第三章 35話 真夜中の旅路 ☆
あれから余の人生は一変した。アルフォンソは約束通りに毎日現れ、余に読み書きを教え、物語を語り、王たるものどうしていなければならないかなどマナーも教えてくれた。
アルフォンソは時に優しく、時に厳しく接してくれる。駄目なものは駄目と言うし、良くできた時は誉めてくれる。
夕時になると、煌金の儀をやり、必要な分の金を持っていく。余はアルフォンソとなら煌金の儀は苦ではなかった。
アルフォンソ「王子、何か欲しいものはございますか?」
急にそう言い出し、余は疑問を持った。
「何故だ?別に欲しいものなぞないが……」
アルフォンソ「調べさせて頂いたのですが、今日は王子の誕生日でして」
「誕生日??余の誕生日は今日なのか!」
アルフォンソ「はい。今日で王子は八つの歳になります」
「ほう。全くもって実感が無いな。余は八年も生きたのか。随分と生き延びたものだ」
アルフォンソ「ハハハ!王子、八年程度でその発言はいけません。もっと長生きしてもらわなければ」
「して……その、余の誕生日の今日。何かくれるのか?」
アルフォンソ「渡せる範囲内のものであれば」
「うーん……」
じっくり悩む……どうしても欲しい物と言われれば無く、欲しい事なら一つだけあったのだ。
「あることは……あるが……」
アルフォンソ「何でしょう」
おもむろにある本を取り出す。そこに描かれた挿絵に指を指した。
「アル。これはなんだ?」
アルフォンソ「これ……ですか」
その挿絵は真夜中に一人の吟遊詩人が歌を子ども達に聴かせているものだった。
「この物達の頭上に広がる五芒星があるだろう?これは他の絵にも良く登場しておる。調べたが、星というものなのだろう?ひとりでに輝き、闇を照らすらしいでは無いか。余はそれを見てみたい」
アルフォンソの顔は少し険しくなる。
アルフォンソ「……外に出たいというのですね?」
「流石はアル。話が早いな!」
アルフォンソ「……」
アルフォンソは腕を組み、深く考える。
アルフォンソ「……外に出ることは禁じられております」
「でも余は誕生日だ」
アルフォンソ「……お父様がどれだけ王子の存在を表に出そうとしなかったか」
「でも、でも余は誕生日だぞ!」
アルフォンソ「……なりません」
「……分かった。別に構わん」
アルフォンソ「申し訳ありません」
「良い。余は大丈夫だ。余はアルさえ居てくれば良い。それだけでも存分に贅沢だ」
あからさまに元気が無くなり、涙を流さないように耐えている。
その姿に一息ため息をつくアルフォンソ。
アルフォンソ「王子は強くなりましたね。いつか、いつかきっと陽の目を見ることになります。きっと星は見られますよ」
「ん……」
その日はずっと元気が無かった─
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深夜──
時計は二時を差す頃だった。
「王子……王子、ラハイヤン王子……」
耳元で聞きなれた声が聞こえた。
「あ、アル!!こんな時間にどうしたのだ!」
アルフォンソ「シィー……王子。声をあげてはいけません」
眼が暗闇に慣れなくてアルフォンソの姿がよく見えない。
アルフォンソ「誕生日を祝う時は夜にというのがお決まりなのです。ただ、日にちがずれてしまったのは残念ですが」
「えっ……ど、どういうこと!?」
アルフォンソ「フフ、こういうことです」
「うわ!」
ひとりでに分厚い毛布が巻き付いた。そのくるまれた王子は毛布ごと空中に浮く。
アルフォンソ「quindici maniよ、今日は王子を空の旅にご招待する。粗相は無しだ、ミスをしたら分かっているな?」
王子をくるんだ毛布を掴んで浮く七つの手首。アルフォンソの周りにも八つの手首が浮く。
「すごい!すごいぞアル!」
アルフォンソもベッドのシーツを引き抜き、手首達に渡す。
アルフォンソ「さあ、行きましょう。王子」
アルフォンソは手首達が掴むシーツにブランコに腰をかけるように座る。すると、中々に速いスピードで部屋の出口を出ていったのだ。
「わ!!」
アルフォンソ「王子、シィー、ですよ」
アルフォンソは王子に振り向き人差し指をたてる。王子は必死に首を立てに振った─
王宮の地下を突き進んでいく二人と十五の手首。この時間帯だからか、人は誰も居なく、すんなり地下から出て、大きな扉まで来た。
アルフォンソ「ここを抜けたら外です。心して下さいね?」
そう言われた王子の心臓は今にも張り裂けそうな程にときめいていた。ワクワクが体の穴という穴から吹き出そうになるくらい。大きな期待を胸に大きく何度も立てに首を振った。
アルフォンソはその様子を見てにこりとすると、二つの手首は大きな扉を押して開けた─
一気に飛び出し、一気に上昇する─
