第三章 32話 遠く儚い願い
ゲイリー「…………」
パチリと眼を覚ますゲイリー。非常に重く頭にのしかかる鈍痛と何故自分が外で寝ているのかを疑問に思っていた。
剣崎「あんた、目が覚めたかい?」
ゲイリー「んあぁ……ん!!」
ゲイリーは体を一気に起こす。
目の前には一人の自分より遥かに小さな東洋人があぐらをかいていた。
ゲイリー「お、俺ぁ、負けたんかぁ……初めて喧嘩で負けたぁ……こんなにも、ちっこいやつに……ガッハッハッハッハ!!!こりゃ参ったなぁ!!」
剣崎はうさんくさそうにゲイリーを見る。
剣崎「なぁにが参っただ。てめぇ、分かってんだぜ?勝つ気は無かったんだろこの喧嘩」
ゲイリー「……」
ゲイリーは笑うのをやめる。周りの漁師たちはただ、視線を下にしているだけだった。
剣崎「何度も仕留める所はあったのに追撃もねぇ。最後やっと乗り気になったかって感じだったが……てめえ。何を考えてんだ?」
ゲイリー「……」
ゲイリーの表情は暗く、何やら思うところがあるようだ。
ゲイリー「お前さんのようなぁ……一般人には言えねぇ悩みがあんのさぁ……」
剣崎「一般人か……俺がただの一般人だと思ってんのかぁ?」
ゲイリー「あぁ?何だってぇ??」
「剣崎さーーーん!!」
遠くから聞こえる女性の声。その姿を見て周りの漁師達は驚きを隠せなかった。
その子の腕は合計四本。手には応急箱や包帯などを持って慌てて駆け寄ってきた。背中には女の子を背負っている。後ろから美人な女性も駆け寄ってきていた。
ゲイリー「こ、こいつらはぁ……」
剣崎「俺の仲間たちだ。わかんだろ?俺らは一般人じゃねぇ。俺も、こいつらも、あんたも。同類ってやつだ」
ゲイリー「たまげたぁ……てめぇらも幸運持ちだとは……」
剣崎「なあ、話してくんねぇか?何でこんな事をしてんのか」
ゲイリー「……」
漁師A「船長……力を貸してもらいましょうぜ」
漁師B「船長は頑張りましたよ……もう頑張る必要無いですぜ」
ゲイリー「……」
ゲイリーは腕を組み深々と考える。
ゲイリー「俺ぁ……もう休んでいいのかぁ……?」
漁師達の顔を見回して言う、周りは涙を浮かべて強く頷いた。
ゲイリー「なあ、あんた達……頼みてぇ事があんだぁ……頼まれてくれるかぁ?」
剣崎「ああ、任せてくれ」
駆け寄ったひなびは剣崎の外れた肩を応急手当をしている。
アリサ「出来ることが有れば手助けしますわ!」
ゲイリー「ああ……ああ……っ、ありがとうなぁ……」
思わず涙が溢れるゲイリー。その大粒の涙はこれまでの過酷な状況を物語っていた。
ゲイリー「本当……予想外の助け……思ってもいなかったぁ……ありがてぇなあ……」
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王子の部屋─
ラハイヤン「余の名前は、ラハイヤン・ビン・イラフアルド。ヴァリアント王の隠し子。イラフアルド家当主である」
シュウは驚きを隠せなかった。液体を金に変える能力もそうだが、この目の前に居る自分よりも年下に見えるこの少年が、まさか存在があやふやだったあの王子だとは。
シュウ「あ、あなたが……イラフアルドの王子……」
ラハイヤン「その通りであるぞ。異国の迷い子。お前の名前はなんだ」
シュウ「名前!えっと、あ、芦屋修二です!」
ラハイヤン「ほう、あーしゃしゅーじと。変わった名前だな」
シュウ「いや、芦屋修二です!」
ラハイヤン「あしゃしゅーじん??」
シュウ「あー!しー!やー!芦屋修二!!」
ラハイヤン「ふむ。アーシャか」
シュウ「……もういいやそれで」
ラハイヤン「では異国の迷い子アーシャ。何しにこの国へ来たのだ?」
シュウ「何しに……」
シュウの頭の中で若干本当の事を言うか迷ったが……
シュウ「王子を保護しにきたのです」
本当の事を伝えた。
ラハイヤン「???余を保護??」
