シュウ「ま、任せて下さい!俺の能力なら重いものでも持てます!」
保科「こっころづよーい!」
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シュウ「すごい……」
準備室の中は見渡す限り色とりどりの花、花、花。シュウは大きく息を吸って花の甘い匂いを嗅いだ。
保科「そ、そんな嗅がないで下さい、恥ずかしいです」
シュウ「恥ずかしがる意味が分からないですよ!この花の量よく集めましたね!」
保科「花……あっ花!花ですね!この花は私が集めたのです!こう見えて花についての論文とかとか沢山書いてる研究者でもあるのですよ!」
シュウ「そうだったんですね!凄いなぁ花博士だ」
保科「えへん!花博士です!それと私はですね、花をいつでもいつまでも咲かせる、咲かす能力を持っているのです!だからこうやって花を咲かせて受粉させたり、種を取ったり、品種改良してるんです!」
シュウ「咲かす能力、本当に沢山有るんですねぇ……あそこにあるのは食虫植物ですか?」
保科「そうです!ウツボカズラやハエトリ草ですね!」
シュウ「あそこにあるのは……あ、」
シュウは気づいてしまった。床に敷かれた布団、机の上に置いてある食べ終わった皿……脱ぎ捨てられた薄いエメラルドグリーンの─下着。
シュウは慌てて眼をそらすが、その目線には部屋干しされた服や下着が……固まるシュウ。
保科はシュウの異変を察して目線を辿る。
保科「あ、あっ、あああ!!!あー!!!!見ないで下さいー!!!」
シュウ「え、わっ、」
ドーンっと保科は慌ててシュウのことを押し倒してしまった。
保科「うーん……あ、すいません!!ビックリして挫いてしま……」
シュウ「」
シュウは頭を思い切り床に打ち付け、豊満な保科の胸によって衝撃を逃がせず意識が昏倒とする。
保科「あわわわ、大丈夫ですか!?」
シュウ(あれぇ……デジャブ……)
保科は倒れるシュウに手をさしのべ起こした後、部屋の下着類を片しながら説明をする保科。
保科「本当にごめんなさい、そうですよね、準備室って言いましたもんね……ここは準備室ですが、私の寝室でもあるんですよ」
シュウ「職員室の隣で寝てる、しかも準備室でなんてまるでブラック企業ですね」
保科「あ、いや、私自身が勝手にそうしてるんです!家から来るのは時間かかりすぎるし迎えを寄越さないといけないから迷惑かかるし、だからもう一層のこと、ここに住んじゃおー!みたいな?」
シュウ「凄いなぁ……」
積んだ教本、所々に貼ったメモ、固い床に敷かれた薄い布団、手作り感が強い教材、壁に貼られた大きな紙には[めげない!頑張れ!頑張れ私!!]の文字。思えば数年Federsの教員をやり、血に滲む努力をこの保科はやっているのだとシュウは強く感じた。
シュウ「本当に凄い……アイちゃん先生は本当に本当に頑張って来たんですね」
保科は驚く表情を見せ、すぐにそのシュウの言葉を否定するような悲しく眼を伏せるような思いおく表情をした後、段ボールに何か入った小さな袋を入れていく。
保科「頑張ってきた……うん……どうなんだろ……」
シュウ「あ、いや!違うんです!上から目線で言った訳じゃ!俺は本当に先生がこれまで頑張ってきた跡が見えたからそう言っただけで、」
保科「シュウ君は優しいですね、別に私は上から目線だなぁとか思ってませんよ?ただ、頑張ってきたとは似てるけど、何か違うなぁって……」
シュウ「違う……ですか?」
保科「私、元々研究員で教員なんてやりたくなかったの。っというか子ども苦手だし……」
シュウ(なんかヤバイこと聞いてる気がする)
保科は淡々と言葉を繋げる。
保科「ここに入ったのも私の能力を見た前団長の遊歩さんが今の給料より多額のお金を出すし研究の支援をするからーって言われて来ただけだし……」
シュウ(前団長、金で解決させてるのか!)
