繋いだ手
庭に実のなる木があるって、羨ましい …… 木村が言うから、そんなもんかって思った。
「なのに、なんで柿取らないんだよ? もったいないじゃん。」
自分のウチなら、兄弟で柿の木一本じゃ足りないくらい食い尽くしちゃうぞ? …… そう言って登るのを縁側から眺める。
本当は、とても甘い種類なんだって、時々範行が取ってくれるけど、自分で収穫して食べるほどの熱意はないから、ゆくゆくはカラスや鳥の餌だ。
そういう意味では、贅沢なんだろう。
「なぁ、晃。コレって、樹齢どのくらい?」
丁度、肩の高さで二股に幹が分かれている所があって、そこに立ち上がって楽しそうに聞いてくる。
「―― さぁ … じいさんがいた頃だから、かなり昔?」
祖父の兄がここに住み始めた頃か、もしくは隣の本宅が出来た頃か …… 俺に年数を数える習慣はないし、分からないことは叔父の範行に聞けば大概分かるから、木の年齢なんて気にしたことがない。
「じゃ、少なくとも50年は経ってるのかな? 晃、何か持って来いよ。カゴとかバケツとか、取ったの入れるヤツ。」
俺からちゃんとした答えが返ってくるの、はなから期待してないのか、木村は一人で納得して指示を出す。
―― 入れるものって …… 少し考えて台所からザルを持って出ようとしたら、すかさず 「もっとでっかいの!」 って叫ばれる。
「だって、こ~んなに生ってるんだぜ?」
まるで、自分がやり遂げたように誇らし気だから笑える。
結局、物置からバケツを持って行ったら、嬉しそうに次々もいだ柿を入れていく。
「全部持って行ったらいいよ。」
見上げて言ったら、「弟たちが喜ぶ」 ってニコーと笑う。
「晃も上がって来いよ。気持ちいいぞ。」
沢山入ったバケツを受け取ってヨロヨロと下に置いたら、そんなことを言う ―― ムリだろ。
「大丈夫。おれがちゃんと支えてやる。」
ほら …… 肉体系のバイトで肉厚になった手を差し出す。
「―― ん。」
かなり迷ったけれど、恐る恐る左手を出したらギュッと力強く握られて、登るというより抱き上げられて、木村がいる枝の分かれ目に落ち着く。
「きっもちいいだろ~!?」
ご機嫌な顔で夕日を眺めるから、つられて同じ方向を見る。
「…… な? いいだろ?」
俺のウチなのに、すっかり自分のもののような口振りがらしい。
「なんだかんだで、また冬になるな。」
横顔が、オレンジ色に照らされて綺麗だ。
「いい加減、手離せよ。」
いつまでも俺の左手を握っているので振り払おうとしたら、バキッと大きな音がして寄りかかっていた枝がそのまま折れて、木村ごと地面に落ちて、巻き添えで俺も ……。
「痛ってぇ~!! 大丈夫か!?」
下になったのは木村なのに、慌てて起き上がって俺を気遣う。
周りには、折れてバラバラになった枝が散乱している。
俺は、ただビックリして見上げるばかりだ。
「―― 俺の所為?」
俺が、無理に手を振り払ったからバランスが崩れたんだろうか?
「…… じゃなくて。なんか、ちっちゃい頃田舎のおじーちゃんに 『柿の木は折れやすいから登るな』 って言われた気がするの思い出した。」
今更だけど …… と頭を掻いている。
「だから、範は登らずに取るんだ ……。」
柿取り用の竿を指差す。
「なんだ、あんな便利なものあったんだ。」
失敗したなぁ …… 笑いながら、手を引いて立ち上がらせる。
「怪我、なさそうで良かった。」
服についた土や葉を払い落としてくれる。
「せっかくだから、ウチん中入って食お?」
柿がたんまり入ったバケツを持って、手を差し伸べる。
「…… 俺、硬いの好き。」
「そう? おれは結構なんでもOK~。」
逆光でよく見えないけれど、きっといつもの顔で笑っている。
左足を引きずり、繋いだ手に従ってゆっくりと歩き出す。
「冷えてきたな。」
急に短くなった日を惜しむように呟くのをなんとなく聞いた。
2009.10.14 09:19:46 作成
晃23歳・秋