シュウ「はい。王子が能力持ちだという噂は耳にしていました。俺達はBARKERSという能力者団体です。このままでは王子の身が……」
ラハイヤン「余を外に連れ出してくれるのか!?」
シュウ「あぶな……え?」
ラハイヤンの目は輝いていた。
ラハイヤン「余は外に出たい!世界をもっと見たいのだ!」
シュウ「な、なら良かった。じゃあ早くここから出ませんか?」
ラハイヤン「だが……それは出来ない」
シュウ「え、何で」
ラハイヤン「余はこの王宮の出口を知らない。そして、明日は継承式本番。この国の王になる予定だしな……」
シュウ「ん?、この王宮の出口を知らない??どういう事ですか??」
ラハイヤン「私が逃げないよう、寝ている間に運ばれたのだ」
シュウ「逃げないようって……まるで罪人みたいな……」
ラハイヤン「ふむ。罪人か……まあ、間違ってはいないかもしれんな。このような非科学的力を持ち、ただただ利用され、国の経済を裏から支える。金を無限に生成する……これは……罪なのかもしれんな……」
ラハイヤンは遠くを見るようにぼうっと視線を送る。シュウはこの王子が悲しそうで哀れに見えた。
シュウ「で、でも、今回王様になるんですよね!それはヴァリアント王に愛されているってことでは??」
ラハイヤン「……父上は私の事を愛している訳ではない。余かリスト家を天秤にかけた結果、余が選ばれただけだ。恐らく本意ではあるまい」
シュウ「あ、えっと……」
あまりのこの王子の不遇さに言葉を失うシュウ。この王子はきっと、ずっと孤独で、悲しみに満ちた人生を送っていたのだろう。
ラハイヤン「そんなことより聞きたいことがある」
シュウ「あ、はい!何でしょう!」
ラハイヤン「アーシャが住む国はどんな国なのだ?」
シュウ「俺が住む国?」
ラハイヤン「うむ。平和だろうか?山に囲まれておるか?海が見えるか?空は澄んでいるか?町並みは綺麗か?余は非常に気になる!国風も民度も風景も言語も食文化も!」
ラハイヤンは腕を目一杯広げて楽しそうに語る。
ラハイヤン「余は冒険したいのだ!世界がどれだけ広いのか、美しいのか興味があるのだ!なあアーシャ!余はアーシャの生きてきた物語も気になる!是非とも聞きたい聞かせてほしい!アーシャ!」
シュウ「王子……分かりました。時間もあまり無いですが、端的にお話させて頂きます」
シュウは話した。幸せに囲まれた家族に生まれ落ち、最高な幼馴染みと共に青春をおくり、今は能力を認められBARKERSに入隊したことを。そこで恵まれた仲間たちに囲まれて楽しく活動していると。暗い話はせずにポジティブに塗り替えて……
ラハイヤンの目は更に輝きを増していた。
ラハイヤン「学校とはそれほど良いものか!」
シュウ「人それぞれだけど……俺は最高な物だったと思いますよ」
ラハイヤン「それは、それは……羨ましい……ものだな……」
ラハイヤンは下を向き、腕を擦る。
シュウ「王子はずっとここに?」
ラハイヤン「この王宮には三日ほど前からだ。その前はずっとアラビアのイラフアルド王宮の地下にて幽閉されていた」
シュウ(やっぱり……)
ラハイヤン「頼まれ、指示され、願われ、余はその度に金を生成した。食事などは誰よりも豪勢で高級なものだったと思う。しかし、外に出ることは許されず、顔を会わせられる者は限られておった」
シュウ「そうなんですか……」
ラハイヤン「だがな?一人だけ余にとって最高な友と呼べる者がいるのだ」
シュウ「良かった……」
ラハイヤン「付き人のアルが唯一、余を外に出してくれたのだ」
シュウ「だ、大丈夫だったんですか!?」
ラハイヤン「アルも余と同じ特異な力を持っているのだ。その力で外に出してくれた……余にとって、忘れられない大事な思い出なのだ……」
ラハイヤンはシュウを輝かしい眼差しで見る。
ラハイヤン「そうだアーシャよ!余とアルの出会いを話してやろう!」