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 和臣とひまりが初めて出会ったのは多くのアルファ達が在籍する有名大学だ。


 アルファを多く輩出する福原家の長女だったひまりは、幼い頃から将来有望な上位アルファと番契約を結び、次世代アルファを産むだろうと、期待されていた。


 アルファの母体となる可能性があるオメガの保護をうたうオメガ学園でも学業、運動ともに優秀な成績を収めていた。


 順風満帆と言っていいほどのひまりの人生。


 幼いながらも成長とともに僅かに体臭に交じるオメガフェロモンは甘美だと、言われていた。


 そんなある日、世間で流行りだした新種のウィルスにひまりが罹患してしまったのだ。


 抗ウィルス薬もなく、これ以上感染を広げないために隔離が出来る市立病院へ入院したものの、いっこうに下がらない高熱等の症状に次第に弱っていく。


 新種ウィルスは多くの犠牲者を出したが、それでもひまりは生き延びることが出来た。


 ひまりの回復に喜んだ福原家は、長男である涼介の言葉に騒然となった。


「ひまりの身体からしていたフェロモンの甘い香りがしない……」


 アルファである兄の言葉に、同じくアルファである父が確認していく。


子供を育める身体に成長したものの、ひまりのオメガフェロモンが上手く体外へ排出されていなかったのだ。


 その後オメガとアルファ専門病院で検査などを受け、フェロモン障害が発覚し落ち込むひまりを励まし続けたのも涼介だ。


 検査結果は高熱が続いた事で体調に変化が現れているとの見解だった。


 身体の成長とともに改善されることもあるとの説明に母や父は胸をなでおろしていたが、そうそう事態が好転することはない。


 オメガを保護、隔離する為に国中のオメガが集められるオメガ学園で、名門福原家の優秀なオメガとして将来を熱望されていたが、障害が発覚し落ちこぼれとなった事で一気に蔑まれる立場転げ落ちた。


 オメガはアルファにすべてを捧げ生きて行く事を学園は教えていた。


 ひまりは自分の意志とは関係なく出来損ないになってしまったのに、果たして他のオメガ達と競いアルファに番契約をして貰えるのかと不安でしかなかった。


 このままオメガとし生きていくのは難しいかもしれない、ならベータとして自立しよう。


「オメガとして生きられないなら体の弱いベータとして生きていきたい」


 そう望むひまりを励まし続け、ベータとして生きることを最後まで反対したのも涼介だった。


 ひまりは母の実家である藤堂家に養子に入り、ベータと偽って高校生活を送りたいと両親に懇願したのだ。


 ひまりの嘆願に折れた両親は母の実家であるベータ家系で時々オメガが産まれる藤堂家にひまりを養子に出してくれた。


 しかし養子となっても妹だと涼介は変わらずにひまりを気に掛けてくれている。


 心機一転ベータに混ざり精進を続け、第一志望大学だった涼介の母校へ進学することが出来た。


 大学には多くのアルファ達が在籍しており、そのアルファ達の頂点に最終学年だった和臣は在籍していたのだ。


 直ぐにわかった、和臣こそがひまりの『運命の番』だと。


 しかし上位アルファは『運命の番』を持たないオメガ達にとって最重要玉の輿優良物件だった。

  

 必死に自らこそが和臣の『運命の番』だと主張するオメガ達の包囲網にひまり達が混ざって行ける自信がない。


 オメガ達の攻防に辟易したのか、和臣は移動することにしたようだ。


 もしかしたら和臣とすれ違った際にお情け程度の微量なフェロモンでもひまりに気が付いてくれるかもと期待したが、和臣はひまりとすれ違ったもののフェロモンに気がつくことはなかった。