グングン高く─高く─
恐怖など微塵も無かった─
満天な星空。澄んだ空気。頬をきる心地が良い冷たい風。ずっと向こうには建物が並んでいる……何もかも、全てが全てが新鮮で、全てが愛おしくて、全てが煌めいていて……
ゆったりとしたスピードになりゆらゆらと浮遊して進む二人。
アルフォンソ「どうですか?王子」
「…………」
ただ一心に空を見上げていた。その目はこれでもかと輝いていた。その表情はこれでもかと夢と希望が詰まっていた。
大分、テンポが遅れて聞かれた事に気付き、アルフォンソを見る。
アルフォンソ「…………」
アルフォンソは既に景色を見つめていた。その目はとても遠くを見ているようだった。そして、その表情は非常に悲しく今にもギュッと目を瞑ってしまいそうでもあった─
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ラハイヤン「──どうだアーシャ。余のアルは凄いのだ!」
壮大で、壮絶なラハイヤンの話はシュウの心を響かせた。
シュウ「王子……苦労したんですね……」
バンッッ─
後ろの扉が勢いよく開く。
「貴様!!!王子に何を!!!!!」
殺意のこもった怒号。シュウは振り返るが、
シュウ「んぐっ!?」
振り返った瞬間、首を締める何かが飛んできた。それが何か、先程の話を聞いて察しがついた。その人物はアルフォンソ。飛んできたのは手首だ。
アルフォンソ「殺す!!!!」
メスのようなナイフを持った手首達が飛んでくる。
ラハイヤン「やめろこのたわけ者!!!!!」
手首達がピタリと止まる。
アルフォンソ「た、たわけ者……??」
ラハイヤン「そやつはアーシャ。余の友人だ!アル、直ぐに手首達を元に戻すのだ」
アルフォンソ「王子、こやつらはテロリストでございます。先程まで牢獄に監獄されていたのですが、脱獄したのです」
ラハイヤン「なんと。では早く釈放しろ」
アルフォンソ「な、大罪人でございます!」
ラハイヤン「アル。この者達はきっと悪い者では無い。余が保証しよう」
アルフォンソ「なりません!!!!!」
ラハイヤン「っ!?」
アルフォンソの必死の叫びにラハイヤンは驚く。シュウはぎりぎりと首を締められ息が出来ない。
ラハイヤン「どうしたのだアル?どうしてそんなにこの者を……何か知っていることがあるのか?」
アルフォンソ「くっ……王子っ……」
歯を食い縛り心を潰すように言葉を続ける。
アルフォンソ「時間が……時間が無いのです……」
ラハイヤン「時間??」
そして、アルフォンソは青ざめて耳に付けている通信機に指を当てる。シュウの首を絞めていた手首は消え、やっと新鮮な空気を吸ったシュウは何がなんだか分かっていなかった。
ラハイヤン「大丈夫かアーシャ」
シュウ「はあ、はあ、はあ、だ、大丈夫です。だけど、危なかった……」
ラハイヤン「すまなかったな。アル、アーシャに詫びを入れるのだ」
アルフォンソはラハイヤンの言葉が耳に入っていないようだ。ぎゅっと強く目を瞑り、何かをこらえてるように見える。
ラハイヤン「アル……?」
目を開けてラハイヤンを見るアルフォンソ。
シュウ「─ッッ!!!!!」
シュウはこのアルフォンソの表情に見覚えがあった。
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友樹「シュウ、俺とお前は似たものを持ってるんだよ。」
友樹「そうはいかないんだシュウ。俺はな……俺はお前らを殺す事を決めてるんだよ」
友樹「化け物にはな……化け物の生きる場所があるんだよ、もう終わりにしようシュウ」
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殺意の眼差し、決意の目、あの時のトモと同じ顔だと─
シュウ「王子!!!逃げて!!!」
ラハイヤン「アル……??」
アルフォンソ「私はあなたを殺さなければいけなくなった」
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ある部屋にて─
ブラドー「……」コンッ
ウィッセン「フッフッフ……」コンッ
ブラドーは黒のポーン。ウィッセンは赤のポーンを使いチェスを始めていた。
優勢はブラドー。圧倒的に優勢だった。
ブラドー「フン!ウィッセン卿よ」コンッ
ウィッセン「どうしたね大佐」コンッ
ブラドー「この俺の話を聞いてくれるか」
ウィッセン「フフフ、そのつもりだったのでしょう?聞きますよ?」
ウィッセンは腰を深くかけ腕を組み、一息つく。
ブラドー「卿の最近の情勢はどうだ」
ウィッセン「情勢?フフフ、悪くないですよ?」
頬をポリポリと掻きながら答えるウィッセン。ブラドーの眉間は未だに深く、更に質問を繰り返した。
