第三章 34話 心の拠り所
──死ね、殺してやる!
「!?」
─あんたなんか死んでしまえばいい!!
「ぐっ……かはっ、!!」
知らない手は首を絞める。首を絞める強さはドンドン強くなる……
─あんたは知らない、どうせ知らない
「た、す、けて……」
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「──っ!」
朝起きた時、自分で自分の首を締めていた。涙が一筋流れ、自分がこれほど恵まれていない命なのだと思い知らされる。あれから毎日、毎日、同じような夢を見る。何事も無かったかのように付き人は替わる。そして、同じように二度と顔を出さない。
事実を知ってしまった。知ってしまったからこそ、この付き人達が怖くて仕方なかった。話す事が怖い、殺されそうになるのが怖い、仲良くするのが怖い、このあとの事実を知っているからこそ、全てが怖くて。
この付き人達は心の底で余が死ぬのを願っている。
そう深く心に刻んでまた金を産み出す。
ある者は驚き、ある者は歓喜し、ある者は恐怖する。行動を続けていると、その者の感情の動きが分かってくるようになった。
噂は本当だった!!これで億万長者だ!!このあと私は始末されるのか……表情だけで言葉が伝わる。
もちろん金を産み出すのを渋った事もある。その時は付き人に殴られ蹴られた事があった。そんな経験はもうしたくないので必死に金を産み出すことにした。
もういい。一層の事死んでしまおう。でも、死に方が分からない、兎に角自分を殴ろうにも、首を絞めようにも死ぬことは出来なかった。食事を拒否し、自分の頭をベッドの柱に打ち付け、気絶する日が続いていった。
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それから三日が経った頃だった。また同じ夢を見る。起きて自分を痛めつけようと壁に頭を打ちつけようとした時だった。
執事「おはようございます王子」
そう言われ振り返り、声の主を見た。
執事「今日からお世話させて頂きます。お元気そうでなにより」
にこりと笑うボウタイの褐色肌の男。
「僕が、元気そう??」
執事「…………」
「????」
執事と一瞬目が合い、執事は……なんというか、優しげな目をした感じがした。
執事「何をしようと?」
「僕は、死にたいんだ」
執事「ほう、この歳で」
「皆、僕を殺したがってる」
執事「皆?」
「皆、金が欲しいんだ、皆そのあと居なくなる、僕を恨んでる」
執事「ほう、そうですか」
「お前もそうだろう!?お前も僕を殴るんだ!殺したいならもう殺してくれ!!もういやなんだ!!」
執事「…………」
「見ろ!!」
水瓶に手を突っ込み、水を掬い金に変える。
「どうだ!!これが欲しいんだろう!!早く取って僕を殺せばいい!!」
その言葉の後、執事の顔を見た。執事の目は先ほどとは違う、なんとも言えない表情をしていた。哀れみ……?に近いのか、よく分からなかった。
執事「面白いものをお持ちだ、王子」
「お、面白い?」
執事「生憎ですが、私も似たもの同士でして」
「???」
執事はばさりと腕にかけていたトーション(白い布)を上に投げると、そのトーションはモワモワと浮かび、王子の元へ飛んでいった。
「な、な、手品!?」
執事「いいえ、手品ではありません。めくってあげて下さい」
恐る恐るめくってみると、、
「こ、これ!!」
三つの手首が浮いてトーションの中にいた。
執事「王子、こちらを御覧ください」
「え、わ、わわわ!!」
信じられない光景に仰天した。この執事の周りには沢山の手首が浮いていたのだ。
執事「言うならば、神の成り代わりか悪魔の所業か……普通では信じられない力を身につけている。私もまたその一人なのです」
「名前は、名前はなんて言う!」
執事「私の名前はアルフォンソ・デリット。お好きに呼んで下さい」
「アルフォンソ……でも、でも!他の人と同じように……」
執事は本棚の前に立ち、一つの本を取り出す。分厚く、難しそうだったので読もうとしなかった本だ。
アルフォンソ「私は居なくなりませんよ。何故なら私は貴方に仕える執事ですからね」
周りの手首はいつの間にか消え、トーションはアルフォンソの元へ戻っていった。
「本当に……??」
アルフォンソはじっと見た後ににこりとする。
アルフォンソ「さて、私は名乗りました。王子のお名前も聞かせて頂きたい」
「僕の名前??……僕は、僕の名前は……」
自分の名前など、意識した事が無かった。自分の名前すら知らない自分があまりにも哀れに思えて涙を滲ませる。
アルフォンソ「ラハイヤン・イラフアルド」
「え?」
アルフォンソ「ラハイヤン・イラフアルド。王子のお名前です。つづりは分かりますか?」
「ラハイヤン……イラフアルド???」
アルフォンソ「教えます」
アルフォンソは隣に座り分厚い本を下敷きに、紙とペンを取り出し文字を書く。
アルフォンソ「この名前は王子のお父様がお付けなさいました。ラハイヤンの意味は、」
本の裏にプリントされた国旗を見せる。
アルフォンソ「サウジアラビアの国旗にある、勝利の聖剣ラハイヤンから来てます」
「ラハイヤン……僕に、僕にそんな名前が……」
アルフォンソ「そうですよ王子。あなたは望まれて産まれた子だ」
「───っ!!!」
アルフォンソのその言葉は王子の心をえぐった。
「──僕は……本当に望まれて産まれたの??」
アルフォンソ「勿論です」
この言葉を聞いて涙を流した。これまで、自分は要らないものだと思っていたからだ。
アルフォンソ「現に。私は王子には生きていてほしいですし、これまで生きていてくれて感謝していますよ」
「僕も……僕もアルフォンソが必要だ……明日も、明日も絶対来てほしい、絶対だ!」
アルフォンソ「はい。約束しましょう。そうですね……私が来なかった時こそ、私は大嘘つきになりますので、王子はその身を投げ出してもらっても構いません。それと……」
「?」
アルフォンソは立ち上がり、また本棚を物色する。手にしたのはまた難しそうな分厚い本だった。その本をこちらに向けてにこりと笑う。
アルフォンソ「王子よ、尊厳と知性を持ち、王であれ。これからは私が王子にマナーや歴史、読み書きを教えさせて頂きます」
余の人生はアルのお陰で明るさを取り戻したのだ。