保科「いざ入ったら手を焼く子ばかりで……勉強することも沢山、研究もしたい、考えることが沢山沢山で……だから、何だろう、頑張っているかと言われたら……私は意欲的に頑張るのではなく、責任感に追いかけられているというか……そもそも頑張れて無いというか……だからこそ自分で自分をひっぱたいて押し出すしか無いんですよね……」
貼られた紙の文字をなぞる保科。
保科「こうやって愚痴を言ってしまうのはいけないことです。でも今だけ、今だけ許して下さい。私は、この仕事に嫌気がさしてます。子ども苦手ですし、言うこと聞かないし……うん、辞めたいですよ。私向いてないですもん」
シュウ「先生……」
保科は段ボールを持ちシュウに渡す。
保科「これ、お願いします」
シュウは黙って受けとる。
保科「はぁー……」
深いため息の後、ほほをぺしぺしと叩く保科。
保科「はい!ヤミヤミアイちゃん終了!ごめんね?誰にも吐き出したこと無かったからついつい」
いつもの保科に戻るが、シュウは戸惑いを隠せなかった。どう接すれば良いのか分からないのだ。
保科「さ、さあ!いこいこ!待たせ過ぎたかもしれないから!」
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教室へ戻ると、子どもたちはアリサの動かす能力によって出来る紙飛行機レースに熱中していた。外に向かって飛ばして大きく弧をかき戻ってくる。どんな形の紙飛行機でも、アリサの能力を使えば同じように飛び、意思を持った紙飛行機はアリサの願いによって接戦したり熱い戦いを見せる。小張もハブれた子どもを気にして遊んであげ、恩田は椅子に座りサボっている。見事な連携だ。
保科「みなさーん!ちゅうもーく!」
ワーワー ギャーギャー
保科「ほらほらー!アイちゃん来たよー!ちゅうもーく!」
ワーワー ギャーギャー
保科「ぐす、」
シュウ「あ、みんな!先生が話あるって!みんなの為に準備してきたものだからきっと楽しいぞ!」
アリサ「みなさま!レースは終了ですわ!先生の話をききましょう!」
シュウとアリサの呼び掛けによってようやく盛り上がりは収まり保科に気を向ける子どもたち。
保科「ぐす……えっと、今日はね、みんなに命の勉強をして貰う為にね、良いものを持ってきたの」
エーイイモノォー? ナニナニー?
保科「これです!」
保科はシュウの持つ段ボールから二つ小袋を手に取り見せる。
保科「この中には命が入ってます。小さな小さな命。でも根強くて立派な命です」
近くに用意してあった鉢植えを教卓の上に置き、袋から小さな種を取り出し植える。
保科「私はどの種か分かるけど、ランダムに種を入れてます。この中から自由に一袋取って下さい」
子どもたちは袋を一つ取っていく。
保科「あ、恩田くんと小張さんそこにある鉢植えをみんなに配ってほしいです!」
小張「OK!」
恩田「んぶ!」
鉢植えはみんなに行き渡り保科とシュウは種の入った段ボールを持って回り種が行き渡るようにする。
連「なんだよーもっと面白い物だと思った」
秋斗「だ、ダメだよそんな事言ったら……」
連「だってよーただの草だろー?」
保科「いいえ、ただの草でも花でもありません。今回使う花達はあなたたちのパートナーです」
咳払いをして教卓の上に置いてある鉢植えに手をかざす。
保科「花の命は一年も続かないのが普通。続いて二週間。短くて一日。でも私の能力を使えば……」
鉢植えから急速に花が咲く。
保科「この通り、この花はハイビスカスです。花言葉は繊細な美、新しい恋。素敵なお花です、赤く大きく広がる花弁は見るものを魅了しますね」
連「でもすぐ枯れるのはつまらないよなぁ」
保科「いいえ、みんなが育てる花たちは私の力によって寿命がうんと伸びてます。しかし、しっかり育てれば、ですがね!」
保科「必要なのは水と日光とたまに肥料や活力剤。みんなで育てて綺麗なお花をさかせましょー!」
ハーイ!!
連「ふん!」
一人は不服そうだったが他の子達はパートナーを作れると聞いて眼を輝かせていた。
保科はシュウたちにも種を渡す。
保科「みなさんもどうぞ。野蛮な花の種は入れてないので安心してください!花が咲いたら見せてくれたらアイちゃん嬉しいな」
シュウは受け取り、ポケットに入れる。
シュウ「ありがとうございますアイちゃん先生。鉢植えも貰っても?」
保科「勿論!」
シュウはどんな花が咲くかワクワクしていた。そして、保科の子どもたちに向ける顔が先ほどの顔とはうって代わり楽しそうであった。シュウは思う。きっとこの顔が本当の先生なんだと。