ブラドー「今回の事。彼らは何の罪をおかしたのだ?」
ウィッセン「監獄に入ってる者達だね?彼らはテロを起こそうとした。その証言は私の部下が」
ブラドー「ほう、部下が。その部下の録音テープとやらを聴かせてもらいたいものだな」
ウィッセン「今手持ちには無いなぁスヴェンに明日、持ってこさせよう。まさかこんな夜更けに呼び出せなんて事は言いまい?」
ブラドー「そのスヴェンは今、この王宮には居ないのか?」
ウィッセン「スヴェンは近くの宿に泊まらせているよ」
ブラドー「ほほう、そうか……宿に、なぁー」
ウィッセン「フフフ、おやおや、大佐。手が止まっていますよ?」
ブラドー「これは失敬」コンッ
ウィッセン「ブラドー大佐、あなたはどんな死地に飛ばされても死なず、指揮をとり、先陣を切って戻ってくる。味方の損害は最小限にして勝つ。その姿から不死身、血染めのブラドー、イタリアの大英雄と名高い」コンッ
ブラドー「ふん、この俺だ。その通り名すらもこの俺からしたら小さきものよ」コンッ
ウィッセン「いやはや、素晴らしいではありませんか」
ウィッセンは拍手をして笑う。
ウィッセン「こうしてイタリアの大英雄とチェスを交わすなど、滅多に無いだろう。私にとっても忘れられない大事な思い出となるだろうね」コンッ
ブラドーはウィッセンを睨む。そして、口だけがニヤリと笑った。
ブラドー「卿よ。この俺には疑問がある。卿は仮にも黒のウィッセン。数々の謀を企み、暗黒界隈では羅蔡崙率いるチャイニーズマフィアと肩を並べる程に巨大だ。だが、何故こんなにも隙があるのだろうか」コンッ
ブラドー「チェックだ。ウィッセン卿。いや、白状するが良い、偽物よ。似せるのなら全て似せるのだったな。ここは我らがヴァリアント王の王宮。逃げることは出来ぬぞ」
静まる部屋。不意にトントンとノック音が響く。
「お夜食をご用意しました、ハイドン御自慢の美味しいお肉デース!」
ブラドー「……要らん。帰せ」
ウィッセン「今は結構だ。まあ、あとで気が向くかもしれないから中に入れておいてくれ」
扉は開き、シェフは良い匂いのする肉を運んできた。
ウィッセン「フフフ、美味しそうな夜食が来た。大佐は食べないのかな?」
ブラドー「要らん」
ブラドーは動じず、ウィッセンを強く睨む。
ウィッセン「はぁー、ブラドー大佐よ。チェスや将棋は戦いの布陣に例えられる。すなわち、戦況を捉え、常に先の先を考えて勝利を得る」
ブラドー「だからなんだ」
ウィッセン「ふむ。チェックと言った君は勝ちを確信した。次の一手が起こるまで何が起こるかわからないというのが戦況、戦場だよ?歴戦の戦士よ」
ブラドーは警戒して腰につけた銃に手を触れる。
ブラドー「ならば、その一手を見せてもらおうか。この俺には通用するか分からんがな」
ウィッセン「あー……」
ウィッセンは頬をポリポリと掻く。
ウィッセン「最後に一つだけ質問だ大佐……不死身、死なずのブラドーは……」
ウィッセン「死んでも不死身なのかなぁぁ?」
ブラドー「!!!!」
不適な笑みを浮かべるウィッセンの頬がめくれる……その瞬間ブラドーは身の危険を感じホルスターから銃を抜こうとした。
ブラドー「なっ──」
それは一瞬だった─
ブラドーが最初に感じたのはホルスターから銃を抜くことが出来ず、何かに体が巻き付かれる感触。それだけだった。
ズバズバ───
ブラドーの首は何かに断たれ、念入りに顔の真ん中も断たれる─
ウィッセン??「フフフフフ、ヒッヒッヒッヒ……ヒャーハッハッハッハッ!!!ホラ、ホラ、見たまえよ!!!チェスの駒は赤に染まった!!!私の勝ちだなぁ!?血染めのブラドー!!戦況は覆るのだぁ!!!!」
ウィッセンは台を蹴飛ばし、首から上の無いブラドーの遺体にぶつける。
どさりと遺体は倒れ、先程まで近くに居たシェフがその遺体を貪るかのように触る。
シェフ「おとととと、お父さんには死んで新鮮な肉はすぐ食べろとととと、教わったんだぁぁ??」
ウィッセン??「ああ、喰っていいぞハイドンシェフ。いつか起き上がりそうで不気味だからねぇ」
どこからともなく一人の裁縫道具を持った縫い師が現れる。
ウィッセン??「ミミー・バトンス君も準備は万端だね?」
ミミー「フヒヒッ♪チクチクチクリと縫いましょう♪開いた口を塞ぎましょう♪パチクリお目目も縫いましょう♪頭に針を通しましょう♪Bad tailorが仕立てましょう♪」
ウィッセン??は立ち上がり誰かに電話をかける。
ウィッセン??「さあ、仕立てよう、シタテヨウ。死を立てよう。Bad tailorが死を造ろう。長年待ち続けたこのパーティー、お楽しみのお時間が……始まるよ……」
ウィッセンはニチャリと不適な笑みを浮かべた─
状況は一変する──!!