第三章 26話 vs砂漠の爪 ミスマール・アルワース
ミスマール・アルワース。サウジアラビアの砂漠の爪と名高い彼は天に二物を与えられし者と呼ばれている。
その一つは彼が使う格闘術。クラヴマガという白兵戦にとても有利だと言われている軍事格闘術。彼は齢十五の頃から嗜んで来ていた。彼はクラヴマガの技術を身に染み込ませ数々の戦場で死体の数を増やした。
そして、もう一つは天性の空間把握能力。相手が何処に居るか、どう動いているか、どこに隠れているかを瞬時に把握することが出来るのだ。っというのも何も知らない者がそう言うのであって、ミスマールの裏を本当に知っている数少ない者は分かっていた。
ミスマールは能力者である。彼は[察する]能力を持っている。彼が意識して歩いた所は二日の間、彼のテリトリーになるのだ。誰がや名前までは察知することは出来ないが、体重、動き方、人数などが分かり、ここから推測してどんな人間か割り出すのだ。
これまでこの[察する]能力で動きを察知する事が出来なかった事は無かった。彼の能力は完全無欠だったのだ。だが今、知らない間に一人の日本の少年が掻い潜ってきたのだ。
更には、
ミスマール「こいつ!!やる気があるのか!!」ヒュンヒュンヒュン─
シュウ「うわっと、お、俺は戦う気はない!」
培ってきたクラヴマガの技があろうことか一つも当たらない。それもそのはず、相手は一切やる気は無く避ける、逃げるの選択しかしていないのだから。相手が攻撃してくるのが前提の戦場では有利だが、一切手を出してこない相手には中々上手く活用出来ない。サーベルナイフを当てに行こうとはするが、相手は大きく避ける。
ミスマール「貴様!対人に慣れているな!?どこの者だ!!」シュッ─
シュウ「くっ、言えない!!でも悪いところじゃない!」
ミスマール「ふざけるな!良いか悪いかなど聞いていない!どこかの外人部隊か!それとも殺しを生業にしている者か!」ヒュヒュッ─
シュウ「わわっ!お、俺は、俺は戦闘も殺しも嫌いな、ただの高校生だ!」
ミスマールは手を止めてシュウをにらむ。
ミスマール「貴様……挑発だな?乗らされてたまるものか。三人のパーティーで潜入に成功し、あろうことか脱獄まで成功する。そして今、ここに居る時点で普通では無い。いや!!手練れの傭兵ですら不可能だ」
その場の空気は一瞬にして変わる─
ミスマール「そうだな……殺すのではなく、仕留めれば良いのか」
ミスマールは構えを解き、だらりと腕を下げる。殺気を一切感じられない自然体だ。そして、何も無かったかのようにゆっくり歩いて向かってくる。しかし、眼だけは恐ろしいほどに真っ直ぐ見据えシュウを捉えていた。
シュウ(ッッッ!!な、何だ!!怖い!!逃げたい逃げたい逃げたい!!!)
シュウは震える棒のような足で何とか後ずさる。ミスマールの異様な空気がシュウの心に危険信号を送っていた。
シュウ(きっと逃げたらすぐに殺られる……変な行動なんか出来ない……どうすれば……)
ミスマール「おっと、言っておこう。その先は壁だよ」
シュウ「!?!?」
シュウはとうとう追い詰められてしまっていた。もう後がない、非常に絶望的な状況。
シュウ「ま、待って下さい……俺は別に……」
その言葉に一切耳を貸さずジリジリとシュウとの距離を詰める。もう一気に腕を突き出せば当たる距離。シュウは生唾すら飲めにくくなった、からつく喉で何とか命乞いをする。
シュウ「こ、殺さないで、殺さないで欲しい」
ミスマール「フッ─」
ミスマールはこんなにも簡単な借りに手こずっていたのかと過去の自分を嘲笑するかのように鼻で笑う。そして、その瞬間がやってきたのだ─
大きく分かりやすいように真っ直ぐにナイフを突き出してくる。シュウは咄嗟に両手を伸ばし、ミスマールの手を止めようとしたが、急にシュウの頭に衝撃が走る。
シュウ「っ!!!」
ミスマールの突き出したナイフはフェイントで綺麗に左フックがこめかみに入る。シュウの視界と思考は真っ白になった。ぐらつく足元。ミスマールは仕留めに逆手に回したナイフでシュウの首をかっさらうのであった。
「うぐあっ!!」
─小さな叫びを出したのはなんと、ミスマールの方だった。シュウは揺らぐ光景をしっかりと見ようと眼を擦る。その光景はシュウの強い心と体を取り戻し、押し出すものとなる。
ミスマール「クソッ!!何だ!!離れろ!!」
ミスマールの顔にアリサの人形が張り付いていたのだ。アリサの人形は顔にチクチクと針金を刺してミスマールの邪魔をする。
シュウ(今だッッッ!!!!!)