 現実をまざまざと見せつけられたものの、ひまりの心には和臣への渇望がしっかりと根付いてしまいもう出会う前には戻れそうにない。


 しかも和臣には既に心に決めたオメガが居た。


 アキと言う名前の女性体のオメガは、とても明るい性格の、まるで真夏に空に向かって真っ直ぐに咲く大輪のひまわりのような人物だった。


「もしこの先……いや今運命の番が目の前に現れても俺は……きっと彼女を選ぶだろう」


 そう人前で断言してしまえるほどに愛し合う二人の間に、『運命の番』だと証明出来ないひまりの入り込む余地などない。


 『運命の番』だと証明できないのならどうすれば和臣の側に居られるだろうか。


 悩んだ末にひまりは和臣の友で側近の一人だった兄に助言を求めた。


 和臣が自らの『運命の番』だと伝えた時はまるで自分の『運命の番』が見つかったように喜んでくれた。


「兄様、お願い……私が和臣様の『運命の側』だと言うことは内緒にしてください」


「なぜ!? 彼はお前の『運命の番』なんだろう!」


 涼介の言葉からはひまりを心配している心が伝わってくる。


「和臣様には既に己の番と決めた方がいらっしゃいます。 まだ私がフェロモンを持っていれば『運命の番』だと証明出来る可能性があったかもしれません」

 

 ひまりのフェロモンは極微量、しかも香りが高まる発情期ですら首筋に顔を近づけなければそうとは認識できないだろう。


「『運命の番』だと告げて、偽りだと……側に寄れなくなるくらいなら、一生隠して……出来れば側近として側近くであの方を少しでも支えられるようになりたいの」


 和臣の近くに侍ることが許される者は多くない、涼介を始め常に優秀なアルファが側近として侍っているのだから。


「はぁ……はっきりいって難しいぞ、それに辛い現実を直視しなければならないからな」


「わかってる」


 ひまりが告げるとくしゃりと表情を歪ませて大きな手でひまりの柔らかな髪をくしゃくしゃと撫でる。


「わかった、ひまりが彼のそばにいられるように協力しよう……たく、こうと決めたら頑固なんだから」


 それから涼介は沢山のことをひまりに教えてくれた。


 和臣の近くで働く事ができるようになってからも気に掛けてくれている。


 そして今も涼介は自分からは和臣に『運命の番』だと告げることはしないと頑ななひまりの意志を尊重してくれている。


 涼介の助けもありひまりは和臣の私設秘書として働けることになった。


 優秀なアルファが多数をしめる側近たちに混じり仕事をこなすのは大変だったが、もともとオメガの発情期はホルモンバランスが崩れたため不定期だったし、抑制剤も効果を発揮しているため一般人と変わりなく勤務に励む事ができている。


 仕事も辛くはなかった、だって愛しい『運命の番』とともにあれるのだから、しかし和臣がアキと仲睦まじげにしている姿は地味にひまりの心を抉ってくる。

 

「藤堂、アキとの結婚が決まった。 ドレスや式場の確認のため予定を調整し、時間を作ってくれ」


 部下や側近から上がってきた書類を確認しながら告げた和臣はきっとひまりの青ざめた顔を知らないだろう。


「早速手配して参ります……」


「あぁ頼む」


 部屋を出たひまりは何事もなかった風を装い、涼介のもとへ向かった。


「はぁ……なんて顔してるんだ」


 部屋へと入ってきたひまりの顔を見るなり涼介は深いため息を吐いた。 


「だからいっただろう、辛いって」


「それでもそばにいたいんだもん!」


 書類を机に置いて距離を詰めると優しくひまりを抱きしめた。


 嗅ぎ慣れた兄のアルファフェロモンは近親のためかひまりには反応しない。 


「涼介、すまないがこの書類の詳しいデータを……」


 ガチャリと扉を開いて入ってきた和臣に気が付き固まると、涼介は何事もなかったようにひまりを腕から離して対応をはじめた。


「失礼します……」


 二人の話の邪魔をしないようにすり抜けて部屋を出る。


「藤堂とお前がそんな関係だったなんて知らなかったよ、相手はベータだぞ? 大事な部下を弄ぶのは感心しないな」


 ひまりの姿が見えなくなった和臣の忠告に涼介は意外だと感心した。


「珍しいなお前がアキ以外の女に関心を示すなんて」


「部下の心配をするくらい普通だろう?」


 まるでわかっていない和臣に涼介は苦笑するしかなかった。


 あれほどまでにひまりを抱きしめた涼介を睨んでいたのに、無自覚なのだからこの『運命の番』達は互いに鈍すぎる。   


「まぁそういう事にしておくさ」


 見せられたのはアキとの結婚式の招待者リストや費用などの概算書類。


 ひまりが浮かない顔をしていた理由を理解し、涼介は無自覚で残酷な和臣を眺めた。


  

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