幼なじみ
「『昔のこと分かんなくても、おれが補ってやる』 って言ったの憶えてる?」
晃が、読んでいた雑誌を閉じて、風呂から上がったおれに話しかける。
「そんなこと言ったっけ?」
照れ隠しにとぼけたふりして、ソファの晃の隣に座る。
「憶えてないの?」
15歳の冬以前の記憶がない自分の方が憶えてるってどうなんだよ? 信じられない …… って、呆れた顔でおれを見る。
二十歳の冬。
美大を辞める決心をして、写真家の修行に入る直前のつかの間の休みに遊びに行った弘務さんの家で、おれは晃に 『友だち以上の関係になりたい』 と言ったのだ。
「うっそ。忘れる筈ないだろ? アレ、おれの一世一代のプロポーズだったんだぜ?」
「そうなんだ?」
素で驚くから、力が抜ける。
「がーん、そういう所はすっかり忘却の彼方!? ショックすぎる。」
必死だった当時の自分が可哀相だ。
「冗談だよ。」
「なんだよ …。晃のは、冗談だか天然だか分かんないから、無駄にドキドキする。」
本気で忘れられたのではないのが嬉しくて、おどけて見せる。
「だって、俺の記憶障害って、治りそうにないだろ? だから、18の後半からこっちのことがすっごく新鮮。」
このままでも不自由してないし、新しいことは普通に憶えられるからとてもラッキーだと、満足気に言うからまた可愛い。
「それって、もの凄くポジティブだ。」
いろんなことがあった晃が、自分をこういう風に捕らえていることに感心する。
「『忘れる』 ってのは、一種の自己防衛本能だって、前テレビでやってたんだ。無理に思い出して、とんでもないものが出てきたら怖いし。」
記憶を失ったきっかけがきっかけだから、その公算は大きい。
だから、晃も本能的に、無理して記憶を呼び戻そうとしないのだろう。
「それに、子どもの頃のは、範や勢伊子さんが覚えていてくれるだろ? 中等部からこっちは ……。」
「おれと、いっちんの役目。」
「だから、安心していられる。」
照れたように笑うから、たまらなくて肩を抱く。
「こういう風に人に頼るのって、どうなのかって思うけど ……。」
「いいんだよ。その為におれたちがいるんだから。」
記憶がない所為か病気の所為か、昔ほどではないけれど時々晃は不安定になる。それを支えるのが、おれの役目だと思う。
「子どもの頃からの付き合いを幼なじみって言うんだろ? 俺たちって、そう?」
「それでもいいけど、おれは 『恋人』 って呼んでもらいたいけどな。いっちんは 『親友』 って言われたいだろうし。」
こんな会話をしていると、あの頃からおれたちの関係は進展したのかどうか …… 時々心配になる。
「ふぅん …… じゃ、ちょっとだけな?」
軽く唇を重ねてくるから、ビックリする。
「あ … 晃ぁ!!」
「ん?」
「…… いきなりで驚いた。」
「恋人 …… って言ったろ?」
してやったりと笑うから、もう一度今度はしっかり抱き締める。
「晃 …。」
「何?」
「大好きだ。」
言いながら、首筋にキスの雨を降らせていく。
2010.01.19 15:45:32 作成
「補ってやる」 の場面 → 『ほんの少しの7http://akaesakira.blog123.fc2.com/blog-entry-611.html』