シュウはこの好機を逃さない。一気にミスマールとの距離を詰める。シュウは自分のとっておきとなる技をミスマールに繰り出すのだ。
それは何度も何度もやってきた、浮く能力を使った宙返り。これを格闘技的観点で見るとサマーソルトキックなるものだ。
必殺技といっても過言ではなかったこの技を、的確にミスマールの……
ミスマール「ズングッッッッ───
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「アーデル、アーデル!」
私の親愛なる者が名前を呼ぶのが聞こえる。ここは私が唯一、ミスマール・アルワース(砂漠の爪)という名前を捨てられる所、一番心が安らぐところだ。
「はあ、聞こえてますよ、母さん。今日は一段と機嫌がいいじゃないか?」
「そりゃあ、アーデルが帰国してきたんだもの当たり前さね。ふふふ、そう言えば、アーデルはいつも私達家族の機嫌や調子を当てるんだったねぇ、本当不思議さね」
[察する]能力を使い、家族の踏み足の深さや歩幅などを察知して、いつも先手を取り家族を不思議がらせたものだ。
「ハハハ、今日は家族の為に高い酒でも開けてしまおうか」
「あらあら、でもね、私は家族皆揃って作って食べるサンプーサが一番の贅沢だよ」
「お、今日は兄さんと父さんも帰ってくるのかい?」
「そりゃあ勿論!愛しいアーデルが帰国するんですもの!」
「それは嬉しいことだ」
そう。これは私の一番幸せな記憶。確か、まだ二十の始めの頃だったな──
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ミスマール(はっ気を失ってしまっていたか……)
ミスマールは眼を覚ます。
シュウ「あ、起きましたか?」
ミスマールはシュウを怒りの形相で睨む。
ミスマール「貴様!許されると思うか!!」
ミスマールは横にされ、手足を布で縛られていて動くことが出来なかった。
シュウ「あ、本当さっきはすいません。でもここでやられる訳には行かないんです」
ミスマール「くっ!誰か!!誰かコイツを捕らえろ!!んぐ!」
シュウは慌ててミスマールの口に布を当てて縛る。
ミスマール「んぐ!んぐぐ!!」
シュウ「本当安心して下さい。俺は別に誰も殺そうとは思ってませんし、テロを起こそうなんて思ってません。本当です」
ミスマール「………」
ミスマールはこの場面になってもそう言うシュウに若干困惑の目線を向ける。
シュウ「でも、このナイフは借りますね。一応護身の為に持っときます。しっかり俺らが帰ったら返すんで」
シュウの肩にアリサの人形が捕まっている。
シュウ「じゃあ、少しの間そこで休んでて下さいね!」
ミスマール「……」
ミスマールは諦めて力を抜き、シュウの後ろ姿を見送るのであった。
シュウ「よし、取りあえずは先に進もう」
シュウは奥の大きな扉を開ける─
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シュウ「あれ?ここは??」
開けた先には大きな部屋。その奥に大きなベッドがあり、そこには少年が一人寝ていた。
少年「ん、……どうした?……アル?」
少年はムクリと体を起こし、眠そうな瞼を擦る。しかし、シュウの姿を見るやいなや、敵を見るように睨んだ。
少年「誰だ貴様!!アル!!侵入者だ!!アル!!」
少年はすぐに慌てて近くのシュウ達が使っていたような小型翻訳機を付ける。
シュウ「ちょちょちょ!ちょっと待って!俺は危険なやつでは、」
少年「アル!……アル?……アルはどこだ?」
シュウ「アル??……ミスマールの事?」
少年「誰だそれは!アルフォンソだ!貴様アルをどうした!」
シュウ「いや、そのアルフォンソさんは知らないし、居たのはアルワースだし……」
少年は今にも泣きそうな顔を一瞬した後にすぐ何かを諦めた顔になった。どさりとベッドに横になる少年。
少年「余を殺せば良い。どうせそれが目的であろう……」
シュウ「え、いや、別にそんな物騒な事は考えてないけど」
少年「何、?」
シュウ「いや、本当。何か色々勘違いされてるけど、俺らはただここから出たいだけなんだ」
少年「お前は出口を探し回って、迷子になっているのか?」
シュウは見るからに自分より年下の少年にそう言われて少しムッとするが、堪える。
シュウ「迷子……まあ、そんなもんだね。良かったらなんだけど、出口を教えてほしいんだ。知ってる?」
少年「余に出口を聞くのか?……ぷ、アハハハ!!」
少年は無邪気に笑う。その様子に更にムッとしてしまうシュウ。
シュウ「な、何で笑うんだよ!」
少年は体を起こし、笑って出た涙を拭う。
少年「いやはや、笑ったのはこの人生で数回も無いくらいだ」
少年は隣に置いてある大きな水瓶の中に手を入れて水を掬い上げる。
少年「見よ、異国の迷い子」
その手にある水は流れ落ちる前に金へと変わったのだ。
シュウ「そ、それは!!」
少年「余の名前は、ラハイヤン・ビン・イラフアルド。ヴァリアント王の隠し子。イラフアルド家当主である」