第三章 41話 王宮のデッドレース☆
シュウ(速い!このままじゃ追い付かれる!!)
王子を抱え、必死に手首達の追撃から逃げるシュウ。チラッと後ろを振り返ると、アルフォンソは手首たちに飛び乗りながら追いかけて来ているのが見えた。
ラハイヤン「アルの能力は届く能力……アルの手首たちからは逃れられない……」
シュウ「いや、大丈夫!大丈夫だから!!」
シュウは回らない頭で前向きな言葉を投げる。しかし、いずれ浮く能力に限界が来て失神してしまう可能性もある。何とかして打開策を考えなければならなかった。シュウは周りを見渡しながら突き進んでいく。手持ちにはミスマールのナイフとポケットの中で生き絶えるようにぐだりとしたアリサ特製の人形。
シュウ(ナイフで接近戦は危険……だからといって後ろに投げて当たる可能性も低い、アリサさんの人形も動かないし……)
シュウ「わっ!」
そうこう考えていると目の前に階段が現れた。抱えてのぼる……一瞬その考えが思い付いたがすぐに掻き消した。階段に足が触れたら能力が切れ、王子の体重がもろに感じてしまうからだ。
シュウ(やばいやばいやばい!!どうしよう!!)
どんどん迫る階段。もう成す術もなく……シュウは階段に足を置いてしまう。その刹那、シュウの頭の中でフランクとの修行を思い出した。
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フランク「シュウ君はどうやって浮いてますか?」
フランク「自分の体の、どの部分を意識して浮かしてますか?」
フランク「上半身ではなく、下半身、踵付近に意識を持っていって下さい」
フランク「イメージするならビニール袋に入った小銭です」
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シュウ「イメージするところは踵!踏んで即小銭が頭を突き抜ける前にビニール袋!頭先イメージ!ビニールは力!体はビニール!!」
シュウはそう頭で出た答えを詠唱して階段に足を着ける。
シュウ「くっ!!」
重力がシュウの足に襲いかかる。腕に王子の体重がかかり、落としそうになるが歯を食い縛り耐える。
シュウ「うううぐぐぐぐぐ!!!!」
シュウのふくらはぎが悲鳴をあげる─
シュウ「おらぁぁぁ!!!!」
何とか数mmジャンプすることに成功する。
すぐにその浮く力を頭先に移動する。
シュウ(いける!!!)
踵に力を移動させての体の回転はマスターしていた。今やるのはその応用だ。踵にとどめるのでは無く、浮く力を頭先に移動させてそのままをキープして浮く。きっと、きっとそうすれば……
ラハイヤン「!?」
シュウ「よし!!」
王子を抱えるシュウの体は一気に上に浮遊した─
シュウ(よし!!よしよしよしよし!!これならいける!!)
シュウとアルフォンソのデッドレースは継続する─
シュウ(だけどこれで上手くまける訳ではない、不利な状況は変わらないかっ!ダンさんや他の関係者の人に出会えれば……!)
階段をどんどん昇っていき、五階ほど昇ったところで階段は途切れ広い通路に出る。
シュウ「くっ」
シュウの鼻から鼻血が一筋流れる。頭がズキズキと痛むが、諦める訳にもいかない。
シュウ(まだまだ!!)
王子の命を助ける為に必死になる。振り返るとやはり手首たちとアルフォンソは未だに追いかけて来ていて振り払える感じはしない。何か策を考えねば……シュウは視野を広くして前を見る。
シュウ(……一か八か……やってみるか!!)
シュウは少しだけスピードを落とす。アルフォンソ達の距離は縮まった。
アルフォンソ(……そろそろ限界か?)
シュウはまた全力で進み、距離の調整を図る。
アルフォンソ(何を考えているんだ)
シュウは超巨大なガラス製のシャンデリアに手を掴み、そのまま引っ張っていく。
アルフォンソ(まずい!)
アルフォンソは後ろに飛び、回避にかかるが、シュウはニヤリと笑う。
シュウ「重さを感じないのが俺の強みだったな」
シュウはパッと離す。細い鎖に繋がれたシャンデリアは大きく引っ張られた反動で天井にぶち当たる。ガラス製のシャンデリアは粉々に割れ、破片が手首に降りかかり撃退した。
シュウ「よし!」
シュウは前を向いて更に距離を離そうとするが……
シュウ「くっ、」
強い目眩がシュウを襲う。その時だった─
ドガッ!─
シュウの背中に重い打撃がのしかかった─
シュウ「っ!?」
シュウは王子を庇うように墜落。床に落ちた際に二人は離ればなれになる。
シュウ「がはっ」
ラハイヤン「うっ!」
ガラスを踏み締める音が近付く─
シュウ(ヤバい!!早く立ち上がらないと!!)
しかし、シュウの視界はぐるぐると周り、体に力が入らない。
シュウ(くそ!!!限界が来たか!!王子!!!くそ!!!)
ラハイヤン「はあ、はあ……」
王子の息遣いが聞こえる……
アルフォンソ「quindici mani。殺れ」
手首たちはプカプカとその場を浮いている。
アルフォンソは無言でツカツカとラハイヤンに近付き、馬乗りになり首を締めようとする。
ラハイヤン「アル……一つだけ聞いてくれ……」
アルフォンソ「……」
ラハイヤンはアルフォンソを優しい眼差しで見つめる。それに対しアルフォンソの顔色は変わらず、冷酷なままだ。そして、ラハイヤンは語った。
ラハイヤン「人に……憎しみがなく生きてこられたのも、人を、国を愛したいと思えるようになったのも、僕は、全てアルのお陰だと、思っている。僕は、アルのお陰で誰も憎しむことなく死ぬことが出来る」
アルフォンソは王子の首に手をかけ、力を込める。
ラハイヤン「がはっ、ア……ルがくれたものは……僕の、全てを変えて……本当に……楽しかった……」
王子はアルフォンソに手を向ける。
ラハイヤン「あ、り、が、と……う」
アルフォンソの頭の中は困惑していた……
この期に及び、助けてくれと、やめてくれと命乞いをするならば、何も考えず一思いに殺すことが出来ただろう。何故、今になっても、この十年と数年しか生きていないこの少年は裏切られても尚、礼を述べるのか。何故……こんなに安らかな顔をするのか……
そこで、急に声がかかった─
「いいぞ!!実に良い!!やってしまえ!!」
広い通路の向こう側に、ニヤリと不気味に笑うウィッセンの姿があった。頭から血を流すヴァリアント王を連れていた。
ヴァリアント王「ああ……なんてことだ!!ラハイヤンを!!息子まで手をかけるのか貴様ら!!」
ウィッセンはニタニタして言う。
ウィッセン「悲劇とはこういうものだろう?実に悲劇的だ。王様の目の前で王子が殺される……あんなにも籠愛した特別な息子が……実に美しい悲劇ではないか」
ウィッセンは王様にしっかり見えるように顔を向けさせる。
ウィッセン「さあ!殺れ!!我々の十年を無駄にするなよ??」
アルフォンソ(……我々の……十年……そうだ、我々は十年間この時を待ち続けていたのだ……)
アルフォンソはこれまでの十年間を思い返すのだった─